「それで、結局この世界がどういうものか説明すれば良いのか?」
さっきの質問をもう一度投げかける。
男には悪いが床に座ってもらうことにした。ま、カーペットは敷いてあるし、座布団を持って来るとなると彩香さんに勘付かれるかもしれないしな。
「いや、それは別に大丈夫だ」
「ん? どうして?」
「この世界に来た段階で、ある程度のことは理解しているつもりだ。お前の後ろにある機械がパソコンという名前だと言うのも知っているし、どういう用途で使うかも知っている」
ふむ……何とも便利なものだ。
こういう別の世界の人間が来た時ってのは、あいすくりーむって何ですか? とか訊かれてからかうもんだと思ってたんだけど……いやまぁ、この男にそんなことされても逆に困るんだけどさ。
冷静で大人びた雰囲気、でもそれは高校生がクールに決めようと頑張っている。真の大人から見ればまだまだ子供だと判断されそう。
そんな雰囲気をこの男からは感じる。だからこうも、見た目は大人っぽいのに同級生みたいに話せるのかもしれない。
「ってそう言えば、お互いまだ名前を言ってなかったな。俺の名前は峰岸雄樹(みねぎしゆうき)。そっちの世界では変わった名前かもしれないけどさ」
「いや、そちらの世界ではそういうのが普通の名前だと言うのは知っている」
ホント、便利だよねぇ〜……。
「では、雄樹と呼ばせてもらおう」
「あぁ〜……そのさぁ、出来れば名字で呼んでくれないか?」
背中がむず痒い。
「ん? どうしてだ?」
「あんまり下の名前を呼びなれてなくてさ。この世界じゃあ友達でも名字で呼ぶのが普通でな」
「敬う訳でもないのに家系の名を呼ぶのはおかしいと思うのだが」
「それでも、友達は名字で呼ぶの」
「ふむ……だがそれは友達だからだろ? 俺はお前と親友になりたいと思っている」
「……はい?」
「だから、親友になりたい、と」
「その……またなんで? 出会ってまだ十分も経ってないと思うんだけど……」
「時間なんて関係ない。俺は自分の存在を認めてくれた者には親友になりたいと言ってきた。そしてその第一歩が、名前を呼ぶことだった」
あぁ〜……つまり、こうもあっさりこの男のことを「別世界の住人」と認めてしまったのがダメだったって訳か。
信じることから始まる人間関係。
早くもそういう急速展開ですか。
ホント、女の人に言われてみたいセリフだよな。下の名前で呼ばしてください、ってさ。
「ああ、うん、わかった。だったら下の名前で呼んでくれて大丈夫」
親に呼ばれているのと同じだと思えば良い。要は慣れだ。
「それで、お前の名前は?」
「実を言うと……俺に名前は無い」
「……は?」
まさかの名前を入力してください画面だよ……。
……んまぁ、確かによくよく考えれば、それで当然だよな。
女の子が沢山出てくるゲームの中から、男の子が出てきたんだ。主人公クラスに決まってるよ。しかも自分で名前を決めるパターンの。だったら俺が精魂込めて考えてやらないと……最高の名前を。
デフォルトの名前、っていうオチもありだとは思うけど、こういう時はリアルにいかないとな。
今のゲーム事情からいけばさすがに四文字以内、なんてことは無いと思う。もしかしたら漢字もいけるかもしれない。
まぁ、もしいけたとしても漢字の名前は個人的に無い。金髪のイケメン捕まえて日本名は……マジでない。似合わなすぎる。……いや、そこをあえて、という手も……。
「……さっきから何を考えている?」
「何って……お前の名前」
「は?」
おっ、ここにきてクールな表情が少しだけ崩れた。だが少しだけ呆れて見えるのは気のせいか? うん、気のせいと言うことにしておこう。定番定番。
「カッコイイ名前を考えてやってるんだ。安心しろ、俺はギャグに走ったような名前にはしない」
「…………はぁ」
何故かため息を吐かれた。そんなに俺に期待できないか。ふっ、今に見てろ。俺のネーミングセンスに脱帽するが良い!(良い意味で)
「実に申し訳ないが、俺は名前がない訳ではない」
「なん……だと……?」
「正確に言うと忘れてしまったんだ。何百年も本名を呼ばれていなかったからな」
「記憶喪失フラグキタコレ!」
「は?」
「いや、何もない」
心の中で叫ぶはずの言葉を叫んじまったぜ……危ねぇ危ねぇ。
さっきからこの男も怪訝な表情しかしてないし、変な奴のところに来ちまったなぁ、って思われるのはすんごく憤慨なのでそろそろ自重しよう。
「それじゃあ結局、周りに何て呼ばれてたんだ? 本名で呼ばれていなかっただけで、呼ばれ方はあったんだろ?」
「ああ。周囲には勇者と呼ばれていた」
「ああ、そう言えばさっき、何百年も本名を呼ばれてなかったって言ったけど、実際何歳なんだ? お前」
「どうして俺の名前を無かったことにしようとしている」
「イエ、ソンナコトハアリマセンヨ?」
ちっ……バレてるか。
正直自分のことを勇者と呼べなんて……だって勇者って、アレだろ? 世界の英雄、的なそういう意味が込められてるんだろ?
