翌朝、勇者と一緒の登校。

 ……どうやって一緒に登校してるか? 

 そんなのは簡単じゃないか。

 俺が普通に家を出て登校。その後空間移動で俺の隣に勇者出現。

 ただその手順を踏んだだけ。

 そうすりゃ彩香さんに見つかる心配も無い。

 ただまぁ、俺が家を出るとき、勇者の服装はいつも通り紅一色だったのに、今はちゃんとうちの学校の制服(ブレザー)になっているのが気にはなったが……。

 

「で結局、昨日は帰ってこなかったと」

「ああ。まさかこの世界の人間に殺されるなんてことは無いと思うのだが……正直少しだけ心配でな」

 

 誰が帰ってこなかったのか……。

 俺のように察しの良い人なら気付いているだろうが、帰ってきていないのはスルトさん達三人だ。

 

「この世界の人たちなら殺されないって……スゴイ自信だな」

「自信とかじゃない。事実だ。魔術を扱えぬ者が魔術を扱える者に勝てる要素など無い」

 

 魔術……? 何も無い空間から炎を出したりとか、そんなのか? 

 でもそれって、拳銃とか持ち出されたら負ける気がするのは俺だけ……?

 

「それだったら大丈夫だろ。仲間なんだからもっと信用しろよ」

「信用はしている。だが心配なのは心配なのだ」

 

 “少し”どころじゃない程心配してるじゃないか……。

 表情には出てないが、これはかなり焦っていると思う。

 三日足らずの付き合いだけど、それぐらいわかる。

 

「だったら学校休んででも探せば良いんじゃ?」

「転校二日目から休みはダメだろ」

「いやでも、結界の効果を操作すればいいんじゃないの? 元々結界のおかげで、転校生として学校に来れてる訳だし」

「それはそうなのだが……うぅむ」

 

 一体何を悩む必要があるのか……。

 それに今の勇者じゃ、授業に出てもまったく頭に入らないだろうに。

 いやそもそも、勇者がウチの学校の勉強をする意味があるのかどうかさえ疑わしい。別にしなくても大丈夫そうなんだけど……。

 

「っ!」

 

 校門を通ると同時、勇者がいきなり立ち止まった。

 

「どうした勇者? 早く教室行こうぜ」

 

 こんな人通りが多いところで立ち止まるなよ……お前のカッコ良さで注目の的じゃないか。

 さっきまでは結界の効果が及んでいなかったので誰も話しかけてこなかったが、今はバッチリ校内。このままだとどこの少女コミックだと言わんばかりの人垣が出来てしまう。

 

「……はぁ。なるほどな」

 

 片手で額を押さえ、心底呆れた声を出した。

 

「どうした勇者?」

「いや何、セリア達の居場所がわかっただけだ」

「居場所がわかった? どこにいるんだ?」

 

 もしかしてここから見える場所か?

 そう思って周囲を見回したが、彼女達の姿は見当たらない。

 むしろ周囲に学年問わず女子が集まってきていて気まずい。

 

「この学校」

「いないみたいだけど」

「いや……いるんだよ。これが」

「どうしてそんなことがわかるんだ?」

「結界の効果が微妙に変わっている……。結界内に自ら侵入しないと気付けないほどの微妙さだけどな」

「変わっているって……どんなふうに」

「具体的な変化は後々わかるだろうが……そうだな、良い機会だ。結界がどのようなものか体験させてやろう」

「いや、別に結構」

 

 さっきから勇者のために集まった女子共が、勇者に話しかけるタイミングを待っている。

 俺がどんな人間か知られていないほど地味でブサイクなせいプラス、結構真剣に話しているこの雰囲気のせいで話に混じろうにも混じれず、俺達の話が終わるのをずっと待っているっぽい。

 そのプレッシャーがすんげぇ辛い。

 

「ちっ……早く話し終われよ」

 

 ヤッベエェ! 今の聞いた?! 

 何今の俺にギリギリ届くか届かないかの呟きアンド脅し! 

 なんか俺すんげぇ理不尽な理由で責められてません?! もうオーラでもプレッシャーでも何でもなくなってるって!!

 

 とまぁ、さっきからそんな状況なので早く脱出したい。

 なんか女子以外にも男子まで不機嫌な状態で増えてきてるし……って、そりゃ校門前にずっといたらそうなるわな。

 

 勇者は自分の周囲にいる、この携帯電話をいじりながらずっと勇者に話しかけるタイミングを待っている人たちの存在に気付いていないのか……?

