「で、君が僕の相手をするの?」

 そう、男は問いかける。それに対して周にぃは無言を返答。

「さっき負けそうだったのにさ、無駄なんじゃない? お姉さんに助けてもらわなかったら、僕に斬られてたんだよ?」

 そんな男の言葉にも、周にぃは無言。ただナイフを握りしめ、ただ自らの地面を眺めている。

「それなのに僕と戦う? はっ、君は殺されたいの?」

 そんなバカにしたような言葉にも、周にぃは無言。さすがに男も頭にきたのか、怒りを表情に滲ませる。

「ねぇ……さっきから無視してさ。何様のつもり?」

 一歩前に歩み寄る男。

 刹那――男の鳩尾に、周にぃのナイフの切っ先。

「……え?」

 あまりの出来事に、間抜けな声しか上げれなかった。

「ちっ……逸った(はやった)か。後数センチもなかったんだがなぁ」

 そうボヤきながら、突きつけていたナイフを体ごと引き戻す周にぃ。

 ……あまりの疾さで認識できなかったのだろう。一息に間合いを詰め、男の鳩尾にナイフをぶつけようとした周にぃの姿が。

 呆然としている男に、周にぃは言葉を続ける。

「俺を殺そうとした? だから何だ。今とさっきは状況が違うだろ。お前は後数センチ、歩幅が広かっただけでやられてた。それが今の状況だ。たとえさっきまで俺が殺されそうになっていたとしても、この現状ぐらい受け入れろ」

 そして再び、いつも通りの構えを取る周にぃ。

「さて……それで、俺にまだ何か言いたいことでもあるか?」

 突きつけるようにしたナイフ。その構えのまま、小バカにしたように口を開く周にぃ。

 そして、笑み。

 それは先程、男に向かって挑発をかました時と同じ。戦闘享楽からくる、自分が楽しめるが故の、深くて愉快げ(たのしげ)な笑み。

 そんな中でも男はまだ、驚きから回復できていなかった。

 だってあの動きが、まったく見えなかったから。

 

 ……間合いは広い。あの男は後ろ足を最大まで伸ばし、右足で踏み込み、最大距離の突きを放ってきた。その姿はさながらフェンシング。必殺の突きを放った姿そのもの。

 だから今――構えを元に戻した今、互いに一歩踏み込んでも、ナイフの間合いには入らないということ。僕とアイツの武器の長さは同じだから。

 でも……さっきと同じ速さを出されたら、次は反応できない。

 

 男のその読みは正しい。

 ……そもそも過去の戦歴において、冬子が二回目から周にぃ動きを見ることが出来たのは、あの動体視力・反射神経・戦闘感覚からくる常人の域を超えた慣れの速さがあったから。そしてソレは「戦闘者(バニッシャー)」としての訓練を受けさせられていたが故に備わったもの。速く動く霊体という存在に対抗するための訓練故に、備わったもの。

 だからこそ、ただの悪霊である男では、たった一度見ただけで慣れる事なぞ出来ぬのは必然。次に放たれれば、無様にやれるだけ。

 なら……どうするべきか。

 

「はぁっ!」

 男は吼え、自らの間合いに周にぃを引き込む。そしてそのまま、上段からの斬撃。……そう、男の考えは至って単純。

 動きが見えないのなら、動かさなければ良い。

 常に自分の間合いを維持し、攻撃を続ける。

 幸いにも向こうとこちらの間合いは同じ。

 ならば、決して不可能なことではない。

「せあっ! しぃっ!」

 一分の隙も無い乱れ斬り。その様はさながら鎌鼬。真空の刃を放つ姿そのもの。

 そしてその攻撃全てを周にぃは、横から突いて軌道を逸らして躱す、上体を逸らすだけで躱す、上体のみを後ろに下げて躱す。その全てを、躱す。

 だが男は、気付いていた。

 周にぃには大きな隙が存在することを。攻撃を躱すたびに見える大きな隙があることを。

 

 今は躱し続けてる……が、こんなに大きな隙なんだ。躱してるのは偶然。すぐにボロが防げなくなって終わりだ。

 

 男はそう考え、常に変動するその大きな隙への攻撃を続ける。

 ……だが、その言葉に矛盾を感じないのだろうか……? 

