「冬子、頼みがある」

 夜の見回りを終え、定番の訓練も終えた頃、周にぃは先生である冬子に声をかけた。

 戦闘中は表情が変わるのに、非戦闘中だと相変わらず無表情。

「なに?」

 抑揚の無い声も相変わらず。

「明日から祖父と一緒に町を回るんだろ? だったらさ、今日で最後の訓練って訳だよな?」
「ええ」
「それじゃあさ、最後に模擬戦してくれよ」
「模擬戦? どうして?」
「自分がどれほど強くなったのか確かめたい、ってのが建前」
「……建前?」

 

 本当に建前なら、こんな堂々と口にしないものだろう……。とは思うも、周二ならするかもな、とも思う。

 短かったけど、それがわかるだけの時は、歩んできたつもりだから。

 

「そう、建前。そんで本音は、俺が勝ったら、余ってるやつで良いから、俺に清められた武器を貸して欲しい」
「……どうして?」
「ちょっとな……殺人鬼さんの行動が、周の逆鱗に触れちまってよ。少し本気出して討伐しようって話になってな。でもさ、明日からは冬子と一緒に行動できないじゃん? だから借りたいなって。昼だったら周が見てくれるから何とかなるんだが、夜となると俺がどうにかするしかないし……正直、ちょっと心許ないからさ。もちろん、その悪霊を殺したら報告はさせてもらうつもりだ」

 その言葉を聞いた冬子は、少しだけ考える。そして思い当たることでもあったのか、相変わらずの表情のままハッとした雰囲気を発し、周にぃに訊ねる。

「赤城君の逆鱗と言うのは、彩陽のこと?」
「さすが、警察に頼まれてるだけのことはある。その情報がきてるなら、わかってもらえたかな?」
「……大丈夫。でも明日、警察に来てもらうのは精神鑑定じゃない。そのことはわかってる?」
「なに? そうなのか?」
「彼女に警察に来てもらうのは、悪霊に憑依されているかどうかの確認。もし確認して憑依されていなければ、彼女はその場で無罪放免になる」
「なんだそうなのか……さすがにそのことは周も気付いてなかったかな?」

 頭を掻き、何処か中空を見ながら困ったような声を発する周にぃ。と、何かに気付き、それでもだ、と力強く言って言葉を続ける。

「結局伊沢彩陽が傷つけられたという事実は、すでに周の中に確立されている。それだけでもう、周にとっては悪霊を殺す十分な理由にはなる。つまりは、いくら伊沢彩陽が無罪放免であろうとも、俺達は悪霊を殺そうと動く。それならやっぱり、清められた武器は貸してもらいたい」
「……わかった。貸しても構わない」

 少しだけ考え、言葉を返す冬子。だがそれなら、一つだけわからないことがある。

「でもそれなら、どうして模擬戦をしようと考えた?」
「なぁに……簡単なことだ」

 冬子の疑問に、周にぃはニヤリとした笑みを浮かべ、楽しそうに答えた。

「建前でもあり、本音でもあったからだよ」

 

 

 

 今日もまた、人を殺す。

 あいつと一緒に、人を殺す。

 

 そんな予定を立てていたのに、あいつの周りは人だらけ。

 ……ああ、そうか。昨日自分でやったことだ。

 人目につかないところだったけど、いつもよりかは手前で殺しすぎた。

 だからあいつを身代わりにしたんだっけ。

 だからこんなにも、あいつの家の前に人がいるのか。

 せっかく誘いに来たのに……。

 

 ……いや、何を考えている? そうだ、簡単なことだ。

 周りにいるこいつらを、殺せば良いんだ。

 それだけで楽しいじゃないか。

 しかもあいつも連れ出せる。

 一粒で二度美味しい。ピンチをチャンスに変える。一石二鳥。一挙両得。

 それならさっそく、行くとしよう。

 

 急がないと、一緒に殺す時間が短くなるから。

 

 

 

 拮抗している。

 互いが互いに、牽制しか放てない。

 

 こちらが間合いを詰めようとも、瞬時にギリギリ間合いの外へ移動し、こちらを攻撃。

 それを避けるために間合いを開ければ、今度は向こうの間合いで攻撃を避ける。

 でもその攻撃すら、こちらの隙を作るための牽制。

 一度戦ったから分かる。何度も教えられてきたから分かる。

 でも、攻める事が出来ない。

 

 そんな周にぃの焦り。でも冬子も、同じように焦っていた。

 

 短時間でも相手の間合いに入ってはいけない。

 それだけで命取り。

 彼の攻撃速度は放つだけで――その存在だけで、戦いの流れを引き込む。

 だからと言って、自分の間合いだからと安心してもいけない。

 あの疾さを繰り出されては、意思を持って対応できない。

 一瞬の油断で、この牽制は破られる。流れを変えられる。

 故に攻める時は、絶対で無いといけない。

 

