「癒枝……だよな?」

 

 向こうの返答が無いので、思わずもう一度確認してしまう。

 でも……オレの見る限り、その姿は間違いなく癒枝の姿そのものだ。

 

「……もしかして……違うのか……?」

 

 でも、中身が違うのかもしれない。……いやでも、その考えこそ違うだろう。

 だって天さんは、成功だと言っていた。それはつまり、オレが癒枝と、もう一度話すことが出来ると言う、何よりの証なのではないのだろうか……?

 

「…………」

 

 いくら待っても、向こうからは返答が無い。

 もう一度、同じ質問をしようとして口を開ける。

 するとそれにあわせるように、向こうもまた、口を大きくあける。

 ……ってあれ? なんかあの口の開け方、大声を出すために命一杯酸素を供給しているような……。

 

「こんんのアホんだらああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーー……!!!!!」

 

 うん。やっぱり、命一杯叫ばれました。でもそれで満足できないのか、目の前の存在はなおも怒鳴りつけてくる。

 

「あんたアホよっ! 何勝手に死のうとしてんのよ! あたしは、あんたに生きてほしいから無理矢理助けたってのに、ソレを無下にするかのように死のうとするなってのっ!!」

 

 む……。どうやらオレが自殺しようとしていたことはバレていたみたいだ。だがこのまま向こうの言い分を聞き続けていてはいけない(ような気がする)。

 

「そもそもオレはそんなこと望んでねぇっての! 細菌ウイルスにでもかかって死ねっ!」

「とっくに死んどるわっ! 状況見て言えこのバカっ!」

「バカはお前だっての! 俺に断りもせず死にやがって!」

「あんたの断りなんていりません〜! 私は私がしたいように行動しただけです〜! その結果あんたが助かっただけです〜!」

「んな訳ねぇだろ! お前さっきオレを助けたって言ったじゃねぇか!」

「結果的に助かってんだから助けたって言っても間違いじゃないでしょっ! それなのに自殺しようとするあんたはホントバカでアホな存在なのよ! 脳ミソ砕かれて死ねッ!」

「ああぁぁぁ?! だから死のうとしたんじゃねぇかよ!」

「砕かれてって言いました〜。つまりあんたが自分で死んじゃダメってことです〜。日本語勉強してからやりなおして下さい〜」

「うっわ! ウッザ!! 言い方ウザッ! さすが成長を犠牲にしてまで性格悪くしてるだけあぐふぉぅっ!」

「言い返せないからって身体的特徴を責めるとかホントバカっ!」

「だからって図星を突かれて腹を思いっきり殴ってくるのもバカだと思うけどなぁ!」

「私はバカじゃありません〜。少なくともあなたよりかは日本語を理解してます〜」

「その発言がバカっぽいんだよっ! お前こそ腕引きちぎられて死ねッ!」

「ふふふ……」

 

 互いに睨み合い、言い合いをしていたオレ達を止めたのは第三者の笑い声。……と言うか、天さんの笑い声だった。

 二人同時に声のした方を見ると、ああ邪魔しちゃったかしら、と呟きながら口元を押さえ、微笑を携えていた。

 

「別に私のことなんて気にしなくても良いのよ。全然続けてくれて構わないわ」

「ああ……いえ、もう大丈夫です」

 

 天さんの姿を見たら、今自分が、こうして癒枝と話せている状況が特別なのを思い出した。ついつい場所も状況も忘れて日常的になっている言い合いをしてしまった。

 

「そう、それじゃあ、話を進めても大丈夫かしら」

「その前に、あたしから話があります」

 

 天さんの言葉に返事をしたのは癒枝。

 年上であろうと……たとえ教師であろうとも傍若無人に振舞う彼女も、さすがに天さんの雰囲気に呑まれているのだろう。少しだけ言葉が丁寧に感じる。

 

「なぁに? 可愛いお嬢ちゃん」

「おじょ……! ……あたしの名前は癒枝です。魔法使いさん」

「あら? 私のことは名前で呼んでくれないの? そこの彼みたいに」

「天ってあだ名ですよね? だったら、どう呼んでも構わないでしょ?」

「ふふ……確かにその通りかもね。でもそれじゃあ、私もお嬢ちゃんで構わないんじゃない?」

「あたしが名乗ったのは本名。あなたが名乗ったのはあだ名。その違いをわかってるのに、そう訊いてくるんですか?」

「……なるほど。そう言えば今のあなたには実体が無いのね。だから私の魔法が効かなかった。……いいわ。それじゃあ、癒枝ちゃんで言いかしら?」

「……まぁ、良いです。それじゃまずは、あたしから」

「何かしら?」

「……ありがとうございました」

 

 癒枝の突然のお礼。その意図が読み取れないのか、天さんは面食らったような表情をした。

 

「その、こいつを助けてくれて。……あのままだったら死んでるのに、その、本当に、ありがとうございました」

 

