お昼休みを告げるチャイムの音で目を覚ます。

 今の今まで机に突っ伏して寝ていたのは君と俺との秘め事だ。まぁ皆知ってるだろうけど。

 

 いつもこうだ。たまに登校しても寝ているだけ。

 でも正直、これは仕方が無いと思って頂きたい。

 これでも高校に入学が決まった時、俺はかなりの予習勉強をしたのだ。あのころは勉強自体が娯楽だったからなぁ……。

 それなのにさ、二学期になった現在でも、この高校の全ての授業範囲は、俺の予習範囲を超えていないのだ。

 だから底辺高校などと世間にも俺にも言われることになる。

 俺の予習範囲が広い、訳は無い。これでも一学期丸々分だと思った部分しかしていない。

 ……これだったら同じ校内にある国際科受けとけば良かったかなぁ……そこなら賢いことで有名だし。いやでも、内申点が足りないって言われてたからどちらにせよ無理か……。

 

 ま、そんな訳で……理解している内容をもう一度聞くのもアホらしいので寝ているのだ。

 某元高校生探偵みたいに、もう一度小学校の授業を真面目に、なんてする気が起きない。高校だと中学とは違い、内申点はテスト点でカバー出来てるからモウマンタイモウマンタイ。

 

「おい、峰岸。ちょっといいか?」

 

 大きなあくびをしていると声をかけられた。

 担任の先生……な訳が無い。制服を着ている先生なんて都市伝説だ。

 俺と同じ制服を、崩して着ている五人の男子生徒。同じクラス……だったような気はするけど、名前なんて覚えてない。

 

 俺の席を囲むように、イラッとするニヤニヤとした表情で立っているその五人。

 真正面に立っている奴が、俺の返事も待たずに、馴れ馴れしく俺の左肩に手を置いて――

 

「ちょっと購買まで行って昼飯買ってきてくれ」

 

 ――そんなことを言ってきやがった。

 イラッとする表情(かお)、馴れ馴れしく置いた手、何よりいきなりパシろうとしてくる態度、その全てが俺の不快指数を大きく上げる。

 

「何で俺が、お前たちの昼飯を買いに行かないといけないんだ?」

 

 だからだろう。かなり不機嫌な口調になっていた。

 

「いいから買って来いよ。いつも買いに行かせてた奴が学校に来なくなったんだよ」

「そんなこと俺の知ったことじゃない。自業自得だろ。自分達の昼食ぐらい自分達で買いに行け」

「いいから買って来いよ」

 

 男の声のトーンが、下がる。

 心の中に恐怖心が燻る(くすぶる)。

 だがそれを悟られぬよう、先程からの口調を意識して口を開く。

 

「イヤだ面倒だ話しかけるな」

 

 ここまできたら俺も昼飯抜きかな……もし買いに行ったら難癖つけられそうだし。

 

 心の中で蠢いている恐怖心を悟られる前に、机に突っ伏して寝たフリをする。

 

 と、ガンッ! と机に衝撃が。

 

 鬱陶しい……恐怖心が押さえ込まれるほどのその感情に身を任せるよう、顔を僅かばかり上げて睨みつける様に男を見ると、いきなり胸倉を掴まれて無理矢理立たされた。

 

「いいから買って来いや」

「調子のってんじゃねぇぞ、てめぇ」

「そういうところがキメェんだよ」

「何? そういうのがカッコイイとでも思ってるわけ?」

「拒否権あると思ってんじゃねぇぞ」

 

 睨みつけられながら、口々に言われた。

 

「わかった……買ってきてやるよ。ったく、ちょっとした冗談なのによ」

 

 なんて強がりを言って、胸倉を掴んでいた腕を振り解く。

 

「んじゃよろしく。てきとうでいいから大至急頼むねぇ〜」

 

 そんなイラッとする言葉を背中に受けながら教室を出る。

 同時に、教室の中からあいつ等の下品な笑い声。

 ……くそっ、俺がビビって買いに行ったことに対する笑いか。冗談だと言ったのも、内心の恐怖心を誤魔化すための強がりだってことが丸分かりだってか……。

 

 ちょっと脅されただけで自分がイヤなことを引き受ける……なんて弱いんだ、俺は。

 

 変わりたい……そう思ってきたことは何度もある。

 でも、変われない。

 それはたぶん、心の底から変わりたいと思えたことが無いから。心の底から、この人のようになりたいと思えたことが無いから。

 