それで呼べって……ちょっとなぁ。図々しいと言うか何と言うか……まぁ、本人がそう呼んでくれって言ってるんだから、そう呼ぶしかないか。もし身に合わない名前だったら、コイツ本人を皮肉ることにもなるしな。
はぁ……と思わずため息が出てしまう。
「それじゃあ、勇者、で良いのか」
「ああ、皆そう呼ぶ」
本当かよ。
「それで、結局どうなんだ? 何歳なんだよお前」
「ふむ……実はそれもわからなくてな。実際問題数えていないのだ」
ここでも記憶喪失フラグですか。
「そっか……ま、年齢なんて関係ないしな」
ま、そのことは構わないか。訊いといてなんだけど。だって年齢に関しては事実だろうと虚言だろうとあんまり関係ないし。
見た目がアレでも、ま、アチラの世界ではそれでもおかしくないのかもしれない。などと一人納得したところで、勇者が逆に訊いてきた。
「見た目的にソレは有り得ないだろ、とは思わないのか?」
「ん? そんなの、勇者って呼ばれるぐらいだから不老だったりするんじゃねぇの?」
「うん。……まあ、それに近いものなんだが……。今まで年齢の話をすると、大抵は疑われたから、ちょっと不思議に思ってな」
思ったことをそのまま答えると、なんか少しだけ嬉しそうにしやがった。……もしかして俺、勇者ルートに入っちゃってる?
ヤバイ。これ以上の会話はヤバイ。
気になることはもっと大量にあるのかもしれないが、如何せんこれでも頭は混乱している。だって肝心の気になる事だって頭の中でまとまってないし。
「別世界の住人」だって認めることはすぐに出来ていても、理解することはすぐに出来ていない。
だったら後日、脳内を整理し終えてからでも大丈夫だろう。
今はとりあえず……この出来事を某大型掲示板に書き込まなくてはっ!!
スレタイはそうだな……今俺の後ろに勇者がいるんだけど、何か質問ある? これでいこう。
叩かれまくるのは百も承知。過疎られるかもしれない確率もかなり高いが、それでもおもしろければ万事ОK! と言うか、アイツらの質問のおかげで冷静になれるかもしれないし!
という訳で、真っ暗になったディスプレイへと向き直る。
ファンが回る音がしないから、自動的に電源でも切れてしまったのだろうか? とりあえず電源ボタンを押す。
…………。…………。
うん。結論から言おう。
こ わ れ て る 。
正直脳のどっかで予想は出来てたんだよねぇ〜……妙に冷静に受け止めている自分がいる。
「ってマジかよ?! 冗談じゃねぇよ! 保障期間終わって半年で壊れてんじゃねぇよ! 泣くよ?! とりあえず泣いちゃうよ?! 俺!」
だがすぐさま机の下に設置してあるパソコンに向かって叫び声を上げる。
だって俺の愛機だぜ?! 約二年と半年も付き合ってきたんだぜ?! それなのに……あんまりだ。
「どうかしたのか? 雄樹」
くっ……こいつが、こいつが出てきたせいで……!
「お前のせいでな、俺のパソコンが壊れちまったんだよ! どう責任とんだよ! えっ?! もし責任取れねぇってんなら、この家から出て行け!」
なんて叫ぶ訳が無い。そんな八つ当たりする主人公も俺は大ッ嫌いだ。
確かにパソコンが壊れたのはコイツのせいだろう。でも、コイツだって望んでこの世界に来た訳じゃないのかもしれない。それなのに勝手にブチ切れるなんて……最低すぎるだろ?
っとそうだ。一つ訊くことが出来た。この世界に望んできたのかどうか。うん、次質問する機会があったらすることにしよう。今はとりあえず――
「いや、なんでもない。パソコンが壊れてしまってな。ちょっと今から代用品を用意するから、もし寝るならそのベッドを使ってくれ」
――予備のパソコンのセッティングをしよう。
勇者には俺のベッドで寝てもらうとして、とりあえず隣の空き部屋に置いてある、このパソコンを買う前に使っていたパソコンを持ってくることにしよう。
時刻は十二時ちょい前……ってもうそんな時間か。
今からなら、朝には完成するだろうか……? でも徹夜はちょっとヤだな。明日は勇者を呼び寄せたこのゲームを貸してくれたやつに文句を言いに行くため、学校に行きたい。
……仕方が無い。今日中に某大型掲示板への書き込みをする、って目標を取り消すか。別に明日でも大丈夫だし。
よし! 何はともあれ、まずは予備のパソコンを持ってくるとするか。