 

「そう遠慮するな」

「いや、遠慮とかじゃないし」

「いいじゃないか。後学の為だと思って」

 

 もしかしてこれは……説明好きの血が疼いているのか! 勇者よ!! 

 ……仕方が無い。ここは俺が折れるとするか。

 この調子だとここで口論するよりも早く説明を聞いた方が早いかもしれんしな。

 

 それにこの人垣、勇者と一緒じゃなかったら抜け出せない。

 俺一人だと体を退かせながら移動しないといけないし……でもソレをすると、今度はドサグサに紛れて触ってきたと文句を言ってくるのが女。

 だったら、勇者と一緒に教室まで向かい、十戒気分を味わおうじゃないか。

 ……それまでこのプレッシャーの中心点か。……はぁ…………。

 

「わかった。だったら教えてくれ」

「仕方が無い。いいだろう」

 

 仕方が無いじゃないだろ……まったく、スルトさん達が何処にいるのかわかった途端これか。

 ……ま、これで良いんだろうけど。さっきまでとは違い、いつも通りの勇者だし。

 

「それではまず、学校の敷地から出てくれ」

 

 マジか……。

 まぁ、勇者が校門をくぐってすぐに立ち止まってくれているおかげで、後ろはガラ空きなんだけどさ。

 学校の敷地外じゃあ勇者を見ても「カッコイイ見たことも無い人」ってことになってるからな。

 

 とりあえず言われた通り敷地外に出てみる。

 

「そこで自分の席をメモってくれ」

「自分の席って……教室での?」

「当たり前ではないか。他にあるのか?」

 

 いや無いけど……。

 

 とりあえず、いつも胸ポケットに常備してあるボールペンと生徒手帳を取り出し、生徒手帳のメモ場所に自分の席を書く。

 

 えっと……廊下側の、前からも後ろからもど真ん中の席……と。

 

「書いたら敷地内に戻ってきてくれ」

 

 言われた通りおとなしく戻る。

 

 にしても周囲の女子達、何でこのタイミングで勇者に話しかけなかったんだ……? 

 確かに、話し終わった、って雰囲気は出してないけど。

 

「それで雄樹、そのメモを見ずに自分の席がどこか脳内で確認してくれ」

 

 確認してくれも何も……さっきメモったばかりじゃないか。

 “窓側から二列目の一番前の席”と。

 

「脳内で確認したか?」

「ああ。窓側から二列目の一番前の席だろ?」

「ちなみにさっきのメモ、何をメモしたのか覚えているか?」

「……勇者。バカにしてるのか? 自分の席に決まってる」

「その通りだ。それでは、それを踏まえた上でメモを見てくれ」

 

 見てみる。

 するとそこには“廊下側の、前からも後ろからもど真ん中の席”と書かれていた。

 

 ……アレ? おかしいな。俺の席は窓側から二列目の一番前の席のはずなのに……。

 

「それが結界だ」

 

 勇者の言葉を聞きながらも、試しに学校の敷地から出てみる。

 そこで俺の席を脳内で確認。

 

 ……廊下側の前からも後ろからもど真ん中の席……だよな。

 

 授業中いつも、少し首を右に向けて廊下を眺めていたもんな。

 

 また敷地内に戻って脳内確認。

 ……窓側から二列目の一番前の席……うん、それで間違いない。

 でもメモを見てみると、そこには“廊下側の、前からも後ろからもど真ん中の席”と書かれている。

 

 ……何か、変だ。

 このメモに書かれた席が俺の席だと理解は出来ている。

 でもこのメモは間違えている、と脳内が警鐘を鳴らしているのも事実。

 軽い矛盾気分。

 

「おかしな気分だろう? ここで事情を説明してもパッとしないだろうが、つまり雄樹が学校の敷地内にいるときは、自分の席はお前が脳内で浮かべている場所だということになり、敷地外に出ればメモした場所になるということだ。それはもう昔から……今メモに書かれている席に雄樹がなった時から“脳内で浮かべている席でずっと授業を受けていた”ということになっている」

 

 ……いや、うん。ホント何言ってるかわかんない。それで事情を説明したつもりか? と訊きたくなる。

 

 と、ここで予鈴のチャイム。

 その音を合図に、周囲に集まっていた女子は急いで教室へと駆け出す。

 その表情は「お前が話し終わらないから話せなかっただろ……」と軽い憎しみがこもっていた。

 