 だから俺は、弱いままなんだ……。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 全ての授業を終えた放課後。部活動なんぞしていない俺は、早々に帰途についていた。

 電車通学や自転車通学をしているものが大多数を占める中、俺は徒歩での帰宅。

 歩いて十分十五分で家なんて……近くて便利と言えば便利なのかもしれない。

 

 にしても昼休み、あいつらホントイラつきやがる。あの後色々と買ってきてやったのに金を払いやがらねぇ。

 持ち合わせが無いだと? たった三百円ぽっちも持ってないなんて有り得ねぇだろ。

 何度も訊いてたら胸倉掴んで脅してきやがるし……ホントイラつく。

 ……まぁ、脅されてすぐに引き下がった俺も、相変わらずダメすぎっちゃあダメすぎだけど。

 

 

☆★☆★☆

 

 

 俺の席に集まる例の五人組。

 だが今回は……この前と勝手が違う。

 

「イヤだ。お前達の命令なんて聞く気になれない」

 

 俺が再び、そう言ったから。

 

「んだとてめぇ、調子乗ってんじゃねぇぞ!」

 

 胸倉をつかまれ、脅される。

 だが恐怖心は沸いてこない。沸いてくるのはそう……これからこいつらをボコボコに出来るという、高揚感だけ。

 そんな感情の中俺は、表情をまったく変えず、その男を睨みつけながら、言った。

 

「調子に乗ってんのはお前達だろ? 俺如きにやられる存在が」

「テメェ……!」

 

 左頬を思いっきり、殴られる。

 その衝撃で軽くたたらを踏み、椅子に足を引っ掛け、壁にもたれかかるようになってしまった。

 だがそんな状況でも俺は、ニヤッとした笑みを浮かべた。……痛みでおかしくなった、訳じゃない。

 ただ、うれしくて。

 ただ、高揚感が身体を支配してきて。

 

「殴ったな」

「あ?」

「こっからは、貴様が悪いんだからな」

 

 俺はさらに笑みを深める。もう、感情を表に出さないようにする必要はない。

 ……そう、俺はこの殴られる瞬間を待っていた。

 殴られることで、ある程度こいつらを殴る正当性が出来る。

 もっとも、これから俺が行うことを考えれば、まったく正当性なんてないのかもしれないが。

 

 起き上がり様、胸倉を掴んだ男の顔面目掛けて右ストレート。モロに眉間に食らった男は軽く吹っ飛び、いくつも机を飛び越えて倒れた。

 

「なっ……!」

 

 衝撃で言葉を失う、飛んでいった奴の仲間達。

 何が起きたのか理解できない、クラスメイト達。

 音がなくなる、教室。

 

 そんな空気の中俺は、向かって右側に立っている男の顔面に、思いっきり裏拳を食らわせる。

 その男も吹っ飛び、壁に衝突して気を失った。

 

 裏拳を放った状態から構えに移り、今度は俺の机の真正面に立っていた男の鳩尾(みぞおち)に拳をめり込ませる。

 何とも言えない声を喉の奥から発し、うずくまる様に倒れた。

 

 そこから左足を軸に身体を回転させるように後ろ回し蹴り。

 それは見事、左側に立っていた男の顔面に踵を食らわすことになった。

 アクション映画のように身体を横に回転させ、机の上に倒れた。

 

 逃げようとする背を向けている最後の男に俺は、軽く跳ぶようにして後頭部を掴み、顔面から地面目掛けて叩きつけた。

 

「きゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーー!!!」

 

 全員を始末し終えてようやく、教室の中に音が戻った。

 誰かの悲鳴と共に。

 

 

☆★☆★☆

 

 

「ただいま〜」

 

 気持ちの良い“妄想”をしながらの帰途は終わりを迎えた。家の鍵を開け、家の中に帰ってきた合図を送りながら入る。

 

「おかえりなさい、雄樹さん」

 

 奥のリビングから彩香さんの声が聞こえる。夕飯の用意をしていて手が離せないのだろう。

 

「夕食の準備が出来次第、お呼びしますね」

「うん、ありがとう!」

 

 扉越しでも声が聞こえるよう、大きな声で返事をする

 。リビング一体型のキッチン、その奥に居間とテレビがあるのだが、点いていないのか、家の中は彩香さんの料理中の音しか聞こえない。

 

