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 何だかんだで面倒見の良い人なんだろうなぁ、とか、いやそれとも女の人だから優しくなる男の性なのかなぁ、とか、色々なことを思いながら、その少女の元へと駆け寄る。

 膝を軽く立てているせいで長いスカートの中から覗かせている細くてキレイな足首や、赤色の革鎧に守られている控えめに膨らんでいる胸すらも全体的な身体のバランスのためにそうなっているかのように錯覚してしまう、近付けば近付くほど意外にキレイな少女だと分かる彼女の元へと、駆け寄る。

 

 自分で広げたであろう商品をボ〜っと見つめるその横顔からしか分からないが、落ち込んでいるのが分かる瞳と長い睫毛、キレイな線を描いた顔立ちと長い栗色のおさげを垂らした、本当に可愛らしい、見た目だけなら十八歳に見える、その少女。

 

 こりゃあの人も目を付けて気に掛ける訳だよなぁ、とか考えながら、彼女の真正面に立ってアルは声をかける。

 

「あの、すいません」

「っ……!」

 

 声をかけてもらえたのが嬉しかったのか、パッと瞳に色をつけ、勢い良く顔を上げた。

 

「…………はい、何ですか?」

 

 が、アルの顔を見た途端、その表情が曇っていき、最終的には警戒の色を強めたものになっていた。

 初めに見たのが最高の喜んだ表情だっただけに、ソレが如実に分かってしまう。

 

「……振り幅が広すぎると、分かっていた事とはショックを受けますねぇ……」

 

 は? と目の前の少女が怪訝な表情を作るが、もちろん彼女に話しかけた訳ではない。

 ただの、独り言。

 今日家を出る時見た、窓に映った自分の顔を思い出しながらの、本当にどうでも良い、独り言。

 

 先程、役所のおじさんの喋り方が見た目通り云々の話をしていたが、じつはああしておじさんに話しかけていたアル本人が、一番見た目に反した丁寧な喋り方をしている。

 

 顎に生やした無精ヒゲ、鋭いくせに疲れた色をしているせいで悪人面に見える瞳、ボサボサになって手入れのしていない長い髪、それら全てが合わさって、ゴロツキ共とまったく同じ雰囲気を醸し出している。

 とは言え、完全なゴロツキ外見という訳でもなく、同じ男性だったり年配の女性が相手なら気にならない程度の外見はしている。……のだが、生憎と、まだ年端のいかない女性には同じに見えるのだろう。

 見た目も、雰囲気も、その全てが。

 

「あの、何か用ですか? もしそうじゃないんなら、商品の前に立たないでもらえます? 他のお客さんの迷惑になりますので」

「いやでも、他にお客さん来てないじゃないですか。人通りもほとんどありませんから、来るとも思えませんし」

「今は、ですよ。もし来たら、商品が見えずにお客さんが遠ざかっちゃいます」

 

 本当に警戒されてるなぁ、と苦笑いを浮かべながら思い、用事ならありますよ、と商品を見つめるように屈みこみながらアルは続ける。

 

「どうも、この街に入るためのお金が足りないそうで」

「……門番の人に聞いたんですか?」

「まぁ、そんなところです。それでまぁ、僕がその足りない分のお金を払ってあげようかと思いましてね」

「なに? あたしの身体目当て?」

 

 余計に警戒の色が強くなってしまったのか、敬語じゃなくなってしまった。瞳も睨みつけてくるかのように鋭くなっている。

 その様子に戸惑いながらも、あぁ〜、と声を漏らしながら、どう言うべきかを考え、続ける。

 

「……まぁ、確かにあなたは可愛らしいとは思いますが、そういうのではなく、ただ純粋な好意でですよ」

「純粋な好意? 絶対裏があるでしょ?」

「そんなことは……。……まぁ、信じてもらえないんでしたら、この商品の中から一つ買いましょう。そうですねぇ……ではこれを、あなたの足りない分のお金で買いましょう」

 

 と、並べられている商品の中から、純度の高い緑色の石が無数に嵌め込まれたブレスレットを手に取る。

 

「それじゃ、銀貨紙幣六十」

「分かりました。銀貨紙幣六十ですね」

「って、え?」

 