 そんな天さんを放っておいて、癒枝はお礼を言うとそのまま頭を深々と下げた。その様子を見た天さんは、再び微笑を携える。

 

「……本当、それだけ大切ってことなのね」

「……はい」

 

 天さんの微かな呟きに、癒枝は頭を下げたまま答える。その間オレは、何も出来なかった。

 ……だってさ、自分の好きなとても大切な人が、オレという他人を助けてもらった理由だけで、頭を下げてまでその助けた人にお礼を言っているんだ。……うれしく思ったり、感動したりしないはずがない。そりゃ言葉も失ってしまう。

 

「わかったわ。頭を上げなさい。癒枝ちゃん」

 

 天さんのその言葉で、ようやく癒枝は顔を上げる。

 

「それじゃあ自分勝手で悪いけど、一通りの説明を先にさせてもらうわ。このままだと、あなた達の世界で朝を迎えちゃうことだし。感動の再会は、また自分達の世界に帰った後にでもしてちょうだい」

 

 言葉を続けながら、何から話せば良いかしら、と呟き、少しだけ考える素振りをする。

 

「そうねぇ……まずこれだけは覚えておいてちょうだい。……癒枝ちゃんは、決して蘇った訳じゃない」

「えっ? でもこうして実体が……」

「よく目を凝らして見てみなさい。向こうの景色が透けて見えるでしょ?」

 

 オレの疑問に答える天さんに従い、目の前にある癒枝の顔をじぃっと見つめる。……ふむ……確かに。見つめられることに少しだけ照れている癒枝の向こう側、その白の世界と黒の境界が透けて見える。……って言うか――

 

「――お前浮いてんじゃん!」

 

 あんなに言い合いしたのに気付かなかった。オレより身長が低い癒枝の顔が目の前、疑問に思って視線を下げてみたら地面に足がついてなかった。

 

「あら? 今まで気付かなかったの?」

「はい! これっぽっちも!」

 

 天さんの言葉に正直に答える。……何だろ。癒枝が呆れているような目で見てくる。けど気にしない。

 天さんの言葉に耳を傾け続けることで華麗にスルー。

 

「まぁ、そういうことなの。つまり分かりやすく言うと、癒枝ちゃんは幽霊ってこと」

「ん? でもそれだと、どうしてオレを殴ってきたんですか? 幽霊だったら殴れないんじゃ……」

「それはね、あなたのその義手に関係があるのよ」

「義手……ですか?」

 

 言われて思い出した。あまりの感動で忘れていたが、オレの左腕は天さんにあげ、この左腕部分についている腕(パーツ)は、彼女が作った腕だったんだ。

 

「そう。あなたにあげた指輪はね、その義手の薬指に嵌めることで、彼女に一時的に肉体を与えることが出来るの。もっとも、彼女に与えられる肉体の質量は、あくまでその義手分の質量だけになっちゃうけど」

「薬指にってことは……他の指だと他の効果があるんですか?」

「もちろんよ。そのことについては、この説明書を参考にすると良いわ」

 

 と、人差し指を立てて中空に振るう。するとオレの目の前に、広辞苑ぐらいの分厚さを誇る本が現れた。

 

「ってか分厚っ!」

「それと覚えておいて欲しいのだけれど、義手の質量分を彼女の肉体具現に充てている訳だから、彼女を具現化している間は左腕を使えないわよ」

「……そういうのは先に言って下さい」

 

 何故か動き辛いなと思っていた左腕を無理矢理動かし、その分厚い説明書を受け取ろうとしたら力が入らなくて落としてしまった。

 

「ごめんごめん」

 

 謝る気の無いような天さんの謝罪言葉を聞きながら、使い慣れない右手でその説明書を掴むように拾い上げる。

 

「さて……渡すものも渡したし、別にこのままあなた達を帰しても問題ないと思うのだけれど……何か質問は?」

「それじゃあ、その……」

 

 天さんに質問を許可されたので、個人的に一番気になることを訊いてみることにする。

 

「この状態の癒枝は、ずっとこのままなんでしょうか?」

「……何? もしかして、彼女を人間として呼び戻したいとでも?」

「いえ、そういうつもりは……。ただその、何となく、話が上手くいき過ぎてるような気がして。もしかしてこんな状況も、すぐに失ってしまうんじゃないかって……不安に思ってしまって」

「なるほど。なら安心して頂戴。その状態は、あなたがその左腕か指輪を失くすまで、もしくはあなた自身が死ぬまで持続されるわ」

「……やっぱり、話が上手すぎますよ……天さん、その、本当に失礼ですけど、何かオレ達を騙してません?」

「本当に失礼なことを言うのね。でも、私に言わせれば妥当な取引だと思うのだけれど? あなたの左腕一つで、私個人の実験も行え、その流れであなたの願いが偶然叶えられた、ただそれだけよ。むしろ私から言わせれば、あなたの方が損しているように感じるのだけれど?」

 

 ……んむぅ……そう言われれば……確かに……。……なんか、またこうして癒枝と話せる喜びで、腕を取られた時の痛みとか、この状態が天さんの実験だったって事とか、全部きれいさっぱり忘れてた。それじゃあもしかしてこの質問タイム、その差分を埋める為のものだったり……?