 ……自称勇者様は静かにしていてくれたようだな。

 

 なんて安心しながら、二階の自分の部屋へと向かう。

 

 にしてもさっきの妄想、もうちょい変化があっても良かったかな。

 なんせ俺は、自称とは言え勇者を呼び寄せてしまうほどだ。もしかしたら気功破とか魔法とか撃てるようになってもおかしくはない。

 ほら、こういう時って大抵、呼び寄せた奴に不思議な力があったりして、ピンチになると目覚めたりするもんじゃん? んで力を使って殺しそうになったところで呼び出された勇者が止めに入る……んん〜……可能性としては、アリだな。

 

 自分の部屋のドアを開け、帰ってきたことを勇者に伝えるために声を上げる。

 

「ただいま」

「ああ、おかえり」

「んう?」

「…………」

「おかえりなさい」

 

 ドアを閉める。

 

 …………。

 …………。

 

 さて、状況の把握をしようか。

 

 ドアを開けると見知らぬ女性が三人と勇者が一人いた。

 

 簡潔に説明するとそれだけだ。

 いつの間に俺の部屋はハーレム部屋に……?

 じゃなくて問題は――

 

 その女性達は誰なのか。

 

 ってことだよな。

 

 いやもしかして、アレは俺の妄想が見せた幻覚と幻聴なのかも。

 さっきまで勇者を呼び寄せるぐらいだから魔法とか使えてもおかしくない、なんて考えてたぐらいだし。

 今まで幻覚幻聴の類は無かったが……とうとう勇者の登場で脳が正常に動いていないのかもしれない。

 

 もう一度ドアを開けて中を確認する。

 

 やっぱり三人の女性がいた。

 どうやら幻覚じゃないらしい。

 

「ジーザス」

 

 思わず、天を仰いでそんな言葉を口に出してしまう。

 

「えっと……どういうことだ? 勇者さん」

 

 とりあえずは状況把握。ってことで、顔見知りで諸悪の根源(確定)である勇者を問い詰めることにした。

 

「確か俺は、大人しくしておいてくれと言ったよな? 事と場合によっちゃあ家から追い出すぞ?」

「いや、何も難しいことではない。この子達は俺の仲間だ」

「仲間?」

 

 まぁ、そりゃ勇者だって言うぐらいなら仲間がいてもおかしくないが……それにしても全員女性ってどうよ? 

 ああでも、こいつって女キャラが沢山登場するゲームの主人公だっけ。

 

「ああ、仲間だ。お前の家にある本を読んでいると、どうもお前は沢山の女性に囲まれた生活を望んでいるようだったのでな。俺を呼び寄せた時と同じ方法で呼ばせてもらった」

 

 確かに俺が持っているマンガやラノベの類はそういうのが多い。

 ハーレムを望んでいる……とまでは言わないが、東と違い人並みにモテたい願望はある。

 ただまぁ俺の場合、良い話・泣ける話のものを某大型掲示板で探した結果がコレだっただけなのだが……――。

 

 ――……って。

 

「お前と同じ方法?!」

「ああ。そこにある、昨日お前が色々と設定していたパソコンを使ってな」

 

 気付くのが遅れた……! 勇者が親指でカッコ良く指したその先、そこには昨日徹夜で作業をした懐かしき俺の愛機が……!

 

 そうだ。こいつと同じ方法ってことはもしかして……。

 

 …………。

 …………。

 

 うん。結論から言おう。

 

 こ わ れ て る 。

 

 指差された瞬間、すぐさま確認のために電源ボタンを押した。

 でも……反応しなかった。

 完成した今朝は反応してくれたのに……。

 

 なんて……なんて無力感だ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜……!!!

 

 その場でひざまずく俺に、勇者は何処かうれしそうに言葉を続ける。

 

「どんなものかは知っていたのだが、使い方がわからなくてな……結構苦労した。それでもお前に、この世界に呼んでもらった恩と、俺をすぐさま親友と認めてくれた恩を返したくてな」

 

 そんなこと……そんなこと、俺は望んでいない! このパソコンは我が家の最後の機体だ! なのに……なのにこいつは!

