「そもそも峰くんは妄想能力を手に入れたとき、その能力がどういうものだって教えられた?」

「えっと……人が強く抱く“こんな力があれば良いのに”という一種の誇大妄想の具現化、って聞いたかな……」

 

 一字一句合っているかどうかの自信は無いが、確かそんな感じなことをあの鴉面の男は言っていた気がする。

 

「そう……ならあなたは、最初から間違いを教えられていることになる」

 

 何を考えているのか理解し難い、いつもの無表情で投げかけてきたその淡々とした麻枝の言葉に、オレは表情を曇らせる。

 

「間違い? そんなことは無いだろう。現にこの力は、オレの理想通りの力だぞ」

「たとえ理想通りだとしても、能力に目覚めるきっかけが何なのか、あなたは教えてもらったの?」

「えっ……?」

「教えてもらっていないでしょ? だから厳密には、間違いを教えてもらったのではなくて、ちゃんと詳細まで教えてもらえなかったってこと」

「……じゃあ、その能力に目覚めるきっかけ、ってのは何なんだ?」

「簡単なことよ。あなたがその能力に目覚めた時のことを、よく思い出して」

 

 妄想能力に目覚めた時……あの時は確か、いつもみたいにイジメられてた時……。誰にも見つからない場所で、誰にも救ってもらえない場所で、ただひたすらに殴られ、蹴られ、踏まれ、罵倒され……オレの体に痣を作っていた、忘れたいのに忘れられない、イヤな思い出が詰まってしまっていく状況だった……。

 

「その中であなたは、何か一つの感情が爆発しなかった?」

 

 感情の爆発……? ……そう言えば……確かにあった気がする。

 ……アレは確か……左腕の骨が折られそうになった時……あの時の、オレの感情……。

 

「……まさか……!」

 

 あの時の、オレの思い。

 ……そんなもの、一つしかない。

 

「そう……妄想能力とは、他人への“憎しみ”という感情をエネルギーとして発現されるもの」

 

 そう言うと彼女は、自分の手の平にうっすらと蒼白く輝く光弾を作り出し、続ける。

 

「“こんな能力今の自分では絶対に不可能”、そんな現実を理解しながらも、同時に“こんな能力で憎い存在を殺したい”という妄想をも孕んだ上で成立するのが、この妄想能力というもの。……そもそも人それぞれ、様々な能力をこうして具現化しているのだって、膨大なエネルギーが必要なの。常人ではとても補えきれない程のエネルギーが。だって人の脳の中にある映像を、現実世界に、限定的とは言え、物質として具現化しているんだもの。そこで、そのエネルギーとして利用されるのが、人間の中で最も発現効率の良いもの。それが、妄想と憎悪、この二つ」

 

 あの鴉面の男が省いた原理の説明、その中にこんな内容があっただなんて……。

 ……でも……。

 

「でもさ……確かにソレは聞いてないことだったけど、それで何かが変わる訳じゃないだろ?」

 

 力を得るための方法が、たとえ美しいものでは無く、泥水のように濁っているものだとしても、得た力を扱う人たちが濁っていなければ、それは蒸留されたキレイな水となるはずだ。

 

「そう……確かに原理がとてつもなく醜くても、ソレをあなた自身が嫌悪しなければ、その能力はあなたにとって十分な力になるはず。……でも私は、そんな風には考えられない」

 

 彼女の声のトーンが、少しだけ落ちる。にも関わらず、瞳に灯っていた強い意志は、より一層の輝きを増す。

 

「あの子達を護りたい。あの子達の先頭に立って歩きたい。あの子達を支えて、真っ直ぐな人間に成長させたい。それが、私の願い。私の思い。誰にも譲れない確固たる信念。だからこんな、他人への憎しみで具現化する力なんて、早く手放さなくちゃいけない。だって私は、私自身の強さを、あの子達に見せなきゃいけないから。強さを示して、先頭に立って、あの子達の見本にならなきゃいけないから。……私だって、他人を憎まずに生きて行くなんてものが無理なのは分かってる。でも、憎しみを表に出さずに生きていくことは、絶対に出来る。出来ることをしないなんてのは、弱いのと同じ。だから、先頭に立って見本になりたいと言っている私が、他人を憎んで表に出しているなんてこと、あの子達に知られちゃいけない。憎しみで具現化する力を振るってるだなんて、知られちゃいけない。だから棄てたいの。この力を。たとえコレが、あの子達を護れる力になるとしても」

