「さて、と」

 

 皆で昼食を食べ終えてからしばらくして、シートの上で寝転がっていた癒枝が勢い良く立ち上がり、そのままの勢いで腰に手を当てて威張りくさるように言った。

 

「それじゃあ腹ごしらえも済んだし、小休止も済んだし、さっそく魔法使いを探しに行きましょうか!」

 

 ………ああ、ああぁぁぁ! そう言えばそんな目的で山登ってきたんだった! すっかり忘れてたなぁ……。……むぅ……何とかして行かなくて済む方法は無いものか……。

 さすがに、良い景色見て、おいしい昼飯食って、天気が良くて風が気持ち良い場所で寝転んだ後に、そんな誰から見ても不毛だと分かる行事になんて参加したくない。

 ほら、雪音さんだって苦笑い浮かべてんじゃん。アレ絶対イヤなんだよ、行くのが。

 

「それよりも癒枝女史」

 

 と、自分のリュックサックの中を漁りながら、今にも飛び出していきそうな癒枝に、部長が声をかけた。

 

「どうかしましたか? 部長」

「いや、時間はまだたっぷりあるんだ。何も急いで魔法使いを探しに行く必要もないんじゃないか?」

 

 おぉ! 部長が魔法使い捜索という不毛なものを止めようとしている! 昨日はカッコイイからって探す気満々だったのに! 

 でも今はそんなことどうでも良い! 何とかしてその不毛な行事を止めてくれるなら、そんなことはどうでも良いです! 頑張ってください! 部長!

 

「いえ! この山は広いですからね! 時間一杯使っても良いと思ってます!」

「そうは言うがな……じつは堀井、俺個人としてお前に頼みがあるんだ」

「何です? 魔法使いの捜索をやめろって言うなら無理ですよ?」

「いや、それは別に構わんさ。ただその前に一つ、俺のワガママに付き合ってくれないか?」

「……何ですか?」

「なに、そんなに難しいことじゃないさ。じつはコレを持ってきたから、皆で遊びたいなと思ってな」

 

 そう言うと部長は、漁っていたリュックの中からあるものを取り出す。……拳銃の形をしたソレを。

 

「水鉄砲……ですか?」

「そうだ」

 

 癒枝の疑問に答えながら、次々とリュックの中から水鉄砲を取り出して並べていく。

 最初に取り出したハンドガンタイプのものから、両手に持って構える、ウォーターガンとも呼ばれているマシンガンタイプ。さらにはスコープまでついた本格的なスナイパーライフルタイプまで選り取りみどりだ。……まぁ、ツッコみ所は多々あるが、とりあえず今は黙っておく。口出しして不毛な魔法使い捜索になるぐらいなら、まだ皆で水鉄砲を撃ち合っている方が楽しいに決まってるし。

 

「これを使って、二チームに別れて撃ち合おうってことさ。幸いにも今日は天気も良いし、風も冷たくはない。濡れてもすぐに乾くだろう。土が混じっているところがあるとは言え、基本的には野原なのもバッチリだ。小学生の時にここまで登った記憶が確かなら、給水場はちょうど二つ。そこを拠点としてバトル開始ってところかな」

 

 うおっ……! こうして聞いてるだけでもちょっとおもしろそうと感じるオレは部長に毒されているのかもしれない! でもやっぱりおもしろそう! 

 それは癒枝も同じなのか、立ち上がっていた腰を下ろし、しゃがみ込みながら色々なタイプの水鉄砲を手に取って眺め回している。そんなオレ達に、部長の言葉は続く。

 

「水として発射された弾丸は実弾と同じってことにする。つまり、右腕に当たれば右腕を使用禁止に。心臓や頭などの急所に当たれば戦闘不能にって訳さ。もちろん、皮膚じゃなくて着ている服にってことなのは忘れないでくれよ」

「それじゃあ、木の枝などで防ぐのは可能ですか?」

 

 もうこのゲームをする気満々なオレは、部長に質問を投げかけた。

 

