「あの殺人鬼の事件を追ってる……ねぇ」
(ああ。もっとも俺は周に、こんな奴がいるから気をつけて、って言われた部分しか知らなかったんだけどな)
「あれ? 放課後の先生の話とかは?」
(夢の中で朧気に)

 まぁそんなことはわかりきっていた……とばかりに、ふぅ、と軽く息を吐いてから言葉を続ける周。

「んまぁ、手伝うことに関しては、僕は全然構わないよ。周にぃの時間だしね。でもさ……無茶だけはしないでよ。もし周にぃが死んじゃったら……イヤだから」
(……ああ、わかってる。俺は絶対、お前を置いて死なない)

 自分の体の心配じゃなくて、あくまで周にぃの心配……か。

「それで、今日から手伝うことになってるの?」
(まぁな。集合場所も時間も決まってる。そんで、それが終わったら訓練させてもらえるはずだ)
「そっか。ま、藍島さんなら大丈夫かな……」

 何が? と聞き返そうとして、周の手が止まったことに気付く。おそらく美喜が起きたのだろうと思った周にぃは、言葉を発するのを止める。周を困らせるのは気が引けるから。……まぁ多少は、さっきの仕返しでもしてやろうかと思っていたのだが……。

「おはよう、美喜ちゃん」
(んぅ……。……はわっ! しゅ、周お兄ちゃん……!)

 寝ぼけ眼で周の顔を見た美喜は、瞬間、両目を見開き、眠気を遠くに放り出し、周から距離を置くように脱兎の如く部屋の隅に移動した。

「……えっと……」

 あまりにも突然な出来事に、周の頭がついていかないらしい。

(そ、その……おはようございますっ!)
「ああ……えっと、おはようございます。……その……美喜ちゃん……。僕、何か嫌われることでもしちゃったかな?」

 先程の行動と、先程のいきなりな他人行儀な挨拶。その美喜の行動は周にとって「嫌われたからこその行動」と結論付けるには十分な要因だった。

(ち、違うの! その、逆にうれしすぎたと言うか……)
「うれしすぎた……?」

 美喜を抱き枕にしていたという事実を知らない周にとってはチンプンカンプン。

(ま、まあその! とりあえず、周お兄ちゃんのことは嫌いになってないから! ちょっとだけ、ちょっとだけ時間が欲しいだけだから!)

 もはや黙ってキスをした罪悪感とかは心に微塵も残っていない。もしかしたらその事実すら忘れてしまっているかもしれない。それほどまでに美喜にとって、力強く抱きしめられたという事実は大きかったのだろう。

「あ、でも……これから晩御飯のお買い物に行くけど……どうする?」

 時刻は五時ちょい前。周にぃの昨夜の話などで時間をくったおかげで、洗濯物などをまったくしないまま、晩御飯時の時間になってしまった。

(うぅ……行かせてもらいますぅ……)

 気まずそうに訊ねた周の言葉に、恥ずかしそうに返事をする美喜。ソレを見て、相変わらず一体何に恥ずかしがっているのかわからない周は、自分の中にいるもう一人の自分に訊ねてみることにした。

「何か……美喜ちゃんが僕を避けるんだけど……何でかわかる?」
(その女の子すら見えない俺に、それを訊ねるか?)

 もっともすぎる、味気ない返事だけをされた。

 

 

 

 今日からは二人で狩る。

 昨日逃げた奴と一緒に狩る。

 意のままに動くアイツと一緒に。

 とてつもなく楽しみだ。

 そう言えば、昨日の狩りでわかったことがある。

 確かに、ただ血の噴水を見るだけでも楽しい。

 でも、それよりも、絶望に歪む顔をしたまま血の噴水を出してやった方が、何倍も楽しい。

 そしてその絶望に歪む顔は、自分が絶対に殺されるとわかったやつでないと見せない。

 殺されないと思っていたのに、殺されると心変わりしたやつでないと見せない。

 自分の死を悟った奴じゃあ、見せない。今までのように。

 

 だからこその、二人がかり。

 

 二人で襲えば、自分が絶対に死ぬと言うことを、自覚してくれる。

 例えば、ワザと逃がした後に二人で挟み込むとか。

 それは何て楽しいことだろう。

 想像しただけで笑みが零れる。

 さて……今日もまた、狩りをはじめるとするか。

 

 

 

「どうかした?」

 看板の明かりと街灯の明かりで塗り固められた夜の街、様々な人が無数に行きかう表通り……とはまったく逆の路地裏。二人で歩いていると、隣を歩く周にぃの視線に気付いた冬子がそう問いかける。

