悪霊と化した存在は考える。

 あいつを先に殺すべきだと。

 自分をこうして外に出した、今ああして倒れている男よりも優先するべきだと。

 

 本能が告げてくる。あの武器は危険だと。

 そもそもさっきは逃げることに必死で気付かなかったが、中に入って戦っている時、あの刃には触れているだけで痛みが走った。あの女が助けに現れた時だ。確かにアレは……斬られていなかった。

 だから……おそらくアレは、自分のような存在を殺すことに特化した兵器。操っていた女を無傷で無力化したのも、そういうことなら説明がつく。

 “物体を傷つける”という刃の本質を奪い取り“霊体を傷つける”という刃の不本質を埋め込まれた兵器。だからさっきから本能が危険だと訴えてくるのだろう。

 故に、倒すのはこいつから。

 さっき倒した男の武器に、その不本質はなかった。ならこいつより安全だ。何より今は気絶中。ならば……危険分子であるこの女から、取り除く!

 

 そう考えをまとめた悪霊は、攻撃を加えるために冬子目掛けて急降下。

 そんな悪霊に狙いを定め、冬子は懐から三本の短剣を取り出し投擲する。

 真っ直ぐに降下していた悪霊は、速度を少しだけ緩め、その短剣を紙一重で避け、今だ降下する。

 そうして迫る悪霊に冬子は、両手で握った薙刀を振るう。

 瞬間、悪霊は体を急停止。その攻撃を素通りさせる。

 そうして隙だらけになるタイミングを狙い、殴りつけるように腕の部分を振るう。

 だが冬子のその隙はワザと発したもの。悪霊の攻撃を後ろに跳ぶことで避け、握っている柄の場所を調整。間合いを測り、斬り返すよう横一文字に薙刀を凪ぐ。

 それに対し悪霊は、自らの体を上昇させることで避ける。

 が、そのタイミングを狙ったかのように、紅袴に仕込んでいた短剣を、空間を蹴り上げるようにして四本射出。

(くっ……!)

 この軌道・タイミングでは、さすがに身を反らした程度で全弾躱せない。致命傷になり得る、身体の中心部分に飛んできた二本だけを片腕部分で防ぐ。

 瞬間、突き刺さった箇所に激しい力。男にトドメを刺そうとした時に感じた、あの砂鉄になったような感じ。

 その力が短剣からきているのを悟った悪霊は、すぐさま刺さった短剣を抜き、女目掛けて投げ返す。だが投げた短剣はすぐさま勢いをなくし、地面目掛けて落ちていく。

 

 ……どういうことだ? 投げ方があるのか?

 

 そう懸念していると、後ろの地面から響く音。さっき悪霊が避けた短剣が落ちた音。

 どうやらあの短剣、上空に投げ放ったからといって地球の外に出る訳ではないらしい。おそらく、大地にある生命力の力を借りることで、あの「拘束力場」を発生させているのだろう。だから空という大地の力が弱くなる場所では機能せず、結果ある程度の高さに達すると地面に落ちたり、上空から投げてもすぐに落ちたりする。

 

 そうとは知らない悪霊は、あの短剣は持ち主以外が投げることは出来ないものだと、間違って理解。

 奪って武器にすることは考えず、自らの力のみの行使を考える。

 そして再び、急降下。

 そうして迫る悪霊を、再び同じように迎撃する冬子。だが先程と同じとはいかない。

 再び冬子から射出された短剣を避けた直後、悪霊は急激に身体の角度を変え、冬子を横から攻撃しようとする。だが冬子はそれに対し、薙刀を巧みに掌の中で操作し、柄で攻撃を受け止める。

 刃ほど、短剣ほど清められていないとは言え、悪霊の攻撃を受け止める程度のことは出来る。そうして受け止めた刹那、今度は自らの体を中心に薙刀を振り回し、悪霊の腕……指先ほどを殺ぎ落とす。

 だが瞬きする間もなく、周囲の黒いモヤがその部分に集まり自己再生。しかし悪霊はソレが完了する前に――振り切った薙刀が手元に戻る前に、一歩踏み込み、後ろ回し蹴りを放つ。大木をヘコませる様な一撃はだが、一歩跳び退くことで避けられる。

