瞬間、一体は紅先輩に、もう一体は蒼莉さんと麻枝に向かって駆け出してきた!

 

「ぐっ!」

 

 大きな剣戟の音を響かせながら、その剣の一撃を何とか受け止めてみせる紅先輩。

 が、それも一瞬で、すぐさま剣を弾き返す。

 そこから紅先輩は反撃を――いつもはするはずなのに、今回はそのまま防御に回ろうと武器を構える。

 

「やはり、お前でもその攻撃は重すぎるか」

 

 小バカにしたようなその理事長の言葉にも、返事をすることが出来ない。

 それほどまでに重い一撃がきたってのか……! 紅先輩が受け止め、弾くのも困難なほどの一撃が……!

 ……じゃあ蒼莉さんはもっと……!

 

「はぁっ!」

 

 迫る攻撃を、剣の妄想付具を横にして何とかして受け止める。

 が、それで精一杯なのか、紅先輩と違って弾き返すことなど出来ない……! ……だが、そうして少しの時間を稼いだ刹那、甲冑に向かって手の平大の光弾がぶつかった! 盾で防げない位置へのその一撃は、甲冑の足元をグラつかせ、蒼莉さんが何とか受け止めて見せたその一撃を弾き返させることに成功する……!

 

「はぁ……はぁ……ありがと〜、麻枝ちゃん」

「いえ、こちらもこれぐらいの援護で精一杯ですけど」

 

 武器を構えながらの蒼莉さんの言葉に、腕を突き出し、甲冑に向かって追撃を与え続けながら答える麻枝。

 

「でも〜、助かってるのは事実だし〜、ありがとうって気持ちもホントなんだよね〜」

「……まぁ、お礼の言葉ぐらい素直に受け取っておきます。にしても、これからどうしましょうか?」

「そうだね〜……」

 

 盾を突き出し、一歩一歩、だが着実に迫る甲冑を見据えながら、考えを巡らせている蒼莉さん。

 その姿を見つめながら、もしかしてこの人たちは本当に助けを求めようとしないのではと、ボクは考え始めていた。

 

 おそらくさっき、この戦いが始まる前に言った紅先輩の言葉は、この三人共通の認識なのだろう。

 だからきっと、いくら不利になろうとも、たとえ自分達が負けることになったとしても、ボクに助けを求めてこない。

 そういう人たちだからだ、この人たちは。

 

「…………」

 

 そしてその姿を見ている肝心のボクはと言うと……本当に、何もしていなかった。

 最初にしゃがみ込んでしまってからそのまま、立ち上がることもせず、一歩も動かず、ただこの状況を見ているだけだった。

 だって……今もまだボクは、理事長や紅先輩が言った言葉を、まったく理解出来ていなかったから。

 

 だってボクは今まで、自分の中では極ありふれた日常を送ってきたつもりだったんだ。

 あくまでもその中に、異端とも言えるこの妄想能力を扱える時間が少しだけ混じっていただけのつもりだったんだ。

 朝起きて、ご飯を食べて、登校して、数少ない友人に挨拶をして、授業を受けて、休み時間になって、昼休みは逃げるように教室を出て、でも最近イジメられる機会が減ってきたななんて思ってて、放課後になって、異端の時間を過ごして、家に帰ってお風呂に入って晩御飯を食べてテレビを見ながら宿題をして、そして疲れた頃に寝る。

 そんなありきたりな記憶ばかりがあるのだ。

 

 だからどうしても、彼らの言葉を信じることが出来なかった。

 記憶の中にあるこの日常を否定し、今まで異端と思っていた時間のみを過ごしていただなんて、どうやってあっさりと納得できる?

 ……記憶があやふやだったら納得できるのか?

 ……違う。そんなわけが無い。

 だってこんな異端の時間を過ごす前から、あの教室で訊ねられた質問なんてあっさりと答えられたはずがないんだ。

 過ごしていようといまいと、結局のところ答えられた保証なんて無いんだ。

 

 だって、ありきたりな日常だから。

 思わず忘れてしまうほどの、戦争でも起きない限り幸せだと気付けない幸せな、本当に極々普通でありきたりな日常だったから。

 

「…………」

 

 ……いや……でも、ちょっと待って。

 ……今重要なことって、そんなことなんだろうか……?

 今ボクにとって重要なのは、何が真実なのかなんだろうか……?