 いやいや、だったら俺が結界の話を聞いてる間に話しかけれただろうと。……まぁ互いに口にしないと意味が無いんだけど。

 

「む、予鈴か。少し話しが長くなってしまったな。急ぐぞ、雄樹」

 

 そんで勇者はその俺に向けられた軽い憎しみに気付いてくれないと。

 わかってましたけどね、うん。

 とりあえずはまぁ、俺も早く教室に向かうとするか。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 窓側から二列目の一番前の席。

 その自分の席に座りながら考える。

 

 今のこの状況はどういうことなんだ? と。

 

 俺の真後ろに勇者という時点で少しだけ違和感がした。

 たぶん、勇者に結界のことを説明されたからだと思う。

 でもそのことは別に重要じゃない。

 たとえ勇者の左右と後ろの席が不自然に空いていようとも。

 ……何か知らないけど、この教室にいると“不自然と思うことが不自然”だと思ってしまうから困る。

 

 でも……それでも、目の前の出来事は不自然だ。

 “不自然だと思うことが不自然”だと思うことが不自然……ってああ! 何が言いたいのかわからん! 

 でも、目の前に状況を説明して欲しいという気持ちは変わらん!

 

 ウチの学校の制服を身に纏い、転校生として自己紹介をしている勇者の付き人三人娘について。

 

 勇者の時と同様、またまた教室の空気が凍り付いている。

 理由は……説明するまでも無いか。勇者と一緒の理由だからな。

 あの三人が転校生と紹介されて教室に入ってきた時、慌てて勇者へと振り返ったら「そういうことだ」と表情で物語らせてくるだけ。

 

 今思えば勘付くべきだった……勇者が校門に入ると同時に彼女達の居場所を知ったこと。

 結界の説明をいきなりしだしたこと。

 勇者の左右後ろの席が空席なこと。

 この三つから簡単に推測することが出来たのに!

 

「セルシリア・アウ・ミルフィリチアです。ガイコクという国から来ました。よろしくお願いします」

 

 結界の効果で名前に違和感を覚えないだろうから大丈夫なんだろうけど……極力矛盾点を無くすために帰国子女ってことにしたのか。

 でもなセリア、この世にガイコクという国は無いんだよ。

 

(ミレイ。よろしく)

 

 喋れないからスケッチブックに名前を書いての自己紹介は良しとしよう。

 でもな、せめて文字は大きく! そんな米粒みたいな文字じゃあ最前列の人にしか見えないから! 学校に来ることが気乗りしないのがヒシヒシと伝わるその文字サイズはやめた方がいいから!

 

「スルト・ヴィルオールです。私(わたくし)も他の御二方と同じ帰国子女です。至らない点は多数御座いますが、何卒よろしくお願いします」

 

 そうしてお辞儀をするスルトさんは、そりゃもう絵になるほどキレイだった。

 

 流れるように垂れる緑色の長い髪、いつもの服より丈の短いスカートから覗く脚、その足を隠すように膝上まである白いニーソックス。

 三人の中では抜きん出た美しさだ。

 他の二人とは大違いな程完璧な自己紹介。少し堅すぎる気もするが、それがスルトさんの良いところだ。

 

 お辞儀をするスルトさんを見て、慌てて頭を下げるセリア。活発な雰囲気をしている彼女にピッタリな、橙色のツインテールが大きく揺れる。お辞儀と頭を下げるのとでは雅(みやび)さが違いすぎる。

 いつもの黒いフレアスカートの下に穿いてあるスパッツは今まで通り着用しているので、雰囲気どおり活発に動き回っても中を見られる心配はない。

 ……やっぱセリアも可愛いんだよなぁ。俺の好みがスルトさんなだけで、この教室にいる女子陣よりも断トツで可愛い。あの低めの身長がまた活発な彼女らしいというか何というか……ま、狙って低いわけじゃないんだろうけど。

 

 頭を下げる二人に挟まれる形になったミレイ。

 でも彼女の銀色の髪は下がらず、もみあげ部分の三つ編みも揺れず、ただ憮然とした表情のまま立ち尽くしている。……ま、そもそもそんなに乗り気じゃなさそうだし。

 にしても、制服の入手先も不明なら、彼女の低い身長に合った制服の入手先も不明だな。あの見たまんま子供な体格をしてる彼女。それなのに制服に違和感を感じないのは、やっぱその見た目不相応に落ち着いた雰囲気のせいか。

 

 それぞれの自己紹介を終えて頭を上げた彼女達は、まるで示し合わせていたかのように……いや現に示し合わせていたんだろうけど、勇者の周辺に空いている席へと向かい、先生に指示された訳でもなく勝手に座る。

 

 勇者の左手側がセリア。

 同じく右手側がミレイ。

 そして最後の後ろがスルトさんだ。

 ……んむぅ、東が羨ましい。スルトさんの左隣の席とは。

 まぁ本人は相変わらずまったく興味がないみたいだけど。

 

 その行動に先生は少しだけ面食らったようだけど、結局そのことには触れず、今日の連絡事項は特になし、と言って教室を出て行こうとする。

 ……さて、また勇者達と同じ騒動でも起きるかな?