 互いが互いに、一度戦った結果。何度も教えられ、教えた結果。

 手の内の読み合い。

 そんな牽制ばかりで埋め尽くされた戦いが、五分を超えようとした。

 だが二人は、その事実に気付かない。

 牽制ばかりとは言え、互いが極限状態を維持し続けないと続かない牽制群。ソレを維持し続けている二人は、時間感覚が麻痺してきている。

 二人の中では、まだ一分。これだけの戦いをしながら、まだ一分。楽しい出来事は時間が早く過ぎる、ソレと同じ原理で。

 

 と、周にぃが最初に仕掛けた。何か考えがあるのか、牽制群の流れを断ち切る行動。迫る薙刀の刃を横から突いて軌道を逸らし、躱す。

 と、そのままナイフを握っていない手で薙刀の柄を掴み、相手と気を合わせる。

 合気道。

 その事実に気付いた冬子は、すぐさま相手の気と自らの気を合わせないよう、ワザと自らの気を乱し、間合いを開けさせるために周にぃの腹に蹴りを放つ。

 と、その蹴りを読んでいたのか、前足を軸に躯を回転させて躱し、そのまましゃがみ込むように冬子の脇腹へと身体を侵入させる。

 そのまま曲げた膝の力を爆発。最大限の力を持って、その位置から顎を狙った突き上げ

「陰樹・幹(いんじゅ・みき)!」

 枷を外した周にぃの脚力を、最大限発揮した攻撃。

 だが、カスるだけで顎を砕け散らせる威力を持ったその攻撃は、冬子が上体を逸らして躱すことで空振り。

 周にぃの身体は高々と天を舞い、人では到底届かない、大型トラックすら収納可能な廃工場の天井へと身体を辿りつかせた。

 と、そこから飛び降り、上空からの攻撃。

 だが一部始終、半瞬も離さず見ていた冬子は、その攻撃の届かない距離へと駆けるように移動する。

 

 ……でも……それこそが、周にぃの狙い。

 その移動する冬子目掛け、握っていたナイフを投げた。

 自らの唯一である武器を手放すという、この突拍子も無い行動に焦りながらも、冬子は足を止める。このまま駆けていれば間違いなく当たる、そんな軌道に飛んできていたから。

 でも、ナイフに注意が逸れすぎていた。

 四肢を使って着地した周にぃは、肘や膝に掛かる負担をものともせず、すぐさま着地と同様の四肢を使って、冬子との距離を詰めた。

 その速さは、冬子が警戒していた疾さを裕に超えていた。着地した場所に残像が見える、そんな錯覚をしてしまう程の、疾さ。……当然だろう。彼女が警戒していた疾さは、四肢の内二肢を用いての疾さ。単純計算すれば、その二倍の疾さがあったのだから。

 

 だが生憎と、その疾さは周にぃですら制御できない。彼女にただのタックルを食らわせることしか出来なかった。

 ……でも、それで十分。

 タックルを食らわせてすぐ、体勢を立て直し、制御できる二肢での疾さを放ち、途中に落ちている自らのナイフを広い、冬子の間合いを詰め、まだ倒れたままの冬子の首元に突きつけた。

 

 

 

「……私の、負け」
「いや……冬子の勝ちだ」

 首元に突きつけたナイフを下げ、手を差し出して冬子を立ち上がらせる。

「……情け?」

 その冬子の疑問に、違う違うと首を振る周にぃ。まぁでも確かに、情けにしか聞こえない発言ではある。

「そうじゃなくて……冬子、お前この前俺を足止めする時に投げた短剣、使わなかっただろ? もし俺が上から落ちてきた時、逃げずにソレを放ってたらお前の勝ちだったさ。むしろ情けをかけたのはお前だろ?」

 確かに周にぃの言う通りだった。

 冬子は、何かと貫き合うまで力が発生するT字型の短剣を持っている。にも関わらず、今回の模擬戦では一度も使わなかった。

「それは違う。模擬戦なのに、本気を出してはいけないと思った」
「だろ? だったら俺の負けだ。俺は模擬戦だってのに本気を出したんだからな」

 冬子の言い訳に答え、周にぃはナイフを折り畳みにかかる。

「ま、何にしてもお前の勝ちだ。最後の最後に勝てなくて、残念だったよ」

 改めて認識させられてしまう周のその言葉に、冬子は何故か心を重くしてしまう。

 ……そう、今日で最後。

 それはまるで、このまま終わらせたくないと、心が訴えているかのような重さ。

 

