「勇者様?! 勇者様?!」

 ずっと呼びかけ続けているセリア。その声に反応出来ないところを見ると、じつは相当ヤバいんじゃないのか……? どこかでそう冷静に考えながらも、いますぐにでも目を開けてくれないと発狂しそうな程、俺の心の中は荒れていた。

「あの〜……どちら様ですか〜?」

 と、後ろから声。慌てて振り向くと、そこには恐る恐る扉を開けながら、覗き込むようにゆっくりと顔を出している彩香さん。鍵が開く音がしたのに誰も入ってこないのを不審に思ったのだろう。

「雄樹君? 一体どうし……ってその方は?! どうかされたんですか?!」

 右肩が消失している勇者。その姿を見た彩香さんはこちらへと駆け寄ってくる。……しまった。その気持ちが沸かなかったと言えばウソになる。でもこの時俺は同時に、良かったとも思った。何故なら、彩香さんの同意の下家に入れれば、勇者に魔力を使わせずに家に入ることが出来るから。

「彩香さん! 事情も、この人達の事も後で説明する! だから勇者を、この人を家に入れても良いですか?!」
「当たり前です! とりあえず応急処置ぐらいは出来るでしょうから、急いで家に入れてください! 私は布団と包帯の準備をしますので、私の部屋まで運んでください! そちらの方もお願いします」

 俺のお願いはあっさりと受理された。彩香さんは最後の言葉を、セリアへと視線を向けながら発して急いで家へと駆け戻る。その時扉がそのまま閉まらないよう、付け根に靴を差し込んで固定してくれるのも忘れずに。

 彩香さんの声の大きさで少しだけ冷静になれた。もしかしたら、慌てている俺とセリアを落ち着かせるために大きな声を発してくれたのかもしれない。

「それじゃあセリア、勇者を頼む。部屋は玄関から入ってすぐ右手側の部屋だ」
「……わかった。でも、その、あの人に見つかって良かったの?」

 当然の疑問。俺はそのセリアの言葉に、苦笑を携えながら言った。

「正直あんまり良くは無いのかも。でもま、あのまま彩香さんが来てくれなかったら、俺とセリアの二人は慌てふためく事しか出来なかった、ってだけの話だ」

 

 

 

 女性の部屋にしてはちょっと簡素な彩香さんの部屋。その中央に用意した布団に勇者、端にあるベッドには星辰を寝かせている。重症の勇者を布団で寝かせているのは、血がベッドに染み込んでは洗えないからだろうというセリアの判断から。……勇者第一のセリアにしては殊勝な判断だと思う。本人には言えないけど。

 ちなみに星辰を運んだのも勇者を運んだのもセリア。俺の貧弱な力じゃあ、星辰を何とか玄関前まで運ぶので一杯一杯だった。

 布団で眠っている勇者は、先程よりも呼吸が荒くなっており、額の汗も尋常な量ではない。セリアはその汗を拭き取りながら、視線を勇者の右肩へと向ける。つられて俺も同じところを見る。そこは先程までとは違い、包帯がグルグルと巻かれていた。

 彩香さんが巻いてくれたものだ。出血していないことを不審に思っていたみたいだけど、とりあえずガーゼを大量に当て、固定するかのようにグルグルと巻いていた。ちゃんとした治療なのかわからないけど……少なくとも彩香さん本人は納得していた。

「彩香さん、ちょっと……」

 と、部屋の外を軽く指差す。

「えっ? でも……」
「大丈夫です。セリア……彼女も、倒れている彼も、俺の親友です。何もしないと誓えます。だからどうか、お願いします」
「……わかりました」

 自分の部屋に知らない人だけを置いておくのが不安なのだろう。その気持ちはわかる。でも出来れば、今回は二人きりで話がしたい。別にセリアに聞かれたらマズいとかじゃないが……あんなに勇者のことを心配している彼女の前で、冷静に事情説明が出来る気がしなかった。だから渋々でも良いので、彩香さんを部屋から出すしかなかった。

 

 

 