 だが冬子がその攻撃を避けている間に、腕に与えた指先程の傷の自己再生は完了。……しかし自己再生の完了と同時、冬子は次の攻撃を放てるよう薙刀の手元引き戻しを完了。小脇に抱えるようにし、そのまま片手で刺突を繰り出す。こちらは大木に風穴を開けそうな一撃だが、生憎と肩の部分を浅く貫いただけ。後ろに下がり、間合いを開けることでその攻撃を避けようとしていた悪霊相手では、致命傷になりえない。

 すぐさま周囲のモヤが再生を試みようとする。

 が、それだけでは終わらないのが藍島冬子。

「ふっ!」

 彼女はもう片方の手を天から地へと縦に振るい、二本の短剣を投擲。一本は悪霊の顔、もう一本は足元。顔の部分を狙った短剣の方を僅かに早くして。そうすることで、こうして傍らから見ている分には二本に見えるが、当事者から見れば顔に一本しか飛んできていないように見せる。

 つまり、顔に飛ばした短剣は囮。足元の本命を、視界に映させないための攻撃。

(つっ……! ……っ!)

 悪霊は顔に飛んできた一本を払い除ける。と、そこでようやく、足元に迫っていた短剣の存在に気付いた。黒く塗りつぶされた顔部分では表情がわからないが、闇がくり抜かれた口部分だけを見ると、かなり驚愕しているように見える。

 避けることが出来ず、左足首部分に短剣が突き刺さる。そうして「拘束力場」の効力で、刺さった左足に強い力。

 ガクンッ! と上半身が下がる。……左足だけが強制的に後ろへ押される。そうなると、浮いている悪霊では、繋がっている上半身が地へと誘われるのは当然。

 そしてその悪霊が目の前から離れる前に、地に向かう悪霊の脳天部分を狙うため、冬子は一歩、力強く踏み込んだ。

 瞬間――

「っ!」

 ――冬子の生存防衛本能が作動。上半身を地面と平行にしながらも、悪霊が右手を突き出した瞬間に。

 本能の命ずるまま、踏み込んだ足に力を込めて無理矢理後ろに跳躍。柄を離した右腕を大げさに振るう。

 ジュッ! と、火のついたままの花火を水バケツの中に突っ込んだような音。

 瞬間、冬子は理解した。

 悪霊が放った霊体攻撃を、小袖の袖口で薙ぎ払ったのだと。

 

 着地をし、悪霊の方へと視線を向ける。そこには先程刺さった短剣を抜き捨て、最初と同じ高さまで浮き直している悪霊の姿。

 

 また……仕切り直し。

 

 そう冬子は思うも、同時に今までの攻防でわかったこともあった。

 

 まず一つ、あの悪霊は戦闘慣れしていない。

 自己修復の早さと霊体を攻撃にも回す姿だけを見ると、かなりの霊体を吸収してきているとみて間違いない。と言うことは、殺人鬼であることは間違いない。これだけの人を殺したニュースは、ここ最近この問題だったから。

 なら何故、戦闘慣れしていないのか? 

 ……答えは簡単。人を殺すこと一点のみしか手馴れていないということ。

 まともな戦いを、生前もまったく体験していなかったのだろう。……まぁ、私みたいな命のやり取りを何度もしろと言うことではないんだけど……あの様子だと、チンピラ同士でやるレベルの喧嘩すらやったことがない。仕切り直しの多さが目立つということは、そういうこと。

 ……次に、あの悪霊の速度が、周二よりも遅い。

 確かに、私よりも速いことには変わりない。今まで会ってきた霊体の中で屈指の速さがあるのも変わりない。

 つまり何が言いたいかと言うと、私の懸念は外れていたということ。

 霊体の吸収量で強くなると教えられてきたけれど、ただ自己再生力が高いだけ。ただ遠くからも攻撃してくるだけ。

 お父さんやお祖父ちゃんが言ってたみたいに、純粋な戦闘力が高くなってる訳じゃない。

 今まで会ってきた霊体の中では確かに強い。けど……それでも周二よりかは、純粋な身体能力は、低い。

 

 そう冬子が結論を出した頃、悪霊は再び冬子に襲い掛かる。それに対し、再び同じように応戦する。

 

 

 

