(〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!)

 断末魔を上げることも許されず、悪霊がいた場所に完成したのは一つの球体。悪霊の質量を考えるとあきらかに小さいが、全方位から「干渉力場」が襲い掛かったのだ。こうなってもおかしくはない。

 そうして出来たその球体に、冬子は腕一本で柄の中頃を持ち、薙刀を地と水平になるよう顔の横で構え、腕を捻り、その捻りを解放しながら、球体の中心へとその刃を突き刺し入れた。

 ――見事貫通――。

 球体の向こう側に、刃の穂先が現れる。

 それで除霊は完了した、とばかりに、冬子は薙刀を勢い良く引き抜く。

 それと同時、突き刺さっていた短剣全てが地に落ちた。

 

 そうして現れた空間には――

「なっ……?!」

 ――今だ健在する黒いモヤ。……冬子が驚愕に声を上げてしまったのは無理もない。あの「球体の檻(グローヴ・ケイジ)」によって、あの悪霊の中心は確実に貫かれたはずなのに……現存(げんぞん)している。

 清められた武器で中心を貫かれたのに、現存している。それはつまり、心臓を貫かれても生きているのと同じことだった。

 でもその悪霊の様子は……何処か変だった。

 消滅していないこと自体がおかしいことなのだが、見た目というか雰囲気というか……生き残ったその悪霊の体自体もおかしかった。

 無理矢理球体の中に収められた体は元に戻っている。でもその姿が……何処か苦しそうだった。頭の部分を両手で抱え、膝を折り、背中を空へと向けて体を丸くしている。まるで、危険から身を守る虫のように。

 

 隙だらけといえばその通り。それなのに……何故か突き刺してはいけない気がする。わからないけど、本能がダメだって言ってる。

 でも今、この機会を逃したら……私はもう勝てない。

 短剣を宙に浮かせることが出来たのも、投げる前に印をつけていたから。その印はさっきの行動で全て取れてしまっている。

 それなのに……この機会を逃すの? 本能が危険だと言っている? このまま貫かない方が、絶対危険だ。

 だから私は、この悪霊を、貫く!

 

 冬子はそう覚悟し、上段から振り下ろす勢いを乗せた突きを放つ。本能を意志と思考で押し止め、消滅させるための攻撃を放つ。斜め上から、全体重と全腕力を持って、この悪霊を貫かんとばかりに。

 でも……。

 

 ……その攻撃は、止められた。自分の腕を取る誰かの手によって。

 まったく気配を感じなかったその手の持ち主に、冬子は慌てるように視線を向ける。

 するとそこには、冬子を導くように腕を引く、赤城周二の姿があった。

 

 

 

 導かれた場所は向かいの高層住宅。その階段の影に隠れるよう腰を落とす。確かにここからなら、悪霊の視界には映らないであろう場所。

「ふぅ……ここまで来れば、とりあえずは安全かな」
「あなたは……周二じゃない。赤城君」
「ご名答」

 冬子の腕を引いたその人物は、悪霊と戦い気絶した人格ではなく、ずっと中で眠っていた方の人格――周の方だった。

「周にぃじゃなくて残念だったかな?」
「別に。それよりも、どうして表に?」

 周の軽口を一蹴し、冬子は疑問を投げかける。

 確かに周にぃの話だと、周が夜に表に出てくることなんて無いと言っていた。

「周にぃが気絶したからだよ。……僕はね、周にぃが殺人鬼に負けることを知ってて、喧嘩を売らしたんだ」
「……どうしてそんなことを?」

 周の独白じみた言葉に、相変わらずの淡々とした無感情な言葉で返す冬子。でもこの会話の相手が周にぃなら、気付いたかもしれない。

 彼女が怒りを露にしていると。

「殺人鬼を殺したかったから」

 優しい雰囲気を常に身に纏っている、彼らしからぬキッパリとした言葉。

 ソレは、絶対に殺す、と心の中で誓いを立てている、覚悟を染み込ませた言葉そのもの。

 彼はそのままの言葉で、続ける。

「伊沢を苦しめたあの存在を許せなかったから。そしてその気持ちに、周にぃが答えてくるって言った。だからやってもらった。体の中に入っている殺人鬼の悪霊を、出す役目を。そうしないとさ、藍島さんのとこみたいに清められた武器を持っていない僕が勝てる手段なんて、なかったんだ」
「……あなたは、悪霊が“同調”している体を気絶させたらどうなるか、知ってたの?」
「もちろん。確かに、藍島さんのところじゃ清められた武器を使ってるからわからないことだもんね。悪霊の存在そのものを消滅させる武器だから、中に入っていようが外にいようが関係ない。それが清められた武器の特徴だし。だからこそ、周にぃでも悪霊を消滅させるために借りようと思ったんだけどね」

