「お前達……俺の親友に何をしている」
その男――勇者は、俺を突き落とした男たちに向かって、俺が今まで聞いた事の無い、重く、黒い声を発していた。
しばらく互いに睨み合っていたが、不意に、勇者がこちらへと振り返ってしゃがみ込み、声をかける。
「遅れてすまない、雄樹。探すのに手間取った」
倒れている俺の両肩を持ち上げ、壁にもたれるように座らせてくれ、言葉を続ける。
「大丈夫……じゃなさそうだな」
ああ、まったくだ。体はすでにボロボロだ。
ピンチになったら来るのが勇者だからって、お前は来るのが遅すぎんだよ。
何が勇者だ。
そもそもお前が学校に来るなんて言わなきゃ、今日は学校に来なかったんだ。そしたらこんな目にも遭わなかった。
お前は勇者じゃなくて疫病神だ。
どう責任とってくれんだよ。
「……あ」
そう言ってやろうと思い、口を開ける。
「……ぅく」
だが俺の口からは、言葉が出なかった。
口を開くまで頭の中にあった言葉が、消えていく。
代わりに口から出たものは――
「……くぅ、くあ、あああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」
――嗚咽だった。
そして目からは何故か、涙。
どうして泣いているのかわからない。
でも何故か、涙が溢れてきた。
だからと言って泣いてはいけない。勝手に涙が出てくるからといって、泣いてはいけない。
こんなところで泣いたらあいつらにバカにされる。気持ち悪がられる。
だから、堪えろ。
泣くな。
嗚咽を殺せ。
涙を無くせ。
「……本当にすまなかった。見つけるのが遅すぎたな」
そんな俺の情け無い姿を見て、勇者が優しい声で謝ってくる。
……違う。
そんなことは無い。
お前は、今来てくれただけでも十分なんだ。
お前が悪いわけじゃない。弱い俺が悪いんだ。
だって俺は、さっきまでお前に、来るのが遅いと、文句を言おうとしていたんだ。
それほどまでに俺は弱い。
だからお前は、まったく悪くない。
でも嗚咽で、言葉に出来ない。
だから俺は精一杯、首を横に振る。
お前は悪くないんだと言えない代わりに。
俺が弱いのがいけないんだと言えない代わりに。
そんな俺を見た勇者は軽く頷き、言葉を続ける。
「だがもう大丈夫だ。ここからは――」
そこで一旦言葉を切り、階段の上にいる男たちの方へと振り返りながら、立ち上がる。
そして――
「――安心して、俺に任せてくれ」
――そう、言ってくれた。
ああ……なるほど。
どうして俺が泣いてしまったのかわかった。
この男の背中を見て、わかってしまった。
俺は安心したのだ。
この勇者という存在に。
こいつ一人がいるだけで安心してしまう。
こいつ一人に任せても大丈夫だと思えてしまう。
そんな、安心してしまう、全てを任しても大丈夫だと思えてしまう。
だから彼は……勇者と呼ばれているのだ。
カッコイイ……俺もアレだけカッコ良くなれないだろうか?
こんな、弱くて、カッコ悪い俺じゃなくて、あんなに強くて、カッコ良い勇者の様な人に、なれないだろうか……?
