こうして三人とも、戦いに勝利した。

 地面に寝転がっていたセリアは立ち上がり、勇者の下へと歩み寄る。ミレイは教室を出たまま待機。スルトさんは残りの男のすぐ後ろ。……つまり、包囲をしている。

 だがその状態で勇者は――

「俺はこいつと一対一で決着をつけたい。だから、手を出さないで欲しい」

 ――そう言った。その言葉にセリアとミレイは少しだけ驚いたようだが、すぐに納得したような表情をした。スルトさんはまったく驚く気配も無く、俺達を手招きする。……確かに、そこが一番安全そうに見えるけど。……まぁ、向こうも向かっている間に手を出してくる、なんてことはないだろう。

 そう思いながらも、少しだけビクビクしながらスルトさんの元へと、男の前を通って向かう。セリアは普通に吹き抜けを飛び越すようにして行ったけど。

「さて……これで邪魔は入らないと思うが?」
「結構。では、互いに援軍無しの、正真正銘の一騎打ちだ」

 そう言って勇者は中剣をどこからともなく取り出し、構える。あの時獣を倒した時のような構えじゃない。フェンシングでも始めそうな、半身を後ろに下げた、そんな構え。

 男は少しだけ刃が湾曲した長剣を構える。……確かああいうの、ゲームで見たことがある。シャムシールだとか、三日月刀だとか、そういう名前だったはずだ。

「それで、あの男は何者なの?」

 セリアがスルトさんに疑問を投げかけた。俺だって気になって仕方が無い。

「あの男、というのは?」
「とぼけないで。スルト、勇者様とあの男が一騎打ちになる時、そうなるだろうな、って思ってたでしょ」
「だから私が、あの男の正体を知っていると……?」
「そ。ま、黙っておきたいなら教えてくれなくても良いんだけど」

 そう締めくくるセリアに、スルトさんは少しだけ考えた後口に出す。

 

「ま、黙っておく程のことでもないですしね。じつはあの人、“戦士の転生体”なんです」

 

 …………。

「「えっ?!」」

 俺とセリアの声が重なった。ミレイも驚きの表情をしている。

「それって仲間ってことじゃないの?」

 セリアがそう訊くのと、ギィン! と金属同士の激しい音が聞こえたのは同時だった。慌てて勇者達の方へと視線を向ける。勇者は片手で剣を握り、男は両手で剣を握っている。

 黒い長髪をなびかせながら、ありとあらゆる角度から攻撃を繰り出す男。その攻撃をかろうじて受け止め、流し続ける勇者。……あの勇者が、防戦一方になるなんて。

 正確な攻撃の軌道なんて見えやしない。それでも、素人判断でも勇者が攻めることが出来ていないと、わかってしまう。

 戦いの目をしている勇者でも攻撃できない。護るので手一杯になる。……これが、“戦士の転生体”としての、実力。

「……スゴイ」

 そう呟いているセリア。おそらく、本人ですら無意識に。

「それで結局、仲間じゃないんですか?」
「えっ……あ、そうでしたね。彼は仲間じゃないです」

 不意に話を戻されて驚くスルトさん。……やっぱり、見える人が見たらスゴイ攻防なんだろう。現に今も、視線は向こう側にある。

「彼は……私達と違い、魔王を殺そうとしています。……いえ、違いますね。“本来の私達が間違っていて、それを正しにきた”と言うのが正しいのかもしれないです」
「間違っていた? スルトさんと勇者が?」
「ええ。……時に雄樹君、どうして私達の世界では魔王が生まれてくるか、わかりますか?」
「えっ? どうして生まれてくるか、ですか?」

 考えてみる。まったくわからない。

「……わかりません」
「そりゃそうですよね。私だって、勇者さんに聞くまでわからなかったぐらいですから。……それじゃあ雄樹君、あなたの世界はどうすれば、全ての国が手と手を取り合って協力してくれると思いますか?」

 また考える。どうすれば……そりゃやっぱり。

「国のトップ同士が話し合えば……」
「それじゃあダメです」
「えっ?!」
「確かにそれでもいけるかもしれないですが……そんなものよりもっと、簡単な方法があります」

 簡単な方法……? いきなり世界の正し方の話なんてされても……。……いや待て、どうして世界に魔王が生まれてくるか、って話からこの話にいったんだ。しかも魔王は、勇者達と一緒で何度も転生してくる。それってつまり……。

