ギンッ! と重く響く、金属同士の衝突音。
聖騎士が持つ斧槍よりも広く取られた間合いを瞬きの間に詰め、鞘走りの勢いを乗せた青年の放つ最高速度の攻撃はしかし、斧を地に突き立てて固定させた鉄の持ち手で受け止められた。
「ぐっ……!」
そのあまりの威力に、聖騎士が無意識のうちに呻き声を上げる。
大地に固定させ、しかも両腕の力を使ってまで受け止めようとしたにも関わらず、少しだけ力で押されてしまったが故だろう。
「ふっ!」
ギチギチと得物同士が軋む音を中断させ、青年は躯を回転。
その勢いをそのまま乗せ、反対側への斬撃を放つ。
再び、ギンッ! と響く音。だがその音は先程よりも幾許か軽い。
爆ぜた勢いと鞘走りからの勢い、さらには見事な重心移動が合わさったからこその、先程の威力。躯の回転だけではそこまでの威力は出せないのだろう。
「しっ!」
だがその代わり、次からの斬撃は目にも留まらぬ速さで何度も放たれている。
頭上から叩き割るような斬撃。
右肩を落とすような斬撃。
体を横に真っ二つにするかのような斬撃。
天へと向かう股裂き。
時折急所を狙って放たれる的確な刺突。
それらの攻撃を順不同、しかも高速に何度も放たれる。
「っと……!」
しかしその攻撃は全て、聖騎士の身体に届かない。
少し放つタイミングをズラそうとも、届かない。
彼が手に持つ斧槍によって。
頭を叩き割ろうとする斬撃は頭上へと横に構えて弾く。
右肩へと迫る斬撃は短く持って下から上へと振り抜くことで弾く。
真っ二つしようと迫る斬撃は突き立てるように縦に構えて弾く。
天へと向かう股裂きは後ろに下がることで避け、時折放たれる刺突は躯をズラすことで躱す。
その完璧な、隙を全く作らない防御は、まさに民を守る聖騎士だからこそ――いや、違う。
聖騎士として見ても優秀な分類だろう。
「っ……!」
だがあくまで、防ぎ続けることしか出来ない。攻める手立てを見つけることが出来ない。
……いや、確かにこれだけでも相当凄いことではあるのだ。
この攻撃の群れを、不規則に迫る死の刃を、その全てを防ぎ続けているのは相当な技量なのだ。
だが、そこから上にはいけていない。
このままだといずれ攻めきられ、殺されるかもしれない。
そんな、聖騎士の内に生まれた無意識の焦りが、僅かに見せた青年の隙を衝こうと、攻撃を放つ。
放ってしまう。
刃を振り上げてからの、がら空きの脇腹。そこへと斧を突き立てようと、その槍を振るう。
……無意識の焦りが無ければ、その突然の隙に違和感を覚えただろう。今まで隙の無い攻撃を放っていたのにどうしてと、頭の中をかすめる事が出来ただろう。
この聖騎士が、聖騎士長としての任に就けないその理由。腕は立つのに上へと迎えないその理由。
それは攻撃され続ければ無意識に焦ってしまう、その未熟な精神が故だろう。
聖騎士である以上、自らの後ろを護れるのならば、どんな攻撃も防ぎ続けなければならない。
たとえ攻める手立てが無かろうと、このままだと自らがやられてしまうとわかっていても、後ろを護るため、その心を平静に保ち、その身体を捧げなければならないのだ。
「なっ……!」
隙を衝いたにも関わらず止められた攻撃に、思わず動揺の声を漏らしてしまう聖騎士。
……彼は、忘れていた。あまりにも速い攻撃を繰り出してきていたので、視界から外れていた。
……青年の攻撃は全て、“片手に持った武器で放たれ続けていた”ということを。
右手に持つ刀一つで攻められ続けていたのだということを。
左手に逆手にして持つ、鞘の存在が抜けていたということを。
青年のがら空きの脇腹。そこを狙って放たれた聖騎士の刃は、青年が左手に持つ鞘によって防がれた。
さらにはそのまま勢いを殺し、流すようにその刃を進ませ、鞘越しの左肘と立てた左膝、そこに挟まれるようにして固定されてしまう。
「ぐっ……!」
思わず引き抜こうと力を込める。だがどういう訳か、両手で必死に引っ張っているにも関わらず、その斧槍は抜けない。
「終わりだ……」
真正面から放たれる青年の静かな声に、慌てるように顔を上げる。
するとそこには、自らの顔へと振り下ろされる、先程振り上げられた一振りの刀――
ギンッ!
