入ってすぐのところで景色に見惚れていた冬子の隣に、扉を内側から閉めた周にぃが並ぶ。
「それで結局、あなたはどうして、こんな夜遅くに出歩いているの?」
隣に立った周にぃを見ながら、最初にしたまだ答えてもらっていない質問を再びする。その冬子の顔を見つめ返しながら周にぃは、ようやく答えを口にした。
「強くなりたいからだよ。周を護る力、ソレが欲しいから。そのための訓練場所がここなんだ」
「それではあなたは、毎日夜はここに来ていると?」
「そういうことだ」
倉庫の中心へと向かいながら、周にぃは言葉を続ける。
「もちろん、今日出歩いてたのもここに来るためだ。もっとも、途中であんたがつけてきているのがわかったからな。かなり遠かったが、目的地をあの場所に変えたのさ」
「どうして?」
「簡単なことだ」
部屋の中央、光と闇の境目に立ち、冬子の方へと振り返り言葉を続ける。
「いつも一人で訓練してると、強くなったのかどうかわからない。だから俺は、戦える状況があったら極力戦うことで、自分が強くなっているかどうか確かめている」
その確かめる場所が、あそこ。周にぃの戦闘享楽の性分は、ここからもきているのだろう。……戦いたい気分を発散するのも含めての戦闘訓練なのに、訓練を繰り返すことで余計に戦いたくなる……本末転倒気味になってしまってはいるが、周にぃはそのことに不服は感じていない。
「だから、私の誤解を解こうとしなかったの?」
「ああ。あんたが“霊体を相手に”って言った時点で、誤解を解くことも可能だったんだが……せっかく戦えるんだし、やめた」
「……わかった。それでは次、周二のその流派について教えて欲しい」
「教えて欲しいって言われても……俺が出せる最大限の速度を生かし、一撃で決めるための流派だ」
「そういうのも聞きたいけど、一番聞きたいのは、戦う時に言っていたのは本当だったのかってこと」
「戦う時? ああ、開祖者、ってやつか」
「うん」
「それは本当だ。道端に落ちてるマンガとか、そういうのを参考にして自分で組み上げた。後は実戦を重ね、弱点となるところを改良しつつってところだ。だからまぁ、厳密にはまだ完成して無いんだな、これが」
それはつまり、彼が戦っている間は常に完成しないということ。
「それではどうして、あんなに刺突にこだわった攻撃しかしない? もしかしてその流派、斬撃は無い?」
「ん……ああ、まぁ、そうだな。確かに斬撃は、刺突と比べて“点”ではなく“線”で攻撃できる分、コトを有利に運べるのは分かっている。でもあえて、ソレをしないようにしている。冬子も分かっていると思うが、俺のナイフは人を斬れない」
生存防衛本能で避けた、あの顎の突き上げ。相手に錯覚を与えてしまう程の紙一重で避けるあの行動なら、刃物だと顎に多少なりとも傷痕が残るものだ。
それなのに、傷痕が無い。たぶんそこから冬子は、周にぃが今回の殺人鬼の犯人で無いと予測を立てたのだろう。
「でもな、根元から先端までの三分の一程度まで、まだ刃として残っている部分があるんだ」
言葉を続けながら、ポケットから折り畳まれた例のナイフを取り出す。闘いを終え、折り畳んだソレを、再び解放する。周にぃが言った部分は、確かに月の光が僅かに反射して、斬れる存在であることを主張している。
「正直俺は、人を殺したくない。周に迷惑がかかるからな。だから万が一、ってことがあったらダメなんだ」
先端から根元まで三分の二が使えるとは言え、斬撃を放ち、その万が一が起きて相手の命を狩りとってはダメ。
だからこそ、刺突のみの攻撃しかしない。
「……わかった。あなたのその流派の存在意義が」
黙って話を聞いていた冬子はそう答え、ようやく入口に別れを告げるように、周にぃの隣まで歩いてくる。
赤城君を護るための流派。それなのに、赤城君の害になってはいけない。だからこその、刺突特化の流派。それなら悪くても、喉を潰す程度で済むだろうから。
そんなことを心の中で思いながら歩いてくる冬子に、周にぃは苦笑を浮かべて口を開く。
「そりゃどうも。それにしても冬子、何で俺の流派なんて気になったんだ?」
「戦っているうちに、弱点が幾つも見つかったから。組み立てたのは誰かと気になっただけ」
「そりゃ手厳しい。ちなみにその弱点ってのはどんなとこだ?」
赤城君を護るための強さに貪欲、なんだろうな。
そんな言葉が脳裏を過ぎりながらも、さっきの戦いで気になったことを思い出していく冬子。
「敵の攻撃に対する防御が、避ける、横から突いて軌道を逸らして躱す。この二つしかない。もっともこれは、あなたがナイフを“線”にして使うつもりが無い時点で仕方が無いことだと思う。武器で受け止める、ということが出来ないのだから」
もっともこれは、周にぃの並外れた身体能力があればクリア出来る問題でもある。
避ける、軌道を逸らす、その二つだけでも群を抜いていれば、一つぐらいなくてもどうにかなる。
その証拠に冬子は、周にぃにカウンター以外でのダメージを与えていない。そりゃ受け止める行動を取り入れた方がさらに上にはいくだろうけど……。
「もっともこれは、今のままでも十分だから良い」
そのことは冬子も気付いているのか、そう言ってさらに言葉を続ける。
「次に攻撃だけど……そう言えば周二、一つ気になることがある」
「ん? なんだ?」
「あなたが私に一撃与えた時、何か叫んでいたけど、アレは何?」
「何ってお前……俺が考えた必殺技だよ」
「必殺技……?」
「そう。そんで“必殺技を放つ時は技名を叫ばなければならない!”ってマンガに書いてたからな。だから叫んだ」
「…………」
今まで周にぃの前で無表情だった冬子が始めて、表情を変えた。驚いているような、呆気に取られているような、何とも言えない表情。
その表情を見た周にぃは、バカに思われたかな……なんて微塵も思わず、純粋に可愛いと思っていた。
そう、確かに冬子の表情は可愛かった。いつも無表情で、実年齢よりも上に見えてしまっている分、この何とも言えない表情は、年相応でとても可愛かった。ギャップ萌え……とでも言うのだろうか?
