とりあえず美喜を教室に残したまま、周は走っていた。

 目的の人物が先程、校門から出て行こうとするのを吹き抜けから見えた。

 このまま帰られたら美喜ちゃんと一緒に遊べないな……なんて思いながら、全力で。

 と、校門を出て左右を見渡す。歩く速度が遅いのか、はたまた人目を惹く後ろ姿からか、意外に早く見つかった。

 近付き、肩を掴――もうとして思いとどまり、手を掴――もうとして躊躇し、結局前に回りこんで声をかけることにした。

「藍島さん」

 その目的の人物……藍島冬子は、相変わらず無表情なまま「なに?」と返事をした。いきなり声をかけてきたことには驚いていない。……まぁ、その方が話が早く進むから良いか、と思い、周は言葉を続ける。

「美喜ちゃんが、僕に向けられる周りの視線を気にして、一緒に街に行ってくれない。だから、こんなことを頼むのは大変申し訳ないんだけど、自分勝手だってわかってるんだけど、藍島さんも一緒に行ってくれないかな?」

 そう。周が思いついた方法とは、自分と美喜の二人だけではなく、もう一人と一緒に街に行くというものだった。

 こうすることで、美喜と話していようとも、傍から見れば冬子と話しているように見えるという、そういう手段。

 確かにこれなら、周囲から自分へと向けられる、悪意ある視線が無くなる。気味が悪い存在だと、思われなくなる。

 相手は彩陽でも良かったのだろうが、生憎と朝の件で無理であろうことは、周でも容易に想像できる。自分が何をして怒らしたのかわからないこの現状では、無闇に誘おうものなら余計に悪化してしまう可能性もある訳で……よって冬子を相手に選んだのだろう。

 消去法というのも確かにあるが、霊体が見えるという自分の事情を知る数少ない人物で、尚且つ携帯電話の件でお礼も兼ねられるのもある。

 そして何より、美喜が冬子に懐いている。誘う理由がこれだけあれば十分だった。

 

 周の言葉を聞いた冬子は、相変わらず無表情。瞳の色からも、何を考えているのかわからない。でもすぐに返事をしないところをみると、もしかしたら行っても良いかどうか考えてくれているのかもしれない。

 

 ……ま、断り文句を考えてる、ってのもあるかもしれないけど。そもそも昨日今日知り合った、気味が悪いと評判な男に誘われて行くってのも、普通に考えたら無いしな。今朝の携帯電話だって、こういう状況で自分を頼って欲しくないから渡したのかもしれないしな。

 

「……別に行っても良い」

 周がネガティヴ・シンキングを始めた頃、ようやく冬子が口を開いた。

「でも、条件がある」

 驚きで冬子の顔を凝視していた周に、冬子の言葉が続く。

「遊ぶ場所は街じゃなくて、私が行きたい場所にする。それが条件」
「…………」
「…………」
「……それだけ?」
「それで十分」

 他に条件を突きつけられるのかと心構えをしていたのだが、どうやら一つだけだったらしい。しかも内容は、遊ぶ場所は自分で決めさせろというもの。むしろこの条件は、街に出る、と決めてはいたものの、街に出て何をする、までは決めていなかった周にとっても、ありがたいものだった。

「それはむしろ、僕から見てもありがたいよ」
「そう」
「それじゃあ美喜ちゃんを連れてくるから、ちょっと待ってて」
「待ってる」
「ありがとう、藍島さん」
「お礼なんていらない。それと、あの子と話す時は携帯電話を使って」

 教室へ戻る際のお礼に対し、忠告までつけて返事をしてくれる。

 

 確かに、このまま戻って話したら、また僕に向けられる周囲の視線で美喜ちゃんが悲しむところだった……。……藍島冬子さんか……何だ、美喜ちゃんを除霊しようとした時は、とんでもない人だと思ったけど、案外優しい人なんだな……。

 

(そう言えば、何で伊沢彩陽を誘わなかったんだ?)

 周が心の中で藍島冬子への評価を改め始めた時、心の中からもう一つの声が聞こえた。周にぃだ。

「あ、周にぃ。おはよう」
(おはようさん。って言っても、お前があの女の子と揉めてる時から起きてたんだけどな)
「なんだ、だったら話しかけてくれても構わなかったのに」
(俺はあの子の姿も声も聞こえないんだ。何で喧嘩してるのかわからないのに口出しできんだろ)
「あ、そっか」
(んまぁ、さっきの会話で喧嘩の原因はわかったんだけどな……。んで、何で伊沢を誘わなかったんだ?)
「ん? 伊沢を誘って欲しかった?」
(バカ言え。ただな、昨日今日知り合った、しかも俺から見て出会いからして悪かったあの女を、どうして誘ったのかと思ってな)

 朝の出来事を知らない周にぃにとっては、確かに意外な人選だろう。

「じつは朝……携帯電話をもらったんだ」
(携帯電話?)