 大きな隙……本当の――自然に生まれてしまった大きな隙ならば、防がれることすら出来ないと言うことを。囮として機能していない隙ならば、そこを起点に攻撃の流れが変わるという事実を。

 ……おそらくだが、男には武術の心得が無い。

 人の首を斬る技巧能力の高さは凄まじいが、おそらくソレだけ。

 周にぃのように真剣に訓練している訳でもなく、冬子のように格上と命の削り合いをしている訳でもない。

 自分より弱いものをいたぶり、自分にとっての快楽を求めているだけ。首を斬る技巧もおそらく、その過程で身についたもの。

 殺人鬼の話が出てからと想定すると、一週間ほどでその技巧にまで達したことになる。その吸収力は凄まじいと素直に感嘆の声を上げるしかない。

 だが、そこまでなのだ。

 弱いものしか殺していない男は、そこで限界なのだ。

 現に周にぃには、その大きな隙以外にも微細な隙が存在している。

 だが男は、ソレにも気付けない。

 気付けないから、たとえ矛盾に気付いても反撃の手立てが思いつかない。

 そしてそれ故に、気付いてしまった時の衝撃は大きい。

 

 ……どういうことだ? とっくに十を超える隙を衝いているのに……当たらない? 何故……? 何故アイツは……あんなに嘲って(わらって)いられる……?!

 

 疑問に対する答えを導こうとする間も、男の攻撃は相変わらずの軌道を描き続け、周にぃの笑みは相変わらずの楽しさを携えている。

 

 ……まさか……! ……狙わされているのか……! ああして大きな隙をワザと見せることで、ボクの攻撃をそこに導いているというのか……!

 

 疑問はいずれ答えとなり、答えは矛盾に気付かせる事実となる。

 

 けど、この隙以外の場所を狙えば反撃がくる。それじゃあボクは、あの大きな隙を狙い続けるしかないじゃないか……。

 ……いや、だからこそ攻撃を防がれるのか……! 攻撃がくる場所を知っているから……! その場所を、あの男は自分で作っているから……!

 

 そしてその事実は、男の攻撃を鈍らせるには十分な要因となり……その攻撃は、周にぃにとって絶好の反撃チャンスとなる。

 周にぃの笑みが、攻撃を避けている時よりもさらに、深くなる。

 そして、風が変わる……。……いや、そもそも風は周にぃに向いていたのかもしれない。

 何故なら、こうなるようにずっと仕向けていたのだから。

 

 俺に合気道を教える時、冬子は最初に教えてくれた。「私達藍島が使う合気道は、もしかしたら世間で言う合気道と違うのかもしれない。私達がする事といえば、相手の気に自分の気を合わせ、そこから相手の力の流れを読み取り、自分の力の流れをその流れに合わせ、そこまでしてようやく相手を倒しに掛かる」と。だから……。

 

 男が振るう鈍い攻撃に対し周にぃは、そのナイフが握られた腕を、ナイフを間に挟むようにしながら握り、男の“気”に自らの“気”を合わせる。

 そして男の力の流れと同じ流れを起こし、体勢を崩す。

 男はされるがまま。周にぃのような知識も無いし、冬子のように身体に染み込ませている訳でもないから。

「天点一突破流(あまてんいちとっぱりゅう)――」

 そのままさらに力を加え、腕から肩、肩から躯に“気”を介して力を伝える。

 すると相手はその場で縦に空中回転。本に載りそうなほどキレイな合気投げ。

 ソレを放った周にぃは、回転しきったところで男の手を離す。

 皮肉にも、投げられた手が唯一の支えだった男の体は、重力にされるがまま背中から落下。

 だがこのまま放置はしない。

 周にぃはその落ちていく男の動きに合わせ、ナイフを逆手に持ち、男の鳩尾に狙いを定めたまま、共に重力へと身を委ね――

「――合樹の剣・地と枝の埋葬術(あいきのけん・ちとえだのまいそうじゅつ)!」

 ――背中から落ちた衝撃が伝わるのと挟み込まれるように、鳩尾にナイフの衝撃を与えた! 

