へっ……自分が眩しいぜ。

 何で人生ってさ、こう上手くいかないことの方が多いんだろうな……。

 

 ただ今の時刻、七時半。

 

 はっは〜……実を言うと組み立てている段階で気付いてたんだけどねっ! 朝日が出てきたことぐらいねっ! 

 でも途中で接続作業やめる気にもならなくてねっ! 

 おかげで徹夜だよ、徹夜! その上これから学校だよ学校! 

 別に休んでも良いだろって話なのかもしれないけど、友人に訊かなければ気が済まない! 勇者が出てきたんだけどどういうことだ、ってねっ!

 

 ちなみにその肝心の勇者はと言うと、俺が寝ても良いと言ったにも関わらず、ベッドを背もたれにして床に座り、ずっとマンガを読んでやがった。

 まぁ、それが悪いことだとは言わないけどさ……俺の部屋にある三段式本棚二つに収まっているマンガ&ラノベを読むためだけに徹夜って……どうなんだろ? いつでも読めるもんなんだし、そこまで無理しなくても良かったのでは? 

 まぁ、そのことを指摘しなかった俺も悪いっちゃあ悪いのかもしれないけど……。

 

 っと、とりあえずそれは置いとくとして。

 徹夜して何とかパソコンの接続は終わったんだが、前述の理由上学校には行かなくちゃならんし。某大型掲示板への書き込みは学校から帰ってきてからでいっか。

 

 今日の準備はしてある。と言っても勉強道具は全部置き勉してるんだけど。

 通学用カバンの中には昨日勇者を呼び寄せたディスクと筆記用具だけ。何て軽さ! 

 ……ふぅ、いいから早く着替えて準備して、学校へと行くとするか。

 授業時間=睡眠時間の公式を持っている俺(体育除く)。だから今日は余裕で乗り切れる。なんせ、体育がないのだから!

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 歯を磨いて顔を洗い、リビングへと足を運ぶ。

 

「あら、おはようございます。雄樹さん」

「おはよう、彩香さん」

 

 キッチンで朝食の準備をしている彩香さんにあいさつをし、椅子に腰掛ける。

 

 濃紺のワンピース、フリルの付いた白いエプロンを組み合わせたエプロンドレス――俗に言うメイド服を着て彼女は仕事をしている。

 これは俺が着てくれと頼んだわけではない。彼女が自分の趣味で着ているだけで、俺自身コスプレさせる趣味はまったく、これっぽっちも無い。その辺は勘違いしないで欲しい。

 

「制服に着替えて……今日は学校へ行かれるのですか?」

 

 多くの驚きと少しの喜びを表情に表しながら、彩香さんがそんな疑問を投げかけてくる。

 

「ん。ちょっと友人に用事があってね」

「そうですか。二日連続で学校に行かれるなんて、珍しいですね」

「まぁねぇ」

「ふふっ……学校は楽しいですか?」

「全然」

 

 即答する。

 まったく……あんな底辺高校がなんで楽しいんだ。友人に文句を言いに行く用事さえなかったらいかないよ。

 

「そうですか。相変わらずですね」

 

 それなのにこの人は、微笑みながらそんなことを言ってくる。

 

 たぶん彩香さんは、俺が今の高校自体を毛嫌いしているのを知っている。

 だからなのか、特に文句を言ってくるなんてことはしない。

 と言うか、高校へと行く日は上機嫌になってくれる。……もしかして俺、家にいると邪魔なのかな……? ……いや、邪魔なんだろうけどさ。

 

「昼食はどうされますか?」

 

 朝食をテーブルに並べながらのいつもの会話。

 

「ん〜……購買で何か買うよ」

「わかりました。ではこちら、昼食の代金です」

「ありがとう」

 

 エプロンのポケットから出てきた千円札を受け取る。

 この家のお金は全て彩香さんに管理してもらっている。だからこうしてお昼のお金をもらうなんてよくあることだ。

 

 全幅の信頼……そう言えば聞こえは良いが、要は面倒事全てを彼女に押し付けていることになる。

 食事・掃除・洗濯など全ての家事、さらには家のお金の全管理と、もうこの家のこと全部押し付けてしまっている。

 それが仕事ですから、って彼女は言うけど……ちょっと甘えすぎている自覚はある。

 

「あ、そうそう。今日は俺の部屋の掃除いらないから」

「そうですか」

「うん、ちょっと昔のパソコン接続している途中で、手間取っちゃってさ」

「そう言えば昨日、パソコンが壊れたと言っていましたね」

 

 返事をしながら、俺の向かいの席に腰掛ける彩香さん。

 食事をする時は二人一緒って俺が提案したからだ。やっぱ楽しい食事って大切じゃん?