 そもそも一般的には知られていないが、悪霊と化せば身体能力が上がるのは筋肉に関する“枷”が外れているからである。いうならば周にぃと同じ原理。

 だがそれなら、何故周にぃと同等の疾さを出せないのか? これは魂に関する“枷”が外れていないから。

 

 霊体が「生きている頃の未練が集まった存在」なのは知られている。だが厳密な霊体の存在は「生きている頃の未練が魂に宿った存在」なのだ。

 未練が無い魂は存在することすら出来ず消滅していくものなのだから、それは間違いない。だがこの厳密な霊体の存在は、この世界では一説として唱えられているだけでまったく浸透していないのが現状。

 だからこそ、霊体の筋力増強の原因がいつまで経っても解明されないのだ。

 つまりこの世界の俗説は、根本から間違えている。……まぁ今の論点は、“枷”が外れているのにどうして周にぃと同じ速度を生み出せないのか、なのでその話は置いておくことにする。

 

 そもそも魂とは“記憶”である。

 脳が覚えているものはあくまで“記録”であり“記憶”ではない。意味合いはほぼ一緒だが、紐解くとこの二つには厳密な違いが存在する。

 “記憶”は体に魂が宿った時点で、その魂本体に書き込まれていく体の情報。

 “記録”は魂が宿った後、脳に書き込まれていく出来事としての情報。

 つまり、魂と接続している肉体に関する情報が“記憶”、思い出など人間として更新されていく情報が“記録”ということ。

 

 そして肉体と言う器が消滅し、その肉体に直接接続されていた“記憶”に、外部接続として存在していた“記録”が直接宿ったものこそが霊体・悪霊と呼ばれる、所謂(いわゆる)“霊”と呼ばれる存在。

 だから“霊”には一般人に見えないとはいえ、生前の肉体が存在するのだ。体の情報が“記憶”されているから。

 そしてその“記憶”こそ、“枷”が外れて尚周にぃと同等の速度を出せない要因。

 

 じつは「自らの限界はここまでだ」という思い込みでかかる“枷”は、“記憶”と“記録”両方に掛かってしまう。何故なら、体に関する情報は“記憶”と“記録”両方に存在するからだ。

 そして肝心なのは、この“記憶”に関する情報の更新は、体が現存している時にしか行えないということ。

 故に“霊”という存在になり、未練と思い出以外の全ての“記録”を忘却、結果筋肉の“枷”が外れはするが、周にぃのような疾さに達することが永遠に出来なくなってしまう。

 あくまで生前出せた最大速度・最大攻撃力が限界になってしまうのだ。

 だから周にぃの疾さは、厳密には“記憶の枷”と“記録の枷”、両方が外れてようやく出せるものと言える。

 ちなみに、同じ体の周がその疾さに達せないのは“記録の枷”が外れていないから。

 

 だからと言って、「沢山の霊体を吸収したから、相手の悪霊は相当に強い」という冬子の懸念が外れている訳ではない。

 確かに“魂”を吸収した場合なら、自然と消滅するものだから意味は成さない。が、霊体の吸収となると話が変わる。

 まず単純に、吸収した霊体本体の耐久度……タフネスを上げてしまう。人間世界のゲームに例えると、最大HPを増やすようなものだと思っていただいて構わない。

 だがこれは単純に考えた場合だけで、もっと厄介になることもある。

 それはこの「吸収された霊体」が、「吸収した霊体」本体と同じ志を持ってしまうという場合。

 なぜなら、自らの存在全てを消滅させてでも“記憶の枷”を無理矢理こじ開けようとするから。

 同じ志を持った「吸収された霊体」本人としては、ただ「吸収した霊体」本体と一緒になろうとしているだけ。だがこの一緒になるという行為は、本体の魂に宿っている“記憶”をあやふやにさせてしまう。故にその結果、“記憶の枷”と距離が開き、あたかも無理矢理こじ開けようとしている感じになってしまうのだ。

 同じようにRPGで例えるなら、最大HPを下げてでも全ステータスを上げるようなものだと思ってもらえれば良い。

 

 

 

