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 パチパチと、炎の爆ぜる音がする。

 

 ガラガラと、建物の崩れる音がする。

 

 実験場として扱われていたこの場所を焼き払いしは青年。

 だが彼も未だ、その燃える建物の中。

 

 一際広く、おそらく建物の中心と思われるべき場所。

 その中心でただ独り、崩れる天井を他人事のように、無感情に見上げている。

 

 朱く染まった黒の外套、右手に握られている血のついた刀、左手に握られているその凶器を収める鞘。その顔に乾いた血液を浴びたままの、その青年。暗き影を落としたその姿はさながら死神。

 

 逃げ遅れ、絶望している訳ではない。

 ただ単純に、復讐を果たした自分はこの世界から消えるべきなのではと、考えているに過ぎない。

 

 

 ……そう、復讐は果たした。

 俺の村を襲い、俺を庇った両親と、大切な友人と、大好きだった女の子をさらったこの研究機関は、滅びた。……滅ぼした。たった今。

 

 何十年も修行した。

 逃げ延びた先で出会った刀剣士に弟子入りした。

 復讐のためだというのを伏せ、無我夢中で学び続けた。

 そして力を手に入れ、この場所を暴き、何週間も下準備をし、火を放ち、仕掛けた爆薬を破裂させ、逃げようとする全てのものを斬り捨てていった。……たった一人で。

 

 相手は全て、ただの人間。強い者も鍛え上げられた者も居ないこの場所を、こうして滅ぼすのは実に容易かった。今までこうならなかったのは、ただ場所がバレていなかっただけの話。

 だから……誰にでも出来たことなんだ。

 

 ……でも……ここまで来るのに、時間がかかりすぎた。

 

 あの頃九才だった俺も今や二十一。

 だから……今はもう、何も無い。帰りを待ってくれる人も、誰もいない。

 

 復讐だけを考え、無心に強くなった結果がコレ。

 ……まぁ、それも構わない、か。どうせ復讐を果たすためだけに生きてきたのだから。

 

 ……悲しくは無い。こうなると昔からわかっていながら、ただ無我夢中で強くなってきたのだから。

 

 ……こうして復讐を果たしたら、果たした場所で共に絶えようと、思っていたのだから……。

 

 

 ……そう。青年は復讐を果たした。つまり、ゴールテープを切ったのだ。

 目の前にあった、今は後ろに破り捨てられている、復讐と言う名のゴールテープを。

 

 ……だが、青年のその先には何も無い。

 ゴールテープを切った先は道ではなく、真っ暗な闇が口を広げているただの崖。

 

 ……復讐のみを考え、無我夢中で走ってきた。だからたった十年で、ここまで強くなれた。

 

 だがそれは言うならば、未来を犠牲にして得た強さ。

 未来を考えないことでようやく得ることの出来た、強さ。

 

 ……考えてみればいい。

 “たった”十年の修行で、本当に独りで研究施設を破壊することなんて、出来るようになるのか……? 

 ……そんなもの、何の犠牲も払わずに行うなんてこと、不可能に決まっている。

 

 だから彼は、未来を捨てた。

 “無くされた過去の糧”という犠牲だけでは不可能だからこそ、まだ“無くなっていない未来”を犠牲にしたのだ。

 

 ……虚しいと、同情するものもいるだろう。

 愚かだと、罵るものもいるだろう。

 

 だが彼は、後悔なんてしていない。

 むしろこれで良かったとさえ思っている。

 

 何もなくなったから死んで、何が悪いのか。

 だって、彼が死んだからと言って悲しむ人なんて、誰もいないのだから。

 誰もいないからこそ――誰もいなくされたからこそ、過去と未来全てを捨てて、復讐を果たしたのだから。

 復讐を果たせるほど、強くなれているのだから。

 

 

 これで……良かったんだよな……。

 

 

 ようやく、青年に感情が戻る。表情が宿る。

 

 復讐を果たした達成感と、目標を無くした虚無感に支配されていた身体に、人間としての活力が戻る。

 

 でも……だからと言って、この燃え広がる牢獄から逃げようとは、思わない。

 だって、ゴールテープを切った彼の前には、ただの崖しか広がっていないから……。

 

 それは青年も知っているのか、その表情は悲観ではなく、ただの苦笑。

 微笑みにも似たその表情は、諦めとも、喜びとも、何とでも取れる。

 

 そんな表情のまま、青年は視線を正面に固定する。

 

 と、視界の少し下。そこに一人の少女がこちらを見上げ立っていた。

 思わず視線を下げ、その顔を凝視する。

 

 この研究機関の実験体として誘拐された人に着用させられている白い衣服。所々に黒い汚れが目立つのは、燃え広がる炎から爆ぜた灰なのかもしれない。

 

「……どうかしたのか?」

 

 その透き通るような蒼き瞳を見つめながら、青年は訊ねる。

 だが目の前の少女は相変わらず見つめてくるのみ。

 

「……逃げないのか?」

 

 改めて別の質問をすると、少女はその短い髪を左右に振り乱す。

 ……首を横に振った。つまり、逃げるということ。

 

「なら、ここを真っ直ぐ突っ切れば逃げ切れる。崩れる前に速く逃げるんだな」

 

 肩越しに後ろを親指で指差しながら青年が答える。

 

 ……本来なら、ここで殺すべきなのかもしれない。今こうなっている状況は、そうして作ったのだから。

 研究員も実験対象の人間も、その全てを殺して、燃やして、こうなっているのだから……。

 ……でも青年は、目の前の少女を殺そうとは思えなかった。

 