「……この世界全ての脅威となる、共通悪の登場……?」
「そういうことです。そしてそれが、私達の世界にとっての、“魔王”と言う存在なんです。

魔王が登場し、各国が総力を挙げて討伐に向かいます。ですがそれは全て返り討ちにあい、しかも各国の魔物は凶暴化し、民間の手ではどうしようもなくなります。討伐に兵士を向かわせたため兵士の数も減少していき、人々は成す術なく絶望していきます。

そんな中現れる勇者と言う存在。全ての国の協力を得、勇者一行はは見事魔王を討伐。世界は平和に。

そして人々は、国同士が協力する素晴らしさを身をもって知り、これからは互いに協力し合おうと約束します。ですが何百年もすればその約束は破られ、人々はまた国同士の対立が始まります」
「そして生まれてくる、新たな魔王」

 スルトさんの言葉を引き継ぐ。

「ええ、そういうことです。そこからはそれらの繰り返し。何千年とそういう歴史を、私達の世界は繰り返しています。言わば魔王とは、世界内での分裂を一つにまとめるために世界が用意した、必要共通悪」

 きっと俺らの世界にもそういう必要共通悪が生まれれば、一丸となってその悪を倒そうとするだろう。その必要共通悪を、勇者達の世界では用意してもらっている。

「それでどうして、あの“戦士の転生体”は魔王を復活させて殺そうとしてるんですか?」
「……今の私達の世界が分裂しているからです」
「それだったら、新しい魔王が……」
「それが無理なんです。今の魔王を殺して世界に返還しないと、新しい魔王は生まれないみたいで……そう勇者さんが言ってました」
「なるほど……。つまりあの男は、世界が分裂したから必要共通悪の魔王を復活させ、それを世界の脅威としてまた国を一つにまとめよう、とそういうことですか?」
「いえ。魔王様の封印を解いた後はすぐに殺して、新しい魔王を世界からもらうそうです」
「えっ?! どうしてそんな回りくどいことを?」
「その……この前も話した通り、今回の魔王様は異常でして……」

 あっ! あの時何か大事なことを見落としている感覚ってのはコレのことだったんだ!

 今回の魔王――スルトさんが愛している魔王は、人々と魔物の共存を訴えていた。その姿にスルトさんは恋をしたんだ。だからもし、今封印されている魔王を復活させようとも……人々の殺戮や、世界征服なんてしてくれない。

 だからスルトさんはあいつ等の話を蹴ったんだ。復活させてもすぐに殺されるから。

 ……どうするか考えている、と言った勇者の言葉。もし勇者達が殺されるようならば、敵に寝返ったフリをし、魔王復活と同時に“男共を殺す”つもりだったのだろう。

 ま、今はそんな過ぎたことはどうでも良いか。スルトさんの言葉は続く。

「ともかくそういうことで、勇者さんはその世界の仕組み自体を疑問に思って、魔王様を自らの体と私の体、二つに封印して世界の仕組みに逆らっているんです」
「どうしてそこまで?」
「人間が犯した罪を世界に償わせていたら成長しない。人間が犯したのだから人間が償わないといけない。って言ってました。私自身はソレに乗っかる形で、魔王様を必要共通悪にしたくないのと愛しているのとで協力してるんです。もし魔王様を復活させて、必要共通悪として裁かれない環境になっているなら、いつでも勇者さんを殺すつもりですけど」
「最もその時は、私達も邪魔させてもらうけど」

 なんてセリアが話に割り込んでくる。そのセリアの言葉に、ミレイもコクコク頷いている。ま、この二人は勇者さえいれば良いみたいだし、勇者のことなら何でも協力するだろう。

 

 と、勇者が吹き飛ばされる映像が視界の端に映る。

 

 ドッ! と壁に思いっきり衝突する。だが怪我はないようで、すぐさま体勢を立て直す。

 すぐに追撃が……と思ったが、男は追撃しなかった。

「ふぅ……さすがに接近戦では勝てないか」
「それは、お前自身もわかっていたことだろ?」
「それはそうだが……自分の実力を試したくなるのは当然だろ?」
「ふ……なるほどな」
「だから次は、お前の実力を試させてやる」

 そう楽しそうに呟くと、勇者は剣を持っていないほうの左手を男に突き出す。

 そして勇者が口を開けると、何やら“音”が聴こえた。同時、上空から、男を狙って光の槍が一本降ってくる。

 男はソレを横に跳ぶようにして避ける。だが避けた先目掛け、勇者の眼前にいつの間にやら現れた数十にも及ぶ光の矢が飛来する!

