昨日は盛大な台風だった。

 それはもう、一昨日から続くとてつもない台風だった。

 おかげで我がオセロ部も、室内部活とは言え活動を休んでいるしかなかった。……あの強風じゃあ、こうして学校に訪れることすら不可能だったしな。

 

 

 でもその甲斐あってか、今朝は台風一過による雲一つ無い綺麗な青空。なんとも清々しい一日だ。……とも言えないかな。

 なんせ雨が上がったのはつい今朝。おかげで光り輝く太陽で熱しられた振り落ちた雨粒は、水蒸気となりこの部屋を蒸し風呂へと変貌させてくれた。

 

 

 何処にでもある開き教室の一室。後ろに追いやられた机の大群。中央には二つの机と四脚の椅子。そんな味気ない我がオセロ部にある冷房器具は、机に向かい合う二人を涼ませてくれるための扇風機一台。しかも年季が入っていて風の威力は微妙ときたもんだ。

 本来は首振りにして向かい合う二人を涼ませてくれるのだが、生憎と今は一人の幼女によって占領されてしまっている。おかげでオレと部長は暑くて仕方が無い。……いや待て、部長は汗一つかいてないぞ。もしかして熱がってるのはオレだけか……?

 

「どうかしたか?」

 

 と、ずっと顔を見てたのがバレたのか、向かいに座っている部長に声をかけられる。

 

「いえ、別に何も。ただ暑くないのかなぁ、と」

「もちろん暑いさ。だが、こうしてオセロを打ってる間は意外に大丈夫なもんさ」

「どんな体してんですか……」

 

 呟き、とりあえず盤上に視線を移す。

 

 今オレと部長がやっているのは、白と黒の攻防戦。意外に知略がモノを言う盤上競技オセロ。遊びに見えるかもしれないが、これこそがオレ達の部活が部活たる要因だ。……ってさっきからオセロ部オセロ部って連呼してたな……。……暑さでどうかしたのかも。

 

「よし! 決めたっ!」

 

 と、この部屋唯一の冷房機を占領していた幼女は、突然そんな大声を上げて立ち上がり、こちらへ向けていた背を反対側へと向ける。

 そうして見えた表情は、嫌な予感を駆り立てるほど、とてつもなくニンマリとしていた。

 

「……む、このままじゃ負けちゃいますね……と」

「いや、もうお前の負けは決まってるぞ、と」

「無視すんなああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーー!!!」

「耳元で怒鳴ってくるんじゃねえええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーー!!!」

 

 耳元で大声で怒鳴ってくるもんだから、耳キーンって状態だ。……まったく。

 

「だったらあたしの話し聞きなさいよ!」

「イヤだよっ!」

「なんで?!」

「イヤな予感しかしないからだボケッ!」

「それでも聞き返すのがあんたの役目でしょうが!」

「そんな役目はとっくにその辺のドブ川に丸めてポイしてんだよっ!」

「ドブ川みたいな面してるあんたにはお似合いでしょう!」

「その返しの意味が分かんねぇよ! 捨ててるって話してんだろうが!」

 

 怒鳴ってきた幼女に怒鳴り返すオレ。その傍らで部長は、占領されていた扇風機を首振りにして部屋全体に風を行き渡るようにしてくれる。

 

「それで結局、癒枝女史は何を決めたのかな」

 

 さらに怒鳴りあっていたオレ達の節目でナイスパスまで出してくれる。……ホント、部長が部長でいてくれなかったら、今頃この部活は崩壊しているといっても過言じゃないね。感謝感謝。

 

「良くぞ聞いてくれました部長! じつは昨日、テレビで魔法使い特集をしてたんです!」

 

 幼女は話す対象を部長へと切り替えたので、この隙にオレは盤上へと視線を戻す。

 ……んむぅ……確かに……このままじゃあ何処にコマを置いても負けちまうなぁ……。……いやでも、ここに置いて、もし部長がそこ以外のところに置いたら、このまま優勢を保てる可能性も……。

 

「魔法使い特集? 何だそれは」

「世界の魔法使いを集めて色々とするテレビです! 例えば、トランプの絵柄を見ないで言い当てたり、むしろ相手がその絵柄のカードを選ぶのを分かってて番組が始まる前に紙に書いてたり、果てには車に大きな布をかぶせると消えてたりしたんですよ」

 

 うわぁ……ウソくせぇ……。

 ……ほら、質問をしてあげた部長も、それってもしかして……、って顔してるじゃないか。

 

「なぁ堀井。もしかしてそれって、手品の類じゃないのか」

「うん、本来ならそう言いますね。でも! あのテレビに出てた人は絶対に魔法使いですよ! だって種とか仕掛けとかまったくわかんなかったし!」

 

 そりゃお前……素人の視聴者で分かる程度の種とか仕掛けなら番組として成立しないしな。

 

「そっか……まぁ、それは良しとするさ。そうやって信じてくれる人がいてこそ、ああいうテレビは存在の意味があるってもんだ」

 

 大人だ……。さすが部長。大人な発言だ。

 

「それで結局堀井は、そのテレビから何がわかって、何を決めたって言うんだ」

 

 続く部長の言葉に彼女は、ふふん、と鼻を鳴らしそうな勢いと表情で腰に手を当て、堂々と宣言した。

 

「明日! 山に魔法使いを探しに行きましょうっ!」