 背中から体の中心へと伝わる衝撃と、鳩尾から身体の中心へと伝わる衝撃。

 ソレは同時のタイミング、同時の速度で伝達。

 そして見事、身体の中心部のさらに中心で、互いの衝撃が衝突。

 臓器全体に伝わる衝撃。身体の内側が壊されるような衝突。

 普通の人間なら死の恐れすらあるその攻撃。

 それは周にぃが、冬子に合気道を教えてもらった時に思いついた応用技の一つであった。

 

 

 

 俺は立ち上がり、気絶して倒れた男を見下す。余程の衝撃だったのか、舌が飛び出すかのように口を開け、白目を剥いたその顔は、確認するまでも無く気絶している。

 ……後は、冬子の薙刀で貫いてもらって終わりか……なんだ、意外に呆気なかったな。

 

 そう思いながら、冬子の方へと足を進める。まだ彩陽の攻撃を捌き続けているが、じきに終わるだろう。あの冬子が負けるとも思えねぇしな。

 ……にしてもこういう場合、この悪霊に操られてた男は罪に問われないんだよな……じゃあどうやって殺人鬼の事件が解決したって世間に教えんだろ? ……まぁ、冬子にでも教えてもらえばいっか。

 

 ……それにしても、あまりにも呆気無さ過ぎんだろ……。

 ……おかしい……何処かおかしいんだよな……。

 ……ソレが何処なのかって言うと、まったくわかんねぇんだけど。

 

 足を一度止め、もう一度男の方へと視線を向ける。

 そこにはやはり、倒れたままの男の姿。立ち上がって襲ってくる気配など皆無。

 でも……その姿に、やっぱり何処か違和感。

 

 ……なんだ? 何がおかしいんだ?

 

 瞬間、体が告げる危機。

 

 な……! 何処から……?!

 

 俺は後ろに向けていた首を前に向ける。

 後ろを向いているのに危機を告げる本能、ということは、前以外から危機がくることはありえないから。

 でも、前には何も無い。

 遥か前で、冬子が伊沢彩陽を斬るシーンが視界に映るだけ。

 

 それが、俺が見た最後の映像だった。

 

 

 

 慌てて前を向いた周にぃの頭上に、自転車が落ちてくる。

 それも一台だけじゃない。

 一度に三台。

 周にぃがいた場所は道のど真ん中と言っても過言ではなく、頭上には漆黒の空が広がるのみ。

 それなのに、突然の自転車。

 ……周にぃは油断していた。勝ったことで、油断していた。

 確かに男は倒れた。

 だが、中に入っていた“悪霊は、まだ死んでいない”。

 当然だ。周にぃの武器は、清められている訳ではないのだから。

 

 悪霊を殺すには清められた武器が必要。それは冬子から教えてもらっていたので、周にぃもわかっていた。

 でも肝心要のことがわかっていなかった。

 “「同調」されていた素体が動かなくなった場合の悪霊の所存”という、肝心要のことが。

 だがおそらく……このことは、冬子もわかっていないだろう。

 何故なら、前例が無いから。

 ……そもそも、悪霊に「憑依」されたり「同調」されたりすれば、身体能力が飛躍的に向上する。そんな存在に、対悪霊用戦闘技術を仕込まれていない一般人が勝てたことなど無いに等しい。だからこそ冬子のような「戦闘者(バニッシャー)」という存在が必要になるのだから。

 故に今まで、清められていない武器で無力化された前例――“悪霊が「憑依」した肉体を物理的に無力化した”前例が無い。

 だから周にぃは知らなかった。そもそも、冬子すらが知らなかったのだから、教えてもらえることすら出来なかったのだ。

 

 周にぃが感じていた違和感。それはおそらく、操っている本体とも言える男が倒れたのに、彩陽がまだ動いていたからこそ感じたのだろう。

 確かに、もし男の中にいた悪霊が死んでいたのなら、操られている彩陽の動きは止まらないとおかしい。それを脳の片隅で感じたから、違和感となって周にぃに襲い掛かった。

 そしてその違和感と、終わったという慢心のせいで日頃の動きが出来ず、結果攻撃を受けた。

 男の中にいた悪霊が外に出、道端に止めてある自転車を回収。周にぃにバレぬよう上空まで持ち上げ、叩き落す。

 ……反応は出来ていた。危機感知本能は作動していた。

 でもいつものように、確認の前に身体を移動させることが出来なかった。

 だから今、三台の自転車の下敷きになって倒れている。

 出血は無い。だが打ち所が悪かったのか、目を覚ます気配も無い。

 先程との立場の逆転に、宙に浮いている悪霊は、深い深い、不気味な笑みを浮かべ、背後に金色の月を携えながら降りてくる。それはまるで、これから罪無き者を虐殺する悪魔のよう。

