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「街の中心にある池と、その周辺の整えられた土地は、俗に協同土地と言われています」

 

 とりあえず今晩の宿を見つけたいですね、とアルが言ったので、宿屋や酒場が沢山ある区間に連れて来てもらった。

 たださすがに、この街に住んでいるミュウでは、安くて質の良い宿屋までは分からない。そういうものは商人や旅人など、街の外からやってくる人――しかもこの街によく訪れる人でないと分からない。

 なので、値段の書かれた看板を見て、アル自身が決めることになる。

 となると、彼女には隣をついて歩いてもらうだけになる訳で……そのままでは何だと思ったので、歩いて宿を探しながら、先生とやらに習ったらしいこの街について教えてもらうことにした。

 

「協同土地の中では、たとえ外部の人間であろうとも、たとえ街の中で絶対の権力者である貴族様であろうとも、店を開いたり争いを起こしたりしてはいけないと定められています。もしそんなことをすれば、元凶以外の貴族様全員を敵に回す取り決めになっているらしいです」

「なるほど……と言うことは、街の中心に在って、今も池として存在している元湖が、今現在も僅かに神聖視されている、と見て間違いなさそうですね」

「そう言えば、どうして昔は神聖視されていたんですか?」

「元湖の中に、街全体を囲うように流れている川の終着点にある、森の中の湖で作った聖水を流し込んでいたからですよ。そうすることで、魔物をこの街に寄り付かなくしていたのです。……そう言えばさっきの、その、協同土地でしたっけ? あそこにある池から水路が作られ、水が街全体に向かって流れているようには見えなかったのですが……」

 

 記憶を掘り返してみると、この街と同じ円形に整えられた例の池には、水路が作られていなかった。

 低い石の塀と、その周囲を囲むように作られた木の幹のような柵、後は石で整えられた地面があるのみだった。

 どこからどう見てもその池を中心に、川となって街全体に水が流れているようには見えなかった。

 

「あっ、それはですね、地下に水路を作っているからです」

「地下に、ですか?」

「はい。池の周りにある地面の下に、ちゃんと水路があるんです。その証拠に、協同土地とそれぞれの区間土地の節目からはちゃんと水路が見えるようになっています。と言っても、片足を入れれるかどうかの狭い水路ですけどね」

「なるほど……まぁ、それぞれの水路の広さは、昔から区間によって違ってましたからね……用途によってはそうなることもあるでしょう」

 

 川については分かりました、と言って、アルは次に知りたいと思っていたことを頭の中に思い浮かべて口にする。

 

「それでは、街の中のそれぞれの区間について説明してくれませんか?」

「はい。えっと……街の出入口に繋がっている、大きな街道のある区間ですが、それぞれが第一区間と第五区間と呼ばれています。アルさんが私を見つけてくれた路地に繋がっていたのが第五区間ですね。ちなみに両方とも街の中心だけあって、最も診療所など医療機関の多い区間でもあります」

 

 と言うことは、自分が街に入った場所は第五区間か……と、自らの頭の中で地図を描き、整理しながら、アルはミュウの可愛らしい声に耳を傾ける。

 

「この街が円形になっているのは既に知っていると思いますので、第一区間から順に右手回りで説明していきます。まず第一区間は民家と工場地帯、第二区間が大きな街道を敷いた商業地帯、第三区間が大きな街道に挟まれているという立地上、酒場や宿屋が多くなってます。ちょうど今歩いているここが第三区間ですね。……それで第四区間も同じく大きな街道ですが、こちらは商業区間であると同時に、外から来る商人達の馬の休憩所が沢山ある区間です。第二区間が街の中で商売している人の建物が多いのに対し、こちらはもっぱら露店を開く人の方が多いです。それで第五区間が街の出入口その二、なんですが、こっちは民家の他に古くからの宿屋もいくつかやってます。静かなところで休みたい、なんて旅人さん向けですね。そしてその隣が、流れてくる水路を切り開いて作られた農業区間です。小さな街の人向けなお店もここにあります。一つ飛ばして第八区間も同様で農業区間です。そして飛ばした第七区間は、街の川の終着点、森が沢山あって迷っちゃう、神聖だから近付くなって教えられた場所です」

 

 誰かに何かを教えるのが好きなのか、口を挟む暇も無く嬉しそうに全てを教えてくれる。

 そうしてニコニコとした顔を向けてくる少女にありがとうございますとお礼を言い、昔とは違うところを比べるように、頭の中で相違点を描いていく。

 

「ふむ……やはり大分、昔とは違っていますね……」

「どう違うんですか?」

「そうですね……まず大きなところとして、昔はこんなに商業に重きを置く街ではありませんでした」

 

 また別の誰かに教えるための知識を蓄えるためか、可愛らしく小首を傾げて訊ねてきたミュウに、一本指を立てて説明する。

 

「さっきも少し言ったと思いますが、人の出入りが激しい今の第一区間と第五区間は商人達で栄えていました。ですがこの街に留まって、まして住居を持ってまで商売をする人はいませんでしたね。ですがその代わり、旅人用の馬小屋はそれぞれの区間に沢山ありました。そして商人達が気持ち良く過ごせる様に、第一区間と第五区間には宿屋と酒場が栄えていました。……とまぁ、パッと挙げればこんな感じですかね」