「そうだな……ま、可能にしよう。道端に落ちている鉄の塊で防いだって設定だな」

「ってことは、直接自分の着ている服にさえ水が当たらなければ良いんですね?」

「そういうことだ。と言っても、あくまでその水は、水鉄砲の銃口から発せられた水限定だからな」

「薬莢を直接投げつけても大したダメージにならないから、ですか?」

「ま、そういうことだ。……で、どうだ癒枝? 俺からの頼みとして、聞き入れてくれないか?」

 

 オレからの一通りの質問に答えた部長は、改めて癒枝に向き直って訊ねた。それに対して癒枝は、手に取って撃つ真似をしていたハンドガンタイプの水鉄砲を慌てて置いて――

 

「ま、まぁ、部長の頼みなら仕方ないですね。それにこいつもやりたがってますし、あたしは、その、全然良いですよ。やってあげても」

 

 ――そんな風に言った。

 ……自分もやりたいくせに……素直じゃないなぁ……。ま、ツッコんでコレが出来なくなるのは御免なので黙ってるけど。

 

「それはありがたい、癒枝」

「ま、良いですよ。それぐらいなら。でも、終わったら魔法使い探しですからね」

「ああ。大丈夫さ」

 

 その部長の返事はまぁ、中学時代から付き合っているオレから言わせれば……次はどうやって誤魔化そうかなぁ、って考えてるソレそのものだった。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「それにしても癒枝ちゃん。どうしてあっさりと魔法使い捜索を打ち切ったんでしょう?」

 

 二つに分けたチーム、オレとペアになった雪音さんは、支給された水鉄砲に水を補充しながらそんなことを訊いてきた。

 

 どうしてこういうチーム分けになったかと言うと……まぁ、簡単に言うと部長の独断と偏見だ。

 現役運動部のオレと、元運動部の部長や元格闘技修練者の癒枝は、別チームにするのはバランス的に当然。んでまぁ、運動が不得手の雪音さんと組ませることで、丁度良いバランスになるだろう、とのこと。……ま、これもまた、部長が気を利かせてくれたんだろうなぁ……わかりやすすぎるけど。

 

「そりゃもちろん、癒枝もこうして遊びたかったからでしょう」

「でも、それだとおかしくないですか?」

 

 補充された水で撃てるよう、水の入ったボトルをセットしながら雪音さんの疑問に答えると、また疑問で返された。

 でも今度ばかりは疑問の意図が分からない。仕方なしに、疑問を疑問で返すことにする。

 

「何でですか? 魔法使い探しよりも楽しそうなことだと思ったから、こうして一緒に遊ぶことにしたんじゃないですか?」

「だから、そこがおかしいんですよ。だって、本当の本当に魔法使い探しが目的なら、こんな楽しそうなだけのこのイベントに心は傾かないと思うんですよ」

「む……確かに……」

 

 言われてみればその通りかも……。

 癒枝は特に、その、意地というか、そういう「一度自分で決めたこと」を続けたがるタイプだからなぁ……おかしいと言われればおかしい……か……。……いや、ちょっと待て――

 

「――もしかして、その前提自体が間違いなんじゃないでしょうか?」

「前提自体が間違い、ですか?」

 

 癒枝の考えに思い至ったオレは、いまだ答えのわかっていない雪音さんに、今の癒枝の考えを、あくまで推測ですけど、と前置きをして説明していく。

 

「実は癒枝自身、最初から魔法使い捜しなんてことを目的としてなかったんですよ」

「えっと……それじゃあどうして、こんな山登りなんてことを企画したんですか?」

「たぶん、皆と楽しく遊びたかったんですよ」

「……それで、山登りですか?」

「癒枝のことですからきっと、テレビか何かを見て、楽しそう、って思ったんですよ。でもあいつ、恥ずかしがりですからね。バカ正直に、山登りに行こう! って言う勇気が無かったんですよ。だから魔法使いの捜索、だなんて銘打って、皆の興味を惹こうとしたのかもしれません。……生憎とオレ達には逆効果でしたけど」