何度目かの、鉄同士の破裂音。
だが今回は刀と斧槍から放たれたものではない。
刀と、腕に嵌めたままの腕具からだ。
「っつ……!」
腕から伝わる衝撃に顔をしかめる聖騎士。
斧槍から片手だけを離し、前腕で受け止めるように突き出すことで直撃を免れることが出来たので、衝撃程度の代償はむしろ安いぐらいだろう。
「舐めるな……!」
だが青年の攻撃は、ここで終わらない。
聖騎士の刃を受け止めるのに用いた左腕を振り上げ、自らの刀を握らせる。
斧槍が自由になり、動くようになったことですぐさま攻撃に移ろうと聖騎士が動き出す――
「つあっ!」
――よりも速く、青年は刀に力を込めた。
「ぐぉっ!」
受け止めたはずの刃。受け止めてくれたはずの腕具。
だが今やその真実は崩れ去った。
刀に力を込めた瞬間、腕具が割れた。
刀は“聖騎士の腕具ごと、腕を斬り落とそうと迫った”のだ。
すぐさま飛び退くことで腕の切断は免れたものの、前腕の健は切られてしまった。これではくっつくまで使い物にはならないだろう。
「くそっ……なんてバカ力なんですか……!」
痛みに顔を歪ませながら、聖騎士は苦々しく呟く。
飛び退く段階で斧槍は自由になっていたので、彼の右手の中に辛うじて存在はしている。だがこの長物の武器では、とてもじゃないが右手一本で振り回すことは叶わないだろう。
実質、聖騎士の戦闘力を奪ったと言っても過言じゃない。
「……俺の戦い方には二種類あってな。一つは、最初から見せていた速さ特化の斬り合い。そして二つ目が、今から見せる、両手で刀を握った状態での防御破壊の斬り合いだ」
そう言うと青年は、両手に握った刀を正眼に構える。
「刀で攻撃・鞘で防御を行う攻防一体の構えと、力に頼りきった攻撃主体の構え、ですか」
血が溢れ続ける左腕をダラりと下げ、右手の中にある斧槍を地に突き立てることでようやく立つことの出来ている聖騎士。
そんな彼からの言葉に、ご名答、と青年は続ける。
「両手で握ることで防御を不可能にする程の力を発揮する、なんてことは実質不可能。だからこれは重心移動の仕方からして違う。だからこそ、こんなことになるだなんて思わなかっただろ? 聖騎士」
「確かに……速さと力は、ある一定のラインを同時に越えることなんて出来ません。どちらか一つを極めれば、どちらか一つが厳かになるものです。……その常識を逸脱するとは……不意打ちとしては完璧です。誰も想像できないのですからね」
「そういうことだ。俺の師の流派はそういうもんなんだ。ある一定のラインを同時に超えることが出来ない、なんて常識を破るための方法……速さの重心移動を、力の重心移動に応用。力を込める筋肉の動きを、速さを放つための筋肉の動きに流用。それらを無理矢理身体に染み込ませることで、同時にラインを超えることに成功したのさ。……さすがに、両方同時には無理だったけどな」
「最高の速度で最高の攻撃力……それを目指して不可能だった……とは言え、こうして構えを変えることで不意打ちとして利用」
「ああ。ある程度武術をかじった奴ならそのラインのことはわかるからな。そういう奴に向けての不意打ちなのさ」
力を極めたからこそ成立する、その不意打ち。
極めようとした者だからこそ決め付けてしまう、その常識を覆すための方法。
「……もしかして君の身体は、相当ガタがきているのではないですか?」
「……復讐さえ出来れば、過去は当然として未来もいらなかったからな。ただ、復讐心だけを宿せる体があれば良かった。復讐心だけを晴らせる、一時的でも良いから器があれば良かった。……身体なんて、早い段階で動かなくても十分なんだよ」
