最後の会話で極力仲間へ意識を向けないようにしていたのか、と、最後の会話の意図を読み取りながら、アルは自分が護った、後ろに庇ったままの少女へと、法術で取り出した武器を仕舞いながら振り返る。

 いつの間にか泣き止んではいたものの、襲われそうになった恐怖が尾を引いているのか、いまだ自らの身体を抱きしめて、俯き、震えている。

 

「もう大丈夫ですよ。あの人達はどこかへ行きました」

「…………」

 

 アルが声をかけようとも、視線をチラりとこちらに向け、再び視線を伏せ、返事をしようとしない。

 

「ふむ……」

 

 その姿を見て、短めに結われたツインテールを上から見つめつつ、どうして彼女がまだ塞ぎこんだままなのかを、考える。

 視線を上げてもすぐに逸らし、顔を伏せてしまう理由を、考える。

 護っている間にちゃんと整えたのか、男達に汚され黒ずんだ白のワンピースをしっかりと着た上で、身体の震えを止めるかのように自らを抱きしめている少女を見つめながら、考える。

 

 と、すぐに思い至った。

 自分はさっき立ち去らせた男達と、見た目が大して変わらないという真実を。

 

「……そう言えば、さっきもそれで警戒されましたからねぇ……」

 

 街に入る前の出来事を思い出し、独り言のように呟く。

 少女がまた僅かに視線を上げてくるが、見つめ返すと再び顔を伏せられてしまう。

 そのあまりの避けられっぷりに、自分のことながら思わず笑みが漏れ出てしまう。

 

「ま、そこまで警戒なされるのでしたら、僕は退散いたしましょう」

 

 そう言って、彼女の前に降ろしたナップザックを拾い上げる。

 

「別に怒っている訳ではありません。こうなっても仕方の無い外見をしてますし、そのことは自覚があるので、気にしないで下さい。ですが、僕が立ち去った後で良いですので、早くこの場から立ち去ったほうが良いですよ。さっきの男達が戻ってくるとは思えませんが、あなたのような可愛らしい方はだと、他の人達に狙われる可能性が高いですので」

 

 向こうの反応も待たずに一通り言いたいことを言って、では、とナップザックを背負いながら、路地の出口に向かって歩き出す。

 さすがにあそこまで震えるほど怖がっているのなら、声をかけてくることも無いだろう、と思いながら、街に出てどこに行こうかな、とか同時に考えながら、蹴り曲がった路地を、今度は普通に曲が――

 

「ぐへらっ!」

 

 ――るつもりだったのに、後ろから盛大な衝撃。曲がるところだったので、壁に向かって盛大に顔をぶつけてしまう。

 二つのことを同時に考え、声をかけてくるつもりも無いだろうと腹を括り、まして走ってくるなんて微塵も考えていなかったせいで、物の見事にその体当たりを食らってしまった。

 

「ど……どうか、されましたか?」

 

 両手を壁につけ首だけを何とか振り向かせ、腰に抱きつく形で体当たりをしてきた、さっきまで自分の身体を抱きしめて塞ぎ込んでいた少女へと、視線を向ける。

 顔にかなりの痛みがあるが、両手が塞がっているので顔の方を袖口に持っていって擦ることで何とか誤魔化しつつ、さっきまで視線を合わせず顔を伏せていた少女へと、視線を向ける。

 

 背負っているナップザックに顔を押し付けているせいでその表情は見えないが、抱きつくために回した腕から今も震えが伝わってくることから、まだ怖い思いをしながらも彼を引き止めていることが窺える。

 

「そ、その……あなたが怖くて、こうなってる訳じゃ、ありません」

 

 か細い、大人しい声。

 街の音が届きづらいこの場所でなければ聞き逃していただろう、本当に小さく、震えた声。

 

「さっきまでのが、その、尾を引いてるだけで……落ち着けば、収まります」

「無理をしなくても良いんですよ?」

「む、無理じゃありません。だってあなたは、その、私を、助けてくれましたから」

「ですが、僕の見た目は、さっきあなたを襲うおうとした人達と似ているでしょ?」

「た、確かに、似ています。そこは否定できません」

「でしょう?」

「ですが、私を助けてくれましたから」

 

 二度目の同じ言葉に、ふむ、と少し考え込む。

 

「……もしかしたら、こうして助けることで、あなたを油断させようとしているのかもしれませんよ? そして今のように油断したところで、あなたを襲う、とか」

「……失念してました。ですが、それは大丈夫です」

「何故です?」

「だって、あなたはウソツキなんですよね?」

 

 その言葉に思わず、大きく目を見開いてしまう。

 

「だから、そういうことをするかもしれない、っていうウソをついてるんですよね? と言うことは、私を襲うつもりは無い、ってことですよね?」

「……なるほど。これは一本取られました」

 

 続いた少女の言葉に、苦笑を浮かべてしまう。

 心なしか、少女自身の震えも本当に収まってきているように感じる。

 