 

 その強い瞳を見つめながら、その力強い言葉を聞いていると、分かってくる。

 あの子達と呼ばれている妹達のことを、何よりも大切にしているということが。妹達のためならば、どんなことでもしてやるという意思が灯っていることが。

 だから……彼女はこんなにも、強いんだ。

 自分の目標が定まり、目標のために自分を強くし続けているから。

 

 ……ああ……そうか……分かった。彼女の言葉が直接的な理由が、分かった。

 彼女はただ、自分にきびしいだけなんだ。

 自分を強くするために、自分をきびしくし続けてきたが故に、言う言葉全てが直接的になっているんだ。だってそれが、彼女の中で既に、普通になっているから……。

 ……もしかして……予測でしかないけれど、憶測でしかないけれど、思うことが一つある。

 

 麻枝はオレと同じ境遇だと言った。でも彼女が傷つけられていた理由は、おそらくオレとは別のもの。

 ただ憎たらしいとかじゃなくて、おそらくだが彼女の場合、その直接的な言動が原因なのでは無いのだろうか……?

  ……オレが麻枝のことを勘違いしていたように。他人のことを思って言ってくれているその言葉を、周りは嫌味と勘違いしたのではないだろうか……?

 

「…………」

 

 でも……それを本人に訊ねる事は、出来なかった。

 だってオレ自身、彼女にオレが能力を得た経緯を、一つも話していないから。オレだけそんなことを訊くのは、とてつもなく失礼な気がしたから。

 

「なぁ……一つ訊いて良いか?」

「なに?」

 

 だから、別のことを訊ねる事にする。

 

「その妄想能力はイヤなものなんだろ? だったらどうして、そんなの使ってるんだ? イヤなら、無理して使う必要も無いだろ?」

「なんだ、そんなこと」

 

 いつもの瞳、いつもの言葉に戻し、麻枝は淡々と告げた。

 

「あの子達を護るためなら、他人を傷つけることになっても、他人の願いを踏み躙ることになっても構わないと言ったでしょ? それは、私自身にも言えること。だから私自身の気持ちを捻じ曲げることなんて、どうってことないの。早く捨て去れるなら、私は何だって使う。たとえそれが自分にとってイヤなもので、憎くて疎ましいものであったとしても。近道にさえなるのなら、私は何だって良い」

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 彼女は、この力が不要なものだと言った。

 それは確かに……彼女にとってはそうなのかもしれない。

 

 でもまだ、オレには必要なのものなんだ。

 

 だってこの力が無ければ、オレは情けないことに、誰も護ることが出来ない。

 力を御する強さ、力に溺れぬ強さが辛うじてあるだけのオレでは、頼ってくれる人や護りたいと思える人を護るだなんて目標、果たすことなんて到底出来ない。

 彼女のように、力が無くとも誰かを護っていける、そんな自身溢れる強さの無いオレじゃあ……。

 

「私のこの意見をあなたに押し付けるつもりは無い」

 

 麻枝はあの後、そうオレに告げてきた。

 

「私の目指す目標とあなたの目指す目標が違うように、私が得ようとしている強さとあなたが得ようとしている強さも違う。たとえ“護る”という目標が同じであっても、対象が違う。特定の三人と不特定な多人数、そもそもが違う。だから峰くん、あなたは、あなたのやりたいようにやれば良い。目標に向かって強くなる方法になんて、正しい答えはないのだから」

 

 そうも、言ってくれた。……だったらオレは、この力を使って、オレ自身を強くしていく。

 

 目標に近付くためならば、たとえ汚い力であろうとも、完璧に行使していってみせるさ。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「すいません先輩、遅れました」

「紅先輩、遅れました」

 

 麻枝と共に教室に入ると、そこには既に紅先輩も蒼莉さんもいた。待ちくたびれていたのか、二人とも教室に備えてあるパソコンでマインスウィーパー(上級)を嗜んでいた。

 