 どうして心が重いの……? ……わからない……わからないけど、このまま終わらせたら、きっと後悔する。

 

「まだ、訓練を続けたい」

 理由は分からない。でも、心がこのままじゃイヤと言うのなら、ソレに従ってみたい。

 そんな意思を込めた、冬子の言葉。

「え?」

 聞こえなかったのか、周にぃが聞き返す。だからもう一度、言葉にする。

「まだ、訓練を続けたい」
「まだ続けたいって……でも冬子、悪霊を一緒に探し続ける約束で合気道を教えてくれてたんだろ? だったら明日から、親父さんと一緒に探すんだから、無理に教えなくて良いんだぞ?」
「無理なんてしていない。私がしたいだけ。私だって、あなたと一緒に訓練していて、タメになっていたから」
「……そうか?」
「そう」

 その返事に周にぃは、考える素振りをする。

 でもその考えは、同意するかどうかの考えじゃない。

 自分の心に対する、この喜びが何なのか、その答えを導くための考え。

 

 俺自身、今日で最後ということに、少しだけ残念だと思っていた。

 それは事実だ。

 だからこうして、向こうからお願いしてくるのは願っても無いこと。

 それなのに……向こうから言われただけで、さっきの言葉を言われただけで、こんなにうれしいなんて……。

 

 と、昨日言われた周の言葉を思い出す。

 「もしかして……藍島さんのこと、好きになった?」

 という言葉。

 途端、ボッと顔が熱くなるのを自覚する。

「あ、まぁ、その、なんだ……俺としちゃ、冬子と一緒でも、良いと……思う」

 ジドロモドロになりながら、何とか言葉にする周にぃ。

 そんな自分の動揺ぶりに、心の中で激しく落胆。

 

 まったく……俺は、伊沢彩陽のことをとやかく責めれんな……。こんなに恥ずかしくなるもんだとは思ってなかった。……好きな人を、目の前にするとさ。

 

 好きな人。

 ソレを改めて心の中で言葉にすると、何だか心の中が温かくなった。

 それは周にぃが、今まで体験したことの無い、何とも不思議で、うれしくて、恥ずかしくて……色々な感情が混じり合った気持ち。

 わからない……でも一つだけ確かなことがある。それは、それら全てを含めて、幸せな気分になれる気持ちだということだった。

 

 

 

 見張り始めてどれほどの時間が過ぎたのか。車に表示されている時間を確認すれば済む話だが、生憎と見張り始めた時間がわからない。助手席に座っている後輩に聞いても良いが……それだけで話しかけるのも気が引ける。

 

 伊沢彩陽の自宅前に停めている車。その中こそこの男の現在地。

 だからと言ってストーカー等の不審者ではない。学校で彼女に事情聴取めいたことをした刑事……その人である。もちろん助手席に座ってウトウトとしている後輩もその時の一人。

「伊沢彩陽は殺人鬼事件の犯人の可能性がある。もっとも厳密には、悪霊に憑依されている可能性だがな」

 

 始めて自分が担当することになった事件、それがまさか、自分はまったく信じていない幽霊関係の事件になろうとはな……。

 

 上司からの言葉を思い返しながら、そんなことを思う。

 そう、彼にとって、自分がリーダーとなって指揮をする事件は、コレが初めてだったのだ。

 内容としては、悪霊に憑依されている可能性のある対象者の確保。学校を直接訪れるところまでは、彼本人も上手かったと思っている。でもまさか、あんなに対象者を発狂させてしまうとは……。ああなると、対象者の人権を尊重して、家に帰らせるしかなくなる。

 だからと言って、そのまま自分達は家に帰って良いかと言うとそうでもない。

 対象者が悪霊に憑依されていないのを確認しないと、監視も無しに社会に放ってはいけない規律だ。

 だから家から出ないか、こうして監視している。

 監視人数は、彼と助手席の後輩を含めて四人。一人を監視するには多いか少ないか、ソレは始めて指揮する彼本人にはわからない。

 でもそれは、身を持って知ることになる。

 

 ゴンッ! と、車の上から鈍い音。何かが落ちてきて、車体にぶつかったような、そんな音。

「ん? なんだ?」

 助手席でウトウトしていた後輩も、その音で意識を覚醒させる。

「何か落ちたんっすかね?」

 運転席に座っている先輩に向かっての言葉、と言うより、自分に問いかけるような物言い。

 その証拠に、運転席に座っている彼が返事をするよりも早く、対象者の向かいの家の塀にぶつけない程度にドアを開け、車の上を見る。

「どうだ? 何が乗ってる」

 どうせ植木鉢か何かだろう、そう思って問いかけた。

 だが、男からの返事は無かった。

 当然だろう。

 

 返事をするための口が、首が、体から切り離されたのだから。

 

 でも、返事はあった。

「人が乗ってる」

 聞いたことも無い声で。

 その声と、液体が壁に向かって飛び散るような音で、彼は異変に気付いた。

 後輩の男を慌てて見ると、ドサッ、と、首の無くなった体が倒れる音がした。

 瞬間、自らのおかれた状況を理解した。今自分は、命が狙われていると。

 急いで後輩の下へと駆け出したい衝動を抑え、必死に考える。

 

 今向かえば、二の舞だ。だからと言って運転席から出ようとも、結果は同じ。

 なら、どうするべきか? 