 

 勇者は同姓から見てもカッコイイと思ってしまうほどの顔をしていた。

 正直彼女達三人もそれぐらいの質はあると思う。少なくともこの学校の人達じゃあ勝てない。

 でも……女って怖いからなぁ。

 自分より下、もしくは同等の人を可愛いと言い、自分じゃ足元にも及ばない可愛い人には陰湿なイジメをする生物だもんな。

 

 と、先生が教室から出て行く。……巻き込まれたくないし、席から離れるか。

 

 ガタッ!

 

 ……オイオイ。みんなの椅子を引く音が重なったよ……。

 これってかなりスゴイんじゃねぇのか?

 

 教室を眺め回すために後ろを軽く見てみると――

 

「ねぇミレイ。ホームルームが終わると同時に勇者様の腕に抱きつこうとするのはやめなさい」

(そんなことはセリアにかんけいない)

「あらあら。勇者さん争奪戦ですね」

 

 ――俺が予想していた騒動とは別の騒動が起きていた。

 

 勇者に抱きつこうとしているミレイ。

 そのミレイの頭を押さえつけ、何とか勇者に抱きつかせないようにしているセリア。

 そんな二人を、勇者の傍に立ち、微笑みながら眺めているスルトさん。

 

 ……ああ、この状況。家で一度見たことあるなぁ……。

 あの勇者が当惑しているところまでそのまんまだ。

 

 教室を軽く眺めてみると、彼女達に話しかけようと立ち上がっていた男子は全員硬直し、女子は女子で何やらヒソヒソと話をしている。

 

 おそらく男子の硬直は、あまりの衝撃で「アレだけの美人だから勇者と知り合いでも恋人でも愛人でもおかしくない。むしろお似合いだ」とか根拠が全く無いことでも思って自分を落ち着けようとしているのだろう。

 落ち着けたところで狙うことをやめはしないだろうに、こいつらは。

 

 女子のヒソヒソ話は……ま、やっぱりか、とでも言いたい。

 昨日全学年のアイドルになった勇者に、今日転校して来ていきなり抱きつこうした存在だ。

 そりゃそうするだろうな。

 ……もっとも、話の内容までは聞こえないのでイジメると決まった訳じゃないけど。

 

「関係ある。そもそもどうして抱きつこうとしたの?」

(ユウシャのせいふくすがたがカッコよすぎるから

「それには同意するけど、でも抱きつかなくていいじゃない」

(こうやってセリアとのかいわにもタイムラグがある)

(早くいいたかったからだきつこうとした)

「ミレイの声は勇者様には届くでしょ?! って、あ! バレたからっていきなり頭に力を込めないでくれる?!」

(それはムリなそうだん)

「絶対無理じゃない相談!」

(そんなことよりセリア、どうしてそこまでユウシャを庇うの?)

「そ、そんなこと、今はどうでも良いでしょ?!」

(よくない。なっとくのいくりゆうを)

(それしだいじゃあやめてあげる)

「わ、わかったわよ……」

 

 と、ミレイを押さえつけていた手を退け、胸に手を当てて深呼吸をする。

 だがその隙を衝いて勇者の腕に抱きつくミレイ!

 

「あっ! このチビっ子! 謀ったわね!」

 

 無言で勇者の腕を絡めるように抱きつき、二の腕に顔をスリつけるミレイ。

 その頭を思いっきり握るセリア。俗に言うアイアンクローを極(き)める。

 それでも、ミレイの顔スリスリを止めることが出来ただけで腕を解くことは出来ないようだ。

 

「くっ……! いいから、早くあたしの勇者様から離れなさい!」

(あたしの?)