「遅いぞ、お前達。まったく、もし一位に争奪戦を挑めなかったらどうするつもりだったんだ?」

「本当にすいません」

「……ま、今更一位に勝負を挑むチームなんていねぇから、そんなに怒ってもないんだけどさ。これからは注意してくれよ」

「はい」

 

 紅先輩の注意に、相変わらずの淡々口調で返事をする麻枝。

 

「ま、“これから”なんてことが無いようにするために、一位に争奪戦を挑むんだけどさ」

 

 腕を組み、椅子の背もたれに全体重を預けながらニヤついた笑みを浮かべての紅先輩のその言葉。それは次の戦いは絶対に勝てるという自信に裏付けされたものなのか……。

 

 ……そこでふと、思い出した。さっきまで麻枝と出会った時のことを思い出していたせいか、紅先輩の顔を見ていると、初めて対峙した時に言われた言葉が思い出されてきた。

 「誰かを傷つければ誰かに憎まれる」。

 その言葉を。

 

「わかったか? 俊哉」

 

 麻枝は妹たちを護るためなら、他人を傷つけることになっても、他人の願いを踏み躙ることになっても構わないと言った。

 それはつまり、妹達のためならば、誰かに憎まれても構わないと言う覚悟が出来ていると言うこと。

 

「おい俊哉、俯いてやがるが、ちゃんと聞いてるのか?」

 

 オレは……どうだろうか? 大切な人のために他人を傷つけ、その他人に憎まれて、オレ自身が傷つけられて憎まれるかもしれない。

 その覚悟が、オレにはあるのだろうか?

 

「黙ってちゃ分からんだろ。何とか言ったらどうなんだ?」

 

 顔を上げ、目の前にいる紅先輩を見据える。

 

「おっ、やっと顔を上げたか……なんだ、何か悩み事でもあるのか?」

 

 心配そうにしてくれている紅先輩。

 でもソレに返事をすることも無く、次に先輩の隣に座っている蒼莉さんに視線を向けると、小首を傾げ視線で「どうしたの?」と訊ねてくれる。

 でもソレもスルーして、さらに自分の隣に立っている麻枝に視線を向ける。そこには相変わらずの無表情があって……。

 ……って、あぁ……何だ。そんなの、考えるまでもないじゃないか。

 思わず口元に笑みが漏れる。

 

「おい俊哉、本当にどうかしたのか? 今回もまた、お前には役立ってもらわにゃならんのだぞ……? 調子が悪いんならまた後日にでも――」

「ううん、紅先輩。“ボク”は大丈夫。……もう、覚悟は決まったから」

 

 紅先輩の言葉を止めてまで発したその言葉に、彼は疑問を表情に出す。

 

「……? 覚悟ってぇのは、一位に挑む覚悟か?」

「ま、そんなとこ」

 

 肩をすくめて苦笑いを浮かべ、そんな風に答える。……ま、本当の覚悟は、自分にとって大切な存在になったこの人たちを何が何でも護る、ってことなんだけどさ。

 ……たとえソレで、ボクが憎まれて、傷つけられることになろうとも、さ。

 

「まぁ、覚悟が出来てくれてるなら全然構わないんだが……本当に大丈夫なんだな?」

「ああ、大丈夫。むしろ早く戦いたいぐらいさ」

 

 紅先輩の心配そうな質問に、今度はいつも以上に活発な雰囲気を醸し出して答えてやる。と言うか覚悟が決まったおかげか、心が軽くなって自然と活発になった、と言うのが正しいのかもだけどさ。

 

「…………」

 

 そんなボクの様子に一瞬、瞳を細める紅先輩。

 

「ま、それぐらい調子が良いなら大丈夫だろうさ」

 

 でも次の瞬間には、どこか喜んでいるような笑みを浮かべてそんな言葉を投げかけてくれる。……もしかしたらこの人は、ボクの覚悟に気付いたのかもしれないな……。

 もっとも、そんなことを微塵も感じさせずにパソコンを操作し始めたから、あくまで予測でしかないんだけどさ。

 

「それじゃあさっそく――」

 

 そして操作が一段落したのか、手を止めて意気揚々と紅先輩は声を上げて告げた。

 

「――一位に争奪戦を仕掛けるとするか!」