「一撃、か……妙だな。力でも半減されていたのか?」
男の言葉に俺は息を呑む。と同時、脳裏に一昨日の映像。
右腕がとれ、気絶した勇者の姿。
本人は大丈夫と言ってたが、実は大丈夫じゃなかったのか……。だってそうでもないと、あの獣を一撃で倒せる勇者が、四方を囲まれた程度で殺されるわけが無い。
なら勇者が死んだのは、俺のせい……。
激しいショックが体中を駆け巡るが、それでも状況は進み続ける。
「さて……残りは半分だけか」
男はそう言ってチラッと、スルトさんの方を見る。だがすぐに視線を外し、声を大にして男は言った。
「お前たちに一つ言っておいてやる! 先程勇者が落ちる直前、お前たち全員の魔力の流れを閉じる結界を発動させてもらった! 魔力をなくした勇者がこの高さから落ちて無事かどうか……後は言わなくても、わかるだろ?」
そう男が言い終えるのと、起き上がったセリアが男に襲いかかろうとするのは同時だった。
完璧な不意打ち! 決まった!
そう内心ガッツポーズを決めたが、男とセリアの間に突然、誰かが割り込んでくる。
あの時セリアを蹴り落とした男。
そいつは割り込むと同時、セリアの腹に向かって蹴りをいれてセリアを吹き飛ばし、男との距離を開けさせる。
セリアは何とか両足を地面につけて威力を殺し、立ったまま荒い呼吸を繰り返す。蹴り落とされた時のダメージも合わさり、かなり辛そうだ。
「ふん、さっきも言っただろ? お前たち全員の魔力の流れを閉じさせてもらったとな。魔術も使えない戦士が何をしても無駄だ。魔術を使える素人の足元にも及ばない」
……だから、セリアの完璧な不意打ちが通じなかったのか。
その言葉にセリアは、無言で男を睨みつける。その目は……今まで俺と生活してきた目じゃない。今までの彼女からは想像できない程、鋭い、完全な戦士の……戦う者の目だ。
「さて、それじゃあ戦いの始まりだ。ちなみに、彼等が俺に協力してくれているのは、それぞれの敵を殺したいからだそうだ。もっとも一名だけ、俺の考えに賛同してくれた者もいるがな。……ああそうだ、安心しろ。俺は約束を破らない。あいつ等も消しておいてやろう」
パチンッ! と指を鳴らすと同時、勇者を投げ落とした獣達が、透けるようになって薄くなり、最後には消えてしまった。
「これで邪魔者はいなくなった。さあ……思う存分殺し合えっ!」
セリアが構える。眼前の敵を倒すために。
勇者を慕っていた彼女にとって、勇者が死んだという事実は、俺以上に認められないことだと思う。
だが彼女は、俺よりも強い。
だからその強さを奮って、早々に眼前の敵を倒し、俺の隣にいる男を倒し、勇者の下へと駆けつける。
そして本当に勇者が死んでいるのかどうか、確認する。
セリアも音は聞こえただろうが、落ちたのは自分が全幅の信頼を置いている勇者だ。辛うじて、いやもしかしたら、余裕で生きているかもしれない。
だから自分で、確認する。そうしないと、信じられないから。
「セルシリア姫」
「ミルダエルさん……そこを退いて頂きませんか?」
「それは無理な相談です。私はあなたを殺すために、あの人に協力しているのですから」
知り合い……か?