 その保険が揃う前に出会っちゃった、と言葉を続ける。でもその言葉は、冬子の耳まで届いていなかった。

「……あなたは、何処まで知っているの?」

 その声は微かに震え、表情も、いつもの大人びてしまう無表情ではなく、年相応の驚愕に塗り固められてしまっている。

「何処まで? そうだね……たぶん、ここまでかな」
「…………」

 周はそう言うと、足元を指差す。その言葉に、どういう意味か分からない冬子は、無言で説明を促す。

「今話したことが全部な気がする」

 周はその意図を読み取ったのか、何て言うのかな……と呟き、中空を見上げながら、足元を指差したその指を天井へと向けクルクルさせ、言葉を続ける。

「結構前に教えてもらったことだから、もう算数と同じぐらい馴染んでるんだ。だから、何処まで知ってるか、なんて質問に答えられない。訊かれたことに対する答えを自然と口に出来る、程度かな」

 それはもう、膨大に知識の量が違っていた。

 自分でも見えない程底にある知識の井戸、とでも表現すれば良いのだろうか? 

 知識を汲み取るには、バケツを中に降ろして引き上げるだけだから簡単。だが底を知るとなると、中を覗いても分からないし、石を落としてもわからない。ましてバケツを底まで届かせるとか、直接入るなんて方法でも無理。それこそ全ての水を汲み取り、井戸の中を空にして中を覗きこむか直接中に入る、石を落とすなどするしかない。

 それ程までの、膨大な知識量。

 その事実に、さらに驚愕を表情に塗ってしまう冬子。

 それに対して周は、今はそんなことより、と言葉を続け――

「あの殺人鬼の悪霊を殺すことを考えよう」

 ――そんなことを提案する。

 「殺す」という単語が彼の口から漏れるのに違和感を感じながらも、冬子は一転して気を引き締めて頷く。

 と――

(おおおおおおおおォォォォォォォォォォォォォォォォォ……!!)

 ――悪霊から、雄叫びが上がる。

「この雄叫び……ヤバイね」
「雄叫び? ……何処から?」

 殺人鬼の悪霊から、と答えようとして、思い留まる。……そう。冬子には、霊からの声は聞こえないのだ。おそらく戦闘中、アイツから漏れていた舌打ちなどもまったく聞こえていなかっただろう。

 でも今は……説明している時間は無い。

「いや、何にも無い」
「そう。それでは赤城君、まずはどうして、私の邪魔をしたの?」
「邪魔?」
「そう。あの時、薙刀で貫いてれば、アイツを除霊することは出来たはず。それなのに……」

 その言葉を聞いた周は、中空に視線をさまよわせる。

 今は時間が惜しい。でもここで説明しないと、後々面倒なことになりそうな気がする。

 説明するか否か……。

「……藍島さんはさ、悪霊に殺された場合の霊体が何処に行くか、知ってる?」

 時間は惜しいが、後々もし協力が必要になったときに協力してもらえない方が面倒になるので説明することにした周は、とりあえず最初にそんなことを訊ねる。

「何のこと?」
「良いから。時間が無いの。もし答えないのなら、僕の答えを聞かずに協力してもらうことになるかもしれないよ」
「……悪霊を介して人が死に、霊体になるための条件を満たしていた場合、その霊体は悪霊の中に吸収される」

 周の言葉に、渋々と言った雰囲気を醸し出しながら、淡々と自分の知っている言葉を口にする冬子。

「その通り。んじゃ、その吸収された霊体はどうなる?」
「……純粋に悪霊の力となる」
「それだと、半分正解で半分ハズレ。んまぁ、あの状態がどういう状態かわかっていない時点で、そんなことだろうと思ったけど」

 “あの状態”とは、雄叫びを上げた悪霊のことだろう。

 今もまだ丸まっている状態だが、雄叫びを上げたところを見ると、顔を上げた時がタイムリミットか。

 周もそのことをわかっているのか、急ぐように言葉を続ける。

「確かに、吸収された霊体は悪霊のものだよ。でもそれは、純粋に耐久度が上がるだけ。ほら、藍島さんが何度も斬ったのに自己再生してたでしょ? アレは、吸収した霊体の力を使って傷口を治してたんだよ。もちろん、使ってた遠距離攻撃もね」
「……見てたの?」
「うん。伊沢と、殺人鬼の悪霊が入ってた体を、安全なところに隠している時にね」

