「瞬間的に、自分の足元の地面を隆起させて刺す位置をずらしたのさ」

「……なんでだよ……何でそこまでして、僕を拘束するんだよ……」

 

 呆然と、呟くような疑問を弘喜は口にする。

 

「だってそうだろ? そんな瞬間的に地面を盛り上げられるんなら、妄想付具での攻撃を避けることだって出来たはずだ……! それなのに、何でこんな面倒くさいことすんだよっ!」

「ったく……だから怒鳴るなっての……」

 

 呟くような言葉から、驚愕で塗り固められた絶叫に等しい言葉を上げてくる弘喜に、五月蝿そうに顔を遠ざけながら紅先輩が続ける。

 

「良いか? 答えは簡単だ。お前のその妄想能力が厄介だから、こうして拘束してやってんだよ」

 

 紅先輩が作戦説明時に話してくれた、弘喜という名の男子生徒の妄想能力。

 それは、歩くこと以外の行動が出来なくなる代わりに、誰にも見つけられなくなるというもの。だからさっきも、見えない状態で後ろに回り込んで姿を現し、その直後に妄想付具を具現化して紅先輩を突き刺したのだ。

 

「もしここでお前を逃がせば、あそこで三人と戦ってる俊哉や、俺から離れたアオや麻枝を狙いに行くだろ? それを防ぐために決まってるじゃねぇか」

「違う……そうじゃない……僕が聞きたいのはそんなことじゃない……!」

「あん?」

 

 呟くような声量、だが語気を強めた弘喜のその言葉。

 

「僕の能力が厄介なのは、僕自身が一番理解している……! でもな、どうしてその拘束の役目を、お前が引き受けるんだよ……! リーダーであるお前がっ……!」

 

 紅先輩の行動が理解出来ず、そのことに恐怖しているのか。その声は次第に大きくなっていく。

 

「だってそうだろ……!? そんな役目を引き受けたせいで、お前は脇腹を刺された。痛くないふりをしていても、ソレは刻一刻とお前を死に近づけている……! しかもそれでお前がやられたら、お前らのチームは負けてしまうじゃないかっ……! ソレなのになんで、そんな役目をお前が引き受けてんだよっ!」

「ったく……だから耳元で怒鳴るな。ウルサイっての」

 

 答えるでもなく、紅先輩が静かに呟くと同時、右手を隣にある塔に触れさせる。

 瞬間、先輩と弘喜の拘束が解かれる。

 

「っ!」

 

 が、弘喜のみが塔の後ろから伸びた砂の腕に絡め取られ、座り込まされた状態で再びその塔に拘束される。

 結果的には、拘束の基点が紅先輩から塔に変わっただけだった。……先輩の妄想能力って建物だけじゃないんだな……まさか砂まで自在に操れるなんて……。

 

「さっきまでせっかく我慢してやってたってのになぁ……何度注意しても怒鳴ってきやがるから困る」

 

 さっきと同じように呟きながら、自分の脇腹に刺さった刃を背中から引き抜き、その辺に投げ捨てる。

 投げ捨てられたソレの刃が消え、柄が腕輪に戻るのを確認することもせず、そのまま地面に胡坐をかいて座る。弘喜との距離は相変わらず近く、今にも膝が触れ合いそうなほどの距離だ。

 

「ええっと……んで、何でリーダーである俺が、こんな傷ついてまでお前を拘束してたのか、って話だったよな」

 

 絡め取られた砂の腕から逃れようと、必死に体を捻ったりしている弘喜に声をかける。……が、当の本人は紅先輩の元から一時的にでも離れられた事実からか、抜け出せまいかと必死でとても先輩の話を聞いているようには見えない。

 

「…………」

 

 無言で、右手を地面につける紅先輩。

 

「がああぁぁぁ……!」

 

 ギチギチと聞こえてきそうなほど、弘喜の拘束が強まる。

 

「聞いてきた本人がそんな態度ってぇのは感心しねぇなぁ、弘喜」

「ぐっ……!」

 

 その言葉はよほど不快だったのか、苦々しく唇を噛みながら、紅先輩を睨み付けてくる。

 その態度に先輩は、やはりいつも通りの軽薄な笑みを乗せる。

 

「怖いねぇ……ま、でもこれで、お前も気兼ねなく叫ぶことが出来るってもんだろ?」

「…………」

「そんなに睨み付けてくるなよ。元友人のお前を思って、痛く拘束しないために抑止力として俺を基点に拘束してたってのによ。お前自身がウルサくするから、こうして痛い状態で拘束する目に遭うんだ。ま、自業自得だと思って諦めるんだな」