「我望むは結界。その力、眼前に展開、全てを拒みたまえ!」

 数十の矢が、男に届く直前で霧散していく。だが次に、男の左右から挟みこむように二本の、脳天から突き刺すように一本の、合計三本の光の槍が飛んでくる。

 当然飛んできていない後ろに跳んで避ける。だが今度は、先程まで男が立っていた空間から光の槍が現れて襲い掛かる。

 後ろに跳んでいた男はコレを避けることは出来ない! だが男はまったく躊躇わず、跳んできた光の槍を左腕で払い除けた。左腕に魔術でも使っているのか……だがなんて法術の応酬だ。そう思わざるを得ない。

 それにしても一つ疑問が……どうして勇者は男と違い、何の呪文も無しに法術を使えているのか。もしかしてあの勇者から発せられている“音”に関係があるのか?

「なあ、どうして勇者は呪文もなしに法術を発動しているんだ?」
「ああ、それはですね、勇者さんは言葉に魔力を乗せて精霊にお願いしているのではなくて、直接精霊の言葉でお願いしてるんです。その精霊の言葉、というのは普通の人に聴くことが出来ないので、あたかも勇者さんがノーリスクで法術を使っているように見えるんです」

 誰かが答えてくれる、そう思いながらてきとうに捨てた俺の言葉は、スルトさんが拾ってくれた。そしてその投げ返してくれた言葉に新たな疑問。

「精霊の言葉って、この“音”のことですか?」

 そう言われれば、ミレイが教室の中で歌っていた唄に近いかもしれない。あの唄を歌っていない状態で発しればこんな“音”になったのだろうか。その俺の言葉に、ミレイは驚きの表情を俺に向けた。

「なんだ、この“音”ってのは聴こえるのがそんなに珍しいのか?」

 そう訊ねると、首をコクコクと縦に振る。

「その……それって、どういう感じの音なんですか?」
「どういう感じと言われましても……なんとも説明しにくいですけど、耳鳴りの様な音を、大きくしたり小さくしたりしたようなもの、かな?」

 スルトさんの質問にそう答えるが……こんな説明では言葉が足りない。でも本当にどう説明したらいいのかわからないのだ。俺のボキャブラリーの貧相さは謝らざるを得ない。

「聴こえる人にはそう聴こえるもんなの、ミレイ」

 コクコク、コク?

 スルトさんの質問に、一・二度首を振った後、首をかしげる。たぶんミレイ本人は言葉として理解出来ているからだろう。

 自分も良くわからないけどたぶんそう、とでも言いたいのかもしれない。

 その返事を聞いたスルトさんは、勇者と同様に何かを考え出す。

「それで結局、どうして勇者がその……直接精霊の言葉を話すことが出来るんだ?」

 仕方が無いのでセリアに話を振る。

「どうして……って言われても、それが勇者様の魂の質だからだよ」
「魂の質?」

 そう言えば勇者もそんなことを言っていたような気がする。

 

「そ。あの男が“戦士の転生体”としての魂の質を備え、スルトが“神官の転生体”としての魂の質を備えているように、勇者様も“魔法使いの転生体”としての質を引き継いでいるのよ」

 

「……は? “魔法使いの転生体”?」
「うん。あれ? 聞いてないの?」
「ああ、初耳だ」
「ああ……そうなんだ。ま、そういうこと」

 なるほど……“魔法使いの転生体”か。だから、法術に絶対必要な精霊の言葉が喋れたり、理解出来たりしても不思議じゃない。ミレイの言葉がわかるのはそのおかげか……。

「って、それだと根本的におかしいだろ? だって勇者、剣術に関してもかなりの実力じゃないのか? それなのに“魔法使いの転生体”って……」
「ああ、そのこと。昔勇者様本人から聞いたんだけど、なんでも昔は騎士になりたかったんだって。だからあんなに剣術が上手なのよ。でもね、“魔法使いの転生体”だからか遺伝的からか知らないけど、腕力がそんなに無いの。それで長剣が握れないから、中剣で戦い続けてる、って訳。でもその剣術のおかげで『史上最強の魔法使い』とまで言われるぐらいの実力を、勇者様は誇ってるの」

