家で腹を満たし、小休憩を挟んで藍島神社へと向かう。

 この時間でもまだ薄ら明るいのはやはり夏だからだろう。ジージーと、うるさい名の知らぬ虫の鳴き声を聞きながら、後一時間もすれば真っ暗になるだろうな、と思う周。

 お祭りに行くことを、美喜には晩御飯の時に既に言ってある。今日出掛ける話を持ちかけた時みたいに不安そうな表情をしたのだが……冬子の神社と知ると、大喜びで納得してくれていた。

 さて、その肝心の神社。場所は知っているのだが行った事が無い周としては、祭りの規模がどれ程のものかまったく想像がつかない。近いのに行ったことが無い。いや、近いからこそ言ったことが無いのか。

 人とはそういうものだ。地元の名産地ほど、行っていない人が多かったりする。

 

 あ、そう言えば……結局伊沢に行くこと伝えてなかったなぁ……。

 

 校門の閉まった学校の前を通った時、そのことを思い出す。祭りに行こう、という話も、そもそも彩陽に誘われたからだ。その誘ってくれた当人に行くことを伝え忘れるなんて……。

(どうしたの? 周お兄ちゃん)
「ん? ああ、ちょっとね」

 左手に握っている手の主、美喜の言葉に曖昧な返事をする。

 あの心境の変化があった後、美喜は周のことを「お兄さん」ではなく「お兄ちゃん」と呼ぶようになった。他人行儀さが抜け、より親しげになったのだが……生憎と呼ばれている当人は気付いていない。ま、その方が良いのかもしれないが……。

(それにしても、本当に良いの? お祭りなんて)
「良いんだよ。じつは僕、お祭りって始めてでね。行ってみたいと思ってたんだ」
(えっ? お母さんとかお父さんに連れて来てもらったことないの?)
「うん、一度も」

 それは美喜の中で意外だったのか、驚きの表情を作る。……まぁ、それは正しい反応だろう。だって七年間生きてきた美喜ですら、両親に連れて来てもらった記憶がある。

 屋台を指差してアレが食べたいと言えば、晩御飯前だから程々にしなさいとお母さんに言われ、屋台の近くに行ってコレで遊びたいと言えば、三つまでだから考えろよとお父さんに言われた。それは美喜の中にある、温かな思い出。その温かさを体験したことがない……それは美喜の心の中に、何とも言えない感情を生み出した。

(ねぇ、周お兄ちゃん――)

 だから、訊こうとした。どうしてお母さんに、お父さんに、連れて来てもらったことがないのかを。

(――どうして――)
「ちょ、ちょっと止まりなさい!」

 突然、後ろから声をかけられた。二人して振り返ると、そこには浴衣姿に身を包まれた伊沢彩陽の姿。

「やっぱりあんたも祭りに来たのね」

 朱色を基調とした、活発な雰囲気のする彩陽にピッタリな色。最近のように丈が短いものではなく、ちゃんとした丈なのも良い。さらに足元はビーチサンダルなどはなく、ちゃんと鼻緒を履いているところも本格的。いつもは何もしていない髪も、今日だけは簪(かんざし)をつけていて、いつもと違う雰囲気を醸し出しているのがさらに良い。

「……で、どうなのかしら?」
「えっ? 何が?」
「何がじゃないわよ。浴衣よ浴衣。あんた見たいって言ってたでしょ? まぁ、だからと言って、あたしとしても、あんたに似合うって言われても特に嬉しいわけでも何でもないんだけど」
「……ああ、そういうこと。ごめんごめん。ボーッとしてた」
「ボーッとって! あんたねぇ……!」
「だっていつもと違う雰囲気だし、何より可愛すぎるからさ。見惚れちゃってた」
「…………そ、そう。まぁ、それなら許してあげるわよ。だ、だからって、あんたに褒められたからって、喜んでる訳じゃないんだからねっ!」

 顔を真っ赤にしながら言う彩陽。最初は不安そうな、次に怒りを露にして、最終的にうれしそうな雰囲気。その一部始終の流れを見て、美喜は思う。

 これが噂のツンデレかぁ……。

 ではなく。

 ああ、この人は周お兄ちゃんが好きなんだなぁ……。

 と。

 そして納得する。今朝の怒りの原因、教室に入る時の口の動き、放課後追いかけてきた理由。その全てに納得する。

 美喜に挨拶をした彩陽は、少しだけ照れながらも周の隣を歩き、世間話をしながら神社へと向かう。

 

 ただ、素直じゃないだけ。好きという言葉を表現できないだけ。そういう意味では、わたしよりも子供だと思う。……いや、好きなのを“好き”と率直に表現できないから大人なのかな……?