そう言えば隣の男が言っていた。
それぞれの敵を殺したいから協力している、と。
吹き抜けから飛び出してきたときの男の顔を思い出す。銀色の短い髪、柔和な瞳、おそらく日常では優しい雰囲気に包まれているであろうその男は、この世界の人間から見れば確実に美形に分類される顔立ちをしていた。
「そう。……でも残念です。あなたがいくら頑張ろうとも、あたしには勝てません」
「それはどうでしょう……。何故なら今のあなたは、魔術が使えない。そうなれば、ああして無様に投げ落とされた勇者さんですら、私の足元にも及ばなくなるでしょう」
セリアの目がさらに、鋭くなる。だが男……ミルダエルと呼ばれた男は言葉を続ける。
「ですが今の……いえ、訂正致します。万全のあなたにでも、私は勝つことが出来ます」
「あたしより強い……その世迷い言、イラっとする」
「ですがそれは事実です。私は、私の家を没落させたあなたさえ殺せれば、それで良いのです。逆恨み、と言われても仕方が無いかもしれません。ですが私は、あなたのことを好いていました。それに裏切られたのですから、これぐらい当然では無いですか?」
「……そういうところ、あたしがあなたのことを嫌いになった原因の一つ」
「私の世界を崩壊させたあなた。だから私は、“私のことを嫌いになったあなたを殺す”」
そう言うと、黒い影が駆け出す。間合いを一気に詰め、セリアの顔面を狙った拳を放つ。セリアはソレをあっさりと避け、仕返しとばかりに、身体を回転させながら落とし、そのままの勢いを乗せた足払いを放つ。
よしっ! あれで敵は体制を――崩さなかった。
間違いなく倒れるであろう威力を持ったその攻撃を受けてなお、男はビクともしなかった。
「残念ながらこの服、あなた方が着ている服と同類のものでしてね。魔力が込められていない攻撃を無力化するのです。つまりあなたは、私に一撃も与えることが出来ずに――」
足払いをされなかった右足を大きく振り上げ――
「――殺されるのです」
――踵落しを繰り出した!
すぐさま両膝両肘の力を使い、横に跳んでその攻撃を避ける。
避けられた攻撃が、コンクリートで出来た地面を抉る。
セリアはそのまま、何度か転がり、後ろに跳び、距離を開け、着地する。攻撃が通じない……だがそのことを知ったセリアの表情は、驚きではなく怒りに染められていた。
「……どうして、魔力を最大まで込めて攻撃してこないの?」
「簡単ですよ。最大まで込めてあなたに攻撃をしてしまうと、一撃で倒しかねませんので。極力ボロボロにしてから殺したいもので」
「……歪んでる。そういう精神的弱さ、それもあなたの嫌いなところの一つ」
「精神的な弱さ? 私のどこが弱いと?」
「そのもの。勇者に勝てない腹いせをあたしにしようとしているところとか。それだったら修行して、強くなって、勇者本人に勝てば良いのに、出来ないって決め付けて、程良いあたしで発散しようとしてる。そういうの、弱いものイジメって言うのよ。あ、あたしってば強いから、この場合は強いものイジメ、って言うのかな」
「…………」
ミルダエルの雰囲気は、先程とあまり変わらない。だが何か……何か、ドス黒いものが出てきているような気がする。
「ミルダエル……」
と不意に、隣に立っている男が何かを呟きだした。
「セルシリア・アウ・ミルフィリチィアの元婚約者にして、同国内の没落貴族。没落した理由は至って単純。婚約者であるセルシリアに愛想をつかされたから」
「……は?」
「セルシリアの父親は、娘であるセルシリアのことを溺愛していた。その娘が、綱のために用意していた貴族に満足できず、勇者に会いに行くという理由だけで国外へと逃亡。綱としての役目を果たせぬ貴族は用済みとされて没落し、今に至る。……果たしてあの娘、あいつがそういう運命を辿ってきたと知っているのか?」
「たぶん、知らないと思います。……セリア……セルシリアは、勇者のみを見て国を出たと言ってました。そして勇者と再会してからは、勇者のことを第一に考えて行動していたと話してました。……自分の国のことなんて、考えたことも無いと思います」
俺に問われた質問かどうかわからなかったが、とりあえず俺が思ったことを言っておく。
だが男は返事をする訳でもなく、それっきりまた黙ってしまう。……もしかしてこいつ、良い奴なのか? そんなことが脳内を一瞬だけ過ぎる。
そう言えば前に話した時、婚約者はいたけど勇者のことを追いかけて国を出てきたって話をした。
そしてその婚約者が、彼なのだろう。
セリアはおそらく、自分自身に恨みを持たれているとは思っていない。彼女の中での彼が自分を襲ってくる理由は「自分の婚約者を奪った勇者に復讐したいが敵わない。だから婚約者で腹いせを」ってなっていると思う。
もしこの男の言うことが真実なら、あのミルダエルがセリアを襲っている理由は「自分の家を没落させた原因はお前。だから殺す」という、セリアが思っているよりも単純な、ただの復讐劇。
一途に突き進んだ結果がコレ。
だから俺は、一途に突き進むセリアは悪くないと思うし、没落した原因に復讐しようとしているミルダエルとやらも悪く無いと思う。もしどちらかが悪だとするなら、残りの方も悪になってしまう。少なくとも俺はそう思う。
「そうですか……なら、すぐに決着をつけましょう」
ミルダエルはそう言うと、右腕を腹の辺りまで下げる。どうやら本気を出すらしい。そんなことをされたらセリアに勝ち目が……いやもしかして、セリアはコレを狙ったのか?
