「さて着いたぞっ! 頂上だ!」

 

 先頭を歩いていた部長が立ち止まり、遥か先を見ながら声を上げる。

 

「やっと……着いたのね……!」

 

 力なく歩いていた癒枝も、もうゴールだと言うことで最後の力を振り絞り、部長の隣に並ぶために急いで坂を駆け上がる。

 

「ようやく……ですか……」

 

 自らの足元を見ながら、力ない歩みと呟きのまま、ゆっくりと坂を歩いて登る雪音さん。

 

「そうらしいですよ。ほら、頑張ってください」

 

 しんがりを任されたオレは、そんな二人を眺めながら、力なく歩く雪音さんに励ましの言葉を送る。

 

 そしてようやく、全員で登りきった。

 

 腕時計で確認した感じ、さっきのキレイな景色から約三十分、山に登り始めた時間からなら約一時間と十分ってところか。

 

 時計の確認を終えて上げた顔。そこに広がる景色は、先程のキレイな景色よりも少しだけ悪かった。だがそれでもキレイなことに変わりは無い。

 さっきの狭い道でも見た手すりのような木の柵。その向こうに広がる、陽で照らされた地の果てまで広がる空と、空の果てまで広がる大地。さっきあそこで見たものよりも、大地は緑で支配されているように見える。

 

 そうして見ている今オレ達が歩いているこの場所は、さっきのような狭い道ではない。

 ここだけ山の頂が平面になるように切断されたのではと思ってしまうほど広がる草原。その中にいくつかある、土で作られた歩道。点々と植えられている大樹や木々。おそらく車でも来れるようにコンクリートで舗装された道もあるのだろうが、少なくともこの辺一帯にはその道は見当たらない。と言うより、登っている間も見当たらなかった。

 ……小学生(ガキ)の頃に登った時は、確かに歩いた記憶があるんだけど……おそらく今回は別の道を歩いたのだろう。

 

「よし、それじゃあ昼はココで食うとするか」

 

 部長のその声に、幼い頃歩いた山道への邂逅を中断する。

 さっきまで見えていた木の柵が見えないこの場所。空の暑い陽射しを遮るために、大樹から生え揃っている葉々。その下にいるオレ達が立っている芝生は柔らかく、ビニールシート抜きで座っても大丈夫な気さえする。

 

「ここなら、足元に石も無い。陽射しも直接受けないから風も涼しい。昼飯を食うにはもってこいだろ」

 

 部長はそう言葉を続けながら、自分が背負っていたリュックサックを芝生の上に下ろす。ソレに倣う様にオレ達三人も、背負ってきた荷物を地面に降ろす。

 

 その荷物の中から、自分で持ってきたビニールシートを取り出すためにカバンを開け、手を突っ込んで手探りでソレを探す。

 その間に周囲を見回すと、駅前にいた老人達もその辺でビニールシートを広げ、昼食を食べていたり、お茶を飲みながら雑談していたりする。……平和だなぁ……。……と、あったあった。

 

「そう言えば皆は、地面にひくためのシートとか持ってきた?」

 

 一人用のために持ってきたビニールシートを引っ張り出しながら、皆に訊ねる。

 

「ん? そんなものが必要か?」

「持ってきてないわ」

「持ってきてないですね」

 

 ……黙って今取り出そうとしたビニールシートを仕舞い、おそらくこうなるであろうことを予測して用意しておいた、五人ぐらいが座っても余裕がある大きなビニールシートを取り出して広げることにした。

 

「おっ、さすが桐生。準備がいいな」

「いえまぁ、部長が持ってくるとは思ってませんでしたし」

「ま、あたしのためによくやったわね」

「よし癒枝、そんなに調子に乗るならお前は地面の上で食え」

「ありがとうございます、桐生くん」

「構いませんが雪音さん、出来れば靴は脱いで上がってくれるとうれしいです」

 

 などなど会話を繰り広げながら、それぞれオレの広げたシートの上に座っていく。

 んでまぁ、それぞれが弁当箱を取り出して蓋を開けていく……かと思いきや、何故かそこまでしたのはオレだけだった。

 

「ん? お昼ごはんを食べるんですよね?」

 

 思わず不安が口から出る。と、続いて皆の口から出た言葉は――

 

「普通だな」

「普通ね」

「普通ですね」

 

 

 ――そんな何とも言えないものだった。

 