 

「…………」

 

 重い攻撃を何とかして弾き続ける紅先輩の姿。

 

「…………」

 

 甲冑の足止めをしようと光弾を放ち続ける麻枝の姿。

 

「…………」

 

 この状況から活路を見出そうと思考を張り巡らせている蒼莉さんの姿。

 

「…………」

 

 その姿を見ていると、思う。

 今こんなことを考えるのが、本当にボクにとって重要なことなのかと、心の底から思う。

 ……なら……今の俺にとって、重要なことって何だ……?

 

 ……仲間が、目の前で苦戦している。

 傷を負わされそうになっている。

 ……だったら、重要なことはただ一点。

 

 “俺自身の目標は何だったのか”。

 それだけだ……!

 

「くっ……!」

 

 盾を前にして迫る甲冑の攻撃に備え、思考をやめて構える蒼莉さん。

 ……もっとも、彼女の腕力では受け止めるだけでも辛いだろう。

 

「蒼莉さん、退いてっ!」

 

 だからここは、ボクが前面に出るべきだ……!

 

「俊哉くんっ!?」

「っ!」

 

 驚きの声を上げる蒼莉さんと、驚きで光弾の発射を止める麻枝。

 もっとも、止めてくれたタイミングはバッチリだ。周囲で風が巻き起こるより、この方が防御しやすい!

 

「はぁっ!」

 

 振り上げ、振り下ろしてくるその剣を、槍を具現化して両手で握り、その肘へと攻撃を加えて押さえ込むことで最大限の勢いが乗る前に止めてみせる。

 が、それでも相当の不可がボクの両腕にかかってくる。

 でもこれぐらいなら……紅先輩ほどの技量がなくても止められる……!

 

「ど、どうして〜?」

「どうしても何も、ボクの目標は大切な人や自分なんかを頼ってくれる人を助けることです。だったら、何が現実で何が非現実なのか関係ない。自分の妄想能力が無くなるか無くならないかなんて関係ない。そんなものは後でいくらでも考えられるし、どうすることも出来る。だったら、ボクにとって大切な皆が倒されないよう、自分のこの力を捨てることになってでも、皆を助けてみせるんだ!」

 

 蒼莉さんの質問に叫ぶように答えながら、一歩踏み込んでその肘を弾き飛ばす。

 かなり重い……!

 が、その甲斐あってか向こうは後ろに下がりながら、数歩たたらを踏む。

 

 その隙にボクは槍を包帯に戻し、すぐさま別の槍を具現化する。

 二つの刀身が捻れ合い、螺旋を描いた奇妙な槍の姿に。

 

「最強の盾、だったよな。だったらボクが思い描いて具現化した、この最強の矛とどっちが上か、比べてみようじゃないか!」

 

 向こうが完璧に体勢を立て直す前に、両手で握った槍でそのまま突撃を仕掛ける!

 もしこれが、防御手段の持たぬ存在――たとえば鳥居などだったら、避けられて終わりだっただろう。

 だがこの甲冑は、その左手に盾を持っている。最強の盾と生み出した理事長本人が言っていた、その盾が。

 ならこのタイミングなら、確実に盾に頼るだろう。

 

 だからボクはその上から、奴を貫く……!

 

「はああぁぁぁっ……!」

 

 ギャリギャリギャリ……! と、とてもじゃないが聞いていられない醜い音が聞こえてくる。

 奴の突き出した盾を貫こうと刺突を放った瞬間、受け止められたそのイヤな音が響き渡る。

 

「ぐっ……!」

 

 そんな中でボクは、どうしても先に進まない穂先に苛立ちを感じながらも、ひたすらに押し込もうと力を、盾を破壊しようと体重を、その一点に込め続ける……!

 

 ……が、しばらくするとその音は、あっけない音と共に止んだ。

 分厚いガラスが割れたような、でもそれ以上に鈍い、大きな何かが砕ける音と共に。

 よく見てみると、ボクの槍の刀身がなくなっていた。……見事、最強の盾に敗れたと言う訳だ。

 

 ……が、さすがにタダではやられなかった。

 甲冑が持っていたその盾の中心にも、大きな穴と亀裂を開けることに成功していた……!

 

「ふっ!」

 

 ならばとばかりに、槍の持ち手、その真ん中を捻って引っ張ることで、持ち手から穂先にかけて隠してあった刃を取り出し、そのままその盾の穴を通すように甲冑に向かって投げつける……!