 今日のお昼ご飯の時、周お兄ちゃんが冬子お姉ちゃんに話してた。

 同じ病院で生まれ、同じ幼稚園に通い、同じ小学校で学び、同じ中学校で悩み、同じ高校に入学したと。

 もっとも高校の入学は、伊沢お姉ちゃんが無理矢理勧めたみたいなんだけど……。でも、それだけの時を一緒に過ごしてきたら、今更好きだと言うのは逆に恥ずかしいのかもしれない。わたしにはまったくわからないけど……ドラマとかで、そういうの聞いた事がある。

 

 と、二人のその幼馴染の関係を思い出し、もしかしてと思い至る。

 

 伊沢お姉ちゃんなら、周お兄ちゃんのお母さんもお父さんも、知ってるかも。

 

 確かに。同じ病院で生まれ、同じ幼稚園に通い、同じ小学校で学び、同じ中学校で悩み、同じ高校に入学したのなら、両親同士が繋がりがあってもおかしくない。

 そして両親同士の繋がりは、子供が向こうの親と親しくなるということでもある。

 生前の美喜にそんな人はいない。周二と彩陽のような関係になれる相手はいない。だからこれは、予想でも何でもない、ただの妄想に近いことだ。

 でもこの考えは、当たっている。

 互いが互いの両親と、仲良くなっていると言うのは。

 

 だったら、伊沢お姉ちゃんに声をかければ良い。

 

「それじゃあね、美喜ちゃん」

 声をかけようと思った矢先、彩陽は駆け足で周と美喜の元を離れていった。

(…………)

 あんまりな出来事に、思わず言葉を失ってしまう。

「それじゃあ、僕達も回ろうか、お祭り」

 その周の言葉が入ってくると同時、耳に入っていた異物が取れたかのように、周りの音が入ってくる。それは自分が生前、お祭りに来た時と同じ、賑やかな小太鼓の様な音。その音に誘われるよう回りを見渡せば、上からぶら下がっている提灯、良い匂いと元気な声を出している屋台、子供を誘惑している出店、そしてその出店の欲しい物を狙っている子供達で溢れかえっていた。

 考え事をしている内に、いつの間にかお祭りの場所に辿りついていたようだ。

(ねぇ、周お兄ちゃん。どうして伊沢お姉ちゃんとは一緒に回らないの?)

 すでに見えなくなった彩陽の姿。その消えていった道を眺めながら、美喜は周に訊ねた。周に家族のことを訊くよりも、あっさりと言葉がすべり出た。

「ああ……じつはさ、今日は伊沢、友達と一緒に来る約束してたみたいだから」
(……本当に?)
「うん、本当だよ」

 周はこんなところでウソをつかない。それは美喜もすでにわかっていること。

(……そ。それじゃあ一緒に回れなくて、残念だね)
「ああ、残念だ」

 だから深く言及せず、何事も無かったかのように歩み始める二人。

 ……おそらく周本人も無意識だろう。美喜と繋いでいる手を、ギュッと、少しだけ力を込めて握っていた。それだけで美喜は、わかってしまった。

 彩陽と一緒に回れないことに、少しだけショックを受けている。

 でも、ソレは口に出さない。

 だってこの握り方は、本人も無意識でやっていること。それは無意識に悲しんでいる証拠。

 だったらその悲しみを、自覚させることもない。

 少なくとも今は……お祭りを楽しもうとしている今は、自覚させることもない。

 

 

 

 相変わらず周囲から奇異の視線(め)で見られながらも、周と周にぃは互いに楽しんでいた。つい先程の悲しみを忘れようとするかのように。

 その間美喜はずっと、考えていた。周に向けられる、周囲からの奇異の視線(め)が気にならない程、真剣に。

 そして、一つの結論に至っていた。彩陽が周と一緒に行動しない理由。周ではなく、あえて友人と一緒に回っている理由。

 それはたぶん、周と自分との関係が周りにバレたくないから……。……いや、周が周りにバレて欲しくないから、か。

 要はその事実を、自分なりの結論として立てていた。たった七歳の少女が。……ホント、女性は強い。色々な意味で。

 

 確かに、そう確証立てる要因は幾つもある。

 周の優しさ、自覚している自分の評価、無意識下の悲しみ。

 証拠のない予測だけなら、それだけで簡単に弾き出される。

 周りに奇異の視線(め)で見られる、そんな自分と仲が良いと思われたら自分のように友達がいなくなる、だからあえて自分と距離を置かせる。こんなところだ。

 しかも最後のものは、周が本能的に行っていると見て間違いない。

 先程のように、無意識に悲しみを感じる、ということは、無意識に距離を置かせている、ということに他ならない。意識があって距離を置かせているのなら、無意識には悲しまないだろうから。

 その証拠に、祭りに誘ってくれた彩陽に、自分も行くというのを伝えていない。

 同じクラスなのだから、伝える機会なぞザラにあるのに、だ。

 伝えられなかった、じゃない。“本能的に伝えるのを拒否していた”のだ。

 「親しいからこそ距離を置く。なぜなら、自分と関わっては不幸になるから」。

 それを本能に刻んでいる。刻んでしまっている。それが赤城周二という器にいる、周という人格の闇。

 

 ……もっとも、さすがにこの闇までは、あの七歳の少女にはわかっていないだろうが。

(あ、冬子お姉ちゃん)

