それは、二学期も始まって一ヶ月経とうかという、そんな季節。

 昨日久しぶりに外に出て初めて感じたのが、少しだけ気温が下がって涼しくなってきたな、ってこと。その次に、セミの声もまったくと言っていいほど聞かなくなった、ってこと。

 それだけ。

 

 そんな九月下旬。こんな運動するのにピッタリな環境の中俺は、パソコンの中にゲームをインストールしていた。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 時間はすでに深夜……なのだろうか。

 十一時という時間は、俺にとってまだまだ深夜ではない。が、とりあえず世間一般での深夜。

 俺はパソコンのディスプレイをボーッと眺めていた。

 このインストール中のゲージの増え方……見ているだけで期待が膨らんでくる。

 

 親に無理矢理させられた一人暮らし……いや、住み込みの家政婦さんもいるから、実質二人暮しなのだが……ソレをさせられて得をしたと感じるときは、やっぱりこういうゲームをプレイするとき。しかも家族の目を気にせずに、だ。

 

 今インストールしているゲームは、よくあるRPGの行(くだり)から始まるRPG……だと思わせた別のゲーム。

 諸般の事情によりどういうゲームかは明かせないが……男性なら誰もが一度はしてみたいと思うであろうゲームベスト五に入るゲームだ。

 何故明かせないかだって? そんなの、明かしてしまえば俺が高校一年生という設定を変えないといけなくなるじゃないか(笑)

 なんて言うの、登場人物は全員十八歳以上です、って注意書きしないといけなくなるじゃん? だからだよ。

 

 と、インストールが完了したことを知らせる簡素な音が聞こえた。

 それじゃあさっそく……っと、とりあえずディスクは取り出しとかないとな。今度学校行ったときに返さないといけないし。

 さて……それじゃあさっそくプレイといきますか。

 

 期待しまくりで胸がドキドキしてる。

 なんせこのゲーム、発売前からそういうゲームの割に作りが良いって評判だったし。ホント、あの底辺高校に通ってて良かったって思える瞬間は、こういうゲームを貸してくれる東の存在だけだ。

 

 カチカチ、とゲームを始めるためのアイコンをダブルクリック。

 

 …………。…………?

 

 始まらない。

 もう一度、今度はちゃんとexeファイルかどうかを確認して、カチカチ、とアイコンをダブルクリック。

 やっぱり始まらない。

 

 んん〜……おとしたりしたやつじゃないから、ウイルスの類なんてないはずなんだけどなぁ……俺のパソコンのスペック不足? いやそれは無いか。親の金に物言わせた高スペックのパソコンだし。

 パソコンを組み立ててもらう時も「これだけのスペックなら、五年間は買い換えなくてもある程度のゲームは大丈夫ですよ」なんて言われたし。

 んん〜……どういうことだ?

 

 と、パソコンのディスプレイが真っ白になる。

 

 何かウィンドウが開いて、その中が真っ白なのではない。パソコンの画面自体が真っ白なのだ。

 ……これって噂にきく、ウイルス?

 

 なんて思った時、画面の中から閃光が溢れ出してくる!

 

 凄まじい光。

 目をつぶっても眩しいと分かってしまうほどの光。

 目を瞑っているのに目が痛い。……不意に、脳内にある物語が浮かぶ。

 

 ゲームをやっていると、中からそのゲームのヒロインが飛び出してくるという、突拍子も無いのにありきたりな、そんな物語。

 

 もしかして俺、それをリアルに体験してる?! 

 この光が収まって目を開けるとそこには、ゲームの中に登場する女の子が居座ってたりする?! 

 あのゲームをやってる時に疑問に思った、二次元のキャラが三次元に現れてどうなるんだ? って疑問も解決できる?!

 

 なんて脳内で一人興奮していると、次第に光が収まってきた。少しだけ白い感じは残っているが、目をつぶっても眩しいままというのは感じない。

 おそるおそる、目を開ける。

 パソコン自体は、先程の眩しさは何処へやら。真っ暗な画面になって存在していた。

 だが……ここからが本番。

 目をつぶっているときから感じていた、後ろの人の気配。画面が光るまでは無かった、その気配。

 そこにはどんな人が立っているのか……見てやろうじゃないか!

 

 バッ! と勢い良く後ろを振り向く。

 

 するとそこには、金色の髪に真紅の瞳をした、美しい男の人が立っていた。

 

 もちろんこんな人知り合いにいないし、最初からこの部屋にいたなんてオチも無い。何よりこんな美形の知り合いがいて忘れているわけが無い。

 ああそれより、どうして男の人かわかったかって? そりゃ服はちゃんと着ている。赤黒い胸甲冑に真紅の外套という、この世界にはそぐわない格好ですけどね。

 でもね、これだけ鋭い目つき、整った顔立ち、何より雰囲気がどう見ても男の人です。お疲れ様でした。……って。

 

「男かよっ!!!」

 

 思わず力いっぱい叫んでいた。

 だってそうだろ? 普通こういう状況だと女の人じゃん? 俺がやろうとしていたゲームだって女の登場人物のほうが圧倒的に多いじゃん? それなのに男って……そりゃ叫ぶよ。

 俺がいきなり叫んだことに一瞬だけビックリしたようだけど、すぐに立ち直り。

 

「ふむ……男じゃ不満だったか」

 

 なんて言ってきやがる。

 そりゃ不満に決まっている。

 でもそれを言葉には出来なかった。

 なんでかって? 