「それで、どうして僕をこうして引き止めていらっしゃるのですか?」

 

 なので、完全に震えが止まったのを見計らって、本題に入ってみる。

 

「後ろから体当たりをするほどの用事、と言うのが、さすがに気になります。と言うか、いい加減に離してくれませんか? そろそろ、この体勢もキツくなってきまして……」

「その……無理です。あなたの顔を見ると、さっきのことを思い出してしまうので」

「あっ、そうですか……」

「と言うより、理想と現実のギャップが酷いです。こういう時に助けてくれるのは、カッコイイ人って相場が決まってるのに、まさか襲った人達と同じカテゴリの人に助けられるなんて思いもしませんでした」

「…………」

 

 さすがに少しショックを受けた。

 

「でも、救われたのは事実ですし、嬉しかったのも事実です。本当に、ありがとうございました」

「……いえ、礼には及びません。きっと僕以外の人でも、同じ状況を見れば助けたことでしょう」

「それは無いと思います」

「まぁ、確かにこのような場所ではね……」

 

 自分で言ったことのクセに、本当にそう思う。

 狭いくせに、奥に入れば何故か音が外に漏れずらいこの場所では、確かに自分以外には助けてもらえないかもしれないと、本当にそう思う。

 

 現にアレだけの銃声を鳴り響かせたのに、この街の役人がやってくる気配はまったく無い。

 

「ですから、ありがとうございます。……あっ、これで用事の一つを済ませてしまいました」

「それは良かったではありませんか。と言うより、一つ目、ですか?」

「はい、他にもあります。ですがこればっかりは、さすがにこの体勢でお願いすることでは無い気がします」

 

 そう言うと、腰に回していた腕を外し、一歩離れる。

 ようやく自由になったことに安堵しながら振り返るとそこには、伏せていた顔を上げ、真摯な瞳を向けてくる、震えが止まって怯えの色が払拭された、一人の可愛らしい少女がいた。

 体つきだけで判断していた年齢よりももう少し下に感じる、少女と言うよりも女の子と呼ぶのが相応しく感じる顔立ち。

 外で出会ったミフィと同年齢ぐらいかと思っていたが、おそらくはもう少し下ぐらいだろうか。

 

 と、その出で立ちを見て、ふと気付く。

 

「そう言えば、男達に触られたままでは気持ち悪いでしょう?」

「……いえ、そんなことは……」

 

 さっきまで忘れかけていたことがまた思い出されたのか、女の子の顔色がまた少し悪くなってしまう。

 

「あぁ、申し訳ありません。ですが、その……舐められたりもされてましたので、身体が気持ち悪いでしょう? 正直その感覚のせいで、あのことをずっと思い出してしまっている可能性もあると思うのですが」

「…………そう、ですね。その、こういう身体についてる気持ち悪いのも取り除かないと、ずっとこのままのような気も、します」

「では、身体を拭いてしまいましょう」

 

 そう言うと背負っていたナップザックを下ろし、中から身体を拭くための布を取り出す。

 

「乾いたものより濡れている方が良いでしょう。少し、街にある川で濡らして来ますね」

「ちょ、ちょっと待ってください」

 

 見つけ出した手拭いを片手にその場を去ろうと立ち上がったところで、女の子に服の裾を掴まれる。

 

「その……こんな場所で、一人にしないで下さい。余計に怖いです」

「ですが、乾いたものでは……」

「それだったら、もう、身体なんて、拭かなくて結構です……」

 

 本当に怖いのだろう。裾を掴む手に再び震えが戻っている。

 その姿を見つめながらアルは、僅かに思案し……分かりました、と声をかけてから再びしゃがみ込み、ナップザックの中から水筒を取り出す。

 

「ではこうしましょう」

 

 そう言うと返事も待たず、キャップを外し、片手に握っていた手拭いの上に、その水筒の中身を盛大にぶっ掛ける。

 

「あっ!」

 

 水が沁み込んでいく手拭いの姿があまりにも勿体無く感じたのか、女の子から驚きの声が上がる。が、アルはソレに何事も無いかのような微笑を返しながら、水筒を置いてその濡らした手拭いを絞る。

 

「大丈夫ですよ。水なんて、また汲めば済む事ですから」

「ですが……その、飲み水ですよね、それ」

「構いませんよ。また買えば済む話ですから」

 

 飲み水、とは言っても、何も水自体が有料な訳じゃない。

 ただ、水筒などに入れる、約一年という長期間の保存が利く旅人用の水が、有料なだけ。

 

「……ごめんなさい。私の、我侭のせいで……」

「構いませんよ。むしろあなたは被害者なのですし、コレ自体も僕が勝手にしたことでもあります。ですから、気にしないで下さい」

 

 女の子の謝罪により一層の微笑を携えながら答え、絞り終えた手拭いを女の子に手渡す。

 

「では、僕はここでさっきの男達のような人が来ないか見張っていますので、奥の方に行って身体を拭いてきてください」