 

 おお……! 勇者の腕に絡みつき、アイアンクローを極められながらもスケッチブックに文字を書くか……なんて器用な。

 

「あっ……! そ、それは言葉のアヤ! 良いから離れなさいって!」

 

 耳まで顔を真っ赤にしたセリアの言葉。

 今度はもう片方の手も使って、必死にミレイを引き剥がそうとする。

 

 そんな状況の中、スルトさんは終始笑顔でその光景を眺め、勇者はやっぱり困惑しているような照れているような、そんなかなり珍しい表情を浮かべている。

 

 さっきまで教室には軽く凍ったような空気が流れていたが、ふと見渡せばいつもの空気。

 ……もっとも、その空気の中での話題は勇者たちのことだろうけど。

 

 でもそんな空気の中、一人だけいつも通りの朝の時間を迎えている友人が一人だけいた。

 

 東だ。

 

 すぐ近くで起きているこの騒動もなんのその、自分の席に座りながら、いつも通り文庫本(ライトノベル)を読んでいる。

 

「よ、おはよう」

「ああ。おはよう」

 

 東の席に近づき挨拶をすると、文庫本から顔を上げて挨拶を返してくれた。

 

「東的にはどうなんだ? あの転校生三人は」

「どうだと言われも……特に何もないかな?」

「アレだけ美人なのに?」

「確かにまったく興味がない、って訳じゃないけど……躍起になってまで話しかけるほどじゃないかな。アレみたいに」

 

 と、勇者たちの席を指差す。

 するとそこには、いつのまにか男子達が群がり、スルトさん達に話しかけていた。

 ……もっともスルトさん達はまったく興味が無いのか、てきとうにあしらってるように見える。

 むしろ勇者との時間を邪魔されてイヤがっているようにも見える。あのスルトさんですらだ。

 そのことに気付いているのかいないのか……どちらにせよ、男達から必死な雰囲気は感じる。

 

「ま、確かにな」

「それよりも、峰岸が四日連続で学校に来るのが珍しい。もしかして、昨日今日と来たのは学校に転校生が来るのを知ってたから?」

「まぁ……そんなところ」

「そっか。もしかして、あの四人とは知り合い?」

「ん……まぁ、そんなところ」

「あんな人気者と知り合いなのか……スゴイなぁ」

「そんなことは無い。東だって、ああして話しかければ四人とは知り合いになるだろ?」

 

 と、勇者達の席に群がっている男共を指差す。

 

「いや、僕は遠慮する」

「どうして?」

「三次元の女は面倒くさいから」

「……まぁ、そのことは否定しないな」

 

 先程スルトさん達のことでヒソヒソ話をしていた女子達を思い出す。

 

「だろ? だからま、向こうから近づいてこない限りは近づかないよ」

 

 それにしても……さっきの発言、星辰に聞かれたらダメだな。

 絶望した! ってなるし。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 時間は経って、喧騒に包まれるお昼休み。

 案の定、それぞれの休み時間には他クラスから見学者が続出した。

 でもま、昨日の勇者程では無かった。なんせ教室に留まってまで話していたのは男子だけだったからだ。

 ……ま、その原因はなんとなくわかる。ウチのクラスの女子共が何か企んでいるから。

 だって他クラスの女子達も一応は見に来ていたし。

 最も、“見る”というよりかは“確認”なんて言葉が正しいぐらい短い時間だったけど。話しかけても無いし。

 

「雄樹はどうする? 昼食」

 

 机に突っ伏し、廊下側をボ〜ッと眺めていた俺の視界が塞がれる。

 勇者だろう。

 視界を塞いだ頭上からの声で判断する。いくつもの体が視界を塞いでいるところを見ると、勇者一行勢揃いってところか。

 

「今日は彩香さんに弁当を用意してもらったんだ。だからここで食べるよ」

 

 早朝家を出る前に彩香さんに渡された包みを思い浮かべる。

 今まで用意してもらったことは無かったのだが、三日連続で学校に行った俺のことがうれしかったらしく、気がつけば用意していたらしい。

 俺が学校に行かなかったらどうしたんだろうなぁ……なんて思いもしたが、純粋に嬉しかった。

 こうして思い出すだけでも、うれしくて心が温かくなる。

 

 顔を上げ、勇者を見上げながら言葉を続ける。

 

「勇者達はどうするんだ? せっかく普通に食べれるんだし、何か食べれば?」

「元よりそのつもりだ。昨日教えてもらった学食に行ってみるつもりだ」

 

 なるほど。

 昨日俺が例の男達から逃げている間に教えてもらった、ってところか。

 もうスルトさん達に対する熱も勇者に対する熱も冷めてきているし……大混乱にはならないだろう。

 

