例のジェットコースターを降り、大量の乗り物(主に絶叫系)を乗り倒して三時間、園内に設置されているベンチに冬子と美喜は腰を落ち着けていた。ちなみに周は飲み物を買いに行ったため不在。

 さすがの冬子も三時間も乗り倒して疲れたのか、いつもの無表情さに少しの疲労感が見られる。

 それに反して美喜はまだまだ元気。子供のスタミナは無蓄蔵という言葉も、あながちウソではないらしい。

(ねぇ、冬子お姉ちゃん)

 ベンチに座り、地面に届かない足を可愛らしくブラブラとさせながら、美喜はベンチの背もたれに全体重を預けている冬子に話しかける。

「どうかした? 美喜ちゃん」

 いつもより小さめの声。

 冬子は周と違い、霊体と話す時は声量を小さくする。自分を変な目で見られたくないというのも多少はあるが、霊体に気を遣わせたくないというのが大部分を占める。

(その、今日は本当にありがとう。わたしなんかの我侭に、付き合ってくれて)
「そんなことは無い。ここに来たいって言ったのは私だから。付き合ってもらったのはむしろ私のほう」
(それでも、わたしの我侭だよ)
「…………これから言うことは、誰にも言わないで欲しい」

 不意に、全体重を預けていた背もたれに別れを告げるよう体を起こし、周囲の視線なんて気にもしないとばかりに、隣に座っている美喜へと視線を向ける。そして相変わらずの無表情に、少しだけ恥ずかしそうな雰囲気を染み込ませながら、言葉を続ける。

「じつは私、ここに来るの始めて。だから私も一度ここに来てみたかった。つまり、その、別に美喜ちゃん一人の我侭じゃない」

 言いたいことは全て言ったのか、美喜とは反対側へと視線を逸らす。その表情は美喜からは見えないが、逸らした顔の頬が少しだけ赤かった。

 ……照れてるんだ、冬子お姉ちゃん。

 何がそんなに恥ずかしかったのか、美喜にはわからない。でも、その照れている姿とさっきの言葉で、美喜は無性に冬子に甘えたくなった。

 だから、座ったまま抱きついた。お腹に手を回し、太ももに顔を埋めるように。

 突然そんなことをしてくるもんだから、ビクッと体が反応してしまう。でも、そうして自分に甘えてくれることはとてもうれしくて……冬子は美喜の髪を梳くように撫でる。もっとも、本当に触れることは彼女でも出来ないので、彩陽と同じで撫でるフリなのだが……。

 物に触れることが出来るようになった美喜。それは純粋故、可能になったこと。だからこうして純粋に、甘えたいと思いさえすれば抱きつくことだって出来る。

 周以外の人間にこういうことが出来る。それは七歳の少女にとっては、とてもうれしいことだっただろう。

 

 

 

「それにしても、だ」

 冬子の分の飲み物も買った帰り道、周にぃは心の中の周に声をかける。

 この時間はまだ周の時間なのだが……冬子と美喜に連れられて絶叫系の乗り物に乗りすぎたが故、少々ダウン気味。こうして飲み物を買いに行くだけの道でも、周にぃと交代してもらっている。ちなみに周にぃは、ジェットコースターに乗る前はああして怖がっていたものの、一度乗ったら大ハマり。次はどれに乗ろうかと言う話の時、アレにしろアレにしろと、周の心の中でずっと絶叫系の乗り物を叫んでいた。それを断らずに冬子達に提案するものだから……こうなってしまうのだ、周。

「どうしてあの女は俺達について来てくれたんだ?」
(あの女って……?)
「藍島冬子だよ。優しいのは良い。気が利くのも良い。でもどうして、最初は除霊しようとしたあの女の子と一緒に楽しめるんだ?」
(んん〜……藍島さん自身も楽しみたかったからじゃない?)