 つまり勇者は、近接戦闘技術を努力で、遠距離戦闘技術を才能で鍛え上げている、ってことか。努力と才能の結晶体……それが、勇者。

「それにしてもあの“戦士の転生体”……法術合戦になっても一歩も引かない」

 そう言えばそうだ。“魔法使いの転生体”である勇者との法術戦を、防戦一方になっているとは言え戦っているのはスゴイ。

「どうして……“戦士の転生体”であるあの人が……」
「たぶんだけど」

 セリアの言葉に、不意に、今まで考え事をしていたスルトさんが声を上げる。

「彼も勇者さんと一緒なのかもしれない」
「一緒?」
「ええ。遠距離戦闘技術を努力で、近距離戦闘技術を才能で鍛え上げたのかもしれない」

 もしそうだとしたら……勇者と男は、何てそっくりで、何て相反した二人なのだろう。

 “戦士”として不足している遠距離戦闘技術――法術を努力で。だからああした結界も使えたのか。しかも努力で得た力だ。応用力もバッチリなのだろう。

 ……そう言えば……。

「なあなあミレイ、精霊の言葉で法術を使った場合、普通に法術を使う場合より何分の一ぐらい短くなるんだ?」

 そう訊くと、ミレイはピースサインをしてくれた。つまり、二分の一。

 あの男は半分の速度で放たれている法術に追いついてるのか……何て奴だ。

 ふと、勇者が法術をやめる。

「ふっ……やはり、法術だけだとお前には勝てないか」
「お褒めに預かり恐悦至極」
「それじゃあそろそろ……」
「ああ。準備運動は終わりだ」

 互いが互いに、何を言いたいのかわかっているかのような会話。

 そして構える二人。少しだけ楽しそうな顔をしている。

 ああ……そうか。互いに知っているんだ。

 

 敵が史上最強の転生体だということを。

 

 片や、遠距離戦闘のトップにして近距離戦闘のトップとギリ互角で戦える『史上最強の魔法使い』。

 片や、近距離戦闘のトップにして遠距離戦闘のトップとギリ互角で戦える“戦士の転生体”――いや、『史上最強の戦士』。

 おそらく勇者は、結界を破壊・解除していくうちに。

 おそらく戦士は、勇者のことを調べていくうちに。

 

 いやもしかしたら、もっと根本的な、本能というものでわかったのかもしれない。

 

 ……って、そう言えばどうしてスルトさんと勇者はあいつが“戦士の転生体”ってことをわかったんだ? ああでも、同じ勇者一行の魂だし、そういうのがわかるもんなのかも。正直訊いてみたかったが、今は一言も喋ることが出来ない。何故かって?

 あの二人の雰囲気に飲まれてしまっているからだ。

 二人は言った。準備運動は終わりだと。つまり、互いの得意な距離での力比べは終わりだと。

 自分の努力の成果を、才能あるもの相手に試したくなる気持ちはわかる。

 そしてそれは、互いにあった感情。

 だからあえて、最初は近距離戦闘をして勇者の努力の成果を、次は遠距離戦闘をして戦士の努力の成果を、それぞれ知り・教えてあげたのだ。

 

 でもここからは……本当の戦い。

 互いに得意な距離で戦い続けようと足掻き、敵を殺すことだけを考えた、殺し合い。

 

 だからこの雰囲気は凄まじい。あっさりと飲み込まれ、体が震えてしまう。本能が怖いと訴えてしまう。……真の戦いとは、ここまで周囲を飲み込むものなんだな……。

 そう考え出した頃ついに、黒い髪をなびかせながら、戦士の身体が、爆ぜた。

 凄まじい攻防……素人の目に映るその戦いは、そうとしか表現できなかった。

 

 勇者が“音”を発し、光の槍や矢・衝撃波などで戦士を足止めする。だが戦士も隙を見て法術を放ち、勇者に隙を作る。

 そしてその隙を突いて、一息に勇者との距離を詰める。ありとあらゆる角度、移動しながらの攻撃、それらを全て捌く勇者。

 そして捌きながら発せられる“音”。詰め寄ったのと同じように一息で距離を開ける戦士。

 その距離を開けた戦士に追撃の法術。だがそれを読んでいたかのような戦士の法術。

 

 先程からそれらの繰り返し。だがその繰り返しがとても速くて……辛うじて見えるほどで……しかも、繰り出す法術、距離を詰めた際の攻撃、そのどれもが一つ前に見せたものとは違うもの。

 おそらく、全てが必殺の攻撃。

 その証拠に、互いに致命傷とまでは言わないまでも傷はついている。

 他の三人までもこの雰囲気に飲み込まれている。誰も、何も言葉を発しない。

 素人目でもアレなのだ。全てが見える彼女達にとったら、ソレは異常な戦いだったのかもしれない。

 何も、訊くことが出来ない……。

 