 そう言えば、道路に転がったままだった彩陽と坊主頭の男がいなくなっていた。どうやら、他の住宅の同じ場所に隠したようだ。

 それはともかく、と周の言葉は続く。

「それでまぁ見てた感じ、最後の攻撃も合わせて、合計十人分ぐらいってところかな」
「……どうしてそこまでわかるの?」
「僕の目は、霊体を人間と同じように見ることが出来るから」

 その言葉を聞いて、冬子はようやく思い出した。

 彼の存在は特別だったのだと。自分もその能力の秘密について調べているところだったのだと。

「……なるほど」
「んでまぁ話を戻すけど、今の状態はつまり、その吸収された霊体が、殺人鬼と同じ気持ちになっちゃってるってこと」
「同じ気持ち?」
「そう。たぶん、藍島さんの攻撃で危険を感じたんだろうね。“お前は自分を殺した存在だけど、今の自分がなくなるのはもっとイヤ。だからお前を殺そうとする奴全てを殺して。そのための力なら貸すから。”ってところかな。んで肝心要の殺人鬼も、自分を殺そうとする奴は全員殺してやるって思ってる。ほら、同じ気持ち」
「……それじゃああの悪霊が今、ああして丸まってるのってどういう状態なの?」
「その申し出をしてくる霊体の数が多くて……。んん〜……そうだねぇ……周りいる沢山の人が突然一斉にお願いをしてくるもんだから、話を聞くのに時間も掛かるし頭もこんがらがっちゃってる。って状態かな」
「……わかった。それで結局、どうして私の邪魔をしたの?」
「そんな話をしている時に、突然横槍が入ったら全員から反感を買っちゃうでしょ? しかも一斉に。あの時攻撃してたら、彼と同じ気持ちになった霊体の力が瞬間的に合わさった、たぶん一撃で命がなくなるような攻撃をされちゃってたんだよ」

 そこまで聞いて冬子は、ようやく納得した。

 つまり彼は、自分を助けてくれたのだと。

「……それは、ありがとう。でもどうして助けたの?」
「ん? 顔見知りだし、何より藍島さんが死んだら周にぃが悲しむから」

 さも当然のことのように、周はそう言った。

 周にぃが悲しむ……。その言葉を聞いた冬子の心に、何故か暖かな感情。

「そんでまぁ、そういう訳だから、藍島さんはここに隠れてて」

 冬子がその暖かな感情に疑問を抱いている間に、周は言葉を紡ぎ、立ち上がって階段へと足を向ける。

「……え?」

 突然のその予想外な言葉に、冬子は気の抜けた返事しか出来なかった。

 どうして? とか、何で? とか、そんな言葉が出てこない。

「藍島さんが死んだら、周にぃが悲しむ。周にぃが悲しむところは見たくない。だから後は僕に任せて、藍島さんはここにいてくれれば良いよ」
「……どうして? だってあなたは、周二よりも弱いのでしょ?」

 ようやく言葉に出来た、その疑問。

 現に彼女は周にぃから、周は強い、と言う話を一度も聞いていない。

 だからこそ、沸いた疑問。

「うんまぁ、確かに運動能力は最低に近しいものがあるかな」
「それじゃあ、あなた一人でどうやって勝つというの? ……まさか、自分が死んででもとか――」
「ああ、そんなことは考えてないよ。だって僕が死んだら、周にぃまで死んじゃうからね。ソレが枷になってる間は、僕は死なないよ」

 何処か悲しげに、そんなことを言う周。

 それはまるで、周にぃのせいで死ねないとか、周にぃのおかげで生きていられるとか、両方がせめぎ合って、苦しくて、悲しんでいるような、そんな表情(かお)。

「じゃあ……どうやってあの悪霊に勝つつもり? あなたの手元には清められた武器すらないんでしょ?」

 そんな周の表情に気付きながらも、冬子はそれ以上に気になることを先に訊いた。

「無いよ。でも僕には、それをも上回る最強の武器があるんだ」
「……なに?」
「例外なく霊体と人間のように接することが出来ること、だよ」

 そう言うと周は、止めていた足を動かして、急ぐように階段を上って行った。

 その後ろ姿を見送りながら、冬子は自分の勘違いを正した。

 

