「それじゃあ、今日は授業が昼までだから一緒に遊ぼうか」

 気を取り直して、美喜と手を繋ぎながら登校。

 アレから結構な時間が経ってしまったせいで、いつもよりも多めに生徒の姿が見受けられる。それでもなお、周囲の目なんて気にせず美喜に話しかける周。

 その姿に周りは、不気味がったり、笑ったり、おかしなものを見る目で観たりと、反応は様々だが、共通するのは親しい雰囲気なぞ皆無なところか。

 それでもまったく、意に介さず美喜と話し続けられる周の姿は、美点と見るべきか欠点と見るべきか。

(うん。でも良いの? 周お兄さん?)
「ん? 予定なら無いから、全然大丈夫だよ」
(そうじゃないよ。その……周りの人が……)

 七歳の女の子。でも、すでに死を体験した、七歳の女の子。出会った時から感じていたが、妙なところで大人びている彼女は、すでに周に向けられている、悪意ある視線を感じてたのだろう。

 そしてその原因が、自分との会話であることも。

 そして容易に想像する。

 このまま街に出たら、さらに多くの、悪意ある視線の標的にされるであろうことを。

「美喜ちゃんは気にしなくて良いの。僕が友達と遊ぶ。それを周りが笑う。それが何だって言うの? 僕はその笑われる以上の楽しさをもらえるんだから、全然構わないよ」

 その周の言葉にまた、周りから笑い声が聞こえる。その声を聞いた美喜はまた、申し訳ない気持ちになる。

 自分の姿が見えないばっかりに……恩人に、迷惑をかけてしまっている。

「少しは周りに気を遣った方が良い。その方が、彼女が気を遣わない時だってある」

 その声は周の後ろから聞こえた。

(お姉ちゃん!)
「ああ、藍島さん。おはよう」

 振り返りながらの、美喜の喜びの声と周の挨拶。その二つを向けられた藍島冬子は、素っ気無く「おはよう」と返して、立ち止まっていた二人を追い越す。追い越された二人は少しだけ慌て、冬子と並ぶようにして歩く。

 道路側から周、美喜、冬子と続いてはいるが、傍から見れば周と冬子二人だけに見えるのは当然。しかも美喜一人分の隙間が、カップルになりたて故のテレている距離に見えるもんだから……。

「そんなあなたにコレ」

 ……まぁ、そんなことを気にしない二人だったりもするのだけど。周に注意はするものの、結局冬子も、そんなに周囲の目を気にする人間ではないのだろう。

 それはともかく、コレ、と言って手提げカバンから取り出したのは、手の平サイズの小さい――

「携帯電話?」

 ――ピンク色をベースにした、ちょっと……いや、かなり乙女チックな携帯電話。

「そう。私が使ってたものだから、色は男性向きじゃないけど」
「いや、でも僕、こんなの渡されてもお金なんて払えないよ?」
「大丈夫。お金なんて請求しない。むしろ通話やメールなんて出来ない。アドレス帳もデータフォルダも何も無い」

 解約済みの携帯……と言う訳か。

「それじゃあ……どうしてコレを?」
「この子と会話する時、電話で話しているように見せかけるため」
「ああ、なるほど」

 そう答えて周は、その乙女チックな携帯電話(通話不能)を受け取る。

「僕のためにわざわざ?」
「私も、人が沢山いるところで霊体と話す時に使う手段だから」
「でも、僕が携帯電話を持ってないって、良くわかったね?」
「持ってる人ならすぐに気付く方法。それなのにソレをしないってことは、持ってないかと思ったから。それにもし持ってその方法をしてないのなら、バカって罵るつもりだった」
「そ……。んまぁ、ありがとう」
「礼には及ばない」

 苦笑いを浮かべながら、携帯電話を軽くイジってみる周。携帯電話自体を持ったことが無いので使い方はまったくわからないが……周も男の子。こういう機械類は、イジっているだけでおもしろい。

(その! お姉ちゃんっ!)

 と、周との会話が一段落ついたのを見計らい、美喜は冬子に声をかけた。

「何?」

 霊体に話されるのは慣れているのだろう。目を見て話そうとする周と違い、正面を向いたまま返事をする冬子。

(ありがとうっ!)