魔術を使えない者は戦士でない。魔術を使える戦士には勝てない。
だから“相手に達成感を与えないよう、完璧な勝利を与えないよう”負ける。
つまりそれは……死ぬ覚悟?!
俺がそのことに気付いた刹那、男の姿が消えた。と思えば、セリアの前に現れ、鳩尾を狙った正拳突きを放つ!
その拳を何とか、両手で受け止めるセリア。だが――
「魔力を込めた拳を素手で受け止めるのは感心しませんね」
――セリアは後ろに大きく飛ばされてしまった。おそらく、魔力を最大まで込めた正拳突き。だから普通に受け止めるだけでは吹き飛ばされたんだ。
そして今更ながら、さっき男が消えたのは、あまりの速さに視覚出来なかったのだと認識する。
吹き飛ばされたセリアの姿は、この角度からじゃ見えない。その見えない領域に、あのミルダエルという男は歩いて向かっていく。……確かに、俺一人が見ていたからといって何かが変わるわけではない。でも何故か……見ていないととてつもない不安にかられてしまう。
だからと言って立ち上がったり覗き込んだりすると……俺は殺される。
だから俺は、ただ見えない向こう側から聞こえる、殴られたり、蹴られたりする音を、聞いていることしか出来なかった。
さっきから教室の中から、机が錯乱するような音が聞こえる。少しだけ首を出し、覗き込むようにして見てみる。
教室の中はすでに廃墟と化していた……と表現してもいいぐらい、机も椅子も倒れまくっていた。まるで中に台風でも入り込んだかのような……。
その中に、ミレイを追いかけて教室を入っていった男と、机を盾にするようにして間合いを計っているミレイが対峙していた。
男……と言っても、セリアと対峙していた奴ぐらいには歳をとっていない。むしろ少年といっても差し支えないぐらい若い。薄紅色の髪を尻尾の様に結びつけた鋭い目つきの少年、一言で説明するとそんなものだ。だが身長はかなりの高さがあり、おそらくミレイと横に並んで歩こうものなら兄と間違えられる、それぐらいの高さはある。
「我求めるは槍。その力、眼前貫く力となれ!」
と、右手を前に突き出しながら少年が唱える。ミレイは盾にしていた机から急いで離れ、少年と距離をとる。ザスッ! そんな音が聞こえてきそうなぐらい、ミレイが盾にしていた机があっさりと光の槍に貫かれる。
と、机から離れたミレイを追いかけるように前に飛び出す男。速い! あっという間にミレイとの間合いを詰め、左足を軸にした回し蹴りを放つ!