 

 もしかしたら皆に反対されるのを恐れてかもしれないけど……まぁ、アイツに限ってそれは無いだろう。

 

「でもどうして、桐生くんはそう思うんです?」

「そりゃ……まぁ、長年の付き合いと、こうして水鉄砲の撃ち合いをあっさりと引き受けた癒枝の様子を見て、ですかね。雪音さんも言った通り、癒枝は一度自分で決めたことは余程のことが無い限り曲げない頑固者です。それなのにあっさりと……確かにそれはおかしいです。でももし、癒枝の目的が“皆で魔法使いを捜すこと”じゃなくて、“皆で楽しいことをする”だったら、あっさりとこの水鉄砲の撃ち合いを引き受けた理由がわかりますからね」

 

 山の中で存在しない魔法使いを捜すよりも、水鉄砲を撃ち合った方が楽しいから。そんなことは誰でもわかる。

 こんなに空が近く、陽が暖かく、風が丁度良い、草原広がるこの場所でなら、そうして動き回るように遊んだ方が楽しいに決まってる。

 しかも皆で、だ。

 ……たぶん癒枝は、皆で何か一つのことをするのが楽しい、って思っている。そんな彼女が、山登りをした果てで、皆で出来る楽しいことを考えた結果が……魔法使いの捜索だなんて、非現実的なことだったんだ。……ま、そんなことに考え至れるのも、また彼女らしいともオレは思う。

 

 そんなオレの答えを聞いた雪音さんは、何処と無くやらしい笑み――ああ、ほらアレ。友達の恋愛ごとに首を突っ込んでくる女の子みたいな笑み――をオレに浮かべてきた。

 

「……なんだか桐生くん、癒枝ちゃんのことなら何でもお見通し、って感じですね」

「やめてくださいよ。ただ、小学校の時から続いている腐れ縁みたいなもんですからね。それだけ長いとイヤでもわかってしまうんですよ」

「あら、それでも高校の時は別々の学校を受験できたでしょう? それなのにどうして同じ高校を?」

「ほら……あれですよ。あいつって一人にすると危なっかしいですから」

「そうですか?」

「そうですよ。だって想像してみてください。もしオレがいなければ、癒枝にオレ達以外の友達が出来ていると思いますか?」

「それは……まぁ、出来ませんね……」

「でしょ? ほらあいつって、自分の心に正直と言うか、自分勝手じゃないですか。だからどうしても心配してしまうんですよ」

「ふ〜ん……でも心配してしまうってことは、それだけ癒枝ちゃんに気があるってことじゃないんですか?」

「違いますよ! 今のオレは、アイツに恋心なんて抱いてません!」

「今の? ってことは、昔はあったんですか?」

「昔の自分の心なんて覚えてません! 今は、今の自分の心で精一杯です!」

「今の自分の心? それってどういう意味ですか?」

 

 しまった……! オレと癒枝の関係を勘違いしている雪音さんの誤解を解こうと思ってたら、ついボロが出てしまった……! ……どうする? ここで言っちまうか?

「今のオレの心は、雪音さんで一杯です」

 なんて言っちまうか?! …………。……いやムリ! 改めて雪音さんの顔を見たらやたら緊張してしまってムリ! と言うか雪音さん! なんでそんな緊張の面持ちなんですかっ! そこまでオレの好きな人に興味がありますか! でも残念ながらあなたなんですけどねぇっ! でも言えませんけど! オレ根性無しですからっ! 