 若干元気の無い周の返事を聞いて、周にぃは考える。果たして、それだけで片付けて良いのかと。

 

 確かに……周の言う通り、藍島冬子自身も楽しんでいたと思う。でもあの女は本来、周にも言った通り、霊体であるあの女の子を除霊しようとしていた。それがただ、楽しみたいがためだけに一緒に来るものだろうか? それが疑問でならない。

 疑問と言えばもう一つ。どうして周は、あの女に俺達のことを教えないのか? 周は信頼に足る人物だと決めれば、俺達の正体は明かすと言っている。現に伊沢彩陽と女の子の霊体にはとっくに明かしている。

 でも、あの女には明かしていない。

 この明かす・明かさないの基準、周は考えて選んでいる訳ではない。本能で、信頼に足る人物だとわかれば明かす。

 周は純粋だ。故に、純粋に人の裏表が分かる。裏表が無くて、信頼に足る。だから二人には明かした。今回明かしていないのは多分……あの女に、裏があるから。

 たぶん今周に、俺達のことをあの女に明かさないのか? と訊けば、そう言えばどうして明かしてないんだろう? と自分の行動に疑問を持ってしまい、あっさりと明かしてしまう。それをしないのはたぶん、周自身が本能でしか感じ取れないほどの裏を、あの女が持っているから。

 ……まだ、完全に信頼したらダメだな。

 

 周にぃはそう思い、ベンチに座っている冬子の姿が見えたところで、周と入れ替わった。

 

 

 

 時刻はすでに四時。とっくに遊園地から出て、周自身の家へと一度帰っている途中。ちなみに冬子は、駅に着くや否や、今日のお祭りの手伝いがあるからと走って帰ってしまった。

 休憩を終えたあの後、最初に乗ったジェットコースターに一度だけ乗ってすぐに帰りだした。その理由がまぁ、冬子の神社の手伝いなのだが……。そのまま神社に向かって祭りを堪能しても良かったのだが、この時間だと出店は半分も開いてない。それに出店だけで晩御飯を済ませるのも心許無いので、一度家に帰って腹を軽く膨らませようと思い至り、現在に至る。

(ねぇねぇ、周お兄さん)

 冷蔵庫の中に何があったかな……なんてことを考えていたら、耳元から美喜の声。帰りの電車の中で眠ってしまったので、おんぶして帰っていたのだ。

「ん。起きたんだ、美喜ちゃん。降ろそうか?」
(うん、起きた。でも降ろさないで。もう少し、このままが良い)
「そ、わかった」

 この季節では、四時といえども十分に明るい。晴れ渡っている空は、それだけで人々に夏の存在を自覚させる。そんな、帰るには到底早すぎる明るさの中でも、周りに人の姿が見当たらない。それは、周が住んでいるボロアパートに近付いて来たという証拠。

 別に霊的な意味などで人が集まらない訳では無い。周りの土地は空き地か駐車場、廃屋しかないためだ。

 この周辺で人が住める数少ない土地、それが赤城周二も住んでいる、名称不明のボロアパートだけ。……もっとも、そこも他の人から見れば十分住めない外観をしているのだが……。始めて美喜が連れてこられた昨日のことが目に浮かぶ。驚愕と言う言葉を泥にして顔に塗りたくった表情をしてたからなぁ……。

(……ねぇ、周お兄さん)
「ん?」

 しばらく無言で歩いていた二人だが、不意に、美喜が言葉を紡ぐ。

(周お兄さんの背中って、お父さんみたい)
「そう……?」

 さすがの周でも軽くショックを受ける。

(うん。大きくて、温かくて、安心できる)