「他の区間はどうだったんですか?」

「全て民家です。畑や田んぼなどの農地を持った、極々普通の村の集合体、と言った感じでした。もちろん村の集合体と銘打つだけあってそれぞれの区間に代表はいましたが、それらの人も農業を営んでいましたね」

「それぞれの区間の代表、と言うのは、今でも受け継がれていますね」

「確かにその通りですね。……ま、商業に重きを置くようになったのは時代の流れでしょうかね……」

 

 昔は街にいる男性全員が農業をしながらも、万が一にも街が魔物に襲われた時のために家族を護るための訓練をしていたからな……という言葉が頭の中を過ぎる。

 現に今と昔では、そもそも街の外にいる“魔物の有無”という大きな違いがある。だからこそ、行商人が沢山存在することが出来ているのだろう。

 街の外は危険がいっぱい、なんてことはもう無いのだから。

 

「と、区間の終点ですかね」

 

 眼前には、街を覆う大きな壁、森の中にある湖へと向かうため壁に沿って流れる大きな川、せせらぎの音を際立たせているように感じる砂利、芝生で出来た下り坂……今までの人ごみがウソのように静かな、その区間の終点でもあり街の終点でもある場所。川の向こうが壁であることを除けば、かなり美しい景色だった。

 

 しかも、後ろを振り返れば喧騒が一際大きく聞こえ、前を向けばその喧騒が静かに感じてしまう。

 実際にその音は大きくなったり小さくなったりしていないはずなので、見た目による差異だけで耳に届く音が違っているのだろう。

 その真実にアルは、少しだけ驚いてしまう。

 

 まるで、別世界への出入口。

 まるで、今と昔の境界線。

 ……不思議と、この川のせせらぎだけは、昔と同じのような気がしてきた。

 

「どうでしたか? 良い宿屋、ありましたか?」

 

 アルの考えていることが分かっていない、無邪気なミュウの言葉が耳に入る。そうしてようやく、はっ、と現実へと引き戻され、そうですねと答えながら、考え事をしながらもしっかりと見ていた、話を聞きながらも見逃していなかった、さっきまで歩いていた道を思い出していく。

 

「後半が専ら馬小屋ばかりでしたので、正直、泊まるなら街の中心ですかね。動物の匂いというものは、どうも僕には慣れないものでして」

「そうですか……でもそれだと、宿泊費が高くなってしまいますよ?」

「確かにそうですね……動物の匂いがせず、安くて泊まれれば何所でも良いのですが……中々良い所がありません。ホント、困ったものです」

「あっ、それなら、第五区間で宿屋を探してみますか?」

「第五区間……? ……あぁ、なるほど。確か、少しなら宿屋があるのでしたね?」

「はい。今は特にお祭りをしている訳でもないですから、店さえ見つかれば簡単に泊まれると思いますよ。たださすがに、私は宿屋の位置なんて知りませんから一緒に探すことになりますが」

「構いませんよ。では、一緒に捜しに行くとしましょう」

 

 そう言うと一緒に踵を返し、再び街の中心へと向かうために並んで歩き出す。

 馬小屋へと向かう馬車が時たま通るので、ここまで来た時と同じで街道側にアルが立ち、ミュウを護るように道の端に寄りながら。

 

「あ、ありがとうございます」

「いえいえ」

 

 さり気ない気遣いに、少し照れたようにお礼を言うミュウ。

 返事をしながらその表情を見つめていると、ふと、気になることがアルの頭の中を過ぎる。

 

「そう言えば、こんなことを訊ねるのは失礼なのかもしれませんが……どうして簡単に働き口が見つからなかったのですが?」

「? どういうことですか?」

「いえ、だってこんなに言葉遣いが丁寧なのですから、働き口ぐらい簡単に見つかりそうなものなんですが……」

 

 男達に襲われた時の経緯からして、彼女自身の年齢は十五歳。国的に働いても大丈夫と定められた年齢には既に達している。

 年齢通りの顔つきに年齢通りじゃない体つきだからと言って、働かせて貰えない理由にはならないはず。

 それにこの丁寧な言葉遣いと、街の案内の時にまったく噛まなかった舌の滑りからみて、彼女の能力は接客業なら十二分に発揮されていただろうから。

 もし見た目に多少のハンデがあろうとも、雇う側にはまったくの損が無いはず。

 

 それなのに、だ。

 まったく仕事が見つからないとは……。

 ……先生とやらのプレゼントのためになりふり構っていられなかった、とも言っていたので、彼女自身が職種を選んでいたとも思えない。

 雇ってもらうための自己アピールも怠らなかっただろうから、言葉遣いの丁寧さを伝えなかったとも、思えない。

 

 だから何か、理由があるはず……。

 そう、アルは思った。

 

「……もしかして、何か雇ってもらえない理由があるのですか?」

「…………」

 