 

「あたしからも良いですか?」

「なにかしら?」

 

 と、今度は癒枝が天さんに質問をする。

 

「今のあたしのこの状態って、どうやって作ったんですか?」

「あら、それはどういう意味?」

「こうやって桐生の腕に寄生みたいなことしたり……いえ、そもそも、こんな状態になる前のあのあたしの状態についても、あたし自身詳しくわからない。だからもし、知っているなら教えて欲しい」

 

 こうなる前の癒枝の状態?

 

「……良いわ、教えてあげる。でもその前に、桐生君にもわかるように、あなたのあの状態についてから説明させてもらっても良いかしら?」

 

 オレの考えを読み取ったのか、天さんが癒枝に提案した。それに対し癒枝は、別に構わない、と言葉を返す。

 

「それじゃあ説明させてもらうわね。……桐生君、これであなたが損している分を差し引かせてもらうわね」

 

 ……やっぱり……こうして質問に答えてもらうことこそ、天さんが得している分を返すことになっていたのか……。

 

 そんなことを思いながら、天さんの言葉に頷きを返答にする。

 

「それじゃあ説明させてもらうけど……まずあなた達の世界には、ある一つのルールがあるの」

「ルール?」

 

 始まった天さんの説明に疑問を返したのは癒枝。

 自分のことだけに、わからないことを極力知っておきたいのだろう。

 

「そうよ。強い未練を抱きながら死んだ人間は、その後霊体となってその世界に留まり続けるの」

「それがつまり、こうなるまえのあたしってこと?」

「そういうことよ。だからあなたは桐生君に――」

「そこの説明いらないです」

「そう?」

 

 天さんの言葉を封じるように……と言うか封じるための癒枝の言葉。

 でも天さんはそのことで気分を害さず、むしろ、確かに恥ずかしいことなのかもね、と呟いて続ける。

 

「ともかく、そうして霊体となり、桐生君に取り憑いていたあなたを、私が作ったこの指輪に固定させたのよ」

「ちょっ、話をまとめにかからないで下さいっ。結局そのレイタイってのが何なのかわからないままなんですけど」

「あら、わからなかった? つまり霊体は、あなた達が言う幽霊と同じだってこと」

「幽霊……」

「そう。深い説明をしたらキリが無いから、とりあえずはそう覚えておいてもらって構わないわ」

「それを固定したって……どうやって?」

「それも説明したらキリが無いわ。と言うより、あなたが理解できるとも思えない。不思議な力で、と理解しておいてくれると、説明の手間が省けて助かるわ」

「……その指輪の力、ってこと……?」

「そうよ」

「それじゃあこの指輪が無くなったら、あたしはこうしていられないってこと?」

「さっきもそう言ったでしょ? それとさらに付け加えるなら、桐生君の左指以外にその指輪を嵌めても効果は無いわよ。あなたがそうして少ない質量とはいえ実態を保てるのは、その義手とセットだということも忘れずに」

「……わかりました。わからないことは多すぎますが、とりあえずわかったってことにしときます」

「そうしてもらえると助かるわ」

「その、天さん。一つ疑問に思うことがあるんですが」

 

 話を終えようとした天さんに、さっきの説明を聞いて疑問に思ったことを訊ねてみる。

 

「それじゃあ、新しい世界を想像だけで創る、ってのは世界のルールじゃあないんですか?」

「あら、良くわかったわね」

 

 天さんはそう答えると頬笑みを携え、言葉を継ぐ。

 

「確かにその通りよ。世界の想像は“世界のルール”というよりも“人に脳に備わった機能”だもの。ルールとはまた違うわ」

「どう違うか……は、さすがに説明してくれませんか」

「そうねぇ……到底理解できるとも思えないしね」

 

 天さんはそういうと可愛らしくウィンクし、さて、と呟いてオレと癒枝を見比べる。

 

「もう大丈夫かしら? あなた達を元の世界に返しても」

「……はい。オレは大丈夫です」

「あたしも大丈夫です」

 

 少し考えてからのオレの言葉に続くような癒枝の言葉。その返事を聞いた天さんは満足したのか、わかったわ、と頷く。

 

「それじゃああなた達を元の世界に戻すわ。戻す場所はそうねぇ……桐生君の部屋で大丈夫かしら?」

 

 疑問形ながらもオレの返事は期待していないのか、天さんは人差し指で中空を指差し、クルリ、と回転させる。

 途端、オレの足元が光りだした。

 

「それじゃあお二人さん。また機会があれば」

 

 天さんのそんな呟きとほぼ同時、オレの足元に穴が開いた。……って――

 

「――マジかあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーー……!!!」