「ちょ、普通って何ですかっ! 普通って」

「いや、普通だから普通だなぁ、と」

「何がです?!」

「中に入っているおかずとか、弁当箱とか、量とか」

「普通じゃダメなの?!」

「いえまぁ……構わないと言えば構わないんですけど……もっとこう、何か意外性的なものを……」

「どうして皆オレにそんなものを求めてるの?!」

 

 部長・癒枝・雪音さんから順に発せられる言葉にツッコミを返し、今朝以来見ることがなかった自分の弁当箱の中身を、改めて見てみる。

 学校のある日は親に作ってもらっているが、さすがに休みの――しかも自分が遊びに行くためだけなのに作ってもらうのも悪いので、自分で詰め込んだその中身。

 

 いつも通りの二段弁当、その上段に詰め込んだおかずは基本的にオレの好きなものばかり。

 ミニハンバーグにミニエビフラ、バランで仕切られた隣にあるのはコロッケと出汁巻きタマゴ、さらに弁当箱の仕切り板の隣には野菜分としてキャベツの千切りとキュウリにプチトマト。

 ……んん〜……確かに――

 

「――改めてみると……普通すぎる」

 

 出汁巻きタマゴと野菜分以外を冷凍食品で用意した簡単なものとは言え、確かにコレは三人の言う通り普通すぎる。しかも下段のご飯はノリ弁当という、これまたさらなる普通っぷり。

 

「だろ?」

「それじゃあ部長はどんな弁当を用意したんですか?」

 

 隣から聞こえてきた声に、いまだ部長自身が膝の上に置いたままの大きめの弁当箱を指差して訊ねる。すると部長は、その弁当箱をオレ達四人の中心にくるように持っていき、蓋を開けて自慢げに答えた。

 

「中華まん弁当だ」

「この内容でどうしてそう自慢げに答えれますか! あなたはっ!」

 

 思わず部長相手に激しくツッコンでしまった。

 

 開いた弁当箱の中、そこにはそれぞれが別の色をした、合成着色料を塗りたくったような異様色を放つ中華まんが四つ、ギュウギュウに詰め込まれていた。

 

「いやなに、俺の作れる料理がコレしかなくてな」

「にしてもこんなの持ってこないで下さいよ! 冷めたらおいしくないでしょう?!」

「大丈夫だ。作ったときは温かかった」

「知ってます! 今現在進行形で冷めてるのをどうするかという話ですよっ!」

「……っ!」

「いやそんな、しまった! みたいな顔しないで下さいよ」

「……くぅ……!」

「俺としたことが……! みたいな顔しても無理ですって」

「ふぅ……まぁいいじゃないか。弁当箱にもピッタリマッチしていることだし」

「いやいやいや、そういう問題じゃないですし、何よりサイズが合ってないせいでギュウギュウ詰めになってますし、しかもそれで形が少し変わってますよ」

「なぁに。味は保障するさっ」

「そんな心配してませんし、そんな爽やかに言われても誤魔化されません」

「安心しろって。じつはこの中に、激辛唐辛子まんが入っているってことは教えといてやるからさっ」

「いやいやいやいやいやいや! だから爽やかに言われても誤魔化されませんし、安心なんてまったく出来ないですし、何よりソレを引き当てた場合ってさっき言った味の保証がされてませんよね? と言うより、コレは一人で食べるつもりで作ってきたんじゃないんですね」

「いや、最初は一人で食べるつもりだったさ」

「一人ロシアンルーレット?!」

「のつもりだったんだが、さすがにそれじゃあ面白くないと思ってな……」

「だからってそんなものオレ達に回さないで下さいよ……」

「いやだって俺、そんなに中華まん好きじゃないし」

「じゃあどうして作ってきたんです?! と言うより、そんなに好きじゃないもののレシピをどうして憶えたんですか?!」

「……っ!」

「しまった! みたいな顔しても無駄ですって!」

「ま、アレだ。ここにまた白米だけの弁当箱がある。だから俺は、この中華マン一つを皆に上げる代わりに、おかずを少しずつ貰おうと思ったのさ」

「なんて他力本願!」

 

 オレがツッコんでいる間に部長は、自分のリュックサックから小さめのアルミで出来た弁当箱を取り出して蓋を開ける。確かにそこには部長の言う通り、白ご飯だけが詰め込まれていた。

 

「と言う訳で桐生、中華マンを一つ取ってもいいから、少しだけおかずを分けてくれ」

「いやまぁ……全然構いませんけど……」

 

 オレの弁当の中身を見て普通とツッコンできたのに……と思うものの、こういうところが部長っぽいというのも知っているので、大人しく全てのおかずを半分ずつそのご飯の上に乗っけてやる。