 こんなに早く熱が冷めている理由……それは至極簡単。

 スルトさん達が男達の話をまったく聞かないから。

 聞いている“フリ”をしているだけで、スンゲェ面倒くさそうにあしらっている。

 その態度は朝から全く変わらず、そのせいで男子共は半ば諦めたのだろうな。今となっては誰も話しかけてこない。

 

 勇者に対する熱は……まぁ実際は冷めていないだろう。

 でもスルトさん達が近くにいるせいで話しかけられない。

 話しかけようとしたら、さりげなくスルトさんが邪魔したり、勇者との間にセリアが無理矢理割って入ったり、ミレイが無言で相手を睨みつけたり、とまぁそんな訳で、もうこの四人には話しかけてこなくなった。

 ……勇者に話しかけられるのがイヤなのはわかるが……そこまでするから、女子達が何かしようとしてくるんだよなぁ……。

 

「そっか。せっかく誘ってくれたのに、悪いな」

「いや、構わない。あの人が作ってくれた物なら食べるべきだろう」

「ありがとう。それじゃあ行って来い」

「ああ」

 

 微笑み、制服を翻して教室を出て行こうとする四人。

 が、その足は止まってしまった。

 進行方向に立ち塞がる、昨日俺をボコボコにした五人組によって。

 

「……どうした? そこに立たれると邪魔なんだが」

 

 しばらく睨み合った後、最初に声を上げたのは勇者だった。

 その、いつもと違う重い言葉と声量。

 その声を聞いたスルトさん達も気付いたようだ。

 

 相手が昨日の一件、その張本人達だということを。

 

 その証拠に三人の雰囲気が少しだけ、変わった。

 

 一触即発。

 

 そんな言葉が脳裏を過ぎる。

 

「昨日はよくもやってくれたなぁ……えぇ?」

「自分のことを棚に上げて何を言っている。もし用件が因縁をつけるだけなのなら、そこを退いてくれ。昼食を食べる時間がなくなる」

 

 先頭に立っている男の言葉に、憮然とした態度で言葉を返す勇者。

 男達の身長は俺よりも高い。

 でも勇者よりかは僅かに低い。

 そのため男達は、軽く勇者を見上げる形になっている。

 

「なぁに、用件はすぐに済むさ。じつはな、お前と昨日の決着をつけたくてな」

「決着? 昨日逃げたお前達とか?」

「ああ。昨日は突然仲間がやられたから動揺しちまったが……次はそうはいかねぇ。今度はお前をボコしてやる」

「そうか。ならさっさと始めよう。時間が惜しい」

「今この場でやりあおうって訳じゃない。迷惑になることぐらい考えろよな、そのクソみたいな脳ミソでよぉ」

 

 後ろに立っている男がクスクスと笑い出す。

 苛立ちを掻き出すような笑い……だが勇者も、勇者を溺愛している彼女達も、まったく怒りを露にしなかった。

 

 まったく変わらない雰囲気。

 

 ソレが逆に、俺の中での不安感を煽る。

 

「時間は放課後。場所は昨日の場所だ。……逃げんなよ」

 

 不敵な笑みを浮かべ、立ち去ろうとする男達。

 その顔はすでに、勝ちを確信しているかのような、苛立つ笑み。

 

「それで、何人連れてくるつもりだ?」

 

 立ち去るため、翻った男達を止める言葉。

 

 発したのはもちろん、勇者。

 

「あ?」

 

 質問の意図がわからないのか、足を止め、睨みをきかせた顔だけを勇者に向けながら聞き返す。

 

「お前達のような不意打ち上等な下衆が、周囲の心配をする訳が無い。放課後、その場所に誘い出したのは仲間が大量にいるからだろ? だから、何人連れてくるつもりか訊いたのだ」

「何言ってやがる? 来るのは俺達五人だけだ」

「正直に言った方が良いぞ? ここでウソなんてついてもロクなことがない。ただただ、お前達の下衆っぷりを披露するだけだ」

「てめぇ……!」

 

 勇者と会話をしていない方の男が、再び怒りを露にする。

 先程までの余裕ぶった表情は見る影も無い。

 

「どうした? 言えないのか? ただでさえ卑怯なマネをしようというのに、それすらも隠すほど卑怯なのか? お前達は」

 

 ここが戦場なら、いくら挑発されようとも言わないのが定石。

 たとえ自分の、仲間のプライドを侮辱されようともだ。

 

 だがこいつらは違う。

 