少しだけ哀しみを瞳に宿しながら、自虐的にそんなことを言う青年。
その様子を見て聖騎士は、もしかしてと気付いてしまう。
自分が殺そうとしているあの少女が、そんな気持ちで支配されていた彼を救ったのではと。
だからこそ彼は、自分を救った少女を護ろうとしているのではないのかと。
「……大切なものを護るという意味では、僕もあなたも、違いはなかったのかもしれませんね」
だが、気付いたからといって、引き下げれる訳ではない。だってこれは、騎士としての自分が引き受けた、戦いだから。
「…………」
聖騎士の言葉を聞いた青年は、少しだけ顔を下げ、嬉しそうに歪んでしまった表情を隠す。
そして次に顔を上げる時には、再び先程までと同じ、目の前の敵を殺すという覚悟をした表情。
「さて……話は仕舞いだ、聖騎士。さすがに出血のしすぎで意識が朦朧としてきただろ?」
「まぁ……確かにそうですね。これでも平静を保つフリは得意なつもりなのですが」
「殺すのは忍びないが……もう一度狙われても厄介なのでな。ここで殺させてもらう」
そう告げた刹那、青年は大きく踏み込み、大上段から刀を振り下ろす。
……聖騎士に、これを防ぐ術は無い。そう感じていたからこそ、青年は力を精一杯込めて振り下ろした。
もしかしたら防がれるかもしれない、という事態も想定して。
防いだとしても、その上から確殺出来る攻撃を、放つ。
「っ!」
がくんっ! と聖騎士の膝が折れる。
大量の失血で足に力が入らなくなったのだろう。
そう、青年が“油断した”。
崩れ落ちるように倒れた聖騎士の身体。だが次の瞬間、斧槍を握りしめたまま右腕を地に付け、片腕で逆立ちするように足を天へと向ける。
そして迫り来る刃を、白羽取りの要領で、脚具の部分で挟み込んだ。
「しまっ……!」
気付いた時にはもう遅い。勢いのある刀を完璧に受け止めきることは出来ず、脚具の一部を欠いて聖騎士に傷をつける。
が、その対価として、青年の刀を奪い去ることに成功していた。
「くっ!」
刀を握ったままでは投げ飛ばされると思い、咄嗟に力を緩めて距離を置こうとしている青年の動きは最善だっただろう。
だが最善すぎるが故、読まれやすい手でもある。
聖騎士は地に足を着けると同時、傷ついた脚をものともせず、置かれようとしている距離を一息に詰める。
青年が距離を詰める時ほどの速度は無い。だが、青年のバックステップに追いつける程度の速度で。
「片手で振るえなくても、片手で突き刺すことは出来ますっ!」
そんな叫び声を上げながら、斧槍を最長距離で放てるよう棒の先端を握っての刺突は、青年の脇腹を見事抉るように貫いた。
◇◆◇◆◇
黄緑色の草原。夕陽で染まる紅きその場所は、いまや青年から流れ出る鮮血で赤黒く染まり始めていた。
空のような心洗われるキレイな赤ではなく、見ていて気持ちの悪い黒の混じった赤。
その中心で青年は、ただ赤い空を見上げていた。
「……油断、しましたね」
「……ああ」
上からかけられる聖騎士の言葉に、力なく答える青年。
……そう、油断していた。
騎士だから、あんな身軽な動きは出来ないだろうと決め付けていた。
その油断の結末が……コレ。
「でもな……俺はこのまま……倒れてる……訳には……!」
自らを奮い立たせ、どうにかして起き上がろうとする青年。
だが聖騎士はそんな彼を無視し、その横を通り過ぎるように歩き出す。
……何処へ……?