……なりたい……なれるのものなら、なりたい。
変わりたい……こんな弱い俺は、もうイヤだ。
後ろから見ると安心してしまう、その背中。
その背中を見つめながら、心の底から思ってしまう。
俺もあんな人になりたい。
俺はその背中を見つめながら、見えるわけも無いのに、今更ながら勇者の言葉に返事をするように、コクンと頷いていた。
ああ……いつの間にか、視界の闇が、消えている。
◇◆◇◆◇
「おいこら! いつまでも無視してんじゃねぇぞ!」
そんな言葉が階段の上から聞こえる。
勇者が俺に声をかけている間も、こいつ等は何か言っていたのかもしれない。
もしかして俺の耳、視界が回復する今の今まで聞こえていなかったのだろうか……。
「無視? 先に俺の質問に答えるのが筋と言うものではないか? そうでなければ、お前達の話を聞く気になんてなれない」
俺に話しかけたときとは別人。
そう錯覚させてしまうほど、勇者の声のトーンは低かった。
それに対しあいつ等のリーダー格、俺の胸倉を掴んで脅してきていた奴が、代表して声を上げる。
「あ? お前の質問?」
「俺の親友に何をしたのかと訊いたのだ」
「はっ、見てわかんないの? ちょっとボコってたんだよ。コイツが俺たちの昼飯を買ってこなかったからな」
「……なるほど」
「わかったんならそこ、どいてくれない? 転入生君」
「殴っていた理由はわかった。だがもう十分ではないのか?」
「ああ?」
「雄樹はもうこんなにボロボロだ。もう十分じゃないのか? と訊いたのだ」
「んなこと、テメェの決めることじゃねぇだろ。俺たちがまだ満足してねぇんだ。無関係のテメェがでしゃばんじゃねぇよ」
「無関係ではない。雄樹は俺の親友だ。これ以上彼に暴力を振るうと言うのなら、まずは俺を倒してからにしてもらおう」
先程まで口々に騒いでいた奴等が急に、静かになった。
と思った途端、大笑いしだした。
「なに、お前……漫画のキャラにでもなったつもり?」
「マンガのキャラはお前達だろ? やられ役と言う名のな」
笑いながらの男たちの言葉に憮然と返事をする勇者。
途端、笑い声が一層大きくなる。
「お前っ……! キメェ……! マジキメェ……!」
「顔は良いのに……そりゃねぇよ」
「じつはオタクだなんてなぁ」
「話してる時から……気に食わなかったけど……ここまでおかしいやつだなんて」
「ヤベェ……! こいつはマジヤベェ……!」
笑いながらの男たちの言葉。
勇者はそれに対し、怒るわけでも、呆れるわけでもなく、ただじっと、男たちを眺めている。
その後ろ姿から、わかる。
勇者は全く、彼等に興味を示していない。
ただ無感情に、その様を眺めているだけ。
男たちの笑い声が小さくなってきた頃、ようやく勇者が口を開いた。
「それで、雄樹を許してくれるのかな?」
その問いに、男たちの先頭に立っていた男が一歩、階段を降りる。
それはちょうど……勇者の顔に、難なく蹴りを浴びせられるぐらいの高さ。
「ああ、別に構わねぇよ。そんな奴返してやるよ。おもしれぇもん聞かせてもらったしな――」
「それはありがたい」
「――なんて言うと思ってんのかキザ野郎っ!」
叫ぶと同時、勇者の顔を狙った蹴り。
普通の人ならその突然の攻撃を、甘んじて受けるしかない。
だが、勇者は違う。
勇者は普通の人ではない。
蹴りを放ってきた相手の脚を手であっさりと掴み、下に引っ張る。
体勢を崩す男。
階段を踏み外し、前に倒れこむ。
勇者の前に、倒れこむ。
その鳩尾(みぞおち)にめり込む、もう片方の勇者の拳。
グラリと、横に傾く男の体。
足を掴んでいた手を離す勇者。
そのまま男の胸板に、左足を軸にしたキレイな後ろ回し蹴り。
吹き飛ぶ。
文字通り、男の体が吹き飛ぶ。
笑っていた男たちの頭上を超え、七階の踊り場に倒れる男。
仲間の身に何が起こったのか……男たちは、振り返り、横たわっている仲間を見て、ようやく理解した。
「だから言っただろう――」
その勇者の言葉に、一斉に振り向きなおす男たち。
「――マンガのキャラは、お前達だと」
言葉が、返ってこない。
先ほどの笑い声もなく、しばらくの間、無音の空間が支配される。
ただ呆然としているその男たちに向かって、勇者が再び言葉を投げかける。
「それで、まだやるのか?」
その言葉でようやく、自分達が置かれている状況を理解したのか、怯えた表情で急いで階段を登り、倒れた仲間を抱えて走り去った
……圧倒的だった。
回し蹴りだけで人一人を吹き飛ばす……本当にマンガそのものだった。
◇◆◇◆◇
「さて……雄樹、立てるか?」
俺を気遣うよう目の前でしゃがみ、体を眺め回しながらの勇者の心配そうな言葉。
涙もとっくに止み、声も普通に出せるようになっている俺は、とりあえず首を横に振ってから言葉を続ける。
「正直な話無理だ。体が痛すぎて立ち上がることも出来ない」
「そうか……わかった。ならスルトを呼んでくる。少し待っていろ」
勇者はそう言うと立ち上がり、目の前から消えた。
それは文字通りで、勇者の姿が一瞬霞んだかと思うと、その場からいなくなっていた。
……空間移動か。
昨日見せてもらったから、別に驚かないな……ってもしかして、この感覚はおかしくなってるんじゃないのか?