 入街料全額を請求したのに、何の疑問も抱かずあっさりと了承し、そのまま無造作にポケットの中を漁って銀貨紙幣六十を彼女の前に置く。

 

「え? えっ?」

 

 不機嫌になったりイチャモンをつけてきたりするもんだと思ってたから、何も無く、あっさりと銀貨紙幣を渡してきたその姿に少女は戸惑いの色を浮かべる。

 が、その姿に気付いているのかいないのか、アルは何事も無いかのように続ける。

 

「それで、これはあなたにプレゼント」

 

 と、さっき買ったブレスレットを、立てたままの少女の膝に乗せる。

 

「こうして出会えた記念みたいなものですので、受け取っておいてください。正直、僕が持っていても仕方の無いものですし。あ、でもまた売り物にはしないで下さいよ? こんな顔の男でも、そういうことされると結構悲しいので。ま、僕にバレないようにしてくれるなら、話は別ですけどね」

 

 それではこの辺で、と言うと立ち上がり、そのまま彼女の元を立ち去って、さっきの街に入るための門へと歩みを進める。

 本当にこのまま、このお金を全額渡したまま立ち去ろうとしていることが分かる、躊躇いの無いまっすぐな歩み。

 その姿を、少女は呆然としたまま数秒見つめ、次いで自分の爪先に置かれた銀貨紙幣を見つめ、最後に膝の上に置かれたブレスレットを見て――

 

「待って!」

 

 ――と声をかけ、ブレスレットと銀貨紙幣を手に取り立ち上がった。

 そのまま立ち去ろうとしたアルの前へと回り込み、コレ、と四十銀貨紙幣を突っ返す。

 

「あたしが足りないのは二十だから、これは余剰分! だから返す!」

「いえですが、六十なのはそのブレスレットの値段でしょ? だったらその四十も、あなたが受け取っておいてください」

「え? あっ、そうなの? てっきりあたしは、入街料に足りない分のお金を聞かれたのかと……って、あんた確かにそういう意味で値段聞いてきたじゃない!」

「あ、バレてしまいましたか。ですがそれは、その商品の値段を、あなたが街に入るために不足している分の値段にする、という意味だったんですが……」

「? ……意味が分かんないわよっ!」

「そんな逆ギレされましても……ともかく、そのブレスレットの元の値段は知りませんが、足りない分のお金で買う――つまり、入街料に必要な六十分までなら言い値で買う、と僕が言った以上、その値段が六十だと言われれば、それは六十になるという訳です」

「……分かった。何となくだけど分かったわ。でもそれだったら、このブレスレットの元の値段は三十だから、やっぱ三十は返すわ」

「良いんですか?」

「良いのよ。六十なんて吹っかけたけど、アレはあなたが怪しい奴だと思ってたからしたことなんだし」

「思ってた、と言うことは、もう思ってないと?」

「うん、もう思ってない。立ち去るときの後ろ姿見て分かったわ。あたしが、あなたを見た目だけで判断しているダメな女だ、ってことがね。これでも結構旅はしてきたし、色々な人も見てきたし、騙されもしてきた。だからこれでも、人を見る目は確かなつもり。……あなたのあの後ろ姿さ、後悔だとか残念だとか、上手くいかなかった落胆だとか怒りだとか、そういうのまったくなかったようにあたしには見えたの」

「見せかけてるだけかもしれませんよ?」

「その時は結局、あたしに人を見る目がなかったってだけの話。でも少なくともあたしには、あの時あなたは人を助けられたとこに満足してた、ように見えたんだけど?」

「……まぁ、否定はしませんよ」

「でしょ? と、そう言えば、あなたの名前は?」

「アルです。これでも一応、歴史について研究しています。その資料探しのついでに、この街に」

「なるほど。あたしはミフィール。ミフィでも良いよ。あたしはまぁ、師匠が旅に出て世界を見て力をつけろ、って言ったから、こうして旅を続けてるの」

「ふむ……ようやく無警戒の可愛らしい声を聞かせてもらって思ったのですが、もっと大人しそうに喋ればどこかの令嬢にも見えるでしょう。妙に活発なのですね」

「勿体無い、って言いたいの? それだったらあなたこそ、その見た目に合わない丁寧な口調はどうかと思うわよ? 人を騙そうとしているから丁寧な口調になってしまっている人、に見えちゃうぐらいだし」