……決まっている。
少女の下へ、だ。
「てめっ……待てっ!」
「待ちません。あなたにもし起き上がられたらめんどうですので。早々に済ませてくるとしましょう」
右手に短く斧槍を持ち、足を止めることも無く淡々と告げ、聖騎士はそこから離れていく。
「ぐっ……! 逃げろっ! 逃げてくれ!」
身体を転がし、何とか少女へと視線を向けて叫ぶ青年。
あまりにも多い出血のせいか滲む視界の中、少女はこちらを心配そうに何度も振り返りながら、離れるように駆け出し始めた。
その姿に、少しの安堵感。
だがそれも束の間。安堵感で瞼が少しだけ下がったその間に、左腕から血を流し続けているとは思えぬ速さで、少女へと詰め寄る聖騎士の姿。
そして叫び声を上げる間もなく、あっさりと、その右手に握る斧槍で、少女を貫いた――
「っ……!」
その、あんまりな現実に、言葉を失ってしまう。
大切な人、心の支えとなっていた人、その存在が無くなる光景を目の当たりにして、あまりの絶望感に、あまりの消失感に、言葉を発することも出来なくなってしまう。
そして、気付く。
結局自分は、彼女がいなければ、崖へと飛び降りるしかないのだと。
落ちて死ぬしか、無いのだと。
「…………」
心の奥底から吐きそうな感覚。
今すぐ自分の首を絞めて死にたくなる絶望感。
涙を流すことも出来ぬ消失感。
あの聖騎士を殺そうという気なんて起きず、幼い頃村を潰された時の復讐心すら起きず、心の中にあるのはただ、今すぐ少女へと駆け寄りたいという衝動だけ。
幼い頃と同じ状況なのに――大切な存在を目の前で殺されたのに、あるのはただ、今すぐ死にたいという感覚だけ。
心の中の消失感を今すぐ刃で抉り出し、血の海の中でそこへと飛び込んで、虚無の中へと消えてしまいたいという感覚だけ。
駆け寄りたいという衝動に駆られているのに、今すぐ死にたいという感覚にも駆られている。
二つの感情がせめぎ合う。
でも、そのどちらの感情も、満たすことは出来ない。
だって今の俺は、動くことすら叶わぬのだから。
感情を満たすことも出来ず、ただ悲しみにくれることも出来ず、ただその光景を、何かを考えることも出来ずに、見ていることしか出来ない。
「おいっ! 離れろ! 爆風に巻き込まれるぞっ!」
斧槍を捨ててまでこちらへと走ってくる聖騎士の言葉が耳につく。
……そこでふと、わかる。彼がこんな、何も無い平原で声をかけてきた理由を。
……簡単なことだ。
結局、彼女を爆発させずに殺すことなんて、誰にも出来なかったんだ。
だからこんな、人のいない場所で殺す必要があった。
爆発に誰も巻き込まないため。
「さあ! 行くぞっ!」
そうして俺の手を取って走り出そうとする聖騎士。
だがその手に掴まれる前に、身体の全バネを使って起き上がり、一気に聖騎士から距離を取る。
……あの子の元へ、向かうため。
「……!」
聖騎士が何か言っている。
……でも、聞こえない。
……さっきの起き上がり様の走りで、根こそぎ体温が奪われるような感覚がした。
おそらく、腹に空いた大穴から大量に血液が溢れ出たのだろう。
……だって……起き上がれる訳がないと、俺自身が分かっていたにも関わらず、その気持ちを無視してまで、無理矢理身体を、動かしたのだから……。
「ぐふっ……!」
何か、口から大量の液体が出る感覚。
……おそらく、血液だろう。
もう、滲みまくっている視界では、血の色すら判別できない。
だからもしかしたら、嘔吐物だったかもしれない。
でも、そんなのはどちらでも良い。
今はただ、落ちそうになる瞼を、辛うじて開いて……崩れそうになる膝を、辛うじて動かしているだけで……。
ただ、少女に駆け寄りたい、その一心だけで、とっくに動かないはずの身体を、無理矢理に動かしているだけで……。
でもそこで、何かに躓いて転んでしまう。
……もう、ダメだ……。
せめて言葉だけでも少女に伝えようとするが、すでに声を出す体力も無い。
なら、駆け寄るしかない。
でも、起き上がる前に、視界がここまで滲む前に見た、少女の場所まではまだまだある……はず。
首を上げて見ることも出来ないから正確な距離はわからないが……でも、確かにまだまだだったはずだ。
それなのに……こんなところで……倒れるなんて……!