 

「っ!」

 

 ぐっ、と、甲冑の中心部にソレは刺さり、ガシャンと、甲冑が崩れ落ちた。

 ……まずは、一体。

 

「なんだと……?」

 

 驚きの声を上げる理事長を無視し、ボクは剣戟を響かせ続けている紅先輩の元へと駆け出す。

 そしてボロボロになった槍を包帯に戻し、半分以下の長さになった包帯を手首に一巡だけ巻き、そのまま具現化。

 

「っ!」

 

 紅先輩への攻撃を続けながらも、こちらに気付いたのか覆兜の面をこちらに向ける。

 が、ボクの手元に武器が無いことに油断したのか、すぐさま紅先輩へと向き直る。

 ……それが仇となるとも知らずに。

 

「はぁっ!」

「っ!」

 

 何も持っていないはずの両手。

 ソレを剣を持っているかのように突き出し、甲冑の体内に何かを突き入れる。

 ……そう……“見えない刃をした剣”を。

 

 ボクの妄想能力は、武器と認識しているものを具現化する。

 だからたとえ鳥居の妄想能力であろうとも、ボクにとってソレが心の底から武器と感じているのなら、具現化することは可能なのだ。

 つまり甲冑は、ボクに注意を向けなかったせいで、その体を見えざる刃で貫かれたということ。

 

 そのままピタリと動きを止め、甲冑は崩れ落ちた。

 ……これで、二体。

 

「俊哉……」

「良いんだよ。これがボクの、選択だから」

 

 後ろから聞こえた不安げな紅先輩の声に、振り返りもせずきっぱりと答える。

 ……小さく聞こえてきた「ありがとう」の言葉は、とりあえずスルーしておいてやる。

 

「それで、理事長さん。あんたで最後なんだけど」

「まさか、さっきまでへたり込んでいたお前がここまでやるとはな……このせいで、何でも叶う願いも、その妄想能力も使えなくなるのだぞ?」

 

 理事長の試すような言葉に、ふんっ、とバカにしたように鼻を鳴らしてやる。

 

「それが何だ? そもそもボクは“何でも叶う願い”なんてものに興味はないし、妄想能力だって、無くても力を鍛えていくことは出来る。だからよ、今ここにいる皆を助けられるなら、それぐらい無くしたって構わないんだよ、ボクはさ」

 

 その言葉に理事長は、大げさに肩をすくめてみせる。

 

「バカな奴だな」

 

 なんて言葉と共に。

 

「そうなるとお前は、この戦いで負けてそのまま終わってしまうぞ?」

「終わる? そんな訳が無い。だって理事長、あんたの手駒はもう無くなったじゃないか」

「手駒が無くなっただと? 何を勘違いしている。私は、手駒を扱えるのが二体までと言ったまでだ。数ならまだ、呼び寄せることが出来る」

 

 そう言うと、手を開いて大地に向かって翳す。

 すると理事長の周りに、蒼い、一条の光が降り落ちる。

 でもそれは一瞬で消え、次の瞬間には……光が落ちた二つの場所には……クマのぬいぐるみがあった。

 

「なっ……!」

 

 呼んだ当人が一番驚きの声をあげ、睨みつけながらボクの後ろ……紅先輩の方へと強い視線を向ける。

 ……それだけで、紅先輩が何をしたのかが、わかった。きっと壁にでも手を触れ、妄想能力の改竄を用い、呼び出せる対象を先程の甲冑からこのぬいぐるみに変えたのだろう。

 

「さぁ……これで本当に、手詰まりだろ?」

「ぐぅ……!」

「では、行くぞ」

 

 気合の言葉を発すると同時、体を爆ぜさせた。

 一気に勝負をつけるため、理事長との距離を一息に詰める。

 

「なめるなよ……!」

 

 だがボクのその意図が読まれているのか、向こうは距離を開けて冷静に対処しようとしてくる。

 が――

 

「っ!」

 

 ――結論から言うと、それは無理だった。

 なぜなら下がろうとしたその刹那、理事長の頭の後ろに小さな光弾が通り過ぎたから。

 距離が遠くなる分、単発になり多少の時間は食うようになるが、確実な命中精度を誇っている、麻枝の妄想能力によって、足止めをされたから。

 

 その隙にボクは、先程の紅先輩の幻覚と一緒で、天井スレスレまで高く跳ぶ。

 

「またそのパターンか……何度も同じ手を使うのだな」

 

