星状高校。

 それが赤城周二と伊沢彩陽が通っている私立高校の名前だ。そして私立高校故、世間一般の公立高校のような前述のダラけた雰囲気など無く、夏休みが近付いている今も平常授業を行っている。

 制服は黒色の配色が高めの紺色のブレザーと、男子は地味な配色のチェック柄の長ズボン、女子は同じ配色と柄をした膝上ぐらいのスカートとなっている。

 もっともこれは冬服の話。セミの合唱会があちこちで開かれているこの時期、当然ながらブレザーの着用義務は無い。中に着るカッターシャツも当然半袖。

 もちろん周二と彩陽も、その制服に身を包まれている。ちなみに二人は一年生。

 他の高校と比べた場合、平均的な学力は中の下。だが、同校内の国際科は上の下。就職科は中の下。電子工学科は下の中となっている。

 つまり、賢い奴とバカな奴とが集まる高校。優等生と素行不良生とが顔合わせする高校。

 そんな高校の校門が見えたところで、彩陽の友人の後ろ姿も一緒に見える。

 さっきまで「あ〜……」やら「う〜……」やら呻いていた彼女も、友人の姿が見えてから、頭が熱くなっているのを悟られないよう、気を落ち着けようと努めている。

「それじゃあ、行って来る」
「うん。今日も一日よろしく、伊沢」

 そう言葉を掛け合い、彩陽は友人の下へと駆け出した。

 周二と一緒にいるところを見られたく無いからという彩陽の考え……じゃない。これは、周二自身が決めた事。

 自分がクラスの中で浮いていることを知っている彼は、その被害が、彩陽にまで及んで欲しくないと思っている。だからああして、偶然隣を歩いていたかのように振舞ってもらうのだ。友人の姿が見えれば、友人の下へと駆け出す。彩陽自身はこのことに猛反発したものだが……周二が必死に頼み込むものだから、渋々ながら了承した。周二のことが好きな彼女にとって、どうしてこんなことをしないといけないのかがわからなかっただろう。いや、おそらく今も分かっていない。でも周二は、自分のせいで、他人が不幸になるのを見てられない性分なのだ。

 だから、こうする。

 自分と彩陽は、無関係な、昔馴染みなだけの関係なのだよと、周囲に常に教え込む。こうしておけば、自分を嫌っている人・気味悪がっている人が、彩陽に手を出そうとは、考えないと思ったから。

「さて、と」

 伊沢が前へと駆けて行くのを見ながらも、周二は歩む速度を緩めない。下手に緩めようものなら、そこから勘繰られる可能性もあるからだ。

 だからこうして周二が教室に入ろうとも、彩陽はまだ自分の席につけてなかったりする。

 彩陽と同じクラス。最初この方法を取った時は微妙に気まずかったが、今となっては慣れている。互いに軽く、周囲にバレない程度に視線を合わせる。それをする余裕すら出てきているぐらいだ。

 自分の席に腰を落ち着け、今日提出の宿題を片付けようと、カバンから筆記用具と数学のノートを取り出す。

「なあなあ、また死体が出たんだってよ」

 そんなクラスメイトの会話が聞こえる。

 またか……と周二は思いながらも、手を休めずに宿題を片付けにかかる。

「マジか? また例の……?」
「ああ。あの殺人鬼。これでもう十人以上か」
「いい加減やめてくれないかなぁ……また部活の時間が短くなるって」
「だよなぁ……ただでさえ短くなってんのによ」

 殺人鬼……それはここ一週間程、この町を賑わしているニュース。

 名の通り人を殺す鬼……ではなく、鬼のように人を殺す人。

 単独犯だということは警察の調査で分かっている。だがどうしても、犯人の手掛かりが無い。犯人の犯行時刻は基本的に深夜。だが、深夜のパトロールを増やそうとも、犯人の手掛かりが出ない。出ないまま、人が何人も何人も、殺されていく。

 凶器は、一般的なナイフの長さをした刃物。それ一本で殺された人の数は実に十を超え、それ一本で殺された人の期間は実に一週間を超える。それなのに手掛かりという手掛かりは、単独犯という情報のみ。

 もちろん警察が掴んでいる情報の中には、公開していないものも存在する。

 なら何故公開しないのか? 答えは簡単。その数少ない情報の一つは「犯人はただ、本能の赴くまま人を殺している」といったもの。

 本能の赴くまま殺しているのに、手掛かりを残さない。その完璧なまでの、殺人性。暗殺性。虐殺性。

 その情報を公開すれば、警察の無能さを公開するようなもの。

 だから、公開されていない。

 予鈴の音が教室の中に鳴り響く。思わず手を止めて聞き入っていた周二は、その音でようやく手の動きを再開した。

 

 

 

 お昼休み。

 次の時間に提出の朝からやっていた宿題を何とか片付けた周二は教室を出る。

 昼休みの残り時間は僅か半分。休み時間にしかやらなかったので時間がかかった。……いや、アレほどの量を、休み時間と昼休みの半分だけで片付けたことは評価すべきか。

(ん? ようやく終えたのか? 周)

 何処からともなく聞こえる声。だがこの声はあくまで、周二の中で発しられている声。

「ああ、やっとお昼ご飯だ。周にぃ」

 その中から聞こえる声に返事をする周二。

 多重人格障害――解離性同一性障害とも呼ばれる一種の病気。赤城周二はこの病気を患っている。……いや、もしかしたら厳密に言うと違うのかもしれない。だって周二のソレは、どちらも主人格なのだから。互いが互いと、会話することができるのだから。