 そう言うと、周の背中が少しだけ重くなる。たぶん美喜が、全体重を預けてきたから。それだけで、さっきの軽いショックが吹き飛ぶ。

「そう言ってもらえると、うれしいよ」

 下に落ちそうになった美喜を、一旦抱えなおす。

(……ねぇ、周お兄さんはさ、わたしのこと好き?)
「うん、大好きだよ」
(じゃあ……冬子お姉ちゃんは?)
「う〜ん……最近出会ったばかりだから良くわからないけど……嫌いでは無いかなぁ……」
(それじゃあ、伊沢お姉ちゃんは?)
「伊沢? うん、伊沢は好きだよ」
(……じゃあ、誰が一番好き?)
「う〜ん……皆同じぐらい好きかなぁ……」
(……はぁ。やっぱり、周お兄さんはそう言うか)

 それは美喜の中で予想されていた答え。でも多少のショックはある。だって、少しは期待していたから……。

 

 って言ってもわたし七歳だし、何より幽霊だから相手にされないか……。

 でもま、そこが周お兄さんの魅力……なのかな。

 

 そう、結論付ける。そして一つ、生前に抱いていた未練よりさらに大きな未練が、自分の心の中に生まれていることに、美喜は気付いた。

 それは、周に愛されたいという願望。子供心に、周にもっと好かれたいと、自分だけを見て欲しいという独占欲。

 いつ好きになったのか。そう訊かれても、美喜はわからないと答えるしかない。いつの間にか好きになっていたとしか、答えられない。今朝彩陽とした会話の段階では、美喜本人はまだ恋愛感情的に好きじゃなかった……と思う。その辺りは本人もすでに曖昧になっている。

 でも、いつ好きだということに気付いたのかと訊かれれば、今と答えるだろう。この温かな背中に触れている今、好きだと気付いた。好きになったのがいつかはわからないのに、それだけは確かだ。

 もっとも、霊体になる条件は生前の未練。今こんな未練を抱いたところで、生前の未練が果たされれば自然に成仏してしまう。

 だからこの女の子は必然的に、未練を抱いたまま成仏してしまうことになる。

 そしてその事実は、死という体験で大人びてしまった七歳の少女にも、理解できてしまう内容。

 そのことで悲しんでいないと言えばウソになる。今からその未来を考えただけで、悲しくなる。涙を流しそうになる。

 でも……どうすることも出来ない。

 優しい行為が罪になる、なんてこと、ある訳無いと思っていた。いくらマンガでこの言葉が出てきても、納得いかなかった。

 でもまさか、納得する日がこようとは。死んでから、自分の身に降り掛かって知ることになろうとは……。

 でもこのことに関して、周に非は全く無い。あるとしたら、周に恋してしまった美喜自身だろう。それは彼女も理解している。

 だからせめて……この自分が好きになった相手が、どんな人が好きなのか、知りたかった。

 

 知りたかったんだけど……無理だったなぁ……。……まぁ、それなら仕方無いか。

 だったらせめて、わたしが成仏する前に、特定の人と付き合ってくれないかなぁ……それも、わたしが納得する、わたしも大好きな人と。

 

 美喜の中に生まれた、叶わない恋心。それは生まれてすぐ“兄の先を心配する妹”の兄妹愛として書き換えられた。

 これが良いことなのか、悪いことなのか。嬉しいことなのか、悲しいことなのか……それは誰にも分からない。

 でも……人知れず生まれた初恋が、生まれた刹那に砕けて消えた。それだけは、誰でもわかる悲しい事実だった。

 

 

 

あとがき:
美喜の感情が少しだけ吐露されちゃう話ー
まぁ、初恋なんて叶わないものさ
……と、軽く考えることが出来ればねぇ〜……

書いてて少しだけ思ったけど、何か美喜には損な役回りしか与えてない気がしてきた
いやだってねぇ……もう死ぬことは確定してるってのは、その設定だけで損な役回りとしか……

まぁ、兄妹愛として変わって良かった、という人がいるのなら、きっと良いんだろうけど

あ、遊園地で遊ぶシーンが少ないって……? そんなの、私自身が一番知ってるよ!
でもどうやって書いたら良いかがわからなかったんです!