 大きな声で、お礼を言う美喜。そんな美喜に対し、どうしてお礼を言っているのか理解できないのか、冬子は思わず美喜の方へと視線を下げてしまう。

 それでもなお、美喜はお礼の言葉を述べる。

(周お兄さんと話しやすくしてくれて、ありがとうっ!)
「……別に、お礼を言われる程のことじゃない」
(それでも! わたしはとっても、とっっっても、うれしかったからっ!)
「……そ」

 素っ気無い返事。美喜は一瞬、嫌われてしまったかと思ったが、違う。表情や声音に反して、雰囲気が柔らかい。

(そのね、お姉ちゃん)
「何?」
(お姉ちゃんの名前、何て言うの?)
「……藍島冬子」
(それじゃあ、冬子お姉ちゃん! 本当に、ありがとうっ!)
「……そ」

 またまた、素っ気無い返事。でも美喜は、うれしかった。

 言葉だけを聞けば、確かに素っ気無い。

 でもこの時の冬子は、さっきまでと違い、少しだけ、笑みを浮かべていた。

 

 

 

「それじゃあ、これは充電器。別に必要ないだろうけど、私にも必要ないものだから」

 教室に入る前に渡され、冬子はそのまま自分のクラスへと向かった。

 美しい外見を持ちながら、同時にミステリアスな雰囲気を纏った、この藍島冬子という女性。校内での人気はおそらく、高い。それなのに本人達の周りで大騒ぎにならないのは……冬子自身の雰囲気に気圧され、誰も話しかけることが出来ないからだろう。

 周に騒ぎの種が回ってこないのは……ま、今更説明するまでも無いか。

(冬子お姉ちゃん、良い人だね)
「ああ、良い人だ」

 周囲からは独り言に見える言葉を平気で発している姿こそ、答えそのものだから。

「……ん?」

 ふと視線を感じ、そちらへと視線を向ける。するとそこには、殺気を乗せ、睨みつけるようにこちらを見る、伊沢彩陽。……たぶん、藍島冬子と一緒に登校する姿を見たのだろう。

 女たらし。

 口元がそう動いたように見えたが……。

「…………?」

 首を傾げている時点で、周には伝わらなかったようだ。

(あ〜あ……)

 もっとも何故か、美喜には通じてしまったようだが。

 

 

 

 いつもの半分、でも全ての授業を終えたお昼過ぎ。昨日もまた例の殺人鬼が現れ人を殺したので、明るいとは言え十分気をつけて帰るようにというありがたい担任の御達しを受け、ホームルームは終了した。

「それじゃあ美喜ちゃん、行こうか」

 立ち上がりながら、授業中ずっと隣に立っていた女の子に声をかける。でもその女の子の表情は、暗いまま。

 授業中に相手してやれなかったのがダメだったかな……と思ったが、違う。美喜はそんなことで暗い表情をしているわけではない。

(その……やっぱり良いよ。遊ばなくて)
「どうして? 昨日は楽しみにしてたじゃん」
(確かに、昨日までは楽しみにしてたけど……もう良いの。こうやって、話してくれるだけで、わたしは満足だから)
「急にどうしちゃったの? 身体の具合でも悪い?」

 かがみ込み、美喜と目線を合わせるように問いかける。その表情は、本当に具合が悪くないのか心配している表情そのものだった。

 そしてその周の優しさこそ、美喜が一緒に行きたくないことの要因。

(身体は普通。でも……辛いの)
「辛い? 何が?」
(こうやってわたしと話してる時の、周お兄さんを見る周りの人の視線が)

 今現在、こうやって話している状況。それは美喜の姿が見えない周りから見ると、椅子の横にしゃがみ込み、何も無い空間に向かって話しかけているように見える。

 つまり、独り言をブツブツ言っているように見える。それも表情豊かに。

 そんな「不思議君」の行動。いつものこととは言え、クラスメイトはクスクスと笑いながら、心の隅に「気味悪い」という感情を植えながら、その周の見えない優しさを眺めながら、教室を出て行く。教室を出て行かないクラスメイトも、その姿をネタにしがら、友人達と会話を盛り上げている。