「……ウルサいのはどっちだよ……」

「お前だろ? 臆病者」

「っ……! ……まぁいい。今はそんなことより、さっきの理由の説明をしてもらおうか」

「この状況で言い合いをしても不利になるだけってのは分かってるか……」

「んなことはどうでも良いんだよ! 良いからさっさと教えろよっ! このクソリーダー!」

「……そこなんだよ。お前がめでたい奴だと言った、もう一つの理由がな」

「……なに?」

 

 どういうことか分からない。そんな表情を塗ったその顔に、紅先輩は静かに告げた。

 

「俺はな、このチームのリーダー何かじゃないんだよ」

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「……リーダーじゃ……無い……?」

「ああ。お前がチームにいるときから、俺はチームのリーダーなんかじゃなかったんだよ」

 

 呆然と呟く弘喜。その言葉に静かに頷く紅先輩。

 だが……弘喜の疑問はもっともだった。

 だってそれは……ボクにとっても、衝撃的なものだったから。

 

「じゃあもしかして……ずっと……?」

「もちろんだ。なんせ、今のチーム内でも知っているのはアオだけだろうさ。……まぁもっとも、今更こんなことを教えたぐらいで、俺のチーム内で亀裂が起きるとも思えないがな。むしろ、勝つためにずっと味方にまで隠し続けていたことを褒めてくれるだろうさ」

 

 ボク達のことを信頼してくれているその言葉に、思わず返事をしたくなる。

 まったくもってその通りだ、と。これぐらいでチームを抜けようとだなんて思いませんと。

 

「それじゃあ……お前のチームのリーダーは、一体……?」

「その答えは、もうお前の中にあるんだろ……?」

 

 呆然と訊ねてくる弘喜に、ただ静かに告げる紅先輩。

 ……そう……誰がリーダーかだなんて、答えは簡単だ。

 弘喜と紅先輩と蒼莉さん、その三人でチームを組んでいて、紅先輩がリーダーで無いとするのなら……リーダーは必然、残りの蒼莉さんということになる。

 

「じつを言うとな、お前が実行に移したあの作戦も、今回俺達が実行に移したこの作戦も、全てアオが仕立て上げたものなんだよ。……俺じゃあこんなに仕込まれた作戦を立てることすら、出来やしない。俺が仕立てることの出来る作戦なんてのは、すぐに思いつく穴だらけのものだけなんだよ」

 

 長時間の作戦考察の時間があるのなら、紅先輩よりも蒼莉さんの方が何枚も上手な作戦を組み立てることが出来る。要はそういうことだろう。

 ……もっともソレは、短時間しか作戦考察の時間が無いのなら、紅先輩の作戦の方が優れたものが出来るということ。……前の争奪戦で麻枝を助ける際の作戦も、先輩が考えたって話しだしな。

 

「アオの奴はさ、人の前に出て話すのが――と言うより、人と話すこと自体が苦手なんだとよ。思ってることが上手く言葉に出来ないとかでな。でも作戦を組み立てさせたら、アイツより上のものなんて早々簡単には出来やしない。だから俺が、アイツの代わりにチームを纏め上げ、作戦を説明してやってんだよ。そしてら何故か、俺がリーダーだって勘違いされるようになっちまった。……要は、それだけの話さ」

「…………」

 

 それだけの話を聞いても、目の前に立つ元チームメイトは無言。ただ驚愕の色を表情に塗っているだけ。

 ……だがソレに違和感を感じたのか、紅先輩が不意に言葉を漏らす。

 

「脳内会話が出来なくて驚いてるのか?」

「っ!」

 

 その不意に漏らした言葉に、さらに驚愕の色を濃くする弘喜。そのことが嬉しかったのか、はたまた楽しかったのか、紅先輩は笑みを深くして続ける。

 

「今更そんなことに驚く必要も無いだろ……っつうか、今までヒントを見せ付けてやってたってのに、やっぱり気付いてなかったのな、お前」

「……何の……話だ……」

「何の話……? そうだな……お前をめでたい奴だと言った最後の理由の話、かな」

「……なに……?」

「お前は何の疑問も抱かなかったのか? 俺の妄想能力はあくまで建物を動かすだけだと思っているのなら、どうして“脇腹を刺されながらも平気で話し続けられているのか”」

「っ……!」

 

 ……そう言えばそうだ……。心臓に刃を突き入れられていなかった、その真実しか見えていなかったが、本来脇腹に突き刺さってもソレはソレで重症なはずだ。

 それなのに紅先輩は……平然と、目の前の男と胡坐をかいて会話をしていた。

 

「簡単なことなんだよ。俺の妄想能力はそんなチャチなもんじゃない。俺の妄想能力はな、他人の妄想能力を改竄できることなんだよ」

「な……に……?」

 