 

「そう言えば部長、これ、四つとも具が違うんですか?」

「ああ。さっき話した激辛唐辛子まんと、肉まんとピザまんと餡まんだな」

「餡まん引き当てたらおかずが少なくなるなぁ……と言うよりどうしてこんなロシアンルーレットなんて思いついたんですか?」

「ん? そりゃお前、楽しいに決まってるからだろ」

「それと、唐辛子以外のものを引き当てた時がカッコイイから、ですか?」

「なんだ、わかってるんじゃないか」

「ま、部長のことだからそうだろうなぁ……って思っただけですよ」

 

 ま、この状況と同じようなバラエティ番組が昨日やってたしな……多分ソレに影響されたんだろう。見てたオレはカッコイイだなんてまったく思えなかったけど。

 

 だがまぁとりあえず、体に悪そうな色合いはしているものの、激辛さえ引き当てなければ大丈夫だろう。すんごいテカテカとしたこの黄色いやつにするか。

 

「それで、雪音さんはどんなお弁当なんですか?」

 

 部長とは反対側のオレの隣、そこに座って大きなリュックサックの中身を漁り続けている雪音さんに視線を移して声をかける。

 

「わたしのはですねぇ……これです!」

 

 リュックサックの底に入れていたのか取り出すのに苦労したソレは、バスケットの形をしたお弁当箱……と言うより、少し小さめのバスケットそのもの……かな?

 

「いやいや雪音さん、これって言われても中が見えてませんし」

「イメージでわからないですか? イメージで」

「イメージで……まぁそうですねぇ……サンドウィッチか何か……パン系統の何かですか?」

「そんな……これまた普通すぎる回答」

 

 何だろう……雪音さん疲れてるのかな……いつもの彼女じゃない。……いやまぁ、これがこの人の素って可能性は大いにあるけど。なんせ部長の妹さんだし――

 

「――はぁ……まぁそれはともかく、それじゃあ結局何なんですか?」

「ん? 七枚切りの食パンをフルに使ったサンドウィッチですが」

「なんじゃいそりゃっ!」

「ちなみに具はカツタマゴハムのスクウェアコンボ」

「どこがどうで?! ……いやそこじゃない! ツッコムのはそこじゃないや! 確か雪音さん、失礼ですけどダイエットしてましたよね?!」

「え、うん。してますけど」

「それなのにそんな高カロリーで大丈夫なんですか?!」

「……えっと……まぁ、山登りで大量にカロリー消費しちゃいましたし……」

「……えええええぇぇぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜〜……」

 

 それじゃあいつまで経っても痩せないんじゃなかろうか……。

 

「ま、良いんじゃないの? ゆっきーはそんなに言うほど太ってないし」

「そ、そうですよねっ! それじゃあ兄さん! これ一つと中華マン、交換させていただきます!」

 

 いやちょっと待ってください雪音さん! 今の癒枝の発言は絶対にテキトウですよ! と言うより意志弱すぎますよあなたっ!

 

 部長もほら、そんな「良いのかそれで、お前は?」みたいな冷や汗流しながらの表情をしている暇があったら止めてくださいよ! 大人しくおかず交換に応じてる場合じゃないですよ! 

 …………。

 いやいやいや! そんな他人であるオレが言っても仕方ないですよ! そこは兄である部長が言ってくださいよ! 期待されても困りますしっ! お前なら出来るって顔されても無理ですから!

 

「そんじゃあま、最後はあたしのお弁当ね」

 

 オレと部長が視線の絡み合いで会話している間に話が進んでしまった。

 ……はぁ……まぁ仕方ないか……結局は雪音さん自身が決めたことだし……。手元にはとっくに光沢の強い赤い中華まんが渡っちゃってるし。

 

「見なさい! このあたしのお弁当を!」

「いやちょっと待てよ」

 

 一人で先々と話を進めようとする癒枝に待ったをかける。

 

「何よ? まだ中身見せてないでしょ? あ、それとも何? 中身の予想でもしたいの?」

「そうじゃねぇよ! どう考えてもその弁当箱の大きさはおかしいだろうと言いたいんだよ!」

 

 おせち料理とかでしか見ないほど大きなお重。横幅が広く、高さがあまりないそのお弁当箱(?)。ソレをあの小さなクマのリュックサックに詰め込んで持ってきたのなら、物理法則的にありえない。

 