だがその攻撃を読んでいたのか、ミレイは足元に転がっていた椅子を持ち上げて盾にする。ギィィン! とスゴイ音がした。鉄製の椅子の脚、そこを思いっきり蹴ったからだろう。
だが男は痛がらない。たぶん、足に魔術を使っているから。
ミレイは男の攻撃を防いですぐ、また間合いを広げるために離れる。
「我求めるは矢。風の中、空気の中、存在しうる物質用いて体現せよ!」
追撃するかのように少年は唱え、右手を思いっきり横薙ぎに振るう。すると眼前に数十の矢が現れ、ミレイ向かって飛来する。あれだけ広範囲に放たれたら避けきれない! そう俺は思ったが、ミレイは冷静に、倒れていた机を盾にしてその矢を全て防ぐ。
「我求めるは衝撃。空気固め衝撃となし、眼前の敵を打ち砕け!」
咄嗟に後ろに飛ぶミレイ。ゴハァ! そんな生易しい音ではなかったが、ミレイが盾にしていた机が砕け散った。いくつかの破片がミレイの体をかすめたが、大した怪我もしていない。
だが……盾となる机が一つ無くなった。
よくよく地面を見れば、机の残骸がいくつも散らばっている。セリアよりも器用に戦ってはいるが、それは机という障害物あってこそ。もしあれが無くなれば……ミレイは負ける。セリアのように。
「しぶといな……まだ逃げ続けるつもりか」
少年がミレイに言葉を投げかける。ミレイはただ、荒い呼吸を繰り返しながらも不敵な笑みを返す。あなたには負ける気がしない、そう言わんばかりの表情。
「そうか……まぁ、諦めたところで、結局壊すことに変わりは無いのだがな!」
叫び、右手を前に突き出して法術を唱えだす。そしてまた始まる、一方的な攻撃と一方的な防御。
……壊す? 少年の言葉に疑問を持つ。もしミレイのことを人間だと思っているなら中々出ない言葉だ。ということは奴……ミレイが人形だということを知っている?!
「なぁ……あいつは何者なんだ?」
無意識に訊ねていた。扉を挟んで隣に立っている男に。
「誰のことだ?」
「あの……教室の中に入っていったやつ」
スルトさんと対峙している男、そちらへと興味がいっていたようだが反応してくれた。
「戦闘用の人形で名前は無い。対勇者用に作られたあの子の実験体で、人形に人間と同じ意思を持つことが出来るかどうか、という実験の元に作られた成功例だ。現に俺は、あいつの主人でもないし、あいつにあの子を殺してくれとも命令していない。ああして自分の意思で、あの子を殺そうとしている」
「……どうして?」
「俺に話した理由は“対勇者用として作られておきながら、勇者に味方しているのが気に食わない。人形なのに、主人の意思を継いでいないあいつが許せない”とか言ってたな」
なるほど。つまりあの少年じみた男は、自分が人形であることに誇りを持ち、また自分の主人も尊敬に値する人間だと思っているってことか。
そして彼は、言うならばミレイのお兄さんみたいなものなのだろう。主人を尊敬している彼は“出来の悪い妹を怒りにきた”、そんな気持ちなのだと思う。
もっとも彼は、その妹が歩んできた辛い道を知らない。
知らないからこそ、許せない気持ちで一杯なのだろう。……にしてもやっぱり、こいつは良い奴なのかもしれない。勇者達にとっては敵であろうとも、完璧な悪ではないのかもしれない。
ギィィン! と金属同士がぶつかる鈍い音が聞こえた。教室内からそちらへと視線を移すと、今まで睨み合い、何やら会話をしていた、スルトさんと男の戦いが始まっていた。
ひし形をした細長い刃、そんな奇妙な形をした槍を巧みに操り、敵の槍撃を全て捌いているスルトさん。
そう、槍撃。
敵もまた槍を使っているのだ。こちらはゲーム等で見る、ごくごくシンプルな普通の槍だが。
突きを繰り出せば軌道をずらしながら体を逸らし、斬撃を繰り出せば受け止めて弾いている。もっともこうして俺が見えているのは一部だけだろう。実際には、俺がその攻防を認識した頃には、三・四撃の応酬が繰り広げられている。だって、音の数と、見えている攻防の数が合わない。
だが問題は、そこじゃ無い。
スルトさんがどうして、あの男の攻撃を受け・捌くことが出来ているのか……。だって男の方が、どこをどう考えても筋力がある。何より今、スルトさんはセリアやミレイと一緒で魔力の流れを封じられているはず。
男が魔術を使えない訳が無い。それなのに……何故?