 こいつらが歩んできたのは“戦場”なんかじゃない。

 “喧嘩”だ。

 そこは自分の、仲間の“命”を賭けて戦う場ではない。

 “プライド”を賭けて戦う場だ。

 

 だから奴等は、言う。

 

 ここまで自分達の、自分の仲間達のプライドを侮辱されたのなら。

 

 プライドを守る場に向かう前に、プライドを傷つけられた今なら。

 

「……三十人……だっ……!」

「ふむ……そうか」

「はっ! ビビって逃げんじゃねぇぞ! そうならないために言わなかったんだからな!」

「ああ、何、逃げる心配は無い。仲間を呼ぶ心配もしなくて良いぞ。ただな――」

 

 そこで一旦言葉を切り――

 

「――それだけの人数で良いのかと思ってな」

 

 ――少しだけ可笑しそうに、勇者は言った。

 

 その様はまるで、人を小バカにしたかのような感じ。

 そんな勇者を見たのは、初めてだった。

 

「テメェ……! 調子乗んじゃ――」

「おやおや、迷惑になることぐらい考えたらどうだ? そのクソみたいな脳ミソでな」

 

 殴りかかろうとした男に向かって押し止めるために言葉を発する勇者。

 

 さっき男達が言った言葉を。

 

 でも……たぶん男達は、周囲の迷惑を考えて止まったんじゃない。

 

 五人じゃ勇者に勝てないことを、思い出したから。

 三十人もの人数を呼ぶということは、そういうことだから。

 

「くっ……! ぜってぇ逃げんなよっ!」

 

 そう捨てゼリフを残し、男達は一目散に教室から出て行く。

 その様は、悪役そのもの。

 

「ふむ……そうだな。セリア、頼みがある」

 

 男達が立ち去った方向を眺めながらの勇者の言葉。

 その口調はいつも通りで、いつの間にか皆の雰囲気も元に戻っていた。

 

「なに? 勇者様」

「放課後、雄樹と一緒に帰ってくれないか?」

「……ええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜……」

 

 そんな心底イヤそうな声を上げなくてもよくねっ?! 

 ……まぁ百歩譲って声を上げるのは許すけどっ! でもせめて本人が目の前にいない時でお願いしますよっ!

 

「あたし、勇者様と一緒に帰りたい」

「そこを曲げてお願いしたい」

「んん〜……でもぉ〜……」

「いや、勇者、セリアもそこまでイヤがっていることだし、そんな無理しなくていいよ」

 

 思わず口を挟んでしまう。

 ここまであからさまな拒否の色を示されると、何故かこちらが悪いことをしている気分になる。

 ……ま、彼女の場合は“俺と一緒に帰りたくない”のではなく、“勇者と一緒に帰りたい”だけなんだろう。

 そう思うことにしておこう。うん。

 

「ほら、峰岸君もこう言ってる事だし、一緒に帰ろっ、勇者様」

「そういう訳にもいかないのだ、セリア。それに雄樹も。もしかしたら、俺をそこで足止めしている隙に雄樹を襲うかもしれないだろ?」

「それじゃあ、峰岸君も一緒に同じ場所に行けばいいじゃん」

「お前とミレイ、それにスルトの三人は護らなくても大丈夫だろう。だが雄樹の場合は護らないといけない。別にそれで手こずる訳ではないが……もし万が一が起きて、雄樹を傷つけてしまいたくないのだ、俺は」

「むぅ〜……それじゃ、あたしじゃなくてミレイかスルトでも――」

「ミレイとスルトだと、もし襲われた場合素手で対応するには限界がある。むしろミレイは素手での対応なぞ出来ない。素手で唯一対応できるのは……セリア、お前だけなのだ」

「んんんん〜……でもぉ〜……」

「……ふぅ。わかった。ならとりあえず、学食へ向かおう。時間もかなり少なくなってきているし、そこで話をつけることにしよう」

 

 そう話を一旦打ち切ると、彼女達の返事も待たずに教室を出て行こうとする勇者。

 その後を追いかけるように、急いで後を追う三人。

 その中で丁寧にお辞儀をしてくれたのはスルトさんだけだった。

 

 ……ふぅ。何かややこしくなってきたな……。

 あいつら五人が喧嘩を売ったのは勇者本人。

 これはまさに、俺の騒動に勇者を巻き込んでしまった形になる。

 ……また、勇者に助けられた、か……。

 

 勇者を、勇者達を、俺が、助ける。

 

 そんな手は無いだろうか……? 