 彩香さんと一緒に部屋を出た俺はすぐさま、全てを正直に話した。右腕を失くした男はパソコンから出てきた男で、勇者という名前だということ。勇者に付き添っている彼女は、勇者の仲間の一人でセリアという名前であるということ。他にも二人仲間がいて、そのうちの一人さえ帰ってこれば傷の治療は出来るということ。黙って部屋に住ませていたということ。彩香さんには理解できない不思議な力を使うということ。その力で学校に通っているということ。突然現れた化物に助けてもらったこと。勇者の右腕は、その時に俺を庇って失くしたということ。

 思い出せる限りの事情全てを話した。およそ理解できる内容だとは思えない。俺はオタクで、普段からこんなことが起きれば良いと思っていたから割とすんなり理解することが出来た。でも彼女は一般人で、そんなこと思ったことも無い人で……だからたぶん、理解することなんて出来ないと思っている。

 なのに彼女には、全ての事情を話した。純粋な罪悪感の部分も確かにある。

 でも、それだけじゃない。

 この会話は全て、時間稼ぎだ。スルトさん達が帰ってくるまでの。そうでもしないと救急車を呼ばれかねない。もし呼ばれてしまったら……勇者を治すことが出来なくなってしまう。病院では治せないことは、セリアに聞かなくてもわかる。あれはスルトさんにしか治療出来ない。だからこうして、時間を稼いでいる。

 スルトさん達がすぐに空間移動して来ないのはたぶん、人通りがまったく無くならないから。人に空間移動をする瞬間を見られてはいけない、なんて常識をスルトさんは当然持ち合わせている。だからこの家に向かいながら、人通りがゼロになるのを待っている。人通りが無くなる道を選んで歩いていない、と推測する理由として、単純かつ確実性のある方法をとるからだ。多少人通りがあろうとも、無くなればすぐに使えば良い。もし無くならなければ、最終的に家の塀に隠れて使えば良い。

「はあぁ……雄樹さん、そんなウソまでついてご友人を守ろうとする気持ちは素晴らしいです。でも今は、そんなことを言っている場合では無いでしょ? 人の命がかかっています。もし、本当にご友人を守りたいのなら、病院に搬送してもらうのがよろしいかと。事情が事情でしょうけど、死んでしまったら元も子もありません」

 彩香さんは気付いている。俺が時間稼ぎのために会話をしているということを。そしてその原因を勘違いしている。俺が時間稼ぎをしているのは、勇者の治療をスルトさんしか出来ないから。対して彩香さんは、病院など公的機関に電話をしたら、勇者達にとってマズい理由があると思っているから……だと思う。さっきの言葉はそういう意味だと思う。……ま、あんな特殊な髪の色をした、日本人離れした美しさを持つ二人だ。そう疑われても仕方が無いかもしれない。

「ええ。死んでしまったら元も子も無いです。ですから、救急車を呼ばれたら困るんです」
「それは矛盾しています、雄樹さん。あのままだと彼を見殺しにしてしまいますよ。大切なご友人なのでしょう?」
「はい。だからこそ、病院に連れて行かれたら助からないんです。先程話した残りの仲間、その内の一人があのぐらいの傷を治してくれます」
「まだそんな夢物語を仰りますか……」
「事実です! だからもう少し、もう少しだけ待ってくださいっ!」
「もう少し? もう少しとはどれ程ですか? その間に死んでしまってもよろしいのですか? 今は一刻も争う状況だと自覚してください!」
「自覚している! でも今は、ただ彼女が戻ってくるのを待つしか無いんです!」

 互いに語気が荒くなり、声も大きくなる。

「待つって――」

 先程までの大きな声で反論しようとした彩香さんの言葉が、止まる。どうしてか……そんなこと、考えるまでも無かった。

 俺の隣に突然、待ち人であるスルトさんとミレイが現れたのだから。

 気が付けば隣に立っていた……いや、最初からそこに立っていたかのような自然さだ。そのあまりの自然さに驚き、言葉を失ってしまったのだろう。でも今は、そのことを説明している場合じゃない。俺は一旦彩香さんとの会話を中断し、スルトさんへと視線を向ける。