 驚き、言葉を失いながらも、辛うじて声を搾り出す弘喜。

 それに対し紅先輩は、だからこそ、と言葉を続ける。

 

「脇腹を刺されても平気だったんだよ。妄想付具も、厳密には妄想能力の一つだ。発動条件である右手指五本全てで触れさえ出来れば、その刃の傷みを取り除くぐらい容易なことなんだよ」

「じゃあ……じゃあ、砂を操作できたり、僕の脳内会話を、不可能にさせたりしてるのは……?」

「何言ってんだよ。俺が今、こうして現に地面を伝って砂に触れ、砂を解してお前に触れてるじゃないか。だから、それぐらい余裕なんだよ」

「違う……それはおかしい……」

「あ? なにがだよ」

「だって……この砂は、妄想能力でも、何でもない……。だから、お前の言うとおり、お前の妄想能力が、他人の妄想能力改竄なら、砂の操作は説明できないし、何より、僕とチームを組んでいたときに見せていた、壁や床の操作の説明も、まったく出来なくなる……だから、その説明はおかしいんだ……」

「……はぁ……分かっちゃいることだが、こんな話を聞くたびにため息が漏れる」

 

 呆れたように前髪を左手で掻き上げた後、言葉を続ける。

 

「どうせ言っても無駄なことなんだろうが、説明してやるよ。……良いか? そもそもお前の、その前提条件が間違いだってんだ」

「前提条件……だと……?」

「ああ。この砂地が、妄想能力でないって前提条件がな」

「……何を言っている……?」

「俺からしてみれば、お前が何を言っているって気分なんだが……ちょっと冷静になってみろよ。そもそも、机に腕輪をかざしただけで、部屋に移動できたりするのか? 勝負を申し込んで三十分待ってから教室を出たところで、入ってきた場所と出る場所が変わるのか? 変わらないだろ? 本来なら」

「…………」

「理解できないか? だがな、俺はこの説明を、お前と別れる前に三度やっている。だがその全てをお前は、忘れちまっている。そんな空間なんだよ、ここはさ」

「……ここ……?」

「そう、“ここ”だ。この争奪戦用の戦場がじゃない。争奪戦を行っている時の校舎、その中にある教室、時間、その全てがおかしいんだよ。……いや、おかしいなんて曖昧な言い方じゃない。このおかしな空間全てとも言える“ここ”はな、“ある人”の妄想能力で出来た場所なんだよ」

「っ!」

 

 驚き、言葉を詰まらせる弘喜。だがその表情はあまりにも突拍子の無い言葉過ぎたせいか、呆けたものになっていた。

 ……まぁ、それは当然の反応なんだと思う。現にボクだって、視覚共有で入ってくるこの言葉全てが、理解できていない。無意識のうちに、予め知っていたことのように紅先輩の言葉が入ってくるが、まったく理解できていない。

 

「言うならば、学校の姿を借りた別の場所なんだよ」

 

 だがそんなことも構わず続く、先輩の言葉。

 

「だからこそ、争奪戦の時に生まれるあらゆる機能――脳内会話や視覚共有、さっき話した争奪戦のための控え室やらこの戦場、そしてあらゆる空間の捻じ曲げや、果ては“ここ”の中で流れている時間の流れ……それらあらゆる全てが、その“ある人”の妄想能力で生み出されたものなんだよ」

「だから……僕の脳内会話が……遮断されている……?」

「そう言うこったな」

「……違う……そんなはずがない……!」

「そう言っても、これが事実なんだよ。だからこそ俺とアオに協力したら、“何でも叶う願い”を与えることが出来ないって言ったんだよ。……だって俺達の目的が、その“ある人”を倒し、この空間を消滅させることなんだからな」

 

 最後の言葉はまるで、ボクに向けられているようだった。ただの錯覚だろうが、そんな気がしてしまった。そしてその瞬間、

 気付いてしまった。

 “ある人”が誰なのかを。

 

 さっきの言い方で、気付いてしまった。

 争奪戦の商品を提示していた本人……この学校の理事長こそが、この学校の姿をした妄想能力を発動し、その中にボクたち全員を閉じ込めている本人なのだと。

 

「……事実……か……」

 

 俯き、力なく、そんな言葉を呟く弘喜。

 

「でも……それが何だってんだ」

 

 だが次の瞬間には、ニタリとした、深い深い笑みを浮かべた。

 

「要はさ、事実はどうであれお前たちをここで倒しさえすれば、“何でも叶う願い”はもらえるんだろ? だってその“ある人”さえ倒されなければ、その約束が違えることがないんだもんね」