 ……はぁ……仕方ない――

 

「――はい雪音さん! この話はここまでです! そろそろ時間ですので、作戦を立てましょう!」

 

 キョトンとしている雪音さんと、いつの間にか止めていた手もそのままに放置して、さっさと話を進めることにした。

 

「えええぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜……良いから聞かせてくださいよぉ〜〜〜〜〜」

「そんな話はいつでも出来るでしょう?! 今はほら、魔法使い捜索を打ち切ってまで楽しもうとしている癒枝に報いないと! もしオレ達があっさりと負けて、楽しくないって思われたらまた魔法使い捜索だなんて言い出しかねませんよ!」

「…………。……はあぁ。わかりました。それじゃあ、この山登りが終わったら教えてくださいね」

「……それじゃあ雪音さん、オレなりに立てた作戦を……」

「どうして返事しないんですか?」

「良いですか、まずですね……」

「ちょっと、桐生く〜ん。良くないからわたしの話を聞いてくださ〜い」

 

 そんな雪音さんの言葉を無視し続け、オレは一方的に作戦を話し始めた。

 ……はあああああぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーー……こりゃ、嫌われちまったかなぁ……。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 木と茂みが多い平原。

 そこをオレは一人で、しゃがみ込むようにし、茂みの影に隠れるように歩いていた。

 

 時計の長針が十を指したとき、それぞれのチームの移動が許可される。

 勝利条件は相手チーム二人を戦闘不能にすること、その一点のみ。

 ここで言う戦闘不能とは、急所となる部分に水弾を当てること。別に相手の本拠地を奪う必要はない。

 だが……ここで重要なのは、オレ達の武器が水鉄砲で、水分の補給がオレ達に宛がわれた本拠地にしかないと言うこと。つまり相手の本拠地さえ奪えば、後は弾切れまで逃げ切れば相手を殺し放題と言うこと。

 

 そこで思いついたオレの作戦はこうだ。

 相手の本拠地を、オレ一人で奪いに行く。

 

 だからこんな、木と茂みの多い平原をこそこそと移動しているのだ。

 オレの予想では、こうしてオレが移動している間の部長と癒枝は、真正面からオレ達の本拠地目指して移動しているはず。しかも部長の性格上、神経質に移動していると見て間違いない。だからオレが、迅速かつバレないように部長達の拠点を抑え、本拠地に待機させている雪音さんに連絡。後は二人で歩調を合わせ、部長と癒枝を挟撃する。

 ……バッチリだ! 負ける気がしない!

 

 ふぅ……にしても、しゃがみながら歩くのって結構疲れるな……。これでも毎日部活で鍛えてんのに……ま、もし部長達と遭遇した時に戦えなかったから話にならないので、ちょっと休憩。

 ……本当に少ししか休憩できないけど。なんせ急がなかったら、雪音さん一人で部長と癒枝の二人と戦わないといけなくなるし。一応隠れさせてはいるから、部長達がオレ達の拠点に辿り着いてすぐに戦闘、ってことにはならないだろうけど。むしろオレ達の拠点に部長達が辿り着いた場合は、隠れたままの雪音さんからオレに連絡がきて、そのままその拠点に辿り着いた部長達を挟撃出来る。時間は多少かかるが、足の速さには自信あるし。

 

 ……さて、と……それじゃあ改めて、部長達の本拠地目指しますか。

 少し休憩しちまったし、挽回のためにも足を速めるか。

 落ち着けていた腰を再び、少しだけ浮かせ、レモンミントの香りの中を歩み始め――……。……――いや、ちょっと待て。どうしてレモンミントの匂いがする? ここは自然溢れる場所だぞ? まだ自然的な匂いならまだしも、コレは確実に人工的に作られた匂いだ。それがどうして……?

 

 ふと、脳裏を過ぎる映像。

 それは、こうして登山を開始する前、駅で皆が集まるのを待っていた時に、部長が手に持っていた小瓶。

 

 ……そうだ……この匂いは、その時にした匂いだ! それじゃあもしかして、この辺りに部長がいる?! オレの作戦が……読まれたってことか?! ……どうして……? ……いや、今はどうしてバレたのかを考える時じゃない。バレたという真実を受け入れ、ここから先、どう行動すればオレ達が勝てるかを考える時だ。