 そんな状況が何分続いただろう。分からなくなった頃不意に、場に変化が生じた。

 男が勇者の右腕を切り裂いた。勇者は咄嗟に、剣を左手に持ち替え、仕返しとばかりに男の左手首を切り裂く。

 そして追撃。男の左腿を突き刺した。

 苦悩に表情を歪めながらも、男は剣の柄で勇者の喉を潰しに掛かる。“音”を封じるために。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」
「ふぅ……ふぅ……ふぅ……」

 互いに距離を置き、荒い呼吸を繰り返しながら次の一手を考える。

 勇者は利き腕と、有利となる“音”を封じられた。完全に喉を潰されてないとは言え、あの傷では喋るだけで辛いだろう。

 対して男も、片腕と片足を奪われた。両手で持っていた剣の威力は下がり、また移動の速度も遅くなった。

 互いにとって有利になるところを二つずつ、奪われた。

「このままじゃ、勇者様がヤバイ」

 そうセリアが呟くのと、二人の攻防が再開したのは、ほぼ同時だった。

 先程よりも遅いが、相変わらず凄まじいことには変わりない。

「どうしてだ? セリア」

 勇者達の戦いに目を奪われながらも、セリアの言葉の真意を訊ねる。

「勇者様はあくまで“魔法使い”だからよ」
「……どう言う事だ?」
「今まではああして、法術と剣術両方を使ってすぐに死ななかった敵なんていなかった。だから、気が付かなかった……勇者様の、スタミナ不足を」
「っ……!」
「剣術か魔法術か、どちらかだけなら勇者さんのスタミナは持つでしょう。ですが今は、その両方を同時に使っています。長時間戦い続けるのは難しいでしいのでしょう」

 そうスルトさんが言葉を繋げる。

「でもそれだと、相手も一緒なんじゃ……?」
「お忘れですか? 雄樹君。相手が“戦士の転生体”だということを。……今は、戦闘による高揚感で自分のスタミナ不足は気になってないでしょう。ですがもし、その高揚感が断ち切られるか、高揚感では補えないほどスタミナを消費されたら……」

 そこから先は言葉にならないのか、スルトさんが黙る。

 そんな……あの勇者が、負ける? 確かに良く見れば、勇者の頬には大粒の汗が流れている。対して戦士は、息こそ切れているが、汗は流していない。

 なんて……スタミナの差。

 

「ダメ」

 そうセリアが呟くのと、勇者の膝がガクっと崩れるのは同時だった。

 

 一息で距離を詰めてきた戦士の攻撃を受け止めた直後だった。

 不意すぎる。突然すぎる。

 だがその絶好の機会を見逃す戦士ではない。

 

 “斬られた腕をも使った”上段からの袈裟斬り。今まで使わなかったのは、たぶんこの一度きりのタイミングを狙っていたから。

 その勇者の隙を突いた攻撃ゆえに、その男の攻撃にも隙は見える。

 でも……それでも、膝を折った勇者には、その隙は突けない。だからその攻撃を、防ぐしかない。

 でも……今まで隙を見せていなかった者の、隙を見せてでも放った攻撃を、剣の腹だけで防げるはずもない。

「崩剣」

 そんな声が聞こえた。

 盾となりし剣の上から、男は見事な袈裟斬りを放つ!

「がっ!」

 勇者もまさか“剣ごと自らの身体を斬ってくる”など想像していなかったのか、はたまた“剣を斬られたことへの衝撃”か、勇者はそんな音の様な声を発した。

 そして男の、追撃の突き。

 勇者の身体の中心を狙った、今度は隙なぞない、完璧な最高速度の突き。

 それを勇者は、使い物にならなくなった右手を突き出し、“刃を腕に埋め込むようにして”なんとか受け止める!