 赤城君は“霊体が人間と同じように見える”んじゃない。“霊体と人間のように接することが出来る”んだ。

 そのことが……抜けていた。その異端能力を調べていたはずなのに、何故か抜けていた……。

 だって……それが出来ると言うことはつまり、清められた武器なんて必要ないということ。だからこそ、周二を犠牲にしてでも、あの悪霊を外に出そうとしたのだろう。

 私たち除霊師が除霊を行うには、霊体を見て、清められた武器を使うしかない。

 それはどちらも欠けてはいけない。

 見えなかったら存在を認識できないから、清められた武器をその霊体に偶然ぶつけることができても、除霊することは出来ない。清められた武器が無ければ、私たち人間が霊体に触れられる術がまったくない。

 だから、どちらも欠けてはいけない。

 でも……赤城君は違う。

 霊体と人間のように接することが出来るということは、清められた武器なんてなくても霊体に触れる術を持ち合わせているということ。美喜ちゃんの頭を撫でたり出来たのはそのためだ。美喜ちゃんの話を、心を通わさずに聞けたのはそのためだ。人間の言葉に、心を通わす必要なんてないのだから。

 つまり彼がその気になれば、“武器無しの徒手空拳のみで霊体を除霊することが出来る”と言うこと。

 でもそれは、清めて成仏させている訳じゃない。

 だから彼はあえて“成仏”という単語ではなく“殺す”という単語を発していたんだ。

 人間と同じ存在だと、認めきってしまっているから……。

 

 それはつまり、周はこれから、殺人鬼を殺すために“殺人”を行うということ。

 霊体相手に人間と同じように接することが出来るのなら、その霊体は人と同等だから。

 人を、殺すことになるんだ。

 それは“除霊”をしている冬子よりも、数倍重い覚悟。

 それをするために彼は、上目指して駆け出したのだ。

 

 

 

 冬子に自分の切り札を教えている時、周には見えていた。階段を上るために立ち上がっていたが故、見えていた。

 あの悪霊が立ち上がり――

(ドこダ……どコだっ!!)

 ――キョロキョロしながら、大きな声を上げている光景を。

 いくつもの声が混じり、濁っているその声は、まさに魂が一体になっている証。今までより強くなっているとみて間違いないだろう。

 そんな中、周にぃよりも戦闘能力で劣る周は、作戦内容を少しだけ変更する。

 

 当初の作戦内容では、周にぃは純粋に悪霊が見えずやられていないとダメだった。

 でもあの悪霊も頭が回るようで、自転車を落として気絶させてきた。おかげで、周にぃが気絶して僕が目を覚ました時、下敷きになっていて体を動かせなかった。

 あのままだと何の抵抗も出来ず死ぬところだったけど……ホント、藍島さんには助けられたな……。おかげで、伊沢達も安全なところに移動できたし。

 ……ま、今はそんなことよりも、新しくした作戦の要に、お願いをしないとな。

 

 そして周は、自らの立て直した作戦を、一から声に出して話し始める。

 小声なところを見るとただの独り言だろうが、こうすることで穴が無いかを確認しているのだろう。耳を介して脳に入れることで……というやつだ。

 そうして全ての作戦を確認し終える頃には、十階踊り場まで辿り着いていた。

 息を切らすほど全力で駆け上がってきたのにまだここ。作戦を全て立て終えれたのに、まだここ。

 確かに途中から、全力を出せる限界を迎えたのか速度は遅くなっていたが……それほどまでに運動能力が無いのか。それとも思考能力がかなり速いのか……まぁ、それは良い。

 とりえあず、もう少し上――出来れば最上階が好ましいのかもしれないが、着く頃に体力が全て無くなってはそれこそ意味が無い。

 それになにより、そろそろあの悪霊が本格的に動き出す。

 

 踊り場から顔を出し、悪霊がいる場所を覗き込む。まだ大して移動はしていないが、この下に藍島さんがいるのを知ったらすぐに襲い掛かるだろう。

 しゃがみ込み、彼女自身気配を消してくれていても、片っ端から回られては厄介。

 それじゃあそろそろ……始めますか。

 

 

 

あとがき:
冬子と周が会話する話ー
この二人が会話するのって、じつはかなり久しぶりだったんじゃなかろうか?

ちなみに突然ですが、周が最初に立てていた作戦は
周にぃが悪霊の宿っている体に攻撃し、悪霊を外に出す。
霊体の見えない周にぃは、悪霊からの攻撃に気絶してしまう。
ソレを合図に、霊体に攻撃を出来る周が表に出て、驚いている悪霊の隙を衝いて攻撃をする。
といったものです
……何だかんだ言っても、周はそんなに賢くないんでね……作戦と言うには物足りない感がある、こんな方法しか思いつかないのよ……

そんな物足りない感がある作戦がどういう風に変わったのかは、次回ということで