 周と周にぃ。

 二人は互いのことを、そう呼び合っている。

 

 朝行動する、今まで見てきた周二の人格が周。

 夜行動する、今始めて聞いた声の主の周二が周にぃ。

 

(今日も購買か?)
「ああ、もちろん。食いたいものとかある?」
(いや。今はお前の時間だし、お前が食いたいもの食えばいいじゃねぇか)
「特に無いから聞いたんだけどね……んじゃま、安いパンでいいかな」

 さてこの会話。じつは心の中で交わしている会話じゃない。

 確かに周にぃの会話部分は周囲には聞こえていない。だがその周にぃの言葉に返事をしている周の言葉は、周りに聞こえまくっている。つまり傍から見れば、独り言を言っているように見えている。

 

 これこそ、周二という人物が「不気味君」のレッテルを貼られてしまっている要因。学校に友達がいなくなってしまっている要因。

 周本人がもう少し、この行動の異常性に気付いていたなら何とかなったかもしれない。だが生憎と、周本人はこれで構わないと思っている。

 そりゃそうだ。周にとってこの会話は、自分にとって大切な人と会話しているだけなのだから。この大切な人との会話に気を遣わないといけない環境が、彼には耐えられないのだろう。

 たとえ、自分の周囲に人が集まらなくなろうとも。

 だからこうして、周囲に何と言われようとも、周囲にどう思われようとも、構わず周にぃと会話する。

 

「そう言えばさ、周にぃ」

 購買で買ったタマゴサンドとやきそばパンを手に、階段を上りながら周にぃに話を振る。周囲が相変わらず奇異の視線(め)で見てくるが、まったく気にしない。

(ん?)
「明日高校の近くの神社で夏祭りがあるんだけど……行く?」
(夏祭り? ああ〜……俺はあんまり気が進まねぇなぁ)
「そっか。んじゃ良いや」
(どうかしたのか?)
「いや、別に」
(別にじゃないだろ。俺に気なんて遣わず、言ってみろよ)
「んん〜……」

 目的地の屋上へと続く階段。生憎と屋上は鍵が掛かっているので入れない。

 故に、屋上で無いとはいえこの階段には、人がまったく来ない。誰もが屋上へと行けないことを知っているから。だから周はいつも、この階段に腰掛けて昼食を摂る。

 今日も一番上の定位置に腰掛け、買ったタマゴサンドの封を開けて食べ始める。

「……じつはさ、伊沢に誘われたんだよ。夏祭りに行かないかって」
(なんだ、だったら行きゃ良いじゃねぇか)
「でも夏祭りの時間って、周にぃの時間でしょ? その時間を僕がもらうのは……」
(なんだ? そんなこと気にしてたのかよ。俺になんて構うな構うな。夏祭り楽しめよ)
「でも――」
(でもじゃなくて。俺の時間を、お前に使って欲しいって俺は言ってるんだ。コレを拒否する方が俺はイラってくるぞ)
「そう……でも、本当に無理してない?」

 タマゴサンドを食べ終え、次にやきそばパンの封を開けて食べ始める。

(してないしてない。でもそうだなぁ……その代わりって言っちゃあなんだが、さらにその翌日の朝の時間、少しだけ俺にくれないか?)

 さらに翌日……明日は土曜だから、実質日曜の時間をくれと言っているのか。

「そんなの、別に許可なんてとらなくても良いよ。どんどん使っちゃって」
(ほら、それだよ周)
「ん? どれのこと?」
(その考え。俺が周に時間を取られた時の気持ちってのは、今お前が、俺に時間を与えようとした気持ちと一緒なんだよ)
「……ああ」

 妙に納得しように、頷きながら声を出す。

(そういうことだ。だから明日の夏祭り、楽しめ楽しめ)
「……ん。わかった。ありがとう、周にぃ」
(礼を言われることじゃない。俺にとってお前は、大切な存在なんだからな)
「そんなの、僕にとっても周にぃは大切な存在だよ」

 やきそばパンも食べ終え、二種類のパンが入っていた袋の中に、その残骸を入れて立ち上がる。

 やたら食べる速度が速いのもいつものこと。

「そう言えば周にぃ」
(ん? 今度は何だ?)

 十分に満ちるか満たないかの時間滞在した空間を後にしながら、周は再び周にぃに声をかける。

「夏祭りを楽しむの、僕だけじゃなくて周にぃもだからね」
(……は?)
「金魚すくいとか、僕もやったことないけど周にぃもやったことないでしょ? だからさ、互いに代わりばんこしながらやろうね」
(……いや、俺は別に……)」
「僕が、周にぃと一緒にやりたいの。だから周にぃが嫌でも、意地でも付き合ってもらうから」
(……はぁ。まったく、しょうがないやつだ)

 少しだけ嬉しそうな声。

 周は気付いていたのだ。周にぃも、ほんのちょっととは言え、夏祭りを楽しみたいと思っているということを。

 

 

 

あとがき:
周二の二重人格(?)な出来事を記した話ー
まぁ、それだけ

こうやって互いの中の人と会話できるのって、たぶん二重人格とか言わないんだろうなぁ……なんて言うんだろ?
ま、アレだ
わかりにくかったら遊○王の某パズルに入ってた某王様のことを思い出してくれたらわかりやすいかも