淫靡な衣擦れの音が、路地の奥から聞こえてくる。

 通した袖を抜くシュルッとした音、足を上げて身体から布を取り去るファサッとした音、畳んだ服を汚れていないところに置くパサッとした音……その全てが、聞こえてくる。

 元々狭く、音が反響する場所。外にまで聞こえないと言うことはつまり、路地の中だけで音の残滓が消えてなくなるということ。

 と言うことはつまり、こうして聞こえてくる音は、全て彼女から発せられてるということで……。

 

「…………」

 

 改めてそのことを自覚してしまったアルは、無性にソワソワとしてしまう。

 さっきの男達が来ないよう見張ると言った以上、自分がさっきの男達になる訳にはいかない。姫を護るナイト自身が獣だっただなんて、話にならない。

 とは理性で訴えても、アルも所詮一人の男。

 彼の本能の部分は、その路地の奥で行われているであろう清めを、見たくて仕方が無いと訴えてくる。

 

「…………」

 

 別のことを考えようと頭を回転させようとも、浮かぶのはさっき男達に襲われている時に見えた、その裸体。

 助け出した時に見えた、乱れた服の中にある胸の膨らみや足の付け根などの、幼さを残した顔つきに反し成長していた、その半裸体。

 

「……最低ですね、僕は」

 

 一人ポツリと呟くと、罪悪感が圧し掛かってくる。

 だがそれでも、脳に刻まれた映像の再生は止まらない。

 ……そう言えば、顔に反したあの体つきは、胸の部分の肌着はちゃんと着けているのだろうか? ワンピース姿の彼女を見た感じ、そんな感じがまったくしなかった。まぁ、二の腕付近まで袖があったので、中を覗きこまない限りは分からないことなのだが。

 ……プツ。

 

「っ!」

 

 狙い澄ましたかのようなタイミングで、肌着の留め具を外す音までもが聞こえてきた。

 どうやらちゃんとしていたようで……と言うより、どんだけ音が響く空間なんだろう、ここは。

 

「……はぁ……」

 

 ……と、女の子が後ろ手に肌気を外している姿を想像したところで、再び罪悪感。

 肌着の中にある形まで想像しそうになったところで、自分に抱くとんでもない嫌悪感。

 だがこのままだと、こんな感情の中でも本能的に『そんなことを』考えてしまうのも事実な訳で――

 

「少し、訊ねてもよろしいでしょうか?」

 

 ――本能を自制させて理性を働かせるために、女の子本人に話を振った。

 

「はい? 何ですか?」

 

 言葉のニュアンスが『大丈夫』と言っていたので、煩悩を追い出すために女の子自身の言葉に耳を傾けながら、疑問に思っていたことを口にする。

 

「どうして、あんな人達に襲われそうになったのですか?」

「…………」

 

 無言。

 心なしか、さっきまで彼女から発せられていた音までもが、止まってしまったような気がする。

 だが構わず、続ける。

 

「気にはなっていたのです。元々この路地へと繋がっているあの大通りは、昔は賑わっていたとは言え、今は過疎化していました。地元の人や宿を取っている旅人の方しか見られませんでしたからね。ですがそれは同時に、この街の住人にとっては人が少ないと認知されている通りであるとも言えます。長年住んでいて、自分の街の過疎化した通りを知らぬ者などいないでしょう。ですから、どうしてあんな人達に襲われる可能性があるこんな通りに、あなたはいたんですか?」

「…………」

「何か用事でもあったのですか? それとも、この通りが過疎化していて危ないと、教えてもらっていなかったのですか? それとも……あなたも見た目に反して、僕と同じ旅の方なのですか?」

「……どれも、外れですよ」

 

 静かに、響く声。

 その後は再び、彼女から音が聞こえてくる。

 静か過ぎると言っても過言じゃない言葉と共に、身体を拭いているのであろうその音が、聞こえてくる。

 