ああでも、こういう“本来ありえないこと”を昔から望んでいたのは確かか。しょっちゅう脳内で妄想してたしな。
魔法が撃てるようになったり、一瞬で敵の間合いを詰めれるようになったり。
……それを少しでも実現出来るよう努力しないから、俺は弱いのか。
妄想を妄想で終わらせるから、俺は弱いのか。
……当たり前か。
たとえ叶わない妄想であろうとも、近づこうと努力していれば、少しでも強かったのに。
どこかで叶わないと諦め、“叶わないと信じて”努力していなかったから、俺は弱いのだ。
純粋に、叶うと一途に思うこと。
思い、追いかけ続けるだけで、強くなれていたのに……。
ふと、階段の上から足音…………って足音?!
ヤバイ。
こんなの九割九分九厘先生じゃないか。
他の階段から屋上に入り、ここの階段から出てきたのか……?
いや、今はそんなことどうでもいい。もしこのまま先生に見つかれば、傷の手当てのため保健室に強制連行。その後生徒指導室で事情聴取というダブルコンボだ。
逃げなきゃ……っつても、身体が動かない。
早く……!
勇者、頼む! 早く来てくれ……!
「大丈夫ですか? 雄樹君」
階段の上からの声。
先生の声……じゃない。
この声、聞き間違えるはずが無い。
俺が一目惚れし、勇者が連れてくると言ったスルトさん、その人だった。
俺の姿を見たスルトさんは、すぐさま俺の元に駆けつけてしゃがみ込む。
そんなスルトさんとは対照的に、階段をゆっくりと降りながらの勇者の声。
「とりあえず、痛みを感じないようにしてくれないか?」
「傷の手当ては?」
「家に帰ってからだな。今この場でそんなに時間の掛かることをすることもないだろう。とりあえず帰るまでもてばいいのだからな」
「わかりました。勇者さんがそう言うのなら」
身体や腕、足などを触れながら見ていたスルトさんが、不意に、俺に目を合わせてくる。
ドキッと心臓が跳ね上がる。
「ちょっと失礼しますね」
そう言うや否や、俺の胸にそっと両手で触れ、俺と合った目を閉じる。
……ヤバイ。
やっぱりスルトさんは美しい。
美しいという表現だけでは物足りないほど美しい。
しかもただ美しいだけじゃなくて、なんかこう、可愛らしさもある。
ああ……! 俺のボキャブラリーの貧相さが恨めしい! この美しさ、可愛らしさをどう表現したらいいんだろう!
見ただけでわかるサラサラとした緑の髪、鋭くも微笑んだ時に柔らかくなる目つき、日頃の優しい雰囲気と今の神秘的な雰囲気のギャップ感、そのどれもが美しくも可愛らしい。
……もしかして、この俺の胸のドキドキが伝わってしまってるんじゃないだろうか……?