 そう理事長が漏らすのは仕方の無いことなのかもしれない。だって理事長の元には、実際のボクも足して合計三人のボクが、“見えざる刃”の武器を構えて理事長へと向かってきていたのだから。

 高く跳んでいるボクと、跳ばないまま間合いを詰めているボク、そして反対側から挟み込むように迫るボク。

 

「こんなものはな、一度全て幻覚だと思って見れば済むのだよ」

 

 確かに……予め幻覚を放たれると知っているのなら、それで十分だろう。

 きっと今頃理事長の視界は、こうして跳んでいるボクしか見えていないだろう。

 

 ……理事長が見ていた幻覚(もの)よりも、もっと下に降下を始めているボクが。

 

「なにっ……!?」

 

 本来のボクは、蒼莉さんの妄想能力で見えなくしてもらっていた。……きっとそうだと思う。理事長の視点が、ボクの僅か後ろに向いていたところを見ると。

 実際のボクが、こうして天井に手をつけ、落ちる速度を増していたことに気付いていなかったところを見ると。

 

「ぐぅっ……!」

 

 突然落ちてきたに近いボクの攻撃を、それでも受け止める理事長。やはり紅先輩の祖父だけあって、反応速度が半端じゃない。

 ……が、この受け止めさせる行動すらも、ボクの中では想定内の出来事。

 

「今だ! 紅先輩!」

 

 ボクたちにとって、こうすることこそが、目標だったから。

 

「なっ……!」

 

 ボクの後ろから飛び出す形で横手に回る、紅先輩のその姿。

 上から見えざる刃を受け止めさせ、叩きつけるように力を込めている今、そうして迫る紅先輩の横一閃が避けれるはずも無く――

 

「終わりだっ! じぃさん!」

「くっそおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーー……!」

 

 理事長の口から上がる絶叫ごと切り裂くように、紅先輩は両手に握る妄想付具を、その体を横に真っ二つにするかのように、振り抜いた。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 ……終わった……全てが、終わった。

 

 足元に崩れ落ちる理事長の体を見下ろしながら、そんな気持ちが過ぎる。

 

 でも……そうか……これでボクは、この力を扱えなくなるのか……。

 ……いや、後悔なんてしていない。

 ただちょっと……寂しいだけ。

 手元に宿ったこの力には、随分と世話になったから……。

 

 ……今こうして、この力が無くとも強くなろうと思えているのだって、何を隠そうこの力のおかげなんだから。

 だからちょっと……寂しいだけ。

 

 ……でも……これでよかったんだ。

 これで皆は解放され、麻枝もこの力を捨てることに成功して、蒼莉さんも紅先輩も、妄想能力を使っていた理事長のしがらみを解くことが出来て……――

 

 ――……ちょっと、待て。

 ……なんだ……?

 何かが……さっきから何かが、引っかかっている。

 心の中で何かがおかしいと、ずっと叫び続けている。

 

 何が……何がおかしいんだ……?

 

「っ……!」

 

 と、その答えを導き出すよりも早く、再び例の――この理事長室に飛ばされた時と同じ眩暈に襲われる。

 

 そしてその瞬間、気付いた。

 ボクが何に引っかかっていたのかを。

 

 物事を理解できていなかったのは、理事長の妄想能力のせいだ。

 だから、この理事長室で説明されて理解できなかったということは、“あの理事長室もまた、妄想能力の中だったということ”。

 そのことに引っかかっていたのだ。

 “もし妄想能力と関係がない理事長室に出ていたのなら、既にボクも麻枝も、妄想能力が扱えなかった”はずだったと。

 

「くっそ……っ!」

 

 でもそれらに気付くのは、あまりにも遅すぎた。

 そもそも理事長の妄想能力は、他人を自分の望む世界の中に閉じ込めるというもの。

 だからこそ、今までの争奪戦などが成り立っていたのだ。

 妄想能力や妄想付具を扱うことが許されていたのだ。

 

「…………」

 

 次第に収まる眩暈。考え事をしていたせいか、気付かぬ間にまたしゃがみ込んでしまっていた。

 それでも無理矢理、頭を振って今の状況を確認しようと目を凝らし、周囲を見渡す。

 

 そこには先程、戦う前と同じ姿のままの理事長。さっき飛ばされた理事長室よりも狭いが、まったく同じものが揃った部屋。

 ……今思うと、教室二部屋分の広さをしていたのは、おかしいことなのだ。

 だがそれをおかしいとさえ思えなかったのは、やはり理事長の妄想能力の効果だったのか……。

 