 気持ち悪い。気味が悪い。その四方八方からの視線を、自分の恩人に向けられ続けられるのが、美喜は辛いのだ。たとえ当人が、大丈夫だと言おうとも。

 そもそもここは、学校と言う名の一種の閉鎖空間。街に出る、と言うことは、閉鎖空間から出るということ。それはつまり、これ以上の憎悪と嫌悪の視線に、恩人が晒されると言うこと。

 それが美喜には耐えられない。世界に恨みは抱かなくとも、世界中の人々に恨みを抱いてしまいそうなほど、耐えられない。

(だから良い。今日は、家で大人しくしよ)
「美喜ちゃん……その、今朝も言ったけど、周りの視線なんて気にしなくて良いんだって。僕が周りにどう思われたって構わないんだから」
(わたしが構うの! わたしがイヤなの! 好きな人が、周りに嫌われていくのを見るのがイヤっ!)

 突然声を大にした美喜に、驚きの表情を浮かべる周。……たぶん彼女は、授業中ずっとこのことを考えていたのだろう。

 だからこんなにも、辛そうに叫ぶ。

「大丈夫。僕はもう、十分周りに嫌われてるから」
(そんな! ……そんな哀しいこと、言わないで……!)

 また叫ぼうとした。

 でも周が、あまりにも悲しいことを言うものだから。

 それが当然とばかりに、もうどうも思わないほど慣れてしまったとばかりに、悲しみなんて微塵も感じさせず言うものだから……。

 声に嗚咽が混じってしまう。目に涙を浮かべてしまう。

(もう……これ以上、こんな視線の中に、こんな嫌悪感に満ちたところに、好きな人を晒したくない……!)

 涙を浮かべながら、流すのを堪えながら、美喜はかろうじて、そう言葉にした。

 これ以上、この人の心を、寂しさに支配させたくないから。そんな悲しいことが当然だなんて、思って欲しくないから。

 

 そんな女の子の姿を見た周は、

 やっぱりこの子と一緒に遊びたい。

 そう思った。

 

 だって自分のために、こうして泣いてくれるのだから。

 たった七才の女の子が、自分自身ではなく、赤城周二という他人に対して向けられている悪意に、耐えられないと言ってくれているのだから。

 それだけ自分が思われているという事実。

 出会って間もない、自分にとって当たり前のことをしただけなのに、思ってくれているという事実。

 それはもう、この女の子を満足させたいとか、そういう感情からの行動ではなくなっていた。

 ただ純粋に、この子と一緒の時を過ごしたい。

 自分自身が、そうしたい。

 そう思った。

 

 だったら……どうすれば良い?

 このまま自分の心の赴くまま彼女を街へ連れ出しても、彼女は心の底から楽しんでくれないと思う。

 僕自身にのみ向けられている悪意ある視線。

 それだけで、ここまで悲しんでくれるのだから。もっと大勢の視線に晒されてしまう街は、それだけ彼女を悲しませてしまう。少々自意識過剰に取られるかもしれないけど……そうなっては意味が無い。

 だからと言って、街に出ないで家に引き篭もるのもイヤだ。

 もっともこれは、僕自身の我侭。家でも、彼女と一緒に楽しい時を過ごす方法なんてあるだろう。

 でも……僕は彼女と一緒に、街で遊びたい。人目をはばかることなく、遊び尽くしたい。

 じゃあ……どうすれば?

 

 と、制服のブレザーのポケット。そこに入っているある物体の感触を思い出す。

 と同時、どうすれば美喜と一緒に街に行けるのか、その方法を周は思いついた。

 ポケットにある、解約済みの乙女チックな携帯電話。ソレをポケットの中で握りしめ、もう片方の空いている手で美喜のサラサラの髪を梳く。

 相変わらず、涙を堪えているその顔に向かって、周は言った。

「それじゃあ、美喜ちゃんを絶対に悲しませないから、一緒に街に出ようか」

 

 

 

あとがき:
美喜が泣き崩れてしまう話ー
まぁ、恩人が周りに嫌われてたらイヤじゃん?
それの究極形じゃない?

と言うか、自分にとって大切な人が、自分に親切にしてくれているのに、周りに笑われている
それがイヤだから、自分と関わって欲しくない

それはまるで、周が彩陽にしているのと一緒じゃない?
自分に関わると不幸になるから、突き放す
要は、そこが書きたかった

周と美喜が似ている存在だと、そういうのが伝わったのなら最高です