「あ、いや……別に」

 本人でも無自覚に、いつの間にやら冬子の横顔ばかり見ていたようだ。慌てて前を向くも、声をかけられたときに目と目が合ってしまい、無性にドキドキしてしまう。

「そう」

 周にぃの誤魔化しともいえない誤魔化しに、興味をなくしたようにそう呟くと、再び周囲を警戒しながら歩き出す。その横顔を、横目でチラッ、と見て、心の中でこっそりため息。

 

 まったく……周があんなこと言ってくるから……妙に意識しちまうじゃねぇか。……んまぁ確かに、周には言ってないが、周以外の人間で俺が一番好きな奴って言えば、コイツだな。

 伊沢彩陽は俺の存在を認めちゃくれているが、アレは周のことが恋愛感情的に大好きだからな。そういう存在に見ようとすら思えねぇ。

 ……恋愛感情的に……か。……どうなんだろうか……俺は。……冬子のこと……恋愛感情的に……どう思ってるんだろうか……。……と言うか、冬子は俺のこと……どう思ってるんだろうか……。

 ……ああくそっ! またさっきと同じこと考えてやがる! 恋愛感情とかどうでも良いじゃねぇか! 向こうがどう思ってようとどうでも良いじゃねぇか! 俺は冬子のことが、恋愛感情とかまったく、まあああぁぁぁぁぁっっっっっったく!  関係なく好き! それで良いじゃねぇか! 

 ……ってああ! だから何で、こんな風に結論付けると心の中がモヤモヤってすんだよ! この感情に結論を出すなってことか?! ああ?!

 

「今日はもう、この辺で良い」

 周にぃが一人、自分の心の中で戦っていると、冬子がそんなことを言ってきた。

「あ?! ん、ああ……何でだ? 時間はまだまだあるだろ?」

 少しだけ動揺しながらも、こんなに早く見回りを終える理由を問う周にぃ。

 ちなみに時刻は0時。確かに、深夜帯の犯行だと分かっているなら、もう二,三時間は見回るべきだろう。

 

 見回っている場所は、主に路地裏など人目につかないところ。あくまで犯人は悪霊なので、悪霊に憑依されていないかどうか、人を見て回るだけ。

 直接見ないと悪霊に憑依されているかどうかわからないのは仕方ないが……それにしても、かれこれ三時間余り見回っていて、色々な奴に話しかけられ、喧嘩を売られてきて、それをたちどころにあしらい、返り討ちにするのは、確かに微妙に疲れる。

 憑依されていない人間には、こちら側はまったく用が無い。それなのに、向こうから勝手に沸いてくるから困る。

 もちろん路地裏だけではなく表通りも見ている。その時は冬子の姿にやたらと注目を浴びたが……彼女自身は慣れているのか平然としたものだった。

 ちなみにそこでの成果は、取り憑かれているのは沢山いるが除霊する程でもないし、肝心要の憑依されている存在はまったくいない。とのこと。

 

「確かに時間はある。でもあなたに手伝ってもらっているのは、私の技の教えと引き換えるため。だから教える時間がなくなれば、元も子もない」
「ああ、なるほど。でもそれこそ余った時間で良いぞ。こうやって探している時はさ、手伝うって言っときながら、俺自身何の役にも立ってないんだからさ」

 問いに対する冬子の答えに、気にするなとばかりに周にぃは遠慮を口にする。

 

 周なら霊体が見えるだろうから、俺よりかは役に立っただろうがな……。

 

 と、軽い自虐を心の中で言い放つ。ま、確かに周は霊体が見えるので、憑依されている人も見分けることが出来ただろうけど。それは冬子も知っているはずだが、彼女はその言葉を否定するように首を横に振って言葉を続ける。

「そんなことはない。あなたは十分役に立っている」
「は? どこで」
「………………ぃる」
「え?」
「何でもない。それよりも、私本人が良いと言っているのだから、構わない」
「そう……か? ……んまぁ、それじゃあ、お願いしようかな」
「わかった。昨日の場所で良い?」

 周の返事を聞く前に、冬子はその場所へ向かって歩き始めた。その後ろ姿を、周にぃは慌てて追いかける。

 だから周にぃは、気付けなかった。前を歩くことで、自分の頬に熱が篭っているのを誤魔化そうとしている、冬子のことを。

「私の、話し相手になってくれている」

 そう言ったことで赤くなっている、彼女の頬を。

 

 

 