 

 ちなみにパソコンの話は、あらかじめ用意していたウソ。とりあえずこれで俺の部屋には入ってこないだろう。

 彩香さんはパソコンに弱いし、勇者にも部屋から極力出ないでくれと言っておいた。俺ってテラ策士じゃね?

 

「うん、そういうことだからよろしく」

「はい、わかりました。じゃあ朝食にしましょうか」

「うん」

 

 焼いたトーストにハムエッグ、マンガとかでよく見る朝食のメニュー。朝はパン派な俺からしたら最高なメニューだ。

 

「じゃあ、いただきます」

「はい。いただきましょう」

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 時刻は八時二十分。

 一年五組の教室。この時間になっても教室にほとんど生徒がいない。今でも十人辛うじて居る位だ。

 サボリが多くて……とかじゃなくて、皆遅刻ギリギリに登校してくるから。予鈴が後五分後、本鈴が後十分後、って感じ。

 

 とりあえず廊下側の、前からも後ろからもど真ん中の席、その自分の席にカバンを置き、中からゲームのディスクが入ったケースを取り出す。

 ……誤解が無いよう言っておくが、あくまでディスクケースだ。買ったときの様なあんな大きな箱ごとは借りていない。

 ソレを手に持ち、窓際から二列目の前から三番目の席で、文庫本を読んでいる友人の元へ行く。

 

「はいこれ。返す」

「ん……おお、珍しいな」

 

 文庫本から顔を上げ、少しだけビックリしたような表情で受け取る友人。

 

 名は東忠宏(あずまただひろ)。フチの無いメガネをかけ、少しだけ鋭い目つきをした、知的でクールな雰囲気を纏った俺の友人である男。

 顔つきは俺と違いかなり整っており、おそらくその雰囲気と少し冷めた所があるせいでモテないのだろうが、人気はかなり高いと思う(ほとんど学校に来ない俺が言っても説得力無いが)。

 むしろ、成績優秀でスポーツ万能だしモテ無いほうがおかしい。

 ……んん〜……勇者を見る前はコイツが一番カッコイイと思ってたんだが……それほど勇者がカッコ良すぎるということか。

 

 そんな彼の趣味は、俺にこんなゲームを貸してくれたことから簡単にわかるだろうが、そういうオタク的なもの。

 今こうして俺が話しかけるまで読んでいた本も、ブックカバーで隠しているとは言え十中八九、ライトノベル。

 それが悪いこととは言わないが……まぁ彼は簡単に言うと「顔が良くてモテる要素がありまくりなオタク」なのである。

 もっとも本人はモテることに何の関心も無いんだけど。

「三次元の嫁なんていらない。俺には二次元に沢山の嫁と妹と姉と幼馴染がいるからな。そいつらの養いだけで一杯一杯だ」

 とは本人談。

 

「何が珍しいんだ?」

「君が二日連続で学校に来ることがだ。僕はもうインストールし終えたから、返してくれるのはいつでも良かったんだぞ?」

 

 俺の疑問に答えながら、机の横にかけてあるカバンの中に例のディスクを仕舞う。

 

「そりゃそうなんだが……ちょっとお前に訊きたいことがあってな」

「訊きたいこと? 攻略なら攻略サイトでも見てくれよ」

「いや、そういうのじゃない。実は――」

 

 ゲームを起動したら金髪の男がディスプレイから出てきたんだけど。

 

 と言いかけて、気付く。

 

 これじゃあただの妄想野郎の中二病患者じゃないか。

 

 昨日の出来事と徹夜明けのせいで気付けなかった。

 …………。

 ……いや、今はこの言う直前で気付けたことに感謝しよう。

 

 脳内に無数の嫁と妹と姉と幼馴染がいる東でも引くところだった。

 彼はその辺りの分別はついてるからなぁ……二次元の嫁が現実に出てきたらどうする? って訊いたときも、三次元になった時点で興味が無くなる、なんて答えたぐらい分別がついている。

 ……ん? 今更だけどそれって、もしかして末期なんじゃねぇのか?