「ちょっと雄樹君……どうして彼女と一緒にいるんですか?」
「スルトさん! お願いです、勇者の傷を治してください!」

 失礼だけど、スルトさんの言葉を無視して急いで用件を伝える。

「何です、突然。それに勇者さんの傷って――」
「今のこの状況も含めて事情は後で説明します! 今はとりあえず、勇者の右腕をっ!」

 俺のあまりに切羽詰った反応を見て悟ったのか、急いで彩香さんの部屋へと二人は入っていく。……さて、これで安心だ。後はそう、彩香さんの説得。

「ちょ、雄樹さん?! 今の人たちは? と言うより、どうやって家の中に?!」
「落ち着いてください、彩香さん」

 軽くパニくっている彩香さんを落ち着ける。勇者が助かる……その事実が存在出来た今、俺の心にはかなりの落ち着きが戻っていた。俺はそのまま先程とは打って変わって、落ち着いた口調で言葉を続ける。

「あの人たちは先程話した仲間の残り二人で、突然ここに現れたのは空間移動……あぁ、瞬間移動をしたからです」
「しゅんかんいどう? そんなこと出来る訳――」
「出来るんです、彼女には。でも、口で言って納得できる訳が無いのも事実です。だから、どうしても納得したいと言うのなら彩香さん、部屋に戻ってください」
「えっ?」
「中に入ってくれればわかると思います。俺が言っていることが、事実だと言うことが」

 

 

 

 部屋に戻ると、スルトさんはすでに勇者の治療を始めていた。彩香さんがせっかく巻いた包帯を解き、失くした右肩に手を置き、目を閉じて集中している。その様をセリアとミレイは、勇者を挟んで向かいに座りじっと眺めている。その瞳に不安は微塵も無い。ただただ、彼女に任せておけば大丈夫だと語っているだけ。

「えっ……」

 彩香さんの驚きの声。……無理も無い。俺だって勇者の存在を信じていなければ信じられない。そんな光景が目の前で展開している。

 勇者の腕が、肩からだんだんと治っていく、そんな現実離れした光景。

 ソレを呆然と眺めていた彩香さんは突然、ストン、とその場にヘタれ込んでしまった。……そう、これが正しい反応。俺のようにすんなりと受け入れるのがおかしいんだ。

「大丈夫ですか? 彩香さん」

 俺がそう声をかける頃には、勇者の腕は中指の先までキレイに治っていた。

 荒かった呼吸も元に戻り、安らかな寝息をたてている。

「ふぅ……何とか終わりました。切断面の治療なんて久しぶりで……結界の解除に魔力を取られてなければ、眼を覚まさせることも出来たんですが……」

 額の汗を服の袖で拭いながら、独り言のように呟く。……そう言えば勇者だけなんだな。いつも通りの服装に戻ってたのは。他の三人は制服のままだ。

「さて……それじゃあ雄樹君、話してもらいましょうか。結界の中で何があったのか」

 座ったままこちらへと体を向け、いつもとは違う真剣な眼差しで俺の顔を見上げてくるスルトさん。……スルトさんも心配しているのだろう。勇者に何があったのか。

「わかりました。……彩香さんはどうされますか?」

 スルトさんへと返事をしながら、隣でヘタれ込んだままの彩香さんに声をかける。

「ちょっと、自分の中で色々整理してきます。整理し終えたら戻りますので……失礼します」

 ふらふらと立ち上がり、部屋を出て行こうとする。

「あ、救急車は――」
「呼びませんよ。もう治療してもらう程、大怪我している人はいらっしゃいませんから」

 俺の言葉を遮り、そのまま危なっかしい歩き方で彩香さんは出て行った。……大丈夫だろうか……? そう思いはしたが、俺はそのまま三人へと向きなり、その場に座り込んで深呼吸して気持ちを落ち着ける。……あの光景を、落ち着いて語るために。

「それじゃあ話すよ。勇者と別れてから、何があったか」

 

 

 

 そうして全てを話した。時間にしてそれ程長くは無かったと思う。セリアに影響され、実家に向かおうとしたこと。非現実な獣に襲われたこと。勇者が助けてくれたこと。実際話すことといったらこんなもんだ。結界やら空間移動やらは、事前にスルトさん達と打ち合わせていただろうから省いた。どうもソレは正解だったようで、特にツッコミも無かった。