「どれも、違うんです」

「……そうですか。それは失敬。問い詰めるような形になってしまったのも謝ります。申し訳ございません」

「良いんです。どうせ、話す順番が変わってしまうだけですから」

「話す順番?」

「はい。さっき話そうとした二つ目のお話と、関係のあるお話です」

 

 そうして、これから話すことをまとめるような一息の間を開けた後――

 

「じつは、私が最初にあの男の人達に話しかけたんです」

 

 ――そう、懺悔するような声が、悔いるような声が、静かに響いてきた。

 

「君が最初に、ですか?」

 

 その言葉に当然の疑問をぶつけると、はい、と女の子が続けてくる。

 

「どうしてもお金が欲しかったんです、私は」

「お金?」

「はい。ですから私は、街の中で、私でも出来る仕事が無いかを訊ねて回ったんです。色んなところを、歩いて歩いて、一軒一軒、訊ねて回ったんです。……でも、今年十五歳になったばかりで、しかも親の許可証も何も持っていない私を雇ってくれるところなんて、見つかりませんでした。でも正直、そんなことは分かり切っていました。探し回る前から、そう簡単に雇い口なんて見つからないって」

「その訊ね回る作業は、いつ頃から始めたのですか?」

「えっと……置手紙を残して家を出たのが陽の出前で……街の中心に辿り着いてから回り始めたのが、陽が昇るか昇らないかの時間ですかね」

「それを今まで……」

 

 天辺にあった太陽が夕陽へと変わる、そのちょうど中間と言ってもいいこの時間。

 陽が昇り始める前から、それまでずっと……なんと、長い時間だろう。

 

「でも、それぐらいまでかかる覚悟はしていたんです。だから最初の頃は大丈夫でした。……ですがまさか、それが楽観視に過ぎないとは思ってもいませんでした。こんな時間になっても見つからないなんて……正直、ダメージは大きかったです。ですが、それでも私は諦めきれなくて……必死になって、ずっとずっと探し続けていたんです。そんな中――」

「働かせても良いと答えたのが、彼らだったと?」

 

 女の子の言葉を継いだその言葉に、はい、と言うハッキリとした答え。

 

「親の許可証なんていらない。いますぐ人手が欲しいからすぐに来てくれ。そう二人の男性に言われて、ここまでついて来たんです。ここは危ないって聞いてるんですけど、と訊ねても、大丈夫と返してくるばっかりで……正直、今思うと怪しいと感じるべきでした。ですがその時は仕事が見つかった喜びで、そんなことを感じることも出来なくて……そして、この路地に差し掛かったところで……っ、沢山の男性の方に、引きずり込まれてしまって……っ!」

 

 言葉にすることで再び思い返されてしまったのか、最後の方は言葉が震えていた。

 そのことに気付きながらも、あえて気付かないフリをして訊ねる。

 

「……一つ疑問なのですが、どうしてお金が必要だったのですか?」

「……すぅ〜……はあぁ……えっと、じつは、先生にプレゼントをと思いまして」

 

 言葉を落ち着けるための深呼吸の後の女の子の言葉に、再び首を傾げる。

 

「先生、ですか?」

「はい。じつは本日『春の二月十七の日(はるのふたつきじゅうとなのか)』は、私の世話をしてくれている先生と、出会って一周年の記念日なんです。ですのでそのプレゼントを買うために、どうしてもお金が欲しかったんです」

「なるほど……だいたいの事情は呑み込めました」

 

 そう答えを返しながらアルは、さっきの男達の行動について思考を巡らせる。

 朝から仕事を探して行動していた彼女を捕まえた、男達の行動について、思いを張り巡らせる。

 

 これから先、彼女が狙われることが無いかを知るために、男達の目的について、考えを張り巡らせる。

 