「貴様……! 何故魔術を使っている?!」
「あら、自分の周囲の空間だけ結界の効果を及ばなくする、なんてことは朝飯前ですよ」
攻撃の手を休めずに出た男の疑問に、そう涼やかに答えるスルトさん。
だがその表情は何故か……戦うための鋭い目つきではなく、いつものにこやかな笑みでもなく、何やらかなりの、今まで一度も見たことが無い程の怒気を含んでいた。
「くっ……!」
男はそのことに少し動揺しながらも、攻撃の手は休めない。
と、男の横顔がチラッと見える。かなりの美形。……向こうの世界は美形しかいないのか。俺が会った人全員美形なんだけど……。まぁそれはともかく、キレの良いブルーの瞳には、焦りの色。額に巻いているバンダナからは、大量の汗。
それだけ必殺の攻撃をいくつも放っている証拠。
「神官……というのは厄介だな」
「えっ?」
また隣の男が勝手に喋りだす。……何か、ここまで積極的に喋りかけてくると、優しいとかそういう理由じゃなくて寂しいだけ、って可能性も出てくるんだが……。
「本来勇者一行というのは、前衛に『勇者』と『戦士』・中衛に『神官』・後衛に『魔法使い』と陣形が決まっている。前衛の『戦士』が切り込み、『勇者』が追撃、後衛の『魔法使い』が全てのフォロー、そして中衛の『神官』が前衛のフォローと後衛の護りに徹する。これが基本だ。つまつところ『神官』こそ、こと護りに関して右に出るものがいないということだ」
つまり今、ああして男の攻撃を全て捌けるのは当たり前、ということか。なんせ後ろに護る対象がいないのだから、自分のみを護っていれば良い。
……でもそれだと、勝てないのではないのか? 護ってばかりだと勝てない……それは当たり前のことだと思う。それともそれは素人判断なのか? 彼女には何か、勝つための秘策でもあるのか? ……わからない。
……わからないと言えばもう一つ。どうして彼女だけ魔術を行使しているのか。自分の周囲だけ結界の効果を及ばないようにする……そう簡単に言うが、それをどうして彼女は行える? どうしてセリアやミレイは行わない? むしろこの空間内全てに効果を及ぼせば良いのでは?
もしかしてこれも……勇者とミレイだけ行える特別なこと?
そう言えば……この隣に立っている男、後は残りの半分だけか、と言ってスルトさんの方をチラッと見ていた。これには何か理由が?
「どうしてスルトさんだけ、結界の効力が及ばずに魔術を使えるんだ?」
とりあえず、遠いところから聞いてみることにする。きっとこいつは、答えてくれる。
「彼女自身が言っていた。自分の周囲の空間だけ結界を及ばないようにしている。もっともそのせいで、彼女は今立っている空間から出るだけで魔術を行使できなくなるがな」
「どうしてそんな狭い範囲を?」
「それが彼女の限界だからだろう」
至極最もな意見。つまり指定した範囲の空間内のみ結界が及ばない。そしてその範囲は人一人がやっと、ということか。
「それならどうして、スルトさんにだけそんなことが出来るんだ?」
「……お前は何も聞かされていないのか?」
「何も……? いや、勇者とスルトさんの二人だけ特別だ、と聞いてるけど……」
「特別。はっ、なるほど特別か。彼女もアイツも、お前に教えたくなかったんだな。ま、確かに教えたくはないか。アレは畏怖の存在だからな」
今まで無表情で話していた男が突然、可笑しそうな表情になって言葉を続ける。
「お前は、魔王と聞いて何を思う?」
「……は?」
いきなり何を言い出すのか。話が変わっている。まあでも一応、考えて答えてみる。
「魔王……そうだな、世界征服をたくらむ諸悪の根源、ってところかな」
少なくともそういう先入観は持ってる。最近のゲームではそういうのを裏目に使ってきたりするけど……。
「そう、大体の人間がそういうイメージを持っている。だからお前に教えなかったんだ」
「……何が言いたい?」
答えはわかっている。でも……誰かの言葉で聞かないと、認められないんだ。きっと