 

 次は昨日みたいに抑えることが出来なかった。叫ぶつもりで勢いよく振り返る。

 

 だが俺は……言葉を失ってしまった。むしろ勇者に軽い感謝の気持ちすら沸いてしまった。

 

 何故かって? そんなのは簡単だ。俺の視界に入った三人の女性が美人だったから。

 ただそれだけだ。

 それだけだが、結構重要なことだと俺は思うぞ?

 

「…………」

 

 その三者三様の綺麗さに俺は、先程までの怒りを忘れて魅入ってしまった。

 “見入って”しまったんじゃない。“魅入って”しまったんだ。

 美しい・綺麗と言う言葉が失礼なほどの美しさ、なんて一節が脳裏を過ぎる。

 

「紹介する。こいつが今回、俺を呼んでくれた親友の峰岸雄樹だ」

 

 勇者が俺を目で示しながら三人の女性に紹介してくれる。

 すると勇者の右隣に座っていた、少しだけ背の低い同年代ぐらいの女の子が立ち上がり、自らを紹介する。

 

「よろしく。えっと……峰岸君でいいかな? あたしの名前はセルシリア・アウ・ミルフィリチィア」

 

 橙色(だいだいいろ)の髪を黒いリボンでツインテールにした、幼さと大人の中間ぐらいの顔立ちをしている女性。

 黒いフレアスカートにスパッツ、髪と同じ色を基調とした二の腕が見える服と、活発な印象を受ける服装をしているが、彼女の纏っている雰囲気はどこか気品がある。

 美少女、という言葉がピッタリな女の人だ。

 

 ひざまずいていた俺も急いで立ち上がってあいさつをする。

 

「あ、えっ、その、よろしく。セルシリアさん」

「は? なにそれ」

 

 気品なんて言葉が突然遠くに旅立ってしまった。

 

「えっと……何かおかしかったかな?」

「おかしいも何も、これから付き合いが長くなるのに“セルシリアさん”は他人行儀すぎるんじゃない?」

「そうかな?」

「そうよ」

「じゃあ……えっと、セルシリア、で良いのかな?」

「長い」

「えっ?!」

「あたしのことは皆セリアって呼ぶわ」

 

 なら最初からそう言え。

 

「わかった。それじゃあセリア、これからよろしくお願いします」

 

 なんか、喋れば喋るほど気品なんて言葉が遠くなっていく。

 見た目相応……でもない。むしろ少しだけ子供っぽく見える。喋り方とかじゃなくて……声そのものとでも言うのだろうか。仲良くなって印象が変わるんじゃなくて、少し会話をしただけで印象が変わってしまった。

 

「それで、この子がミレイだ」

 

 勇者の左腕にしがみついていた女の子が立ち上がり、無言で頭をペコリと下げる。

 

 成長すれば美人になること確定済みな、十才前後の幼い顔立ち。

 肩には届いていない、短くて綺麗な銀色の髪。

 見た目に反して落ち着いた雰囲気をしている美幼女……なんて言葉がピッタリな女の子。……ちょっと卑猥に聞こえるけど……。

 

「彼女はちょっとした事情で喋ることが出来なくてな。そのことで少し迷惑をかけることになるかもしれん」

(そこのところも含めてよろしく)

 

 勇者の紹介に続くよう、スケッチブックにそう書かれた文字を見せてくるミレイ。

 そのスケッチブックは俺のなんだが……まぁいいか。どうせ使わない代物だし。

 

「ああ、よろしく。ミレイ」

 

 そう言って右手を差し出すが、勇者の腕をギュッと掴んで拒否の意思を示す。人見知りする子なのだろうか。

 何ともまぁ……見た目相応に可愛らしいところがあるじゃないか。

 

「えっ?!」

 

 突然勇者がミレイの方を向きながら驚きの声を上げた。

 

「どうした?」

「ん……その、俺はミレイが何を言っているのかわかるのだが」

「へぇ〜」

「それで、彼女が直接、雄樹に言って欲しいことがあるとのことなのでな」

「へぇ〜……それで、彼女は何て?」

「それが……その……一字一句変えずに言え、とのことなので言わしてもらうが……」

「うんうん」

 

 あの勇者がここまで言うのにためらうことなんだ。きっと何か恥ずかしいことに違いない。

 「雄樹さん、カッコイイですね」とか「あなたを見ていると……胸がドキドキして……」とか「おにいちゃん、って呼んで良いですか?」とかかもしれない。

 向こうの世界の子がこちらに飛ばされると同時に一目惚れする、なんてことは良くある設定だ。

 