 

 そうして再び顔を上げ、紅先輩の瞳を睨みつける。

 

「じゃあさ……この状況から、僕たちのチームが勝ってやるよ! そして脅威を取り除きさえすれば、実質僕たちの勝利で、“何でも叶う願い”がこの手に収まるんじゃないか! そうだよ! たったそれだけの話なんだよ! 結局、真実がどうであれ、僕たちのやることは変わりないんだよ!」

 

 嬉しそうに声を上げる弘喜の姿に、深く、本当に諦めたかのようにため息を吐く紅先輩。

 

「結局……教えても無駄だったって訳か……」

 

 そして一言、そんな言葉を呟いた。

 向かいの男に聞こえぬ程度の、小さな声で。

 

「脳内会話がなんだ! 使えなくたって、僕たちの勝利は揺るがない! 今囲っているお前のメンバーを倒せば、次は適当に近くにいる奴を囲む! その繰り返しで、僕たちの勝利は確定だっ! はぁ〜っはっはっはっはっはっは……!」

 

 嬉しそうに高笑いを上げながら、真上に向かって顔を向ける弘喜。

 そんな彼に向かって紅先輩は、静かに立ち上がり、その姿を見下ろす。

 ……弘喜の瞳に映る、紅先輩の瞳。

 そこには既に、いつもの表の仮面――飄々とした態度をしているときの瞳の色が、なくなっていた。

 

「……なあ、弘喜」

「……はっはっはっはっはっはぁ……。……はぁ〜あ……なんだい、紅? もしかして、今更僕の下につかせてくれとか? それとも、“何でも叶う願い”を諦めてくださいと土下座でもするのか?」

「お前は今、自分がどういう状況か、分かっているのか?」

 

 弘喜の言葉を無視し、いつもと違う冷めた口調で問いかける紅先輩。その声は脳内会話で聞くときよりも、深く、重いものだった。

 ……もっとも、声をかけられている当人である弘喜は、勝ちを確信して喜んでいるのか、その事実にまったく気付いていない。

 

「分かってるのかも何も、僕が捕まってるんだろ? でも、それが何だって言うんだい? あぁ、もしかして、僕を倒したらリーダー破壊になって、戦いが終わるとでも言いたいのかい? それなら残念。じつは僕はね――」

「リーダーじゃないんだろ? それぐらい知っている」

「っ!」

 

 言葉を封じられることでようやく、紅先輩の言葉の重さに気付いたのか、声を詰まらせる弘喜。そんな彼に向かって、そのままの口調で続ける紅先輩。

 

「少し考えれば分かる。おそらく、実質的なリーダーはお前なのだろう。だが立場上のリーダーは、俺の後輩を囲っている内の三人なんだろ? 俺たちと同じでな」

「なんだ……知ってのかよ」

「考えれば分かると言っただろ? そもそもお前は、今のチームは隠れて作り、その中に入ったじゃないか。と言うことはつまり、お前以外の誰かをリーダーにした三人チームを予め作っておき、俺達のチームから離れた後その中に入ったことになる。なら単純に考えて、お前以外の三人がリーダーだってことになる。……もちろん、お前がリーダーに変わっている可能性もあるにはある。が、お前は慢心の次に警戒心の強い臆病者だ。そんなことはせず、自分をリーダーと見せかけておく方が、向こうの油断を誘えてチームの勝利に一歩近づけるからな」

「チッ……じゃあなんで、今だ僕を拘束してるんだ? そこまで知ってるなら、さっさと僕を殺して離脱させておけば良かったじゃないか」

「相変わらずバカだな、お前は。リーダーで無いとわかっているからこそ、拘束を続けているんだろ? もしリーダーじゃないと分かってなかったなら、ぱっぱと殺していたに決まってる」

「……それじゃあもしかして、三人のうち誰がリーダーか教えて欲しいのか?」

「そんな情報は必要ない。要は、三人全員倒せば済むだけの話だ」

「じゃあ結局どんな理由だってんだよ!?」

 

 シビれを切らして怒鳴ってくる弘喜に、紅先輩は、いつも通りの軽薄な笑みを浮かべてみせる。

 

「……お前を親友だとずっと信じて、最後の最後、昔話したさっきの話を思い出してくれるかもしれないと、ちょっとだけ期待しちまってただけだよ。協力してくれなくても良いから、真実を思い出してくれればと、そう思っただけだよ。……ま、結果的には、俺の方がお前よりバカだったけどな」

 

 肩をすくめて苦笑いを浮かべ、いつも通りの軽薄な口調で言ってのけたその言葉。

 それはまるで、親友に向ける最後の言葉のように感じた。