「かっ……!」
倒れた衝撃か、再び口の名から吐き出る液体。
さらに、体温が低くなったような気がする。
……何か、段々と寒くなってきている……。
もう四肢に力を込めることも、瞼を開けることも、口を開くことも、呼吸をすることも、出来なくなってきた……。
……辛い……。
……こんなところで死にそうなのが、じゃない。
彼女の元に駆け寄れないのが、辛い。
そんな、ボロボロの身体なのに、何故か俺の髪を梳いている様な感覚が走る。
もう動かないはずの首が、何故か普通に動く。
滲みきっていたはずの視界が、何故かその指の正体に視点を定める。
するとそこには、駆け寄りたいと思っていた少女が、座っていた。
座って、頬笑みを向けてくれて、俺に膝枕をしてくれて、髪を梳いていてくれていた。
その、まだあまりにも距離があったはずなのに、今は近くにいる少女が不思議で仕方なくて、彼女の後ろを見てみる。
するとそこには、点々と地を這う血液の後。
「お前……刺されたのに、無理をしてまで俺のところに来たのか……?」
喋ることすら叶わぬはずなのに、何故か流暢に言葉が流れ出る。
「それは……あなたも同じでしょ?」
その、少女の口から出た、聞いているだけで安心する心地良い声に、思わず目を剥いてしまう。
だって彼女は……喋れるはずが、ないのだから……。
「お前……どうして……?」
「……たぶん、死ぬ前だから喋れるんだと思う。最後の奇跡、かな」
「そんな……!」
「だから最後に、どうしても言っておきたかったの。……ありがとうって」
「ありがとう……?」
「うん、ありがとう。わたしの我侭に、付き合ってくれて。……私さ、あの研究施設に入れられる前から、ずっと世界を見たかったの。だから、見せてくれて、ありがとう」
「そんなの……! 俺だって……死のうとしてたのを、生かしてもらったし……」
「でもわたしは、あなたから沢山のお礼を聞いた。でもわたしは、自分の口からお礼を言えてなかった。だから、今なら言えるから、言わして欲しかったの。……それと、もう一つのお礼」
「もう一つ?」
「そ。……わたしを好きって言ってくれて、ありがとう」
そうして顔を赤くし、満面の笑みを浮かべて、言った。
「楽しい時をありがとう。一緒にいてくれてありがとう。……わたしも、あなたのこと、大好きだから……とってもうれしかった! ……だから……だからわたしのこと、名前で呼んで! わたしの名前は――」
そこで彼女の、言葉が止まった。
……いや、違う。彼女の口は動いている。
だからたぶん、言葉が止まったように聞こえないのは、彼女の内から発せられる、何かが収束するような、何かが擦り合うような、この高音のせいだろう。
だから俺もまた、言葉を口にする。
この音で聞こえぬかもしれないが、それでも聞こえたなら、聞いて欲しいから。
「俺も! ありがとう! お礼を言われるのはこっちの方だ! うれしい時をありがとう! 俺みたいなのと一緒に居てくれてありがとう! 愛させてくれて、ありがとう!」
恥ずかしげも無く涙を流しながらそこまで言って、彼女の内から幾重もの光の帯が溢れ出る。
その、幻想的な光景の中、そろそろ爆発するのだと、現実的なことを思った。
だから俺は、最後に一番やりたかったことを、一番言いたかったことを口に出してから、実行した。
「俺は! 死んでも君を、好きでい続ける!」
動くはずの無かった腕を伸ばし、彼女の顔を俺に近づける。
そして目を瞑り、彼女の唇に、自らの唇を合わせようとする。
――そこまでだった。
そこで青年は、閃光の中に飲み込まれた。
◇◆◇◆◇
爆発が起きた場所を、遠くから眺める。
黄緑色の草原はそこになく、あるのは焦げた土の色。
月の光に照らされしその場所には、一つ大きな穴が広がってる。
そこはおそらく爆心地。死体と思われるものはなし。
そしてそこから遠く離れた場所、そこには一つ焦げた死体。
脇腹に抉られたような穴のある、黒に焦げたうつ伏せの死体。
その景色をただ、聖騎士と呼ばれるものは、遠くから眺める。
二人仲良く、それなのに別々に崖へと飛び降りた、ある二人の存在を想って……。
涙を流し、滲む視界の中、濡れる頬をそのままに、ただ遠くから、眺め続けてる。