 そしてまた、何度目になるかわからない冬子の攻撃が、悪霊の肘部分を殺ぎ落とす。

 だがあくまで、追撃は出来ない。上空に逃げるための僅かな時間、その隙に攻撃をしているためだ。

 既に冬子の攻撃は、致命傷とならないもののみだが十を軽く超えている。

 しかしそれでも、悪霊はいまだ健在。

 深い闇色の濃度のまま、周囲に黒いモヤを浮かばせたまま……まるで、まったくダメージを与えられていないかのように。

 でも確かに、冬子の攻撃が無意味とまでは言わないが、このままだといつまで経っても底が見えない。

 それに冬子には一つ、懸念があった。

 それは、持ってきた短剣全てを使い果たしてしまったということ。

 

 正直な話、周二より弱いとは言え、相手は空を飛ぶ存在。ストックほぼ無限の遠距離攻撃をしてくる存在。純粋な身体能力では周二を下回っても、人間じゃない能力を駆使されては、その差は埋まるばかりか超過してしまっている。

 周二と戦う時と同じ条件なら勝てるだろうけど……いや、今はそんな夢物語を考えている時じゃない。逆転する方法を考えないと。

 ……そもそも、スタミナを除いてここまで対等に戦えたのは、単(ひとえ)に短剣のおかげ。私が唯一出来る遠距離攻撃手段があったおかげ。

 ソレが無くなるということは……負けてしまうことを意味する。

 今まで、致命傷になっていないとは言え攻撃を当ててこれたのは、この短剣の補助あってこそ。

 投擲して隙を作り、その隙を薙刀で攻める。

 まだあの悪霊が体の中にいる時なら、ここまで手こずらなかったかもしれない。まだここまで霊体を吸収していなかったら、今までのダメージで動きが鈍っていたかもしれない。

 ……じゃあ、このまま私は負けるしかない? 周二の敵(かたき)も討てず、彩陽を助けることも出来ず、負けてしまうしかない? 

 ……そんなのはイヤ。逃げるのも倒されるのも、負けに準じてしまうのなら絶対にイヤ! 

 ……だったら……どうする? 

 ……アレを試してみる? 

 周二の影響を受け、密かに練習したあの技を。藍島の流派には無い、私独自の“技”を。

 ……状況は整ってる。

 実戦で使ったことは無い。……いや、そもそも対象物を相手に使ったことが無い。虚空相手にしか使ったことが無い。

 でも……それでも、やってみるしかない。

 このまま負けるのがイヤなのなら、逃げるのがイヤなのなら、何もせず倒されるのがイヤなのなら、やるしかない!

 

 冬子は自分を鼓舞する。そして、今まで身体の前で構えていた薙刀を、頭上高くまで持ち上げ、柄の真ん中から少しだけ尾に近い部分を右手のみで持ち、左手は斜め前に出して薙刀に添えるようにし、構える。

 その構えの変更だけで、悪霊に動揺が走る。

 今までとは違うその構えは、特別なことをするために必要なものだと錯覚させるには十分だった。

 ……そう、“錯覚”。じつはこの構え自体に意味は無い。ただ、相手を動揺させるためだけに構えを変えた。戦闘の素人なら、その動揺だけで動きが鈍るから。

 そして悪霊は、先程と同じ速度で急降下。

 

 考えても意味が無い。自分がこの高さにいる以上、自分から攻撃を仕掛けるしか方法が無いのだから。

 すでにこの高さから黒いモヤを放つという遠距離攻撃は試した。でもこうも距離が開いていると、さすがに避けられる。だからと言って近くで放っても、服に拒まれるか躱されるかどちらか。どうやら皮膚部分に直接ぶつけないと意味を成さないようだ。

 なら直接、攻撃するしかない。

 

 悪霊の急降下はしかし、今まで通り冬子を直接狙ったものではなかった。

 真下への急降下。

 そして地面スレスレのところで、直角に軌道変更。

 顎部分が地面に触れそうな程の低空飛行で、冬子へと迫る。

 ソレに対し冬子は、左手を懐に忍ばせ、短剣を投擲しようとする。が、そのストックは当然ゼロ。驚愕に表情を歪める。

 最も、この行動は演技。そして悪霊はその様子に見事、“短剣のストックがゼロだと知らなかったのだろう”と騙され、地に足をつけてさらに体に加速をかける。

 そのさらに速く迫る悪霊に、上段に構えていた薙刀を地面に突き立てる。そのまま突撃すれば、体のど真ん中に薙刀の柄が当たるように。

(チッ!)