「ははっ、これは手厳しい」

 

 なんて答えながら、改めて差し出された三十銀貨紙幣を受け取る。

 と同時、ブレスレットも押し付けられる。

 

「プレゼントしてもらって悪いけど、あたしが持ってても仕方が無いからあげるわ。売り物に出来ないんならどうしようも無いし。ま、元々あなたが買ったものだから、あげる、って表現は間違いなんだけど」

 

 その言葉が終わると同時、ミフィは返事も待たずにさっさと露天の場所へと帰って行く。

 自分ももらっても仕方ないんだけど……とは思うものの、確かに自分が買ったものだし、プレゼントしようとして突っ返されたものを再び押し付けるのもおかしな話だと思ったので、そのまま受け取っておくことにする。

 

「おっ、学者さん、もしかしてダメだったのかい?」

 

 と、一人で帰って来たアルを見て、おじさんが陽気な笑みを浮かべて声をかけてくる。

 その様子にアルは苦笑を浮かべながら、先ほど渡してもらったブレスレットを顔の横まで持ち上げる。

 

「まぁ、寄付は出来ましたよ。この商品を買う形で、ですけどね」

「なんでぇ。仲良くはなれなかったのかよ。夜のお供をさせる約束とか、さ」

「下世話がすぎますよ。名前の交換ぐらいはしましたから、僕個人としてはこれぐらいで満足です」

「そうかい。ま、兄ちゃん自身がそういうなら、それで構わんさ」

 

 そう言うと窓口の中で何やらごそごそと腕を動かす。そしてしばらくして、ガチャン、と鍵の開く音。

 

「ほれ、金はとっくにもらってたからな。通ってくれて構わねぇぞ」

 

 そうして声をかけながら、扉を守るようにある半円の鉄格子を横にスライドするかのように開けてくれる。

 

「ありがとうございます。では、またこの街を出る時にでも」

「おお。その時に勇者のこと、教えてくれよな」

 

 その言葉に微笑を返しながら、格子の中に守れていた簡素な扉を開け、街の中へと歩みを進めた。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 家の陰になっているのか、扉を抜けた先は暗かった。

 門を抜けるための大きな道がすぐ隣にあるのに、街の喧騒も遠いところから聞こえてくる。

 

 とりあえず、陽の光が遮られていない、門を抜けるための大きな道へと出て、遠くに沢山の人が行き来しているのが見える場所目指して、聞こえてくる目指して、のんびりと歩いていく。

 

 昔訪れた時は確か、今歩いているこの大きな道が街の中心になっていたように思う。

 この広い街の、天辺から底辺までを一直線に繋いだ、二頭馬車が三台は通れるであろう、この大きな道が。

 だが今はその面影は無く、この街の住人と思われる人や、近くにあるのであろう宿へと足を運んでいる旅の者しか見かけない。

 街の中心なんて変わるものか、なんて考えながら、昔訪れた時に聞いたこの街についてのことを、アルは思い出していく。

 

 街を大きく囲っている壁は、その辺を徘徊していた魔物から街を守るために、数十年の歳月をかけて作り上げられた、当時の街人皆の努力の結晶。

 十万人住めるか住めないかの、この大きな街を囲うように作り上げられたどの家屋よりも高い壁は、“たった”数十年で、当時の街の人達によって作り上げられた。

 それは文字通り、最高傑作にして最硬守護の壁。

 

 さらにこの街を区切っている川は、当時盛んだった魔術を用いて街の中心に人工的な湖を作り上げ、そこから合計八本のラインを均等に引くようにして作られている。

 当然コレも、ただの川ではない。

 流れた水は全て街の外側へと伸び、やがて作り上げられた壁へと辿り着く。川の終着点は全て街の中で最も低い区域に向かうため、流れた水は壁に沿ってその場所へと向かっていく。

 そうした川の終着点となる区間を強大な森林地帯にし、終着点となる湖自体に神秘性を持たせた。そうすることで、魔物を退ける水――聖水を作りやすくし、後はそうして作り上げられた聖水を、再び街の中心にある湖へと人々が流し込み、川に沿って再び街全体を回り、街を囲う壁へと辿り着き、街全体を覆うように流れていき、聖水を作るための湖へと還る。

 そして再び人が――と、こうして繰り返すことで、常時街を結界で守っていられるようにした。

 