「なるほど……と言うことは、勇者さんのこの傷は雄樹さんを庇って出来たと」
「はい、そうです。その……俺が未熟なばっかりに、すいませんでした」

 スルトさんの言葉に俺は大人しく頭を下げた。だって仕方ないだろ? 俺がちゃんと力を持っていれば、勇者に怪我をさせることなく、星辰共々逃げることが出来たんだから。

 なのにスルトさんは首を振り、言葉を続ける。

「それは違います、雄樹君。あなたの話を聞く限り、今回あなたを襲ったのは私達の世界の存在。それに巻き込んでしまった私達の不備です。だから私達こそが、雄樹君とあの人に頭を下げなければいけません。本当に、申し訳御座いませんでした」
「い、いえ、結構です。そんな、頭を上げてください。それよりもほら、スルトさん達はどうして結界の場所に?」

 頭を下げるスルトさんを見るのが心痛いので、すぐさま次の話に移る。俺のその意図を汲み取ってくれたのか、スルトさんはすぐさま頭を上げて話してくれる。

「私達の方も簡単です。あの後、勇者さん一人で三十人あまりを相手にし、終わって帰ろうとしたら結界の反応があったので駆けつけただけです。もっとも、結界の中に雄樹君の反応が無ければ、もう少しゆっくりと結界の解除を行っていたでしょうけど」
「その、すいません」
「別に責めてる訳では無いんです。ただまぁ、雄樹君の“次元の種刻印”の反応があったから、勇者さんは結界の破壊をすることを提案し、無理矢理結界の中に入ったんです。そのことを、知ってもらいたかったんです」

 そう言えばそうだ。勇者は別に結界の解除が出来ないと言っていた訳ではない。ただ時間がかかると言っていただけ。俺のこの“次元の種刻印”の反応が結界の中であり、中で何があるかわからないから、時間のかからない破壊と言う選択肢を選んでくれた。それを教えてもらえたおかげで少しだけ、うれしくなった。勇者のその気遣いが。

 結界ってどういうこと? とセリアがミレイに訊ねている姿を見て、ふと一つの疑問。

「そう言えば、結局あの結界を仕掛けた目的は何なんだ……?」

 そうだ。結局そこがわからないまま。何の為に、どうして結界を張った? いや、結界を張れる時点で勇者達の世界の人たちだと言うのはわかるのだが……目的がわからない。

「そのことについてですが、推測はもう出来ています。それでもよろしければ」

 と、俺の独り言の様な言葉にスルトさんが返事をしてくれる。

「推測ですか? それでも全然良いです。お願いします」
「はい。まず結論から申し上げますと、あの結界は実験のためのものだと思います」
「実験? 結界のですか?」
「違います。……その、雄樹君には大変申し上げにくいのですが……たぶん、人を獣に変える実験だと……」
「……は?」

 思考が一瞬、停止した。

「雄樹君を襲った獣……話を聞く限り、うずくまった男性が姿を変えさせられたのだと思います。あの獣への変貌を確認したかったのか、獣の力を見たかったのか、それともその両方なのか……それはわかりませんが、この世界で公になるのが迷惑だから、ああして結界を張ったのだと思われます。あの結界は人を素通りさせるものですから……その、雄樹君、大丈夫ですか?」
「えっ? ああ、大丈夫です」

 話しは聞いていたし、理解も出来ていた。しかしどこかボーっとしていたみたいだ。

「と言うことは、獣に変化させた人と結界を張った人は同一人物?」

 ボーっとした頭で辛うじて返事をする。

「もしくは、手を組んでいると考えるのが妥当かと……さすがに誰かはわかりませんが」

 スルトさんの言葉を聞きながらも、あの時のことが脳内で蘇る。

 初めて獣を見た時の、人の様な雰囲気を感じた時のことが。

 その雰囲気を感じたのは、勘違いではなかったということか……。何とも言えない気持ちが、浮かんでは消えていく。

「失礼します」

 ノックの後、後ろにあるドアが開かれ、液体の入ったカップ四つが乗ったお盆を持ち、彩香さんが戻ってくる。一旦地面にお盆を置き、ドアを閉め、それぞれのカップを皆に渡していく。……この香りは紅茶か……しかも甘めの。俺の好きな茶葉だ。