 朝の彩陽との出来事はあえてスルーしたのだろうか……?

「うん。使えない解約済みのやつだけど、こうして耳に当てて話してると、今までみたいに独り言を言ってるように見えないでしょ?」

 と、ポケットから例の乙女チックな携帯電話を取り出し、実際に耳に当てる。

 それと、周本人は気付いていないようだが、いつの間にか教室へと向かう足がゆっくりになっている。周にぃに話しかけられた段階で走りから駆け足になり、今となっては歩いて階段を上っているぐらいだ。……人を待たせているのに……良いのだろうか……?

(なるほど。乙女チックなデザインなのは多少気になるが、確かにそれは良い方法だ)
「でしょ? だ・か・ら、このお礼も兼ねて誘ったんだ」
(はぁ〜……なんだ、最初の印象やら雰囲気やら喋り方やらで気に食わない奴だと思ったが、かなり優しい奴なんだなぁ〜)

 感心したように呟く周にぃ。

「だよねぇ〜……僕もさ、美喜ちゃんと一緒に遊ぶのを誘った時は、内心無理だと思ったんだぁ〜。でも案外、OKしてくれるところをみると、かなり優しい人なんだと思うんだ」
(だな。見かけで判断してちゃダメだな。うん)

 実体があったら頷きながら言ってそうな言葉を述べる周にぃだった。

 

 

 

「それじゃあ行こうか、美喜ちゃん」

 携帯を耳に当てたまま、自分の席の真正面に立ち、そこに座ったままの女の子に声をかける。

 周の言葉に(えっ?)と呟きを漏らし、顔を上げる。先程まで俯き、泣くのを堪えていたその顔は今も暗いまま。

「僕のことでそこまで悲しんでくれるのは、正直言ってうれしい。だから僕も、余計に君と過ごしたくなった。こうして藍島さんとの約束を取り付けるほどに」

 そう言って、机の横に引っ掛けている自分のカバンを持ち上げる。

「だから大丈夫。僕と一緒にいても、僕と一緒に話しても、僕を奇異の目で見る人はいなくなった。だからね、一緒に遊ぼう」

 そして、自然なままの笑みを浮かべる。その顔を美喜は、ただぼんやりと眺めることしか出来なかった。

 

 どうして? どうしてわたしなんかのために、ここまでしてくれるんだろう? 昨日出会ったばかりの、すでに死んで見返りも無い、こんな子供に。

 

 そう考える美喜は、気付いていない。それは周の、ただの優しさだということを。

 見返りなんて期待していない。強いて上げれば、友情を深めるといった感情だけ。

 優しくしたいから優しくする、仲良くなりたいから仲良くする。それは純粋で、ただただまっすぐな感情。

 どうして優しくするのか、どうして仲良くなりたいのか、そんなことを周は考えたことも無い。心の赴くまま、従っているだけ。

 だからもし「どうして仲良くするのか?」なんて訊ねたところで、本人は「仲良くしたいから」と答えるだろう。

 ……そう考えると、この七歳の少女は大人びすぎている。周みたいな子供の様な純粋さが、当の子供である少女にはなくなっている。

 純粋に自分と仲良くなろうとしている人のことが、わからなくなっている。それほどまでに、死というのは人を変えるものなのだろう。

「……美喜ちゃんはさ、深く考えすぎなんだよ」

 まだ戸惑いの表情を浮かべたまま、立ち上がろうとしない美喜に、周は言葉を続ける。

「僕に向けられる視線が気になって遊べない、なんて、子供が気にすることじゃない。確かに、そうやって気にしてくれるのは僕個人としてはうれしいんだけど……でもだからって、美喜ちゃんが楽しむことを拒否することは無いんだ」

 楽しむことを拒否している? わたしが?

「今もそう。美喜ちゃんが何を考えているのかわからないから、当てずっぽうでしか言えないけど、どうしてわたしのためにここまでしてくれるのか? なんてこと、考えてない?」

 …………! どうして……?

「その顔は正解だったみたいだね。……あのね、美喜ちゃん。友達が、友達のために一生懸命になるのっておかしいこと? 友達と一緒に過ごすために一生懸命になるのって、おかしいこと?」

 ……おかしいことじゃない。だってわたしも、そんなことがあったから。

 とても悩んでたから一緒に考えてあげたり、一緒に遊びたいから宿題を急いで終わらせたり、手伝ってあげたり。

「ね。おかしいことじゃないでしょ」

 でも……それじゃあどうして、わたしなんかと友達に……?