 その様に悪霊は舌打ちをかまし、体を急停止。物理法則やら身体の機関やらを総無視した急停止。

 その様に再び驚くような冬子の演技。

 それで気を良くしたのか、悪霊は曲線を描くように横合いから冬子へと迫る。

 ……コレで良い、と冬子は思った。

 全ては彼女の狙い通り。気を良くしている悪霊は、この場面で遠距離攻撃のことなんて頭を過ぎることがない。確実に、自らの力を誇示するために殴りかかってくる。そんな状況に持っていけた冬子の作戦は、残る最終段階のみとなった。

 

 巫女服に攻撃されても、衝撃がまったく無い訳じゃない。直接体に攻撃されるよりもマシ程度にはダメージが入る。もちろんソレは、悪霊が放ってきていた遠距離攻撃も含む。

 だからこの攻撃は、避ける。しかも“巫女服のみにギリギリ攻撃をぶつけてしまう程度”に。

 後ろに跳ぶことでなびく服、その部分のみに必ず攻撃させる。だってこの服は、私の武器と同じで清められた存在。触れてしまえば熱いシャワーを突然浴びせられた程度のダメージを与えることが出来る。

 その予想外なダメージに、相手の動きは僅かに鈍るはず。……僅かで良い。私が地面に五指全てを触れさせることのできる、僅かな時間だけ悪霊の時間が止まれば良い。

 そうすれば、例の“技”を放てるのだから。

 

 冬子は横合いから迫ってくる悪霊と向かい合い、放たれる加速を加えた打撃を、地面に突き立てた薙刀を“反対側へと移動させてから”両手で握りしめ、ソレを支えにして大きく“上へと跳んだ”。

 さながら棒高跳びのようなキレイなフォーム。

(なっ……!)

 そのことに驚きながらも、冬子がいた空間を通り過ぎる悪霊。だがその腕に、小袖の袖口が触れる。

 激しい熱量。

 突然の熱量に驚愕し、薙刀を目の前に突き立てられた時のように体を急停止させてしまう。そしてその後頭部に、上へと跳んだ冬子の踵が沈み込む。

(ぐっ……!)

 足袋に包まれた踵でのダメージではない。袴にある清めの効果によるダメージ。

 そこまできて、悪霊はようやく気付いた。この女の服には、刃と同じ効果があるのだと。だから自分の遠距離攻撃が防がれていたのだと。

 

 あまりダメージは無いのだが、突然の衝撃にその場から急いで離れようと、体を倒して横に転がる。そこはまさに、先程まで投げていた冬子の短剣が散らばっている場所。自分に刺さり、抜き捨てた短剣が放置されている場所。

 ……悪霊の姿が迫った時に薙刀を反対側へとやることで、急いで逃げるにはここしかないと“本能的に思わせた”冬子の狙いは、見事的中。

 離れていく悪霊を視界に収めながらも、上空へと飛ぶ前に急いで地面に五指を触れさせる。

 ……勝った。と冬子は思った。

 上空へと飛ぼうとした悪霊が、しかし上がれなかった。

 その姿こそ――この状況こそが何よりの証拠。

 

 上を見る。そこには自分を襲った短剣。

 前後を見る。そこには自分が抜き捨てた短剣。

 左右を見る。そこには自分に触れることが叶わなかった短剣。

 ……そう、四方八方上空全ての空間が、浮いた短剣によって支配されていた。

 何本か地面に捨てられたままのも存在するが……そんなものは関係ない。

 僅かでも動けば襲い掛かる、そんな空気が、自分の周囲の空間を支配していた。

 

 たかだか四十本程度だが、それでもしっかりと、短剣同士の“空間の隙間”が均等になるよう配置された短剣は、それだけで抜け出すのは無理だとプレッシャーを与えている。

 その様に冬子は、地面につけた五指を、ゆっくりと離しながら立ち上がる。

 ……これこそが、先程から冬子が言っていた“技”。「藍島」には無い、「冬子」本人の切り札。

 