「それで彩香さん、結論は出ましたか?」

 皆が一口飲む姿を確認後、俺の隣に腰掛けた彩香さんに訊ねてみる。

「はい。一応の結論は出ました」
「言ってみて下さい」
「はい。雄樹さんの話、別の世界から来た云々の話はまだ信じきれていません。ですが、不思議な力を使う事、雄樹さんが信頼している事、そして何より、雄樹さんを守ってくれた事。これは動かない事実です。ですから私は、雄樹さんが信じているあなた方を信じます」

 そう語る彩香さんの表情は、どこか誇らしげだった。そのまま彼女は言葉を続ける。

「そしてこれからは、雄樹さんの部屋なんて狭い空間ではなく、この家全体の空間を使用してくれて構いません。食事も用意致しますのでご安心を。これは、身を挺して雄樹さんを助けてくれたお礼でもありますし、私自身がやりたいことでもあります。ですから気にしないで下さい」

 そう言葉を締めくくり、彩香さんは最後に、皆に向かって微笑んだ。

「ちょっと待って下さい」

 皆が喜ぶ前に言葉を止める。だってこのままじゃ……このままじゃ、ダメだから。

「親に言わずに彼らと生活させてくれる、その彩香さんの申し出はとてもうれしいです。でもそれじゃあ……俺は何もしていないままだ」

 こいつは何を言っているのか……皆がそんな目で見ている気がする。……構うもんか。

「今回の件、実質彩香さんの心を動かしたのは勇者の行動であって、俺が彩香さんの心を動かした訳じゃない。……勇者達には悪いが、俺は実家に話をつけたい。このままだと俺は、昔の俺のままだ」

 勇者達のおかげで、ノーリスクで一緒に住むことが出来るようになる。そのせっかくのチャンスを俺は、蹴ろうとしている。

「身勝手な言い分なのは分かっている。でも俺は、変わりたいんだ。弱いからと言って何もしなかった自分を、変えたいんだ……! だから、自己満足だとわかってるけど、今より悪い状況になる可能性も出てくるけど、それでも俺は、実家に行きたい! 親に勇者達を、認めさせたい! だから頼む! こんな頼りない俺だけど、俺の我侭に、自己満足に、付き合ってくれ!」

 頼み込むように声を荒げ、最後に頭を下げる。座った状態だったから、それは見事な土下座に見えただろう。

 …………無反応。皆がどんな表情をしているのか見えない。それが不安を掻き立てる。呆れているのか、怒っているのか……それがわからない不安。

 でも頭は上げない。絶対に。

「それでこそ、俺の親友だ」

 その突然の声に、せっかく上げないと誓った頭を上げてしまう。

 そこには、身体を起こした勇者が、誇らしげな表情で俺を見ていた。

「大丈夫ですか?! 勇者様?!」
(大丈夫? ユウシャ?)
「大丈夫なんですか? 勇者さん」
「そう心配するな。まだ立ち上がることは出来ないが、スルトのおかげで大丈夫だ」

 心配する三人の言葉にそう軽く答え、勇者は再び俺へと視線を向け言葉を続ける。

「セリアとミレイにどんなことを言われたのかは俺にはわからない。だがお前をそこまで駆り立てる“ナニカ”を言ったのは分かる。そしてお前の、その変わりたいと言う気持ちも分かる。だから行けば良い。なに、俺達のことは気にするな。変わりたいと必死に足掻いている親友の足を、親友が引っ張ってはダメだろ?」
「勇者……ありがとう」
「だから俺達は親友だろ? 礼なぞいらない」
「それでも、お礼は大切だ」

 そう勇者に言った後、隣に腰掛けた彩香さんへと首を向ける。

「そう言う訳で彩香さん、せっかく申し出てくれたんですけど、俺自身が親に、直接頼んでみます」
「……そうですか、わかりました」

 そう返事をする彩香さんの表情は、呆れている訳でも無く、怒っている訳でも無く、ただ何かを誇っているような、喜んでいるような……何と表現したら良いかわからないけれど、満足そうな微笑みを浮かべていた。