 まぁとりあえず、その説明をする前に聞いて欲しいことがある。俺はホモの趣味はないし、掘る掘られるの興味も無い。そういうのに需要があるのは理解しているが、俺自身はそういう趣味は無い。その辺を理解した上で聞いて欲しい。

 

 単刀直入に言うと、男は凄まじくカッコ良かった。

 肩に辛うじて届くぐらいの金髪、紅く鋭い瞳、整った眉に顔立ち、百九十ぐらいあるのではないかと思う長身。そのくせスラッとしていて、だけどもたくましく見える程度の肉付きはあって……もうね、男の俺から見ても見惚れてしまうほどカッコイイ。

 

 でもね! 何度も言うけど! 俺に男趣味は無いから! アッー! とか無いから! コイツが異常にカッコイイだけだから!!

 

「どうしたんだ? 頭を抱えて床にうずくまって」

 

 くっそ〜……二次元でカッコイイ奴が三次元の世界に来ても、やっぱりカッコイイままなのか……ってことに軽いショックを受けている。

 だってそうだろ? ここで逆転の発想だ。

 もし俺が、二次元の世界に行ったらどうなる?

 

 こんな冴えない、どこにでもいそうな中の下ぐらいの顔つきと緊張感の無い目つき、平均よりちょい下ぐらいの身長(今年四月に計った段階で百六十八しかなかった)、何のセットもしていないボサついた髪形、パソコンのやりすぎによる猫背。

 ほら、モテる要因なんてねええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーー!!!!

 

「雄樹さん、どうかしたんですか? 何やら大きな声が聞こえましたが」

 

 一人心の中でザッパーンと荒れた海面が広がる崖の上で叫んでいると、現実のドアの向こう側から女性の声。

 ここのもう一人の住人にして住み込みで働いてくれている家政婦、柏木彩香(かしわぎあやか)さん。

 その声でようやく冷静になれた。というか、脳内妄想から脱出できた。

 ってか何でか、微妙に頭が痛い。

 

「ああ、はいはい。今開けますね」

 

 なんて小さい声を出しながら扉を開けに向かう、男。

 

「ってお前が行くなよ!」

 

 急いで立ち上がり、男を追い抜くように扉へと向かう。

 そんで自分の部屋なのに、何も無いところで躓いてしまい、勢い余って扉へとタックルを食らわしてしまう。

 ……へっ……この程度のダメージ、どうってことねぇぜ。

 

「ゆ、雄樹さん、大丈夫ですか?! 今ドアを――」

「開けなくていいからっ!」

 

 っとあぶねぇあぶねぇ。危うく男の存在をどうにかして説明しないといけなくなるところだった。

 念のため扉を開けられないよう背中で押さえつけながら、足りない脳ミソを必死に総動員させて言い訳を考える。

 ……っと、そうだ。

 

「その……ちょっと、パソコンが壊れてしまってね。恥ずかしながら、少し発狂してしまったんだ」

「発狂……ですか?」

「そうそう。ちょっと騒ぎすぎたね、ごめんごめん」

「まぁ、それならいいんですけど……その、何をしていたか知りませんし、雇われている身分でこんなこと言うのも大変失礼なんですけど……あまりうるさくしないで下さいね。下まで音が響いてましたから」

 

 もしかして頭がいたいのはソレが原因か? 自分で気付かぬうちに地面に何ども頭を打ち付ける……う〜ん、我ながらありそうで困る。

 

「はっはっは……それは本当に悪かったねぇ。以後気をつけるよ」

「お願いしますね、雄樹さん。では私はこれで」

 

 足音が完全に遠ざかるのを待ってから、ようやく一息つける。……いやまぁ、息を止める必要は全く無かったんだけど。

 

 とりあえず、このプチ騒動の原因の男を見る。

 男は俺の真正面に立ち、高い身長のせいで俺を見下げるように見ている。……ったく、本当にカッコ良すぎる。

 

「とりあえず、この世界がどういうものか説明でもすれば良いのか?」

 

 なんて訊きながら立ち上がり、自分の椅子へと向かい、腰掛ける。

 

「……お前は、俺の存在に驚かないのか?」

「あ? この世界とは別の世界から来たんだろ? これでもオタクやってんだし、そういうの起きてくれないかなぁ……なんて考えてる中二病患者だし。……そりゃ、まったく驚いてないってのはウソになるけど。それともやっぱり、そういう特殊な格好をしている空き巣か何かなのか?」

 

 最もその可能性は皆無だが。

 もし空き巣なら、俺が大きな音を出した時点で何らかのアクションを起こしていただろう。

 

 それにまぁ、こういうときに疑ってばっかだったり、非現実的なことを何とか現実的なことにこじつけようとする主人公は、個人的に大ッ嫌いだ。そういうのにはなりたくない。

 信じることから人間関係は始まる、俺がゲームから学んだことの一つだ。