「えっ……?」

 

 部屋と現状の確認を終え、さっきまで理解出来ていて納得出来ていなかったことが、段々と納得されて情報が蓄積されていく中で突然、なぜか部屋が白くなっていった。

 白い砂のように、部屋の中にあるありとあらゆるものが、砂のように崩れ落ちていく。

 そして白の砂が山積みにされた頃、その砂は空に舞い上がっていき、最終的には無限の白が空間を支配する場所になっていた。

 唯一部屋に残ったのは、理事長が座っているままの椅子のみ。

 

「…………」

 

 だがそれも、理事長が立ち上がると同時に白の砂となり、空に向かって舞い上がっていく。

 

「…………」

 

 その状況を見て、どういうことだと叫ぶものはいない。

 ……誰もが気付いていたから。こんな状況になって、ボクと同じで気付いたから。

 

 先程の戦い全てが、目の前にいる存在の妄想能力内で行われていたことだということを。

 

 だから紅先輩は、黙って妄想付具を具現化しようとする。

 

「がっ……!」

 

 が、次の瞬間、彼は心臓を押さえて苦しみ、その場に倒れてしまった。

 

「……え?」

 

 あまりにも突然すぎて、ボクはただ呆然と、その姿を見ていることしか出来なかった。

 たとえ紅先輩のその体が、この部屋のものと同じように、白の砂と化し、その粒子を天に昇らせていこうとも。

 

「な……んで……?」

 

 初めて、呆然とした口調で話す蒼莉さんを見た。だがその珍しい状況を珍しいと感じる間も無く、彼女もまた、心臓を押さえ込んで膝から崩れ落ちた。

 ……その手には、具現化しようとしていた、妄想付具だけを残して。

 

「…………」

 

 その様を、目の前に立つ理事長とボクたちは、黙って見ていることしか出来ない。

 紅先輩と同じ末路をたどっている、蒼莉さんのその姿を。

 ……もっとも、理事長はただ無表情に眺めているだけだが、ボクと麻枝は驚愕と恐怖で言葉を失っていただけに過ぎない。

 

「妄想付具が……ダメなのなら」

 

 その呟きが、この白の空間に響き渡る。

 その言葉の意図を悟り、すぐさまボクも妄想能力を具現化しようとする。

 

「っ!」

 

 だがその瞬間には、麻枝と共に倒れてしまう。

 心臓を握りつぶされるほど締め付けられ、胸が圧迫されていく。

 

「ぐぅっ……!」

 

 苦しすぎて、声が漏れ出る。

 霞む視界の中に、白の砂と化し、空に舞い上がる麻枝だったものが映る。

 

「…………」

 

 その瞬間、分かった。

 三人もの犠牲を出してしまってから、自分も犠牲者になってしまってから、ようやく分かった。

 ……またボクは、気付くのが遅れた。

 この白の空間では、妄想能力を使ってはいけなかったのだと。

 たとえ使えない状況になっていようとも、使おうとすらしてはいけなかったのだと。

 

「……不思議なことが出来る自分を妄想することが許されない空間。そういう訳だ」

 

 いつの間にか眼前に立つ、理事長の足。

 ……そう、彼の妄想能力は“理想の世界の構築”。

 だからこそ、こんなことも可能だったのだ。

 

「くそっ……た――」

 

 口を動かしている感覚も、声を出している自覚も、霞んで見えていた視覚も、無くなっていく。

 自分の声が聞こえてくる声も遠く、今はもう、何も聞こえない。

 

 ……この僅かな感覚が無くなったとき、ボクはたぶん、皆と同じ砂になる。

 そのことに悔しさをかみ締めながらも、既にボクは、どうすることも出来ない状況に陥っていて……痛みの無い感覚の中、消えていく自分に恐怖を抱くことも無く、意識が段々と……遠く……なっ…………て…………。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 そうして俺達は、終わりを迎えた。

 

 結局は、何も変えられずに。

 

 誰も救うことも出来ずに。

 

 ただ、真実だけを知って、終わってしまった。

 

 ……でも……だからこそ、ここから始まりなんだ。

 

 見つけた目標を、そのままに歩むために。

 

 終わりこそが、始まりだから。

 

 だから次こそは……次の機会が巡ってこれば、今度こそ、変えて見せよう。

 

 皆を救って、終わりを迎えて見せよう。

 

 この三人と共に。

 

 皆と、共に。