 彼女は朝から色々な店に聞いて回っていたと言った。

 なら彼らが、彼女が仕事を探していると知るのは容易いだろう。それは間違いない。

 なんせアレだけの人数だ。偶然聞いてる奴がいても不思議じゃない。

 だからつまり、彼女は偶然あの男達に話しかけたわけじゃない。

 “偶然を装って彼女に話しかけられるよう仕向けられた”んだ。

 必死に仕事を探していた、と彼女が言うのなら、きっとお金が必要な理由も店主に話していたのだろう。

 そのことを盗み聞きしていたのなら、彼女なら口八丁で容易に連れ込めると、男達が読むのも分かる。

 何より憔悴したところに仕事があると言われれば、大人でもついて行く人が多いだろう。

 

 だが重要なのは、そこじゃない。

 その真実から、彼女はこれから無事かどうかを読み取るのが、重要なんだ。

 ……襲った理由が、そもそも不明瞭過ぎる。さっきの襲われる過程だけでは、そんなものは読み取れない。

 ……犯すためだけのカモだったのか、何かの目的のついでに犯そうとしていたいのか……。

 前者なら、邪魔をした奴――アルという男自身を狙う可能性が高い。

 だが後者なら、再び彼女が狙われる。……しかも可能性なんてものじゃなく、確実に。

 ……一緒にいない方が安全なのか、一緒にいる方が安全なのか……。

 ……分かる余地も無い……。

 ……が、一つだけ確かなことがある。

 

 たとえ自分が襲われる原因で再び襲われようとも、彼女を護りながら追い払える自信はあるということ。

 

 ……だが前者の理由なら、そもそも一緒にいなければ、再び襲われる心配が無い。

 ……全ての理由を説明し、本人に判断してもらうのがベストか。

 

 そう考えをまとめ、彼女に話しかけようとしたところで――

 

「それで、二つ目のお話のことなのですか」

 

 ――すぐ後ろから声が聞こえてきた。

 慌てて振り返ると、そこにはしっかりと、少しだけ汚れた白のワンピースを着て、手渡した手拭いを差し出しながら真摯な瞳を向けてくる、例の女の子の姿。

 

「先程の話を踏まえまして、どうか私に仕事を紹介してくれませんか?」

 

 そして向けてくる瞳と同じ、真摯な言葉で、そう言ってきた。

 

「何でも……いえ、身体を売るようなこと以外なら何でもしますので、どうかお願いします」

 

 瞳と言葉と同じ、真摯な態度で、頭を下げてきた。

 

 その姿を見つめながら、考える。

 こうして向こうから一緒にいることを望んでいるのなら、無理にさっきの考えを口にしなくても良いのではないかと、そう考える。

 一緒にいる方がリスクが少ないのなら――向こうに復讐する気が起きたなら確実に狙われてしまうだけになるのなら、一緒にいた方が良いのではないかと、そう考える。

 だから――

 

「……ふぅ、分かりました。事情が事情ですし、あなたにお仕事でもお願いしましょうかね」

 

 ――仕方無しに、という空気をワザと出しながら言ってやる。

 あえて不安がらせることも無いだろうと思ったので、そんな演技をしながら言ってやる。

 

 その言葉が嬉しかったのか、女の子は顔を上げ、始めての笑顔を見せながら、純粋にカワイイと思ってしまう程の満面の笑みを浮かべながら――

 

「ありがとうございます!」

 

 ――と、元気良く、嬉しそうにお礼を述べてきた。

 

 その姿に微笑を浮かべながら、とりあえず先程差し出された手拭いを受け取るために手を差し出す。

 と、その意図に気付いたのか、手の上に手拭いを乗せ……ようとしたところで、彼女の動きがピタりと止まる。

 

「……どうかしましたか?」

「……いえ、ただこの手拭い、洗って返そうかと思いまして」

 

 口をついた疑問に、少しだけ頬を朱に染めながら答え、渡そうとしていたソレを後ろ手に隠してしまう。

 

「そんな、気を遣わなくても良いですよ。僕が洗っておきますから」

「あなたが構わなくても、私が構うんですっ」

「何が構うんですか? 遠慮なんてしなくても良いんですよ?」

「遠慮なんてしてません! ただ私の身体を拭いたから渡し辛いだけですっ!」

「…………あぁ〜……」

 