なんせ胸に手を当ててるぐらいだし。
胸……それにしてもスルトさんの胸、こうして間近で見ると結構なボリュームがある。
似たような服装の彩香さんと同じ……いや、それ以上? 脱いだらすごそうな感じはある。
……ヤバイ。
さらに胸がドキドキしてきた。
意識してしまうとさらに……。
「はい、どうですか? 雄樹君」
はい、とスルトさんの声が聞こえた瞬間、天井を眺めた。
……胸を見ていたのがバレるのが異様に恥ずかしくて、急速に視線を逸らした、ってだけなんだけど。
「? どうかされました?」
俺の行動を不審に思っての言葉。
盗み見た彼女の顔は、小首をかしげ、優しい顔つきをしている。
それはやっぱり美しくて、可愛くて――
「いえ、別に」
――俺は照れながら、そう返事をするしかなかった。
「それで、どうですか? 身体の方は」
「あ、はい。そうですねぇ……」
確認するために、腕に力を込めて立ち上がってみる。
「あ、立ち上がれる……」
先程まで腕に力が入らなかったのが嘘の様に、あっさりと、普通に立ち上がることが出来た。
他に痛む箇所が無いか、体の筋を伸ばしてみたり、軽く跳んでみたりする。
……うん、やっぱり大丈夫だ。
「あくまで痛みを感じないようにしただけです。傷自体はそのまま残っているので、帰ったら治療しましょう」
「治療? 今のこの状態じゃあ治ってないんですか?」
「はい、残念ながら。治癒術は治す箇所や傷の深さにもよりますが、結構時間がかかってしまいますので」
そう言えば勇者とそんな話をしていたな。家に帰るまでもてばいい、とか何とか。
まぁ、時間がかかるのならしょうがない。さすがにゲームみたく、すぐに全回復というわけにはいかないのだろう。
……でも、一つだけ頼みたいことがあるんだけど……大丈夫かな?
すでに立ち上がっているスルトさんの顔を見ながら考える。
……ってまぁ、とりあえず頼んでみるしかないんだけど……。
「……あの、時間がかかってしまうのに申し訳ないんですけど……顔の傷だけでもすぐに治してもらえませんか?」
「え?」
「その……彩香さんに、心配かけたくないので……」
「……わかりました」
少しの間を開けてから、微笑を携え了承してくれるスルトさん。……ああ、やっぱり(以下略)。
「それではまた、少しだけ失礼しますね」
また両胸に手を当ててくるのかな……なんて考えは甘かった。
顔を両手で挟み込むように顔に触れてきた!
……ヤバイ。これはさっきよりもヤバイ。
まるでキスする時みたいだ。
スルトさんもさっきと同じように目を瞑ってるし……。
と、スルトさんが何かを呟いた。
何て……と思ったときには、頬に暖かな感覚。
熱い訳じゃない。
春風を閉じ込めたような……そんな暖かさ。
目を閉じて視界からの情報を遮断し、その感覚のみを味わう。
「はい、終わりました」
スルトさんのその言葉で目を開ける。
頬にはまだ少しだけ、暖かな感覚が残っている。
「ありがとうございます……」
その感覚を噛み締めながら、辛うじてお礼を言った。
……もっと味わいたかった……そんなことを考えてしまう俺は、罪人(つみびと)でしょうか?