 自分の流派を自分で編み出したと言った周二。確かにその流派は弱点が多かった。

 でも……それでも、私を驚かせたことに変わりはない。

 だって何百年積み重ねてきた「藍島」の流派が、何十年の努力に打ち負かされそうになったのだから。

 確かに私自身、全てを修得しただけで、全てを実戦で使いこなせる訳ではない。そんな芸当は父親か若かりし頃の祖父ぐらいだろう。

 だがそれでも、全てを修得して満足していた私にとっては、衝撃以外の何物でもなかった。

 悪霊に負けることはあっても、父親以外の人間に圧倒されるだなんて思ってなかったから。

 でも……よくよく考えれば私は、怠けていたのだと思う。修得だけで満足し、使いこなそうとしていなかったのだから。

 ……いやそもそも、私が怠けるようになったのは父親のせいとも言える。アレほどの強さを見せ付けられたら、私では父親に勝てないのが分かってしまったから。

 ……昔は超えられると思っていた。でも自分が強くなればなるほど、「藍島」を修得すればするほど、勝てないと分かってきてしまった。だって「藍島」を使いこなす父親に、「藍島」を使いこなせるようになった私が立ち向っても、良くて引き分け。いくら年月を重ねようとも、体力・筋力・経験・その他諸々が上回ることが無い。

 だからこの順位は永遠に不動。

 なら……どうするか? どうすればあの父親に勝てるのか? 私は悩み、悩み、悩みきって……答えが出せなかった。だから怠けていたんだと思う。どう足掻いても、目の前の壁を越えられないと分かってしまったから。

 ただの言い訳と言われればそれまでだが、いくら努力しても越えられない壁を目の前にして挑む人間なんて、そうそういない。そして私は、大部分を占める人間だっただけの話。でも……そうして諦め、怠けて、何年も生き続けて、二番目で良いかと本能に植えつけてしまい、大樹にさせきった時に、私は周二と戦った。

 さっきも言ったが、それは衝撃だった。

 “私に勝ちそうになった”ことがじゃない。

 “「藍島」を打倒しそうになった”ことがだ。

 自分で作った流派で。

 ……私だって、考えなかった訳じゃない。「藍島」以外の武を学ぶことで父親を打倒しようと。でも他の武はどう考えても「藍島」より下で、周二のように自分で考えてもどうしても「藍島」を根にしてしまう。

 だから諦めていたのに……彼は可能性を広げてくれた。彼自身の存在が、大樹になった私を、まだ大樹になりきってないと教えてくれた。

 それは自分自身の否定……赤城君がやったことと同じだったかもしれない。でも、その可能性を広げてくる存在を、私は大いに尊敬したし、憧れた。

 だから私は彼と同じ方法で、「藍島」じゃない「冬子」としての“技”を身につけた。

 

 それがこの技……。

 そう誇示せんばかりに、冬子は五指をそのままに、目の前まで腕を上げる。そして――

 

 古本屋で見かけたマンガをヒントに得た“技”。

 マンガはあまり読まないからわからないけど、おそらくありきたりな“技”。

 それでも私はこの“技”に、隙は無いと思う。

 発動させた瞬間に、逃げ道を全て封鎖するこの“技”は文字通り、必殺技。

 ……ふと、周二の言葉が蘇る。

 必殺技を放つ時は、技名を叫ぶものだと言っていた。

 だから私は、自分でつけたこの必殺技の名を、作り上げた自分を褒め称えるように力強く、言い放つことにした。

 

「我流除霊術……球体の檻(グローヴ・ケイジ)!」

 

 ――五指全てを力いっぱい広げ、閉じた。

 刹那、浮いていた全ての短剣が悪霊へと飛来。地におかれていた短剣全てが下から悪霊へと襲撃。

 四方八方・上下左右から襲う刃の群れに、悪霊は逃げることも防ぐことも許されず、その体全てを串刺しにされた。

 

 

 

あとがき:
冬子が悪霊と戦う話ー
んまぁ、そんだけに近いかなぁ……
正直自分でも、“霊”に関する仕組みはややこしかったかもしれないと思う
でもこうするしかなかったかもとも思う

冬子が悪霊相手に圧倒的になれて、身体能力が高くない周にぃが圧倒できなかったのは、単純に見えなかったからです
今更だけど補足説明
……んん〜……後は冬子が周にぃと一緒にいたがっていた理由の説明とかは……まぁ、読んでくれたら分かってくれてると思うので、いいや