 恥ずかしさを爆発させたような女の子の声に、気まずい空気が流れる。

 ……あまりにもデリカシーの無い事を言い過ぎたかと猛省。

 

「っ……もうっ、この話はこれでおしまいですっ! それよりもとりあえず、街道に出ましょう! こんな暗いところで話し続ける必要なんて無いんですしっ」

 

 謝るべきかどうかを考えている間に、肝心の女の子本人が捲くし立てるようにそう言って、横をすり抜け一人先々と歩いて行ってしまった。

 ……まぁ、女の子本人が終わりと言っているし、何より横をすり抜ける時に見えたその顔がこのことに触れて欲しくなさそうな程真っ赤だったので、アルは述べようとした謝罪を呑み込み、黙って彼女の後についていくことにした。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「そう言えば、自己紹介がまだでした。私の名前はミュウです」

 

 街道に出、川の集合地点である池が設置された街の中央まで出たところで、ようやく恥ずかしさが引いたのか女の子――ミュウは振り返り、年齢の割りに膨らんでいる自らの胸に手の平を当て、そう自己紹介をしてきた。

 

「ミュウちゃんですか。僕はアルです。只者じゃない歴史学者ですよ」

「アルさんですか。……それより、只者じゃない、ってどういうことですか?」

「そのままの意味ですよ。さっき見せたこの盾を扱うのに必要な法術は、普通の人が使うのは無理ですからね」

 

 良く分からなかったのか、ふ〜ん、という味気ない返事。

 その後、それで、とミュウが早々に切り出してくる。

 

「私は何をすれば良いんですか?」

「じつは、この街の案内をお願いしたいと思いましてね。昔訪れた時に比べて、大分様変わりされてますし」

「そうなんですか? 私には特に変化が無いように思いますが」

「そんなこと無いでしょう。例えばこの街の中心。僕の記憶が正しければ、昔はこんな小さな池ではなく、本当に大きな湖でした。水があるところをみると、街の最低地に位置する区間の森、その最奥にあるまた別の湖と地中深くで繋がっているのは変わらないようですがね」

「大きな湖、ですか……?」

「はい。橋と同じ造りをした陸地のようなもので、湖の上を歩くことが出来ていたはずです。『街の中心でもある大きな湖』、まさにその言葉通りでした。それに街の主要街道も、あんな場所ではありませんでした」

 

 と、弧を描いている、一際人の通りが激しい例の大きな道を指差す。

 

「街の出入口に繋がった、この中心をちょうど貫く形にある直線の広い街道こそが、そのまま主要街道になっていました。ですから街に入ると同時、沢山の商人が露天を広げて、とても賑やかな気持ちになったのを覚えています」

 

 思い返しながら懐かしむようなアルの言葉にしかしミュウは、えっと、と小首を傾げる。

 

「その……それって、別の街の話をしていませんか? 私が生まれてから、この池はこんな大きさでしたし、街の主要街道も、ずっとあそこのはずでしたよ?」

 

 あぁでも、と何かを思い出したのか傾げていた首を正す。

 