「いてて……ったく、何なんだよ! あいつらはっ!」

 男は怒りを露にし、近くにあったゴミ箱を蹴飛ばす。

「あんな格好してやがったらコスプレしてヤラせてくれる店だって勘違いしちまうにきまってんだろ!」

 ぶちまけられたゴミ箱の中身を、その自分を殴った相手だと思い、これみよがしに何度も踏み潰す。

「それなのに……あのガキども……!」

 そして最後に、空になったゴミ箱を、最初に蹴った時よりもさらに強く蹴飛ばす。

 路地裏に大きく反響する、ゴミ箱が壁や床に衝突する音。

 その音に少しだけ冷静さを取り戻し、背広の胸ポケットから愛用のタバコを取り出し、口に咥えて火をつける。

 そして、一息。

 それで今度は、完全に冷静になった。頭の中がクリアになる。そして同時に、あの時の苛立ちが蘇る。

 でも今度は、冷静に。静かな怒り……とでも言うのだろうか。その単語に「俺ってカッコイイ」なんて一人越に浸る男。

 

 複雑に入り組んだ建物と建物の間、表通りに立ち並ぶ街灯の明かりが届かない、この人三人がやっと通れる程度の狭い路。その奥で、男はやられた。

 相手は男女のカップル。男は運動しやすそうな、黒に塗り固められた格好。女はこの場には相応しくない、巫女装束に包まれた格好。

 どうせ男に体を売る女……大したこと無い顔だろう……と思ったのだが、すれ違い様に見たその女の顔がとんでもなく若く、美人だった。

 だからヒョロそうに見えた男を倒し、女を連れ出してヤル予定だった。どうせ何人もの男に金を貰い、何人もの男のモノを咥えている女。無理矢理ヤッても大丈夫だろう。そう思った。

 

 それなのにあの男……女に話しかけた瞬間、いきなりナイフを抜いて俺を突き刺しやがった。

 ……まぁ結局、あのナイフは刃物として機能してなかったみたいなんだが……それでも、狙われた水月は痛む。

 しかも倒れた時に頭でも打ったのか、後頭部も痛い……。

 

 その話しかけ方が妙に馴れ馴れしかったから反感を買ったのだとは気付かないのだろうか……まぁ、気付かないのだろうな。こういうタイプの男は。

 と、短くなったタバコの火を近くの壁で揉み消し、その辺の道端にポイ捨てする。

 さて……と、男は歩き出しながらこれからの行動を考える。

 

 チャラいスーツに黒い肌、ライオンのような茶色い髪と威圧的な眼。

 さっきは不意打ちで負けたとは言え、一対一なら誰にも負けない自信が男にはある。

 だからホテル街へ行こうとするカップルの男を蹴散らし、女をヤッて性欲の捌け口にしている。それはもう日課の様なもの。

 そんなレイプ紛いのことをしても、何故か男は一度も捕まっていない。警察に目さえつけられていない。

 理由は簡単。こんな路地裏を通ってホテル街へ行こうとする連中なんて、絶対やましいことがある証拠。被害にあったからと警察に訴えれば、それこそ自分の身を滅ぼしてしまう。だから警察に訴えることが出来ず、男は何のお咎めも受けない。警察を介さず、直接狙った奴等から復讐されたりもするが、そんなものは自慢の腕っ節で返り討ちにしている。

 だからこそ男は、いつもここで獲物を狙っている。

 

 だが……今日はやめるか。さっきの奴のせいで興が削がれちまった。

 

 と、珍しく家へと帰るために、一度表通りへと向かっていた彼の前に、一人でいる女性の後ろ姿。立ち止まり、夜空を仰いでいるその姿を見た男は、予定を変更。やっぱりあの女を襲おうと決める。が、生憎と表通りに近い。

 

 仕方が無い……ちょっと奥まで連れ込むか。

 

 そう思い、女に声をかける。男の声に反応した女は、顔をこちらへと向ける。

 活発な印象を与える短めの髪、初対面では少しキツめの印象を与えそうな目つきだが、今はその瞳の色も虚ろ色に染まっている。美人、と言うよりはむしろ、可愛い分類に入るであろう顔立ちをしたその女の子。近くの高校の制服に身を包まれているが、この時間に補導されていないところを見ると高校生ではないのかもしれない。でも、身長と身体の発育を見る限りではそうは見えないのだが……。