 さし当たっては、やっぱり勇者達を窮屈にさせずに家に住ませる事……だろうか。

 でも……そんなことが許してもらえるか?

 

 まずは彩香さんの許し。その次は実家の許し。

 しかも実家の許しを得る、ということは、彼等四人の生活費もあの親にお願いすると言うこと。さらには、勇者達本人を目の前にして。

 そうしないと勇者達は遠慮してしまい、結局は窮屈な思いをさせてしまう。

 

 親は怖いし、お願いしても拒否される可能性が高い。

 しかももし拒否でもされれば、勇者達を隠して住ませる事すら出来なくなるということ……。

 その代償は、あまりにも大きい。

 恩を仇で返す、なんて言葉がピッタリ当てはまる状態になる。

 

「ねぇねぇ、峰岸君」

 

 考えている最中に声をかけられた。

 思わず顔を上げると、俺の目の前、そこに今まで話したことも無い女子が五人ほどいた。

 とうとう俺のモテ期突入?! ……何て思わなかった。

 

「君、峰山君と仲良いんだね。結構一緒にいるし」

 

 峰山……? ああ、やっぱり勇者のことか。

 偽名の名字だから、一瞬誰のことを言っているのかわからなかった。

 

「あぁ、うん。友達だし」

 

 友達。

 その俺の言葉に反応し、女子が身を乗り出して――

 

「友達?! それじゃあさ、峰山君に私たちのこと紹介してよ!」

 

 ――そんなことを言ってきた。

 

「紹介して、って……どうして?」

 

 その迫力に少し圧倒されながらも、とりあえず聞いておきたいことを訊いておく。

 

「だって、峰山君ってカッコイイじゃん!」

「はぁ……」

「だから、友達になりたいなぁ……って思って」

「友達になりたいって……それだったら自分から声をかければいいじゃん」

「それが無理なの。ほら、今日転入してきたあの三人。あいつらがずっと妨害してくんのよ」

 

 スルトさん達のことか……。

 

「だからさ、お願い!」

「峰岸君、あたしたちずっと友達だったじゃん」

「だからさ、私達を立てると思って」

「そしたら峰岸君と峰山君、そしてウチらで仲良く一緒に遊べるじゃん」

 

 口々にそんな“身勝手”なことを言ってくる。

 

 ……はっ! 友達、か。

 こいつらが口にするとなんて軽い言葉なんだ。

 

 これじゃ、俺と勇者の関係までも軽く聞こえてしまう。

 

 こんなやつらと一緒の軽さだと思われてしまう。

 

 今もギャアギャアと何かを言っている女達。

 要するにこいつ等は、楽をしようとしているのだ。

 直接だとスルトさん達が邪魔をするから、俺を経由して仲良くなろうとしているのだ。

 

 なんて……なんてズルイ。

 

 別にこの行為がズルイとは言っていない。

 仲良くなりたいから周りから、なんて良く聞く話しだ。

 

 でも彼女達は、その行為をするために“友達”なんて“思ってもいない言葉”を軽々しく発しているのだ。俺に向かって。

 

 それが、ズルイ。

 

 友達になる気も、なった気もないのに、こんな時だけその言葉を発するなんて、ズルイ。

 

「俺と勇者は、友達じゃない」

「……は?」

 

 俺の突然の言葉に、呆気に取られる女共。

 それを無視して言葉を続ける。

 

「俺と勇者は、親友だ。お前達のように軽々しく友達だ何て言う関係じゃない」

「いや、うん。それぐらい仲が良いのはわかって――」

「だから、お前達と勇者を仲良くさせることなんて出来ない」

「……はぁ?!」

 

 何コイツ?! 意味わかんないっ! なんて声が端々に聞こえてくる。

 それでもなお、俺は無視して言葉を続ける。

 

「あんたらは、勇者の外面ばっかり見ている。内面なんて見ようともしていない。だからスルトさん達にも拒否されるんだ。彼女達は聡明だ。そんな彼女達が邪魔をするということは、お前達に非があるからだ」

「はあぁ?! あんたさっきから何言って――」

「黙れ! 勇者の内面を見ようとせず、外面だけを見て、カッコイイ男とヤリたいだけの思想を持ったお前達に、勇者を紹介なんて出来るもんかっ!」

 

 そう叫ぶと、弁当箱が入ったカバンを引っ掴み、駆け出した。背中に罵詈雑言を浴びながら。

 ……仕方が無い。いつもの場所で飯を食うか。