「まだわからないのか? アイツと彼女の中には“封印された魔王”が入ってるんだよ」
ああ……やっぱり。さっきわかってしまった答えだ。わかった答えとは言え、やっぱり驚愕はしてしまう。
男は俺に構わずなおも言葉を続ける。可笑しそうに。
「魔王の封印体と言うのは、時空間法術の塊みたいなもんだ。その力を使っているから、アイツと彼女だけ“特別”なんだ。他の仲間が使えないような能力を使っていただろう?」
確かに。空間移動、この世界の知識、特殊な結界の侵入・破壊、そして今のスルトさんの能力、その全てが、魔王の力。
「魔王を封印する際、良い封印場所が見つからなかった。何処に封印しようとも誰かが見つけ、封印を解除してしまうかもしれない。だから自らの体内に封印することを思いついた。だが魔王の身体丸々一体を、一人の人間に収めるのは不可能。そんなことをすれば魂が死んでしまう。だから半分に裂き、二つの体に入れることを思いついた。だがそれでも完璧に封印できなかった……だから今も、魔王の力が溢れてきている。用はそれを制御して、法術のように使ってるってだけの話だ」
信じられない……信じられないが、“今はそうだと確信して話を進めるしかない”。間違いかどうかなんて、後でいくらでも勇者かスルトさんに聞けば良い。だが……。
「ならどうして……スルトさんはお前たちに協力しないんだ?」
「どういうことだ?」
「あそこで槍を操っている彼女は、魔王を復活させようと思っている人だ。それなのにどうしてお前達に協力しない? 協力の話を持ち込まない?」
さっきの話を聞いて、どうもこの部分が引っかかった。
スルトさんは勇者を殺してでも、魔王を復活させようとしていた。それほどまでに愛していた。
でも、彼等に協力しないなんて……おかしい。そこに矛盾性を感じてしまった。
「それならとっくに、あの男が話を切り出した。だがどうも、彼女が魔王を復活させようとする意図と、俺たちが魔王を復活させようとする意図が合致しかなかったようだ。だからああして彼女を殺して、無理矢理にでも魔王の半身を引き出そうとしている」
……一応、言っていることは正しい……のかもしれない。だがまさか……勇者とスルトさんの中に魔王が……。
「どうした? 幻滅したか?」
幻滅? そんなことはない。俺は彼等の親友だ。幻滅なんてするわけが無い。……いや、もし親友じゃなかったとしても、幻滅なんてしないだろう。
そもそも、魔王がどれほどの脅威なのか現実味が無さ過ぎる。そんなのゲームの中の存在としか思ったことが無いし、正直核爆弾の方が怖く感じる。
だからこそ、彼等当事者にしたら脅威なんだろうな、ってこともわかる。長年ゲームをやってると、そういうもんなんだな、と感情移入に近い感情がある。
だからこそ、“俺に話したら怖がられ、避けられるかもしれない”と思うのも納得がいく。
そう思って話せないのもわかる。
だから俺は、親友だと言ってくれた彼等を受け入れる。話さなかったのは何でだ?! と言ってキレたりもしない。彼等の不安は最もだから。俺も彼等の立場なら話せないから。
だから俺は――
「幻滅なんてしていない」
――と、彼の顔を見上げながら言った。それにそもそも、たったそれだけの理由で親友に幻滅するなんて……俺の嫌いなゲームキャラそのものじゃないか。
……ん? 何か……何か、引っかかる。話に矛盾点がある訳じゃない……と思う。でも何か……大事なことを聞き逃しているような気がする。
話を整理しよう。
スルトさんがああして魔術を使えるのは、体内に封印した魔王があるから。
今ああして敵の攻撃を防ぎ続けているのは、『神官』特有の戦い方。
守りに徹しないと殺されてしまうから……いやそもそも、そこがおかしい。スルトさんの位置なら、セリアがやられてしまったのも、ミレイが負けそうなのもわかっているはず。
時間をかければかけるほど、自分が不利になっていく。
それなのに、守りに徹する?