その冬子の表情に見惚れている周にぃに対し、冬子は少しだけ戸惑っていた。
確かに、私の流派も技はある。技があるから、ここまで強くなってきた。
でもその技の名前を、叫ぶ? どうして?
便宜上、名があると教えやすいからこその名前なのに、わざわざ叫ぶ?
どうやら技名を叫ぶ理由がわからないだけのようだった。……まぁ、こればっかりは男の浪漫とでも言うしかない。しかも周にぃに至っては、自分で流派を作り上げ、その流派に沿った攻撃パターンをも自分で作り上げ、さらにその攻撃パターンを必殺技として名前をつけ叫んでいると言う徹底振り。見ようによったら近年流行(?)している中二病だ。
結局結論の出ないまま、いつの間にか呆然としていた自分に気付いた冬子は、軽く咳をして話を戻そうと――
「……まあ、いい。それよりもさっきの続きだけど……」
「そうだ冬子! 俺にあんたの合気道を教えてくれ!」
――したのに、戻らなかった。まぁ、技名に関する話題からの方向転換という意味でなら成功ではあるのだが……。
ちなみに、突然周にぃがそんなことを言い出したのは、見惚れていた時に軽く咳をした冬子の反応に慌てたからという、照れ隠し的な一種の感情からだったりする。
「……私の合気道?」
虚を突かれながらも、とりあえずいつもの無表情のまま聞き返す事は出来た冬子。
「そう。あの一撃を食らった時思ったんだ。俺もこの技を使いたい、ってな」
照れ隠しで咄嗟に出た言葉とはいえ、ソレは良い考えとばかりに、周にぃは自分で納得するかのように言葉を続ける。
「あの完璧な踏み込み、相手の力を逆に利用する方法、もし完璧に扱えなくても、相手の力の方向だけでも見極められるようになりゃ、防御に生かすことは出来るだろ? それにほら、冬子だって言ってたじゃん。俺の防御能力が低いって。だから教えてくれよ」
ダメか? と目で訴えながら冬子の反応を待つ。
教える……とは言え、私の流派は基本的に一子相伝のもの。ソレをそう易々と他人に教えて良いものか……。
……合気……正式には「藍島流第二ノ型・合気」。あくまで門外不出なのは藍島流除霊術とも言える、投剣の扱いと薙刀の扱い方。つまり、清められし武器の扱い方だけ。合気はあくまで、対人体術・除霊術操作のための基礎体作り・除霊術の補助としての役割。
それなら……一子相伝と言われてはいるが、教えても大丈夫だろうか……?