「気安く触ろうとするな。気持ち悪いんだよ」

「…………」

 

 …………えっと。

 

「勇者さん、それはマジですか?」

「残念ながら、本当だ。彼女はこれでも口が悪くてな……聞こえないのを良いことに、ってやつだ」

 

 ああ、そうですか。見た目に騙されるな、ってのをまさかここで、現実で知ることになろうとはね。

 

 黒い服の上から白のワンピース、さらに青い色をした皮製のカーディガン型の服を着ている少女ミレイは、優雅にその場に座りなおした。

 伝えたいことを伝えることが出来て満足……なんだろうな。その表情は。

 

「それと、あちらがスルトだ」

 

 勇者の視線を辿るとそこには、白いブラウスに茶色いベスト、同色のチョーカーに緑色のロングスカートといった服装をしている、何とも形容し難い綺麗な女性が、丁寧かつ優雅に立っていた。

 

「以後お見知りおきを、雄樹君。私(わたくし)はスルト・ヴィルオール。勇者さんが呼んだまま、スルトとお呼びください」

 

 そう言ってお辞儀をするスルトさん。立っているのがベランダ側だからか、後ろから太陽の光と夕陽が入り混じった光が射し込んでいる。

 それを背に頭を下げるスルトさんは、とてつもなく綺麗だった。

 

 陽の光を浴び、より一層輝きが増したように見える、とてもキレイな新緑葉の色をした長い髪。

 髪を結ぶためなのか、後頭部にしてある白くて大きなリボンが、これまた彼女の魅力を一層引き出している。

 穏やかな瞳、落ち着いた雰囲気、微笑を携えた表情、そのどれもが、俺を魅了した。

 

 一言言わせて貰おう。

 一目惚れした。

 スルトは俺の嫁、って思わず書き込んじまうぐらいだ。

 

 今まで「モテるに越したことはないなぁ」程度に考え、特に三次元の女の人を意識したことが無かったのに……彼女の姿を見た途端、その考えが崩れ去った。

 彼女の全てを知りたい。彼女が常に俺のそばにいたら良いのに……そんなことばかり、脳の中で無意識に考えてしまっている自分がいる。

 

 抱きしめたい。頭を撫でたい。体に触れたい。

 そんなことばかり考えてしまう。

 抱きしめて欲しい。頭を撫でて欲しい。体に触れて欲しい。

 そんな願望ばかり沸いてしまう。

 

「その……雄樹君、どうかされましたか? ボーっとされているようでしたけど」

 

 心配しているのが伝わる彼女のその言葉でようやく正常になる。

 ヤバイヤバイ。どうやら彼女を見つめ続けていたみたいだ。

 

「スルトさんがあまりにも美しくて、見惚れてしまいました」

 

 なんて言う根性が俺には無い。

 くっそ〜……こういうのを堂々と言える、天然混じりの主人公がうらやまし過ぎる。

 

「いえ、その、こちらこそよろしくお願いします。スルトさん」

「“さん”なんて付けなくて結構ですよ」

「いえ、その、まぁ……なんとなく、付けておかないと落ち着かないんで」

「まぁ、雄樹君の呼びやすいように呼んでくださって構いませんが」

 

 そう言って微笑むスルトさん。

 あああああ〜〜〜〜〜〜……くそっ、綺麗すぎる! 美しすぎる! 何だよ、この反則的な人はっ! 

 そりゃ他の二人も断然可愛い(性格除く)。むしろ今まで俺が出会ってきた人たちの中では断トツだ。断然トップだ。

 

 こんな青とか緑とかの髪の色した奴が現実にいたら大爆笑だよ。なんてゲームをしながら考えてたけど、彼女達はその色が似合っている……むしろその色以外考えられない! って断言してしまう顔立ちをしているから困る。

 そんな人が現実に現れるなんて……思ってもみなかった。

 

「ちょっとミレイ、さっきからあなた勇者様にくっつき過ぎじゃない?」

 

 ふと、セリアが勇者の左腕にしがみついているミレイに向かって言葉を発する。

 その言葉を聞いたミレイは、サラサラっと言葉を書いてセリアに見せる。

 

(そんなことはない。セリアのかんちがい)

「それこそそんなことは無いと思うんだけど……あたしが気になるからちょっと離れてくれる?」

(イヤ。はなれたくない)