 そうした二つの行為により、この街は常に安全だった。

 魔物に対してもっとも安全な街だ、とまで、言われるほどに。

 全ての街の人々が手を取り合うことで……壁と聖水で街を囲うという、二重の守りに固められた、全ての魔を退ける街を、作り上げた。

 

「……っと」

 

 沢山の人が行き来している、喧騒の中心と思われる大きな道が見えてきた。

 今歩いている道を塞ぐように存在している、昔とは違い塀を作って円形にしっかりと整えられた、八つの水路が作られた池の外面に触れぬよう弧を描いた、この道と同じぐらいの広さをしている大きな道が、見えてきた。

 

 昔はあんな狭い池みたいなんじゃなくて、広場全体が湖で、その上に橋と同じ要領で作られた広場があって、そこから街の外側へと流れていく川を眺めるのが風情があって良かったのにな、なんてことを考えながら、その街の中心とは“違う場所”を、アルは見つめる。

 自分の立っている場所から右手側、喧騒の影にある、建物と建物の影にある、細くて暗くて陰っている裏道を、静かに見つめる。

 その中から聞こえてくる音を逃すまいと耳を澄ませながら、ジッと静かに、見つめ続ける。

 

「…………」

 

 そしてゆっくりと、その道の中へと入っていく。

 身体を緊張させながら、物音一つ立てぬよう、ゆっくりと、静かに、道の中へと入っていく。

 

「…………」

 

 段々と、道に入る前から聞こえていた音の発信源へと近付いているのが、分かる。

 本当に微かにしか聞こえなかった、もしかしたら街中から聞こえている川のせせらぎよりも小さかったかもしれない、その音の発信源へと、ゆっくりと近付いているのが、分かる。

 ……だって、段々と、大きくなっているから。

 

 無理矢理抑えられている少女の悲鳴と、抑えようともしない男達の荒い息遣いが。

 

「〜〜〜〜っ! ――ゃ――!」

 

 少しだけ口の隙間が開いたのか、それとも目標地点に近付いてきたのか、少女の声と息遣いが、今度はしっかりと聞こえてきた。

 耳を澄ませなくとも、しっかりと聞こえてきた。

 

 目の前の家は川沿いに建っているのか、左側への曲がり角が鋭角になっていてとても狭い。こうして道の中頃まで入ってこなければ、もしかしたら普通の人にはただの行き止まりに見えていたかもしれない。

 現にアルも、あくまで何かが“聞こえた”からここまで来たのであって、“見えた”からここまで来たのではない。

 

 そうして曲がり角に辿り着いたアルは、顔を覗かせ、ゆっくりとその先で行われている行為を見つめる。

 

「……っ!」

 

 そこには、何か一つを取り囲むように、複数の男がいた。

 ある者はしゃがみ込んでその“何か”を押さえつけるようにして、ある者は立ったままその“何か”を視姦するようにして、それぞれ様々なことに対して息遣いを荒くした、合計七人の男達が、そこにはいた。

 

 そして、そんな男達には似合わない、とても幼い女の子も、そこにはいた。

 

 その子こそが、男達に取り囲まれている“何か”。

 埃で黒く汚れた白のワンピースを捲り上げられ、露になった肢体を複数の男達に撫で回され、下着を足元までズラされ、今まさに足と足の間に身体を捻じ込まされそうになっている、一人の幼い女の子。

 叩かれたのか顔を赤く腫らし、ずっと泣いているのか瞳も赤く腫らし、口は布を噛まされ声を封じられ、膨らみのある胸を下卑た笑みを浮かべながら舌を這わされ、小さな手を穢れた男の棒へと持っていかされ無理矢理握らされ……そんな陵辱を受けている、一人の少女。

 さっき街の出入口で出会った少女よりも、さらに幼く見える、一人の少女。

 

「…………」

 

 このまま、何も見なかったことにして静かに立ち去れば、彼には何の被害も及ばない。

 無かったことにして、このまま本来の目的を達しに、街の喧騒へと戻れば、面倒事には巻き込まれない。

 

「…………」

 

 そうしてアルは、静かに、街の方へと足を進める。

 まるでそのまま、街へと帰るかのように。

 この裏道から出て、この出来事を見なかったことにするかのように。