 

 一言で説明するなら、人の型に抜き取った闇。一般高校生ほどの長さと横幅、大量の霊体を吸収したその姿は、すでに器に収まりきらなくなっているのだろう。溢れ、周囲に黒いモヤを発生させている。顔に当たる部分にも、ただ闇が溶け込んでいるだけ。そのため風貌はまったくわからない。

 だがその能面とも言える顔の口に当たる部分。そこだけが先程言ったような笑みを型取るように闇が抜け、向こうの夜空が映っている。

 

 そうして地に降り立った悪霊はまず、攻撃を受けて取り落としてしまった、元々自分がいた体が握っているナイフを拾い上げる。

 そしてゆっくりと、気絶している周にぃへと近付いていく。霊感が無いものが見れば、ナイフが空中を浮いているように見えるその映像。

 だがそれも、気にしなくて大丈夫。

 だってコトは、すぐに済むのだから。

 気絶して、うつぶせに倒れている周にぃを、背中から心臓目掛けて、ナイフを振り下ろすだけなのだから。

 

 そうして歩んでいた足は、目標の傍らに辿りつく。

 これ以上深くならないと思っていた不気味な笑みが、さらに深くなる。

 そして悪霊は、立った姿勢からしゃがみ込むための屈伸力をそのまま力に還元し、ナイフを突きたてるように振り下ろした――

 

 ――瞬間、目標との距離が開く。……否、目標との距離を開けさせられている?! 

 両手両足体の中心、その五ヵ所に凄まじい力。

 まるで……強力な磁石で吸い寄せられる砂鉄になった気分――

 

 ――ガッ! と、そんな考えを封じるかのような衝撃。

 

 壁に打ち付けられはしたが、その衝突による衝撃ではない。

 凄まじい力が突然停止したが故の反動衝撃。

 痛みは、無い。……衝撃による痛みは。壁に打ち付けている五ヵ所の杭、そこからジワジワとした痛みがあるだけ。

 それはまるで、めくったかさぶたに水を当てられたような微細な痛み。気にはならないが、集中力が乱れ、ここから抜け出すための力が沸かない。

 

 そんな懸念をしている悪霊の視界に、自らへと迫る一つの影。

 その影は薙刀を構え、最大速度で迫ってくる。

 言うまでも無い。彩陽を無力化した張本人、杭を投擲した巫女、周にぃを助けに来た「戦闘者(バニッシャー)」、藍島冬子その人。

 ……そう。悪霊を拘束している杭とはT字型の短剣。

 周にぃが殺されそうになった刹那、薙刀を一度手放して両手の指の間にそれぞれ三本、計六本の短剣を取り出し、悪霊目掛けて投げつけたのだ。額を狙った分は焦っていたのか外れてしまったが、他は見事命中。

 ソレを確認後、手放した薙刀の柄を足で蹴り上げ、手元に引き戻して両手に握り、全速力で男の下へと走り出したのだ。拘束された悪霊に止めを刺すため。

 その姿に、ヤバイ……! と悪霊の本能は告げる。

 

 普通の刃なら殺されないはずなんだ。体が特別だから大丈夫なはずなんだ。それなのにあの薙刀だけはヤバイと言っている。本能が言っている。抜け出さないと、抜け出さないと、抜け出さないと! 逃げないと逃げないと逃げないと逃げないと逃げないと!! いけないっ!!