それにそもそも、教えたところで完璧に扱えるとは思えない。一朝一夕では身に付かない代物なのは、私が身を持って知っている。彼に教えたとして、彼自身が使える部分は、それこそ回避の際の参考程度だろう。
なら、大丈夫か。そもそもお父様にバレる訳も無い。
そう結論を出し、了承の言葉を口にしようとした冬子の言葉を、周にぃは再び防いで声を上げた。
「もしかしてダメか? それだったら、アレだ。殺人鬼探し、俺も手伝ってやる。親と一緒に探すようになったら気まずいだろうから、それまでの期間だけ。それでどうだ?」
別にそんなことしなくても構わない。
本来の冬子ならそう言葉を紡いだだろう。
「その条件なら、構わない」
それなのに彼女は、言った後に自分でもビックリしてしまう返事をしていた。
……そもそも彼女は、その返事以前に、自分の考えがおかしかったことに気付いていないのだろうか? さっきの教えるかどうかの考え、アレだと、教えるための言い訳を探しているようなものだ。一子相伝だと教えられていたにも関わらず、あの考え。もしかして冬子は、本人でもわかっていないうちに……。
「よっしゃ! それじゃあさっそく、今からお願いだ」
「え? 今から」
「そ。善は急げ、時は金なりって言うし。まずは基礎から頼むぜ」
殺した。殺した。殺した。殺した。
今日は沢山の人数を一斉に殺した。
いつもみたいに一人ずつじゃない。まとめて四人の人を殺した。
一人目は、こちらが殺しに掛かったことに気付く前に殺した。
二人目は、一人目が殺されたのに衝撃を受けているうちに殺した。
三人目は、二人目が殺されて腰を抜かしている間に殺した。
四人目は、自分だけが助かるために逃げようとした瞬間に殺した。
楽しかった。楽しかった。
皆の顔を知っていたから。小憎たらしい顔を知っていたから。
向こうもこちらを知っていた。だからだろう。向こうの表情が、今までの奴より幾分も楽しかった。
一人目は、味気なかった。唯一楽しかったのは、いつも通りの血の噴水だけ。
二人目は、少しだけ楽しかった。どうして仲間が死んでいるのか理解できない、そんな顔を見せてくれた。
三人目は、かなり楽しかった。助けてくれと命乞いをし、絶望と恐怖を表情に滲ませてくれた。
四人目は、一番楽しかった。逃げようと必死になった表情、その中に絶望を滲ませ、さらには恐怖というスパイスまでふんだんに振りかけてくれた。
いや、一人目だって、殺した時は楽しかった。でも今思い返すと、一番味気なかっただけ。
ここまで楽しいとは思わなかった。
ここまで気持ち良いとは思わなかった。
途中で我慢できず、いつもみたいに人が絶対に来ない場所に誘わずに殺したが、それ程のリスクを背負っても良いと思えるほど、楽しくて、気持ち良かった。
でも一人、殺し損ねた。
まさかあの状況から逃げられるとは思っていなかった。
でも、良い。今日はこの四人で、満足したから。楽しかったから。気持ち良かったから。
それに逃げた奴は、既にこちらの支配下に置いている。
家から丸一日出さないようにするコトだって容易だ。
咄嗟の手段だったし、初めてしたことだけど、成功して良かった。
これでもっと、これから楽しくなる。
空想する。妄想する。
具現化する。現実化する。
教えてもらってから実に三時間、冬子が帰ってから一時間と半分、俺はずっと同じことをしていた。
すでに鳥のさえずりが聞こえ始めてきた朝の空気の中、夜の空気を感じていた時にもしていたことを、また繰り返す。
イメージトレーニング。
一言で表すとソレ。具体的にあらわすと、めちゃめちゃややこしいこと。
この静かな空間の中、頭の中で何度もイメージを繰り返す。
自分にとって甘いイメージじゃない。自分にとって辛いイメージを、何度も何度も。
その辛いイメージを払拭できてようやく、完成したとも言える。
技を考える時はいつもそう。体を動かすよりもまず頭から。
脳内で何度も同じコトを繰り返し、何度もその技を返され、そのたびに改良してイメージし、また返される。だがそれも、数え切れないほどの数を繰り返すうちに、返されないようになる。
そうなってようやく、その技は完成したと言える。
繰り返した回数は万以上、しかし完成した技は三にも満たない。
でも、それで十分。
教えてもらった基礎のおかげで、基本的な合気技を一つと、応用的な合気技一つも作り上げれたのだから。
……応用を作るにはかなり早いが、出来てしまったものは仕方が無い。機会が限られたものでもあるが、まぁ良い。
後はこの作り上げた合気技を、自分で扱えるようになること。ここにきてようやく、体を動かす。
……周に多めに時間を貰っておいて良かった。こんな良いタイミングで家に帰ることになったら、正直ショックだった。
合気の技の習得は、基本的に見取り稽古らしい。でもこの空間には俺一人。でも、それでも構わない。
脳内で敵を作り上げ、その敵に仕掛ける。今までの技も、そうして扱えるようにしてきた。
だからさっきの、脳内で作り上げた敵を目の前に具現化する。
俺の技に隙さえあれば、全て返す存在。
その存在と対峙し、俺はさっき頭の中で作り上げた技を、扱えるよう、仕上げていく。
あとがき:
冬子に訓練をつけてもらうよう頼む話ー
そんでもって殺人鬼さんの考察とか、その辺の話ー
さて、今まで軽く扱ってきた殺人鬼さんですが、そろそろ物語りに関わってきます
冬子と一緒に探したり、そんな感じでね
もしこの段階で殺人鬼が誰かわかった人がいたら天才
だって私のヘタクソな伏線の散りばめ方で分かったら天才すぎるじゃない……
まぁともかく、この話で土曜日――二日目は終わりです
次から三日目
予定では甘い恋話もやっていきつつ戦闘モノって感じ
……ああでも、たぶん戦闘は四日目に集中するかな……?