 理由は至って単純。

 彼の中ではもう、復讐は終えているのだ。ゴールテープは切った後なのだ。

 

 だからここから先、いくら殺しそびれた研究員が出てこようとも、手を出さない。

 復讐を叫ばれて後ろから刺されようとも、その死を享受する。

 

 だからもう、この少女がどうしようとも、何をしようとも、彼は何も干渉しない。

 

 だが少女は、その青年の顔に向かってビッと指を突きつけてきた。

 

「……俺はどうするのかって?」

 

 サラリと、短い髪が縦に揺れる。

 

「……そうだな……俺はもう、このまま死ぬつもりさ。と言うかお前、喋れないのか?」

「(こくり)」

「そうか……それもまた、実験の成果なんだろうな……」

 

 と、青年が呟いたところで少女は、鞘を握っていた彼の左腕を取り、その手の甲に指を這わせる。

 

「なんだ……? ……文字……?」

「(こくり)」

「読めってことか……。……えっと……“どうして”?」

「(こくり)」

「どうして逃げないのか、ってことか?」

「(こくり)」

「そうだな……もう、全てを果たしたから、かな……」

 

 少女は首を傾げる。

 

「復讐も何もかも、望みを全て叶えたんだよ。だからもう、生きる必要もなくなった。だからここで、この建物と共に、俺は死ぬ。復讐を果たした証を、自らの死を以って、自らの身体に刻むため」

 

 最後の言葉はもう、少女に向けた言葉ではなく、自分に向けた言葉になっていた。

 だが少女は、その言葉を聞いて尚、首をフルフルと横に振る。そして腕を軽く引っ張り、文字を書いた指先を、さっき青年が向けた方向へと向ける。

 

「……もしかして、一緒に逃げようって言ってるのか?」

 

 その青年の質問に、こくりと頷く。

 

「……何言ってんだよ。お前一人で逃げろ」

「(フルフル)」

「だってお前……ここをこんなにしたのは俺なんだぞ? もし俺がこんなことしなかったらお前は――」

 

 続く青年の言葉を止めるように、手に取った青年の腕に急いで、再び何かを書く少女。

 

「“たすけてくれた”?」

「(こくり)」

「はっ……何言ってんだ。俺はお前の住んでる場所を――」

 

 壊したんだ、と言いかけて、ハッとなった。

 ……そう。忘れていた。

 この研究施設にいる全ての生命を殺すことに必死で、忘れていた。

 そうすることが復讐だと――何もかもを壊すことが復讐だと信じていたからこそ、忘れていた。

 

 ……そうだ。彼女たちは俺の村人たちと同じ、“望まれずにここに連れてこられた人”なんだ。

 彼女と同じ服装の人は全て、そういう人なんだった。

 

「“だから今度は”……」

 

 続くように書かれたその言葉。

 

 

 ……わかる。

 “今度は”の続きは、わかる。

 

 ……俺を助けようとしているのだ、この女の子は。

 

 目標をなくし、ただ死のうとしている俺を、助けようとしているのだ。

 

 

「……生きる目標の無い俺を助けて、どうするんだ?」

“おれいをする”

「お礼? どんな」

“もくひょうとシアワセなまいにち”

「目標? 幸せな毎日?」

“そう。わたしをまもることと、わたしとタビをすること”

「……なんで俺がそんなことしなきゃいけないんだよ」

“わたしをころさなかったから。わたしを生かしたから。そして、わたしにそのもくひょうをくれたから”

「イヤだって言ったら?」

“ムリヤリにでも”

 

 言葉と、手の甲をなぞられてするやりとり。

 

 熱い炎の中で行われる、冷えたやりとり。

 パチパチと爆ぜる音の中の、静かなやりとり。。

 

 そんな時、ガラガラと一際大きな物音が、青年の後ろから。

 ……ここから出るための出入口付近に、大きな瓦礫が落ちた。

 

「……ここはもうすぐ崩れるな……」

「(こくり)」

「……お前だけでも、逃げないのか?」

“あなたがいかないなら、わたしもいかない”

「……せっかく生きた命なのにか……? せっかくの自由なのにか……?」

“あなたがソレをくれたから”

「……じゃあ、俺が生きてくれって言ったら、生きてくれるのか?」

“それはイヤ。たすけて、ジユウにしてくれたあなたといっしょにいたい。それがムリなら、ここでしぬ”

 

 少女はその文を、青年の手の甲へと必死に書き、懇願するような瞳を向ける。

 その純粋な瞳と、本当に、このままだと死ぬつもりだと伝わってくる少女の覚悟を受けて青年は、いつの間にか剥がれ落ちていた苦笑の表情を、再び張り付かせる。

「……わかった。……どうせ捨てるつもりの命だ。……崖しか見えぬ道だ。ならちょっとぐらい、崖に沿って歩いても大丈夫だろう」

 

 

 もしかしたら、別の道が見つかるかもしれないし。

 

 

 諦めたような、救われたような、そんな曖昧な表情のままその言葉を飲み込み、青年は少女の手を、左手の鞘と一緒に握る。

 

 そして、大きく崩れるような音がした背後へと、歩いていく。

 

 燃えた瓦礫を見据え、右手に握る刀を縦に一閃。

 下から上へ、大きく踏み込んで。

 

 それだけで、先程の瓦礫が割れ、人二人分の道が開く。

 

 その、熱き瓦礫で挟まれた、パチパチと音のする道を、ガラガラとした音をバックに、通っていく。

 

 死神の姿をした青年は、再び生へと歩みだした。