「それで、勇者さんはどうされますか?」
階段へと腰掛けていた勇者の方へ振り返りながら訊ねるスルトさん。
「俺はこのまま雄樹と一緒に帰らせてもらう。もしかしたら、雄樹に対して八つ当たりがくるかもしれないからな」
「わかりました。それでは、私は先に帰らせてもらいます」
「ああ、助かった。ありがとう」
「いえ、これが私の仕事ですから。それでは雄樹さん、またご自宅で」
最後に俺へと微笑みかけ、姿が霞み、消えてしまった。
……空間移動か……。
「スルトさんって、美人で良い人だな」
「ああ……確かに、良い女(ひと)ではあるな」
俺の独り言の様な呟きに、勇者は言葉を返してくれた。
◇◆◇◆◇
「いくつか、気になることがあるんだけど……訊いてもいいか?」
カバンを取りに行こうという話になった現在、勇者と共に教室へと向かっている道すがら、先程スルトさんが来てくれた時に気になったことを訊ねてみることにする。ずっと無言で歩くのも不自然だし。
「どうした?」
「スルトさんが俺のところに来た時、真っ先に傷の具合を見てくれたのは、勇者が事情を説明してくれたからだろう?」
「ああ」
「どうしてスルトさんを呼んでくる必要があったんだ?」
「……どういう意味だ?」
「いやだから、スルトさんをわざわざ空間移動してまで呼びに行かなくても、勇者自身が俺の傷を治せば良かったんじゃないのか?」
そう、それが真っ先に感じた疑問。
別にスルトさんをわざわざ呼びに行かなくとも、勇者と呼ばれているこの男なら、俺の傷ぐらいすぐに治せただろうに……。
「つまり、俺でもお前の傷を治せるのにどうしてわざわざ……と、そう言いたい訳か?」
「うん」
「どうして雄樹が俺も治癒術を使えると思っているのかは知らないが……俺たちの世界で治癒術を扱えるのは、唯一無二に彼女だけだ」
えっ? そういうもんなのか? 俺はてっきり、勇者の世界は簡単な治癒ならほとんどの人が出来ると思ってたんだけど……どうも違うらしい。それにさっきの言い方だと、勇者本人も扱えないのは当たり前っぽい。
「彼女だけって……じゃあどうしてスルトさんは、治癒術? を使うことが出来るんだ?」
「ふむ……少しややこしくなるし、長くなるが、いいか?」
「ああ、大丈夫だ」
今思えば俺は、勇者達の世界についてまったく知らない。
ただ勝手な先入観だけを持っていたに過ぎない。今の治癒術みたいに。
俺を助けてくれた勇者とその仲間……彼らがどういう世界で生きてきたのか、それはとても興味のあることだし、聞いてみたいことでもある。今がその機会なのかもしれない。
勇者は少しだけ、言葉を選ぶかのように考える。
少しだけうれしそうな表情をしているような……もしかして勇者って、誰かに何かを説明するのが好きなのか? 昨日も何かを説明する時うれしそうだったし。
少しだけ勇者の歩く速度が遅くなった。
俺もその速度に合わせ、ゆっくりと歩く。
「雄樹たちの世界はどうか知らないが、俺たちの世界には“魔王と勇者の転生”が存在する。これは“魔王の魂が転生・復活する時に合わせ、勇者達一行の魂も転生・復活する”というものだ」
ようやく話し出したその言葉に、それとスルトさんの治癒術に一体どういう関係が……? とか思ったけど、勇者が関係の無い話をするわけが無い。後々大事になってくるだろうから、今はとりあえず黙って耳を傾ける。
「そしてこの“魔王と勇者の転生”の勇者の部分、これは先程も言った通り勇者一行全て――正確な数を述べるなら四つの魂全て――の転生ということになる。
その四つと言うのが“勇者”・“魔法使い”・“神官”・“戦士”と呼ばれる魂だ。
この魂を宿しているものを、俺たちの中では“転生体”と呼ぶことになっている。
そして肝心のスルトのことだが、彼女は何を隠そう四つの魂の転生体が一つ、“神官の転生体”なのだ。この“神官の転生体”の特殊な力、それが治癒術。だから彼女だけが傷を治すことが出来るのだ」
「なるほど。それじゃあさしずめ勇者は“勇者の転生体”と言ったところか。セリアとミレイはそれぞれどの転生体なんだ?」
「……残念ながら、セリアとミレイの二人は転生体じゃない」
「ん? そうなのか」
と、今朝の出来事を思い出す。
セリアとミレイの二人に、この世界のことを教えていると言ったスルトさんの状態を。
……じゃあ、転生体の二人だからこそ、この世界のことをあらかじめある程度知っていることが出来た、ってことなのかな……?