「そう言えば先生に教えてもらった昔の街の形は、アルさんの言うような形だったような気がします。中央は湖ほどの大きさで、街道もそこだって……」

「ほら、僕の言うことに間違いは無いでしょう?」

「ですが、確かそれって五十年以上昔のことだったような……」

「…………」

「……もしかしてアルさん、見た目に反してかなりお年を召した若作りおじいさんですか?」

「いえ、さすがにそれは違います」

「じゃあ私の目を見て言って下さいっ。さっき何年前のことか話した時、咄嗟に目線を逸らしてから一向に合わせようとしないじゃないですか」

「それには、その、深い事情があるんです」

「深い事情ですか」

「はい、深い事情です。今あなたを見てしまえば、確実にあなたを視姦してしまいそうという、深い事情があるんです」

「とんでもないエロじじいでしたっ!」

「だからじじいではありません! ちょっとしたジョークのつもりですから、そんな本気に受け取らないで下さい!」

「そうですか、ジョークでしたか。捨て身だったにも関わらずだだスベリのギャグでしたね」

「悲しくなることを言わないで下さい……」

「で、そんなことで誤魔化される私ではありません。早々に説明をしてもらいますよ」

「あっ、やっぱり誤魔化されてくれませんでしたか」

「はい、もちろんです。さあ、私のどこを視姦したくなったのですか?」

「そっちですか! と言うより誤魔化されてますよ! あなた!」

「ちょっとしたジョークです。どうです? 笑えましたか?」

「思わずツッコんでしまう程度には……」

「ありがとうございます。で、本当の理由をお願いします。ギャグ合戦で私に負けたのですから」

「あ、これ勝負だったんですか」

「モチのロンです」

「かなり古い言葉ですね……今時の子供が使ってくるとは思ってませんでした」

 

 恥ずかしそうに後頭部を掻きながら答えつつ、じつはですね、と理由を説明するために口を開く。

 

「その、誠に言い辛いことなのですが、じつはちょっと無意味に見栄を張っちゃいまして」

「見栄、ですか」

「はい。じつは僕、ここには一度も来たことが無いんです。ただ別の街で、昔のこの街についての歴史書を見つけまして、その知識をひけひらかしただけなんです。ほら、僕は歴史学者ですから」

「その歴史書には、どんなことが書かれていたんですか?」

「『最高にして最硬の街』、そう書かれていました。確かにこの城壁は元より、街を流れている水流にも聖なる力があるようですからね。これなら魔物が進入してくることも無かったのでしょう」

「魔物?」

「はい。あ、そう言えば言ってませんでしたね。僕が調べている歴史は、魔物が横行していた時代――勇者と魔王がいた頃の歴史なんです。ですから、『最高にして最硬の街』なんて魔物が入ってこない理想の街でしたから、他の街にも情報として蓄積し、ずっと書物として残っていたのでしょう。ですので、僕がこの街に来たのは、その当時の名残を見たかったからなのです」

「なるほど……それでこの街の案内、ですか」

「はい。その歴史書に書かれていた記述との相違を直に見てみたいと思いまして。女性に見栄を張りたい、なんていう男性のくだらない意地に付き合わせてしまったのは謝ります。ですのでどうか、案内の方をお願いできないでしょうか?」

「そ、そんなかしこまらないで下さい。別にウソをついていたからって断るつもりもありませんし、ただちょっと気になっただけなんですっ」

 

 アルが今にも頭を下げようとしてきそうだったので、ミュウは慌てるように両手を振ってソレを止める。

 

「そ、それに、私にはもう、これぐらいしか仕事が残っていませんからっ。ですので、喜んで引き受けさせていただきます!」

「いえそんな、そちらこそかしこまらないで下さい! それと頭も上げてください! 頼んでいるのはこちらの方なのですから!」

 

 慌てるような口調のまま頭を下げてきたミュウに、アルは同じように慌てながらその小さな肩を掴んで頭を上げさせる。

 

「はぁ……まぁ、互いに良いということなので、このことに関してお礼を言ったりするのはよすとしましょう」

 

 落ち着くために溜まった空気を吐き出してそう言うと、彼女に向かって手を差し出す。

 

「では、街の案内をよろしくお願いします」

「えっと……この手は何ですか?」

「握手ですよ。互いに契約を守ると言う、一種の約束事みたいなものです」

「なるほど……」

 

 呟くように言葉を漏らしたのは納得したからなのか、オズオズと、その手に向かって自分の手を差し出してくる。

 

「では、よろしくお願いします」

 

 意を決したかのようにそう言うと、か弱い、遠慮がちな力加減で、彼女よりも大きなその手を握り返した。