「また暗い顔をして……友達としては、そんな顔して欲しくないんだけどな……。そうだね、たぶん美喜ちゃん、どうしてわたしなんかと友達に? とか考えてるんでしょ? もしそうだったら答えは簡単。友達って言うのは、仲良くなりたい、って思い合った瞬間から友達なんだよ。それとも美喜ちゃんは、僕と友達になりたくない?」

 そんなこと……!

「ふふ……ありがとう。その顔だけで十分だよ。そしてその気持ちは、僕も一緒。それと僕は、仲良くなりたい、って気持ちに、理由なんて必要ないと思うんだ。むしろ理由なんて求めるのって、本当に仲良くなりたいかどうかもわからない。理由が無いからこそ、確かにあるもの。それが仲良くなりたい、って気持ちだと思うんだ」
(でも……)

 ようやく、美喜が口を開いた。

(それだとわたし、周お兄さんと友達になれない。だってわたし、周お兄さんが話せる相手だから、仲良くなろうって思ったんだもの。わたしのことを助けてくれたから、仲良くなろうって思ったんだもの。)
「そっか……それじゃあ確かに、友達になれないね」

 また悲しそうな顔をする美喜に、周は「でもさ」と言葉を続ける。

「そういう理由から友達になっても、最終的には“どうして仲良くなろうと思ったのか”ってのを忘れるぐらい、仲良くなれば良いんじゃないかな」

 何を言っているのかわからないのか、美喜は小首を傾げる。

「つまりね、僕と美喜ちゃんが仲良くなって、沢山の時を一緒に過ごして、それからふと、どうして仲良くなったのかを考えた時、“この人には私の姿が見えたから”、“わたしのことを助けてくれたから”、なんて答えじゃなくて、“理由なんて無くてただ仲良くなりたいって思ったから”、って出てくるようにすれば良いんだよ」

 そこまで言うと、周は携帯電話をポケットの中に仕舞い、傍から見たら空席に見える自分の席に――周から見たら友達になろうとしている女の子の前に、自らの手を差し出して言葉を続ける。

「要は、これからの積み重ねだよ。今はただ、僕が勝手に美喜ちゃんと仲良くなりたいって思ってるだけ。だからさ、美喜ちゃん。僕に向けられる周りの視線なんて気にせず、自分のせいで他人が不幸になるから楽しんじゃいけないなんて考えず、一緒に楽しもうじゃないか」

 そう言ってまた、自然な笑みを浮かべた。

 

 どうして自分なんかと……そう考えていた美喜への答えは、友達になりたいから。

 どうして自分なんかと……そう考えていた美喜の深層心理は、他人を不幸にしてまで幸せを感じて良いのかという葛藤的本能。

 

 気にするな……というのは、正直な話無理だろう。悲しい事に、気に出来ないほど、美喜は子供じゃなくなってしまっている。

 でも……当の本人が気にするなと言っているのに、いつまでも気にして、一歩踏み出すのを躊躇って、その人を困らせたらダメだ。その人が自分にとって――

(わかった。わたし、一緒に行く。だって周お兄さんとは、理由無しに仲良くなりたいから)

 ――友人と呼べる人なら、尚更だ。

 

 今までの悩みは消えてない。でも、周お兄さんと仲良くなりたい。何の打算も無しに、何の考えも無しに、仲良くなりたい。

 こんなに優しい人と、わたしのことが見えるからとか、そんな“くだらない”理由無しに。

 

 そう心の中に秘めながら、今までの暗い表情を払拭するように、美喜は輝かしい年相応の笑みを浮かべ、周の手を握り返した。

 

 

 

あとがき:
周と美喜が本当の意味で友人になれた話ー
周の友人についての定義は、まぁ、個人的に大親友のことを思い出して想ったことを書いてみた

本当の意味での友人ってさ、何で仲良くなったのか、ってのを思い出せなくない?
まぁもしかしたら、ソレは私自身が薄情なだけかもしれませんが……

まぁでも「こういう理由で、俺達大親友」なんて言ってる人らを見て、「本当に大親友か? ソレ」とは誰しもが思うことだと思うんだけどなぁ……
中学の時部活が一緒だったから? 趣味が一緒だから?
そんな理由だったらお前の周りは大親友まみれだな、と言ってやりたくなる

……根性曲がってますか……スイマセン(汗
でも大親友ってさ、一人で良いもんじゃん
で、その一人って、思い出はいっぱいあるけど、仲が良くなったキッカケが思い出せないじゃん

……いや、思い出がいっぱいあるから、仲良くなったキッカケが思い出せないのか
埋もれて、見えなくなった
でも、 とっても大切なもの
ってことなのかな

……長いあとがきになってスイマセン(;´Д`)