 まぁともかく、会話を続けて奥へと連れ込もうとする。

「こんなところでどうしたの? もし良かったら――」

 そこまでだった。言葉が続いたのは。腹部に熱い衝撃。この感触はそう……過去に一度刺されたことがあるからわかる。さっきのような刃物モドキではない。

 正真正銘の刃物。一般家庭にある包丁。

 ソレで下腹部を突き刺された。

「ぐはぁ……!」

 ズリュリ……。と、自分の下腹部を混ぜられながら、刃物を取り出される不快音。

 引き抜かれた衝撃で、数歩後ろに下がる。そのままの流れに体を任せ、突き刺した奴と距離を取る。溢れる出る血を、手で押さえ込もうとしながら。……でも、こう深く突き刺されては、止まらない。

 瞬間、男は理解した。自分はたぶん、このまま出血多量で死ぬだろうと。

 

 でも、死なない方法も、存在する。それは、あの女の後ろに見える、明かり。

 街灯の、明かり。

 あそこに行って、救急車を呼んでもらえば、生き残れる可能性が、上がる。

 だから、この女を、ここで、殺す!

 

 幾重もの修羅場をくぐってきたのだろう。男はそう冷静に判断することが出来た。自らの血を見てパニックを起こし、奥に逃げ、生き残れる可能性を淘汰しない。

 どんな手段を用いても良い。務所に放り込まれても良い。この状況から、生き残れさえすれば良い。

 その覚悟を持って、男はスーツの内ポケットに手を突っ込む。そこに隠されているのは、この国では持つだけで法律違反となる、一般人には手の届かない、小型の殺人兵器。

 ソレに指をかけ、突き出す。

「今すぐ……そこを退け……そしたら……撃たないでやる……!」

 喉の奥に血液が溜まっているのか、しっかりとした声が出ない。だがそれでも男は、ソレを突きつけながら、あえて警告を発した。

 拳銃。

 ソレは男の秘密兵器。

 もし、万が一にも、大勢の者に囲まれた時に使おうと手に入れておいたブツ。あんなことをしている報復が来た時に使おうと、用意しておいたブツ。

 それが今、ここで使用される。

 

 ……ふっ、あんなことをしてた、報復が、まさかこんな、通り魔だとは、ね……。……通り魔……? まさか……! この女が……殺人鬼……!?

 

 それは好都合、とばかりに、撃つ躊躇いもなくなる。

 これならもし撃って殺してしまっても、捕まった時の罪状は銃刀法違反だけになるだろうから。正当防衛の扱いを受けることが出来るから。

 ソレを理解した男は、ニヤリとした不敵な笑みを浮かべた。

 大声を、悲鳴を上げさせないよう、喉に血が詰まるような刺し方をされたにも関わらず、そのせいで助けを呼べないにも関わらず、笑みを浮かべた。

 まるでそれは、俺の勝ちだと言わんばかりの。

 

 その笑みに対して、男を刺した当人も、不敵な笑みを返す。

 今まで虚ろな瞳で眺めているだけだったのに、銃を取り出しても無反応だったのに、気味が悪いほどの、ニヤリとした笑みを浮かべた。

 

「へっ……何が……おかし――」

 引き金にかけていた指に、力を込めた。

 会話の途中で撃つ事で不意を打とうという、コスイ手段。

 でもそれ故に、自らの生存確率を上げる手段。

 兵器から発射された鉛弾は、女の心臓を抉り取り、血肉を撒き散らしながら命を奪い去る。

 

 そんな幻想を、男は見た。

 

「――え?」

 だが現実は違う。男が力を込めた瞬間――男の手首から、刃が生えた。

 屈み込む様に爆ぜ、下から男の手首が貫かれた。そのことに衝撃を受ける間もなく、天に包丁の切先を向けたまま、斜め下に力を込め、肘手前まで斬り裂いてみせた。

「あっ――――――――……!」

 腹部から逆流した血が喉に詰まっている男は、悲鳴を上げることが出来ない。だが変わりに、詰まっている血を大量に吐いた。

 だがそれでも、呼吸が満足に出来ないぐらい、再び喉に血が溜まる。体の器官としては、不要な血を循環させるための手段。でも今はそのせいで、大声を、悲鳴を上げることができない。

 あまりの痛みに後ずさりし、背中に壁を据えた所で、斬り裂く動作でしゃがみ込んだ女を睨みつけようとする。だが……姿が無い。

「バカなの? 生き残りたいなら、警告せずに抜き放つと同時に撃たないと」

 いつの間にそこに移動したのか。女はそう言葉を漏らし、血に染まるナイフを握りしめ、いつの間に立ち上がって移動したのか、一滴も血のついていない自らの体を――男を斬りつけた場所から遠い所にある自らの体を、男の元へと歩ませる。

 

 何だ……こいつは……! 俺の腹を刺して、俺の腕を裂いておきながら、自分の衣服には血の一滴も付けてないだと……!