 

「実は……どうしたんだ?」

 

 東の言葉で我に帰る。

 そうだ。今はコイツが末期なのかどうかが問題なんじゃなくて、今この状況をどうにかすることが問題なんだ。

 

「実は……実は、実は……」

 

 今でさえ不自然なのに、ここで突然話を変えるとさらに不自然だ。何とかして別の話題を……別の……。

 

「その……アレだ…………昨日寝る前からずっと考えてたんだけど……現実世界に出てくるのが男だったらどうする?」

「男だったら?」

 

 うはっ! 俺なんてナイスな切り替えし! 自分の才能に激しく嫉妬www

 

「そうそう。女だったら、三次元に出てきた時点で興味がなくなるんだろ?」

「ああ」

「もしそれが男だったら、って話だ」

「……君は、寝る前にそんなことを考えていたのか?」

「いや、俺だったらすぐに信じてしまうけど、東だったらどうするのかなぁ……って思って」

 

 うん、我ながら完璧。

 東が呆れきった表情をしているけどそこはスルーで大丈夫だろう。

 

「そうだなぁ……良い奴なら親友になろうとするかな」

 

 答えてくれるときはどんなくだらないことでも真剣に悩んでくれる。

 おそらくこれも彼の魅力の一つだ。

 

「親友……ねぇ」

「もっとも、向こうから僕に歩み寄ろうとしてくれない限りは、仲良くなろうとも思わないだろうけど」

 

 つまり、向こうから歩み寄る気があるのならこちらも歩み寄ってやろうと、そういうことか。

 

 っと、予鈴が鳴ってしまった。

 このタイミングだと……おっ、やっぱり。今日もいつも通りだな。

 

 教室に入ってきた一人の女子。名を星辰茜(ほしときあかね)という。

 

 黒い髪の左右をリボンで飾り付けした、大人しい雰囲気を纏った可愛いらしい人。

 個人的に顔は良い方だと思うのだが、基本的に俯いており、しかもあまり社交的じゃないので、話題に登る事自体が少ない(ほとんど学校に来ない(以下略))。

 

 俺の好きな人……とかじゃなくて、東のこと“が”好きな女子。

 昔一度そのことで相談されたことがある。そんでまぁ、東に色々と訊いた結果が……脳内の嫁と妹と姉と幼馴染で大変だ、と言う話。

 まぁその、つまりなんだ……彼女にはほとんど望みが無いと言うわけで……前途多難とかいうレベルの話じゃなくなってきてるわけで……。

 もっとも、そのことを彼女本人には話しておらず、今はまだ好きな人がいないみたい、と伝えておいた。……間違いじゃないよな? 三次元的な意味じゃあその通りなんだし。

 

「それじゃあ俺、自分の席に戻るわ」

「ああ」

 

 予鈴が鳴ると、俺はいつも自分の席に戻る。それは彼女への配慮。

 

 彼女の席は東の右隣。俺がいると何かと話しにくいかと思い、彼女が登校すると同時に俺は自分の席に戻るようにしている。

 ……もっとも、俺はほとんど学校に来ないのだけれど。

 だからだろう。

 俺は、彼女に相談された時と彼女に結果を伝えた時、この二回以来話した記憶が無い。彼女自身が社交的じゃないのもあるが……俺自身も話しかける用事がソレしか無いのもちょっとイヤだからだ。

 

 俺との話が終わり、ラノベを再び読み出していた東に、必死に話しかける星辰。東も本から顔を上げてその会話に付き合っている。あくまで不服そうな感情はなさそうだ。

 ……社交的でない彼女が必死に話しかける光景が、少しだけ微笑ましい。

 でも何て言うか……相手があの東だからなぁ……彼女も、相当頑張らないといけない。