 だが次の瞬間、勇者の身体が後ろに吹き飛んだ。

 

 吹き抜けとは間逆の壁。そこに埋め込まれるように吹き飛んだ。……そちらの壁は、非常食やら水やらを入れるための、言わば倉庫の役割も果たしており、壁自体は厚くとも中は空洞だ。

 だが勇者はそこに、大穴を開けて吹き飛んでいった。その穴は、人三人が並んで入るのも余裕なぐらい大きい。

 その中にゆっくりと歩いて入っていく戦士。ここからじゃ中が見えないので、見える位置まで移動する。

「無様なものだな……勇者」

 中から反響した男の声が聞こえる。

「無様、か……。俺のスタミナが切れる前に、お前を倒せると思ったのだがな」
「残念だが無理だったな」
「まったくだ……」

 と、首に剣を突きつける戦士。

「それでは……魔王の力、頂くぞ」
「ああ……そうだな。……残念だよ、お前と共に旅が出来なくて」
「……世界はまだ“魔王と勇者の転生”を崩しても大丈夫なほど成長していない」
「成長、しようとしていないのだからな。当然だ」
「だからまだ、この輪を崩すわけにはいかない」
「無理にでも崩さないと、成長しないものだ、生物と言うのは。と言っても、負けた奴が何を言っても仕方の無いことなのだがな」
「……正直な話、お前の言っていること、やっていることも正しいのだと思う」
「そうか。俺も、お前の“魔王と勇者の転生”を貫こうとする姿勢は、転生体として当然のことだと思う」
「どちらが、狂っているのだろうな」
「転生体、として狂っているのは俺達だろう。だが、変わろうとしている人間を邪魔している、という観点から見れば、お前達が狂っている」
「つまり、どちらも正しい答えで、どちらも間違った答え」
「ずっと“戦士”の転生が遅れていると思っていたのだがな……そうして世界のシステムを貫こうとしているところを見ると、“戦士以外の全員が狂っていた”のだな」
「ああ。お前達“魔王”と“神官”と“魔法使い”の転生時期は異常に早い。故に、“魔王”は優しい性格に、“神官”は魔王に恋する者に」
「“魔法使い”は世界のシステムに逆らう者に、か」
「ああ、そういうことだ」

 それきり、無言。

 その無言は、『史上最強の魔法使い』に対する敬意のようでもあり、別れを哀しんでいるようにも感じられた。

 他の皆は動かない。勇者が死ぬまで、勇者との約束を守り続けるだろうから。

 それは俺も同じ。ここで飛び出して、もし勇者を助けようとも、勇者はソレを喜ばない。

 勇者は、そういう男だから。

 男は突き出していた腕をいったん引き、勢い良く勇者の首を貫こうとする。

 

 その瞬間、“音”が聴こえた。

 勇者の姿が、俺の視界から消える。

 何もない空間を貫く剣。

 俺の横に現れる、傷だらけの勇者。

 そしてそのまま再び、俺の視界から消える。

 男は、勇者が後ろから迫っていることに気付きはしたが、動かなかった。

 また“音”が聴こえた。勇者の左手にはいつの間にか、光で出来た剣が握られていた。

 そうして戦士の左胸を、後ろから突き刺した。

 

「がはっ……!」

 何が起きたのか理解するのに、時間がかかった。

 ただ勇者が大逆転をした、そのことしかわからなかった。

 男の体には完全な致命傷。心臓を貫かれたのだ。死なない方がおかしい。

 勇者が光の剣を消すと同時、剣士が仰向けになるよう倒れた。

「まさか……空間移動……か」
「その通りだ」

 ……そうか。俺の横に現れたのはそのせいか。そして男が動かなかったのは、正確には“動けなかった”から。

 空間移動に“音”は必要ない。勇者の首が貫かれそうになる直前に聴いた“音”は、敵の足を止めるための法術。

「この瞬間を狙っていた。お前が俺に、止めを刺しに来るこの瞬間を」
「ふっ……完全な負け、だな」
「何を言っている……空間移動は魔王の力だ。もし俺の体内に魔王が入っていなかったら、俺はあのまま負けていた」

 男の体が、足元から蒼い粒子になり、舞い上がっていく。それは別の世界の者が消えていく、証。

「ふっ……それこそ何を言っている。魔王の封印体がお前の中に入っていなければ、俺達が戦う理由なんてないだろう。俺達は元々、仲間なんだからな」

 笑みを浮かべながら、男はそう言葉を零す。すでに胸の下まで、消えている。

「仲間……か。本当、お前とは共に旅がしたかった」
「そう言うな。信念のすれ違いなんて、よくあることだ。それじゃあ俺は、人間が成長する姿でも見ておくか」
「ああ。俺達が向こうに帰ったら――」

 そこまでだった。戦士の姿が見えていたのは。

 体全てが蒼い粒子となり、消えてしまった。

 聞こえぬ言葉を言うつもりは無いのか、勇者は言葉を止めた。

 一体何を言うつもりだったのか……それは当たり前のことだけど、当然勇者本人にしかわからないことなのだろう。