 続いたアルの疑問に、ミュウは気まずそうに視線を逸らす。

 

「その様子ですと、何か言い辛い理由でも? もしかして、話を持ちかける店全てに尽く(ことごとく)セクハラを受けそうになったとか」

「そんな、アルさんと一緒にしないで下さい」

「いえ、僕もセクハラをした記憶はありませんが……」

「まぁ、アレですよ。この街独自の風習のせい、でしょうか」

「風習、ですか?」

「はい。と言っても、他の街や村にもあることなんでしょうけど。ある身分の人は村八分のように迫害される、なんてことは」

 

 そう話して浮かべる彼女のその表情は、何とも形容し難いものだった。

 

「……ある身分?」

「はい。じつは、私ってば孤児なんです。孤児って言うのは、親に捨てられた――つまり、生まれて来ないで欲しかったと親自身に烙印を押された“不要な子供”ですから、街全体から疎まれてしまうんです」

 

 そうしてまた、さっきの形容し難い表情を、今度はより一層深くして、浮かべる。

 ……ソレを見て、あぁそうか、と気が付いた。

 さっき見た表情も、この表情も、どうして形容し難いものだったのか、ようやっと、気が付いた。

 

 諦めている、とも違う。

 絶望している、とも違う。

 受け入れている、とも違う。

 ……そんな単純な言葉じゃない。

 諦めているから、絶望しながら受け入れて……絶望しているから、受け入れながら諦めて……受け入れているから、諦めながら絶望して……。そんな風に、感情が複雑に混ざり合っている。

 

 心の奥底では納得出来ていないのに、生まれた頃からずっと続いている“当たり前”のことにして、“仕方が無い”ことにして、“自分を無理矢理納得させる”ことで、心の負担を減らし、生き続けている。

 不条理だと感じならも、感じていないと自らに言い聞かせ、必死になって生き続けている。

 

 そんな、年不相応の、大人のような生き方をしてきた表情。

 だから、諦めているとも違う、絶望しているとも違う、受け入れているとも違う、何か別の、何とも言えない思いの表情を浮かべていた。

 ……だから、形容出来なかった。いや、出来るはずが無かった。

 実際に歩んでいる者にしか分からない、実際に体験している者にしか分からない、その思いを知ることなんて、出来るはずが無かった。

 その、幼い心に圧し掛かり続けている、重い重い出来事のことなんて……。

 

「…………」

 

 そのことにアルは、憤りを覚えた。

 心の中に広がる憎悪を、自覚した。

 ……この小さな女の子が歩まされてきた道に対して、だけじゃない。

 可哀想、なんて同情に似た感情だけじゃない。

 一端はあったとしても、それだけじゃない。

 

 大部分を占めるように心の中にあるのは、昔のように平等でなくなったことによる、憤り。

 勇者と交わした約束を破っているという、その真実からくる憎悪。

 

「……あの……どうかしたんですか? その、ちょっと怖い表情してますけど……」

「あ、いえいえ。ちょっと、考え事をしてしまいまして」

「考え事、ですか?」

 

 少しだけ怯えを含んだミュウの言葉に、慌てながら破顔し、誤魔化しながら言葉を返す。

 

「はい。まぁ、考え事と言うよりも、思い出していた、と言う方が正しいのですが。……何と言いますか、勇者がいた頃のこの街は、魔物を退けるため街の皆が協力し合い、そこにはどんな身分の差も無かったと記されていたもので。ただ孤児と言うだけで仕事を与えない、なんてことはなく、働く意欲のある者全員で協力し合っていたはずですから」

「……まぁでも、昔は昔ですしね」

「確かにそう言われればその通りなのですが……機術や医術と言った昔とは違う便利な術技が発達している今、昔に出来て今に出来ないことなんて中々無いはずなんですけどね。特にコレは、人の思いでどうとでもなることです。……正直な僕の気持ちとしましては、この街の代表群である貴族たちは、この問題に対してちゃんと取り組んでいるのかどうか……疑問に感じざるを得ません」

 

 もしかしたらこのままの方が都合が良いと踏んで、何の対策も講じていないのかもしれない。

 半ばそう決め付けているかのようなアルの呟きに、ミュウはどこか諦めたような、さっきとは似ているけど、また別の表情を作る。

 ソレはまるで、自分のところに希望なんて来ないと、自分のところには絶望しか来ないと、そう決め付けているかのような雰囲気さえ感じられた。

 

「さてアルさん。街の中央に戻ってきましたが、これからどうしますか?」

 

 何か言葉をかけようとしたそのタイミングを見計らったかのように、さっきも見た街の中央に鎮座する池が見えてきた。

 何か言葉をかけていると池の外周に辿り着きそうだったので、とりあえず言おうとした言葉は保留にし、考えていた次の目的地を、今までの暗い話を払拭するかのような満面の笑顔を顔に貼り付け口にした。

 

「僕の泊まる宿を探すより先に、あなたの先生のプレゼントを買いに行きましょう。日が沈む前に見つけ、買っておかないと、店が閉まって良いものが無くなってしまいますからね」