「それと……俺は“勇者の転生体”ではない」
「……は?」
「だから、俺は“勇者の転生体”ではないと言ったのだ」
“勇者の転生体”じゃない……ってことは、この世界のことをあらかじめある程度知っていたのは転生体だからとかは無関係ってことか……いやいや、落ち着け。今はそんなことどうでもいいじゃないか。問題は――
「じゃあ、何でお前は勇者だなんて大それた名前で呼ばれてるんだ?」
――そこだ。
さっきの話だと“勇者の転生体”だから勇者と呼ばれていると思ったのに……。
「魔王を封印したから……いや、封印しようとしたから、かな」
「封印しようとした?」
「ああ。いくら調べようとも、魔王を滅ぼせるのは“勇者の転生体”のみだった。そしてその肝心要の勇者は、俺たちの一代前に転生の魂ごと滅んでしまった。
つまり、“魔王と勇者の転生”の勇者がいなくなってしまったんだ。
だがそれでも、魔王の魂は転生・復活してくる。魔王が復活し、勇者が消滅した今、世界は滅ぼされるしかなかった。
そんなのはイヤだと、誰もが思う。
俺もそんな中の一人だった。
だから俺は必死に調べた。魔王をどうにかする術(すべ)を。
そして見つけたのだ。封印する術(すべ)を。
だから俺は、魔王封印を掲げて旅を始めた。その時に名前を捨て、それ以来勇者と名乗るようになった。
人々の希望となるために。魔物の脅威となるために」
だから“封印しようとしたから”、か。
つまり勇者にとって“勇者”という名は、全ての覚悟だったのだろう。
人々の希望を背負い込み、世界の命運を背負い込む、その覚悟。
……そりゃ背中を見ただけで安心してしまう訳だ。
そんなとんでもないほど大きなもの背負ってたらな。
彼が背負っているものは、とてもじゃないが俺が背負いきれるものじゃない。
彼だからこそ、背負えるもの。
だから彼は、強いのだ。
俺とは違い。
背負い込むものが全く無い俺。
背負い込むものしかなかった勇者。
その差が現れただけの話、か。
……やっぱり俺も、勇者のように強くなりたいな。
そんな大きなものを背負い込めるだけの男に。
背負いながらも、何も無いことのように歩み続けられる男に。
「すごいな……勇者は」
思わず呟いていた。
その言葉は勇者に届いているはずなのに、勇者は何も答えない。
それはたぶん、本人にとって特にすごいことじゃなかったから。
「それで勇者、結局魔王は封印できたのか?」
「当たり前だ。俺は勇者様だぞ」
俺の質問に得意気に答える勇者。
……さっきまでとはまるで違う雰囲気(くうき)。
シリアスな空気はやめようという、勇者の意思のような気がした。
だから俺はそのまま、勇者の世界であったおもしろい話を聞き続けた。
……もしかしたら勇者の名前の話、アレはあまり他人にしたくない話だったのかもしれない。
それを話してくれた勇者が、少しだけ俺を認めてくれているような気がして……ちょっとだけうれしかった。
そう言えば、勇者が話してくれた“魔王と勇者の転生”の話……何故かあっさりと受け入れることが出来たな……。
所詮は別の世界の話だからか、それとも勇者の強さを目の当たりにしたからか、はたまたスルトさんの治癒術を目の前で見せられたからか。
それとももっと根本的に……俺がオタクすぎて、心の底でこういう出来事を待ち望んでいたからか…………う〜ん……我ながら、最後のが一番有力に感じる。
ホント、俺って心の底から中二病だな。