「離れないと、勇者様も迷惑でしょ」

 

 勇者を見上げるミレイ。おお……あの勇者が当惑している。

 

「いや、別に迷惑ではないが」

 

 勇者が少し困ったように答えると、セリアは少しだけ頬を朱(あか)く染め、意を決したように勇者の右腕にしがみついた。ミレイのように、勇者の片腕に自らの両腕を絡めるように。

 

「ほ、ほほほほほら! こ、こんなに密着したら、勇者様、歩けなくなるじゃない?!」

 

 顔を真っ赤にし、声を上擦らせながらミレイに向かって叫ぶセリア。当の勇者はと言えば、顔を真っ赤にして固まっていた。

 おお……あの冷静と言う言葉が独り歩きしているような勇者が固まっている。

 

 でもまぁ、それは当然なのかもしれない。俺だってあの状況なら固まる。色んなところが固まる。

 だって勇者の右腕は、左腕とは違うやわらかだと言われている双(ふた)つのかたまりの間に埋もれているのだから。

 両腕を絡める、ということは、胸元に引き寄せることに他ならない。そのセリアの行動はミレイと一緒なのだが……身体的に一つ、セリアとミレイには大きな違いがあって、そうなるとミレイでは意識していなかった勇者も、セリア相手では意識してしまうと言うもの。

 その女性特有の胸のふくらみに。

 ああくそ……かなり羨ましいじゃねぇか。美少女美幼女二人に腕を挟まれあうなんてよ。

 

 セリアは自分の胸の間に、勇者の腕が挟まっているのに気付いていないのか、顔を赤くしながらも言葉を続ける。

 

「ねぇ勇者様?! 迷惑ですよね?!」

「あ、ああ、いや、その……」

 

 おお、あの勇者が顔を真っ赤にして言葉を必死に探している。最初に見た勇者からは想像もつかない。

 

(セリア、大胆)

「な、何がよ」

(ゆうしゃのうで、セリアのおっぱいにうまってる)

「勇者様の脳で?」

(× ゆうしゃ脳で ○ ゆうしゃの腕)

「…………えっ?」

 

 その文字でようやく、自分の胸元に視線を移すセリア。……やっぱり気付いてなかったんだ。

「や、やややややややや、その、ゴメン、ワザとじゃないの、勇者様! ホント、ワザとじゃなくて!」

 

 腕を放して真っ赤になり、腕をパタパタと振りながら何やら必死になるセリア。

 

「いや、その、こちらこそ、申し訳ない」

「いえいえそんな、あたしの方こそ」

「いやいや、俺こそ――ってええ?!」

 

 ミレイが勇者の腕に全体重を預けだした途端、勇者が激しく動揺しだした。

 ここにきて、勇者のイメージさえも崩れ去ったような気がする。

 と言うか、本当の勇者が見れたような気がして得した気分。

 

「そ、そんなこと、言える筈が無いだろう?」

 

 何だ急に……ってそうか、勇者はミレイの言葉が聞こえるのか。

 ま、ミレイの行動と勇者の言葉からして「私の胸とどっちが気持ち良い?」とかそういう類なのだろう。

 

 そんな感じで勇者を取り合うような会話を繰り返すセリアとミレイ。

 ふと視線をスルトさんに移すと、そんな三人を微笑ましく眺めていた。

 俺の視線に気付くと、笑みを深くして微笑み返してくれた。やっぱ美人だなぁ……。

 

 何となく予想はしてたけど……やっぱり皆勇者のことが好きなのか。

 セリアは素直になれていないだけで、アレは完全な恋愛感情。

 ミレイは兄弟愛に近しいものを感じるが、それでも好きなのは変わりない。

 スルトさんは……少しだけわからない。大人の余裕で微笑んでいるのか、恋愛感情が無いから微笑んでいるのか、そこがわからない。ま、嫌っていないのは確かだな。

 

 そんな俺に恋愛感情を抱くわけが無い三人を呼ばれても……と思わないと言ったらウソになる。

 でもま、本来の勇者も見れたし、スルトさんという美人さんにも会えたし、なにより四人全員が楽しそうだからいっか。

 パソコン一台で四人の幸せ。そう考えたら安いものだ。そう考えることにしよう。

 

 ……って言うか、考えないとやってられないやいっ。