 

 すでに感覚のなくなっている右手。地面に放り捨ててある拳銃をそのままに、男はそのことに驚愕する。

 ……自分の右手が、こんなに大量の血を出しているのに……意識が朦朧とする程の出血をしているのに……一滴もつかない。

 場数を踏んできたからこそ分かる、その異常性。飛んでくる全ての血液を避けている、そう判断するしかない異常性。

 そして男は、気付いてしまった。場数を踏んできたからこそ、気付いてしまった。

 この相手には勝てないと言う事実を。

 

 相手の言う通り、拳銃を抜き放つと同時に撃てば、まだ可能性はあった。

 拳銃を抜き放った時、相手の間合いより外から撃てば、まだ可能性はあった。

 それなのに……俺は……両方とも、出来ていなかった。

 拳銃を持ったことによる、安心感。近代兵器に頼りきった心、それこそが、俺の敗因。

 ……でも、だからって何だ? 俺はココで死ぬのか? 腹からの出血多量で死ぬのか? 腕を斬り裂かれた出血多量で死ぬのか? 

 イヤだ。イヤだ。イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ! まだ生きたい! もっと沢山の女を犯したい! こんなところで、死んでたまるか! みっともなくたっていい! 絶対に、生き残ってやる……!!

 

 そうして男は、横にある路へと走り出した。表通りへと向かうために歩いてきたさっきの路へと逆戻り。

 だいぶ奥になるが、明るい場所に出れさえすれば生き残れる。ただ生き残りたいがためだけに、走り続ける。

 ……男は気付いていないのだろうか……? それこそが、生き残れる可能性の淘汰だと。

 最初に自らが否定した方法だと。

 

 そんな男の前に、一つの人影。

 救急車を呼んでもらえれば助かる……! 

 男は先程までの表情を一転、希望に満ち足りた表情をした。

 が、次の瞬間、その表情は絶望へと塗り固められる。

 その人影は、男に向かって刃物を投擲してきた。

 声をかけようとした矢先の不意打ち。

 そもそも、大量出血で朦朧としている意識の中、そんな攻撃が避けれる訳が無い。

 正確無比に飛んできた刃物は、深々と、男の心臓へと突き刺さった。

 今度は、声にならない悲鳴すら、上げれなかった。

 

 

 

 生き絶え絶えの男の眼前に立つ。

 まだ辛うじて意識を保ち、か細い呼吸を繰り返している。

 すでに声を出せないのか、唇のみを動かして訴えている。

 助けてくれ。

 絶望に塗り固められたその表情で、声にならない声を上げながら、訴えかけてくる。

 助けてくれ。

 その言葉を聞き、無造作に心臓に突き刺さったナイフを抜く。

 大量の血。でも体にかかるのはイヤなので、ちゃんと血が吹き出ない場所には退避している。

 引き抜かれた瞬間、ビクっと、男の体が震える。

 もう助からないと、わかったのだろう。

 唇の動きすらない。

 でも、それでもまだ、男は生きている。

 このまま放置したら死ぬことは確定。

 でも、そんな生ぬるい死に方じゃ満足しない。

 その絶望に歪む男の表情を堪能しながら、手に握ったナイフを振るった。

 首が飛ぶ。距離を置く。血の噴水が吹き上がる。

 その光景が楽しくて、思わず笑いを浮かべてしまう。

 ……でも、どうしてだろう? 今までのように気持ち良くない。

 楽しいことに変わりは無い。それはいつも通り。

 だが、いつも感じる気持ち良さが無い。殺した瞬間に感じた、あの感覚が無い。

 もしかしたらもう、この程度では満足できなくなったのか。

 確かに、これだと今まで通りだ。

 今まで通り、絶望に歪めることは出来た。

 でももっと、もっと歪めることが出来るはずだ。

 昨日殺した奴等のように、もっともっと、楽しい景色を見ることが出来るはずだ。

 こんな今まで通りじゃあ、もう満足できない。

 もっともっと、絶望に歪ませた表情を、見せて欲しい。

 どうせ、殺されるしか価値の無いやつらなのだから。

 

 

 

あとがき:
殺人鬼が新しく人を殺す話ー
と言うか、私の書き方が悪いから目立ってないけど、殺人鬼は結構な人数を殺してますよ
少なくとも十人以上は

さてさて、これでようやく日曜日――第三部は終了かな?
他の二つに比べて遥かに短いのは、第四部とも言える月曜日がやたらと長いから

章仕立てだと、金曜日と土曜日で序章、日曜日と月曜日で終章って感じ
さてさて、それじゃ次から話を終わらせていきましょうかね