「何言ってるのよ。ちゃんとこのリュックサックに入れて来たに決まってるでしょ?」

「いやだからそれがおかしいんだって! だってそのお重の横幅! どこからどう見てもそのリュックに入る大きさじゃねぇって!」

「入るわよ! 入ったから持って来れたんでしょ! ちょっとはその小さな脳ミソ使って考えなさいよ! この脳内ミジンコ! 蟻でも食って死ねっ!」

「食うか、んなもん! それじゃあ自称ミジンコ以上の頭脳の持ち主さんはどういう方法でこの弁当箱を持ってきたんだよっ!」

「こうやって縦にしてよ!」

「何という九十度! 弁当の中身傾くなんてレベルじゃねぇだろっ! それ!」

「良いのよ! 賢いあたしはちゃんとその辺も考慮して、最初から横向きでも大丈夫なようにお弁当の中身を入れてきたのよ!」

「それは賢いと違うわバカが! むしろ逆にバカだよっ! 逆にお前がミジンコだよっ!」

「違います〜! あたしは賢いです〜! だからこそのこの発想なんです〜!」

「確かに斬新な発想だけど! でも賢い奴は最初から小さめの弁当箱に詰め込んでくるし!」

「小さいやつじゃこれだけの量入らないでしょ! それぐらい考えろって言ってんのよアリクイ野郎!」

「だからんなもん食わないっつってるだろっ! 勝手に食った扱いにすんなよ! っつか入る入らないに限らずそんな大量にてめぇが食えないだろ!」

「ええ! 食えないわよ!」

「開き直んなよっ!」

「開き直りとかじゃないし! だってお父さんが用意してくれたんだもの! 量とか後先考えずに!」

「あの父親かっ! っつかそれなら無理に全部持ってこなくても良かっただろ!」

「それは無理! あの善意に満ちた顔を見てたら無理!」

「自分の親なのに?!」

「親だからこそでしょ! 皆で食べなさいって用意してくれたんだから!」

「じゃあ小さいのいくつかに分けて持って来いよ!」

「その発想は無かったわ!」

「この脳内ミジンコがあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーー!!」

 

 と、そこまで話し終えたタイミングで部長に、まぁその辺でいいじゃないか、と止めに入られた。

 

「とりえあずは癒枝、持ってきた方法はどうであれ、それは皆で食べるために持ってきたんだな?」

「ええ、そうですよ」

「それじゃあせっかくだし、皆で頂こうじゃないか。真ん中に置いてくれれば全員でつまむだろ」

 

 部長のその言葉どおり、癒枝は大人しくその大きな弁当箱の蓋を開けて真ん中に置いた。

 ちなみに上の段に入っていたのはおかずで、皆で食べやすいようにからあげや厚焼き玉子など、手掴みでも大丈夫なものばかり。下の段は俵型のおにぎりが一杯敷き詰められていた。

 

「んじゃ、オレのも皆で食べてください」

「おっ、良いのか?」

「良いも何も、癒枝のも食べさせてもらうんなら、オレ一人で食べるのは正直しんどいです」

 

 一人用の二段弁当の一つなのでそんなに量はないが、それでも皆で食べた方がおいしいだろう。だからオレは自分のおかずが入った弁当箱も、癒枝の弁当箱の隣に置いた。

 

「それじゃあ、わたしのサンドウィッチも皆さんでどうぞ」

 

 その後に続くように雪音さんも、自らのバスケットを真ん中に置いた。

 

「ま、結局は全員で、全員の弁当をつまむ結果になっちまったな」

「ですね」

 

 部長のコレは不本意ですけど、と危うく口から出かけた。

 

「それじゃあまぁ、昼飯を食べようじゃないか!」

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 ちなみに。部長が作ってきた中華マンのそれぞれの中身はと言うと――

「ぐっ……結局餡まん引き当てちまった……! 最初に食うんじゃなかった……!」

「ぐおおおおぉぉぉぉぉぉーーーーーーー…………辛い! 誰か! 俺に水分を持ってき……ぐぅ!」

「はぁ……肉まんですかぁ……。しかも冷めてて肉汁固まってますし。……おいしくないもの食べてカロリー増えるのって、何か納得いかないですねぇ……」

「ぐっ……! しまった! これピザまんじゃん! あたしチーズ味がするもの全部苦手なのにっ! ちょっ……誰か……! 交換して……! これはヤバい……! 色々な意味でヤバいから……!」

 

 ――全員が軽い重い問わずに怪我してしまいましたとさ。