素人判断でもこれはおかしく感じる。切り札があるにしても……おかしいと感じてしまう。
じゃあどうしてか…………わざと時間をかけているから?
あえての時間稼ぎ?
二次元の世界ではそういう場合が多い。
ならやっぱり……そうなのか?
じゃあ何故時間を稼ぐ必要が……?
そうなるとわからない。
彼女にとって、彼女達にとって切り札となるものを待っているから、と考えるのが妥当なんだろうけど……その切り札って何だ?
俺が知り得る限りでは勇者しかいない。でも勇者は死んでしまった。だったらそのために時間を稼いでいるというのは…………いやまてよ……。
“本当に勇者は死んだのか”?
こういう場合は大抵生きていたりするものだ。
俺はあくまで“何かが潰れ、飛び散る音を聞いたに過ぎない”。
覗き込もうとしたらこの隣に立っている男が止めてきた。
今思えば不自然だ。
俺一人が下を覗き込んだぐらいで、勇者が生き返る訳でもないのに。
それにさっきから俺に話を振ってきたり、事情を話したりしてくれるのはどうしてだ?
俺の足止め? 何も出来ない俺の?
そんなことをするぐらいなら、落ちて死んだ勇者の魔王でも取り出せば……。
……そうか、わかった。
勇者にも魔王の力がある。スルトさんのように“ある一定の空間だけ結界の効果を及ばないようにすることも出来る”はずだ。
それなら、勇者だって生きているかもしれない。
いや、あいつのことだ。絶対に生きている。
俺が聞いた音は、勇者自身がフェイクのために鳴らしたか、もしくはこの隣の男が意図的に鳴らしたか、それはわからない。
でもどちらにせよこの男は“勇者が生きていることをわかっている”。
だから下に降りず、こうして俺の隣に立ち続けているんだ。
この男は、空間移動を行うには“空間の種刻印”が必要なこともおそらく知っている。
そしてこの状況、勇者が空間移動をするなら、確実に俺が持っている種刻印へと空間移動する。だから空間移動をして現れるであろう勇者を、今度こそ殺すために俺の近くに立っている。
……だからこうして、人質の価値も無いといっておきながら近くにいる……。
……だがどうする? これはあくまで希望的推論でしかないし、もしこの推論が当たっているとしたら、勇者はこちらに空間移動してくると同時に殺されてしまう。いやもしかしたら、俺がこの男の近くにいるから空間移動できずにいるのか?
……どちらにせよ、俺がこの男から離れる必要がある。
どうすればいい? どうすれば離れられる?
男の前を通らないと階段へと向かえない。立ち上がってすぐに駆け出しても、この男にすぐに追いつかれる。左側に走ったり教室の中に飛び込んでも、戦いの邪魔をしてしまうだけ。俺じゃあこいつを倒すなんて、夢物語。……八方塞がりにも程がある。
結局俺は、勇者達に助けてもらうしかないのか? 親友の俺が、親友の足を引っ張るのか? ……そんなのはイヤだ。俺が出来ることを探せ。不意を突いて逃げられる方法を探せっ!
……不意を突く、というのはすなわち、誰しもが予測できない行動をすることだと何かで言っていた。
……だったら……あるじゃないか。
問題はそれを実行出来る勇気が俺にあるかどうか……いや、勇気なんて関係ない。
それを“行わないといけない状況に自分を追い詰めれば良いんだ”。
もしこれを行って、俺の推論が外れていたらただのバカでしかない。……が、何もわからない今じゃ、その推論にすがるしかない。
少なくとも状況は傾く。良い方か悪い方かはわからないが……ともかく後は、それを実行に移すだけ。
考えはまとまった。
そして俺は、心の中で、自分の戦いを始める合図を鳴らした。