 ……相手はおそらく殺人鬼。対象者として見ていた伊沢彩陽とは違う、別の存在。監視していて玄関から出てくる姿を見ていないところから考えて、それは間違いない。

 ……どうする? どうするべきだ? 殺人鬼は車の上……。

 

 と、そこまで考えて思い至る。自分には銃が与えられている。しかもその威力は裕に車体を貫通する。

 相手は殺人鬼で、しかも自分の命も狙われている。ならば抜くことに躊躇いは必要なし。すぐさま抜き放ち、車の上目掛けて引き金を引く。

 密室空間であるにも関わらず、装填されている全弾七発を躊躇いも無く発砲。

 軽く耳をやられたが気にしない。死ぬことに比べれば安い代償。

 …………。

 ……カチッカチッ……と言う音で、ようやく冷静になれた。

 無我夢中で撃っていた拳銃、その残弾数がゼロになり、放つ物が無くなった証の音。

 世界の音を遮断するほど夢中だったのに、何故かこの音だけは静かに耳に入ってきた。

 

 ……殺せたのか……? ……あの殺人鬼を……?

 

 呆然と、自らを冷静にしてくれた音を止め、音を発していた兵器を下ろしながら、そんな言葉が幾度も脳裏を過ぎる。

 だがしばらくして、ハッとなる。ようやく応援を、近くに潜ませている残り二人を呼ぶことを思い至る。

 相手は確実に死んでいるだろうが、万が一がある。ここで出て、その万が一で殺されたらたまったものじゃない。

 だから急いで、外側から制圧してもらうためにコールする。

 ……だが、いくら待っても出ない。どういうことだ? と、訝しんだところで――

「危ない危ない……いきなり発砲だなんて……おもしろい人だ」

 ――隣から、声。

 助手席からではない。外からの声。軽くやられた耳でも聞こえるその声に反応し、首を向ける。

 彼がその顔を見る間もなく、その外に立っている存在は躊躇いもせず、ガラスに向かって手を伸ばした。

 勢い良く。

 ガラスが割れる音、ガラスで傷つく自らの顔、そんなことが気にならないほど、彼は恐怖していた。

 突然のその、殺人鬼の来訪に。

「他の二人なら無駄。とっくに殺したよ。いやぁ〜……楽しかった。あそこまで抵抗してくれるなんて、やっぱり警察の人は優秀だね」

 警察と知っていて尚、殺しに掛かってきた。

 その事実に驚愕する。

 そんな男の、恐怖と、絶望と、驚愕を程好く混ぜた表情を、ニヤけた笑みを向けながら眺める殺人鬼。

「それに君も、警告なんて舐めた真似せずに、すぐさま銃を発砲してくれたのはじつにおもしろい。今の表情もそう。信じていた兵器(もの)に裏切られて恐怖し、これから迫る死に絶望し、こうして話している状況に驚愕している。……たまらないねぇ」

 そこまで言うと、突っ込んだ手を抜く。

 そしてもう片方の手に握られていた、刃渡り三十センチにも及ぶナイフを、車の中に突っ込んだ手に持ち直す。

「……お前は、何者だ……?」

 辛うじて出た彼の言葉は、そんなくだらないこと。

「はっ……! くだらないね……そんなの決まってんじゃん」

 腕を突っ込み、刑事の首元にそのナイフを添える。

 反応しない。出来ない。

 それほどまでの、速さ。

「殺人鬼」

 明るく言い、添えた刃を横一文字に振るう。

 それだけで体と首が離れた。

 ナイフという、短い刃で。

 

 結論から言おう。

 見張りは、四人では足らなかった。

 

 

 

あとがき:
周にぃと冬子と殺人鬼の話ー
そろそろまとまってきた感じかな?

とりあえずその、殺人鬼が彩陽じゃないってのは、皆わかってくれてたと思いますが……
殺人鬼が誰なのかは相変わらずわかんない感じでしょうかね?
それならまぁ、狙い通りだからうれしいのですが……