 出店を回りながら境内まで辿り着いた。そしてその境内の隅っこに小さな屋台……のような、屋台じゃないような……まぁそこに、藍島冬子はいた。

 その美喜の視線を辿り、冬子の姿を見た周は、美喜の手を引いてその屋台のような建物に近付く。

「どうも、藍島さん」
(こんばんは! 冬子お姉ちゃんっ!」
「……いらっしゃい」

 そこには巫女装束に身を包まれた、相変わらずの無表情で挨拶をする藍島冬子がいた。

「似合ってるね、ソレ」
(うん。とってもキレイ)
「……ありがとう」
(くはぁ〜……)

 三人のやり取りの間、周にぃが軽く悶えていた。……まぁ確かに、反則的に似合っているから仕方ないのかもしれない……。

 全てを飲み込みそうな漆黒の髪は一本に束ねられ、さらには白い小袖によって、髪と小袖双方ともに栄えている。神聖な印象は、前述の小袖と緋袴の色合いとで、むしろ神秘的とまで言える程昇華している。それに、その……今まで制服で目立たなかった大きな胸が強調されており、冬子が着痩せするタイプだということが露呈された。おそらく周にぃが悶えた要因の七割はコレだろう。

「それにしても、何してるの? こんなところで」
「御守りを売ってる」
「御守り?」
「そう」

 確かに。良く見てみれば屋台(?)の中に設置された長机の上に、八個の白い正方形の箱がある。そしてその中には、確かに御守りが乱雑に入っていた。と言うことは、八種類の御守りを売ってるってことか……。

「ふ〜ん……その、失礼だけど、売れてる?」
「二つほど」

 お祭りが始まってかなりの時間が経っているだろうが……二つとは……まぁ、立地条件が悪いのかもしれない。と言うより、そもそも店をやってる印象が無いのだが……。

「それじゃあ、僕ももらおうかな。一ついくら?」
「八百円」
「……微妙に高いね」
「そうでも無い……と思う」

 売ってる当人も自信ないのか……。

「えっと……それじゃあ、持ってても美喜ちゃんに影響を与えないのを」
「霊体除けじゃない御守り……それならこれ。交通安全の御守り」

 と、赤い御守りを渡される。それを受け取りながら、御守りを持っている手とは反対の手、そこに八百円ちょうど乗っける。

「毎度あり」
「うん、こちらこそありがとう。……どう、美喜ちゃん。特に違和感無い?」
(うん、大丈夫)

 御守りを財布に括りつけながら訊いてみたが、どうやら本当に大丈夫なようだ。

「ちょっと待って」

 と、立ち去ろうとしたところで冬子に呼び止められた。

「ただ今お祭りキャンペーン中。お祭り中に御守りを買ってくれたお客様に、おみくじ一回プレゼント」

 そう言うと足元から大きな筒を出し、周二に手渡す。その筒には小さな穴が空いており、軽く筒を振ってみると、小さな棒がジャラジャラと混ぜられるような音がした。

「……その、じつはおみくじって始めてで……どうすれば良いの?」
「……良く振って、その穴から棒を出せば良い。後はその番号を、私に教えてくれれば良い」

 おみくじをしたことが無いという周の言葉に多少面食らったようだが(雰囲気だけで表情筋はまったく動かなかったが)、優しく説明してくれる。

「なるほど」

 ジャラジャラジャラ……と振って、穴を地面に向ける。すると一本の棒が出てきた。その先端に書かれている番号を冬子に言うと、冬子は筒を回収。そして代わりに、その番号の数字が書かれた紙を渡してきた。

「開けて良いの?」
「どうぞ」

 同意を求める必要も無いのだが……とりあえず、同意も貰ったので開いてみる。生まれて始めてのおみくじ。期待と不安が入り混じった心の踊りを楽しみながら、紙を開ける。するとそこには――

「凶……」

 ――一説では大吉よりもレアと囁かれている、例の言葉が書かれていた。

 

 

 

 どうしてこんな簡単なことに気付かなかったのだろう。

 その人物は考える。

 とても簡単なことだった。何も、知らない人ばかり狙わなくても良かったんだ。

 その人物は考える。

 自分の身近にいる存在でも、良かったんじゃないか。

 その人物は、考える。

 

 そして、一つの結論に辿りつく。

 

 学校という檻に通いし者。自分と同じ檻に幾度も入り、幾度も出て行く者。

 そいつらでも良かったじゃないか。

 ……いや。

 そいつらの方が、良いに決まってるじゃないか。

 楽しい顔を浮かべている、憎らしいそいつらの、恐怖に歪む顔が見れるのだから。

 

 

 

あとがき:
夏祭りに行く話ー
……なんだけど、相変わらず遊んでる時の描写が無いね

どうも私の文章には遊び心が足りない
日常の描写を極力省きすぎてるような、そんな感じだねぇ〜……

んん〜……ダメだなぁ〜……このままじゃ
とか言いつつも、次はとうとう戦闘シーンなんだけど