 

 カランッ……と音がした。

 五回、鉄の塊が落ちるような音がした。

 それは、悪霊を拘束していた短剣の落ちる音。

 それに気付いた悪霊は、すぐさま上空目掛けて飛ぼうとする。

 それに気付いた冬子は、驚愕に表情を塗り固めながらも薙刀を突き出す。

 本来なら間合い外。でも柄の中頃を握っていた手を離し、走っている勢いを殺すのも構わず大きく踏み込み、威力も攻撃の速度も落ちるのも構わず、薙刀最大距離の刺突を放つ。

 だが貫いたのは、右腿に当たる部分だけ。

 中心には遠く及ばない箇所。そこから下だけしか殺ぎ落とせなかった。

「くっ……!」

 薙刀の絶対間合い外、横にそびえ立つ高層住宅の八階ほどにまで上がった悪霊は、苦悶の声を上げる。

 が、すぐさま周囲の黒いモヤが切断された箇所に集中。切断される前と何ら変わらない状態で、再び足は存在していた。

 

 ……やっぱり……吸収されてきた霊体の数が半端じゃない。

 ……あの短剣から抜け出せる悪霊なんて、今まで相手にしたことが無い。仮にも清められた武器なのだから、突き刺さっている間は痛みも合わさって動けないはずなのに……何というタフさ。

 

 上に飛んだ悪霊を見上げながら冬子は考える。

 ……いや、覚悟する。

 短剣の拘束から逃れる程の強さを誇る、初めての強敵と戦う覚悟を。

 

 残りの短剣の数は五十。相手の強さを考えると心許ない数だけど、拘束できないなら決定打にならない。

 だから、少なくても多くてもさして変わりはしない。私の攻撃手段で決定打と成せる可能性があるものは、この薙刀だけ。短剣とは違い、長年に渡り清めてきた武器の一つだから……。

 ……ビビるな。臆するな。震えを見せるな動きを鈍らすな。

 周二が相手をして、肉体から出てきた存在。まさか「同調」を果たした悪霊が、素体が使い物にならないと知るとああして出てくるとは知らなかった……。でも、肉体から出てきていると言うことは、清められた武器が直接悪霊に当たるということ。肉体の痛みから介して、清めが悪霊に当たる訳ではない。故にそれだけ、一撃のダメージが大きいということ。

 ……相手の速度は周二よりも上かもしれない。数え切れないほどの悪霊を吸収してきた存在だから。

 でも……それでも、負けてはいられない。

 周二が倒されたのに、私がオメオメ逃げるのは違うから。

 ……いや、そもそも逃げられない。

 正確には逃げようと思えない。

 だって悪霊(アイツ)は、周二を倒したんだから……。

 ……どうして周二が倒されただけで、ここまで逃げようと思えないのかわからない。どうしてここまで怒りが沸いてくるのかわからない。でも……だからって何だ。この怒りに身を任せるのが悪いことだと、私は思えない。

 始めて他人が傷つけられて、心が怒りに燃えているんだ。彩陽の時とはまた違う――荒れとは違う、この体の中から燃え広がるような感情。ソレを肯定して何が悪い。

 だから私は、怒りに身を任せながらも、冷静に。

 彩陽を操り、周二を倒したアイツを、絶対の覚悟を持って、打倒する。

 

 両手に持った薙刀の切っ先を、上空に浮かぶ悪霊に向ける。

 お前を倒すと宣言するかのように、誇り高く。

 そして彼女は、名乗りを上げる。

 さっきは操られた、大切な対等関係の存在だったから名乗らなかった。その前は、不意打ちだったから名乗ることが出来なかった。

 でも、今回は違う。

 相手は憎むべき存在。敵は自らの覚悟を真正面からぶつける存在。

 故に、「戦闘者(バニッシャー)」として当然の、相手に自らの名を教えてあげる行為をする。

 その声もまた、構えと同等に誇り高く。

「藍島除霊術を修めし、戦闘者(バニッシャー)にして次期頭首・藍島冬子。お前という存在と名、全てを無に帰す存在の名だ。身に刻み、そして成仏せよ!」

 

 

 

あとがき:
周にぃが戦って負けちゃう話ー
そんで冬子が引き続き戦っちゃう話ー
んまぁ、厳密には周にぃの勝負は引き分けになるのかな? 一度勝って一度負けてる感じだし。

冬子の最後の名乗り上げ、最初周にぃ相手にしたものにアレンジを加えておりますが、コレで冬子の覚悟の程を知ってもらえるのなら最高なんだけどなぁ……なんて思ったり

とりあえず、アレだよね
皆、戦闘シーンばっかで飽きてきてるよね?
ホントごめんね
でもまだ続くから
……いやもう、ホントごめん