「はぁ……はぁ……はぁ……!」

 

 荒い呼吸を繰り返しながらも、長剣を握りながらの構えは解かない。

 ほとんど腕が上がらなくなってきたけれど、それでもまだ、戦うことを諦めない。

 

 何度も何度も、三人からの一斉攻撃を防いできた。幾重もの攻撃を、全て弾いてきた。

 もっとも、こちらは防ぐことで精一杯で、まったく反撃できていない。

 つまり、向こうは無傷で、こちらは満身創痍。

 武器も既に何度も破壊され、チラチラと包帯の破片が舞い、落ちている。長さも残り短く、千切れて隠し持っていた半分も使い始めており、手首に巻いて武器を具現化できる回数は後二回といったところか。……ホント、大ピンチだ。

 

「次で、仕舞いだ……!」

 

 道久が腕から生えている棒を握り込み、引っ張り、既に何度目になるか分からない鱗の変色を見せる……! それに合わせ残りの二人も踏み込み、こちらに向かって駆け出してくる……!

 ……くそっ……! ホントにもう終わりそうな――

 

 ――そんな時、不意にチャイムの音が鳴り響く。

 これは……終了の合図!?

 よくよく視覚共有で見た記憶を掘り返してみると、確かにオレの記憶の中に、三つ分のビルに貫通して壁の中にめり込み、瓦礫の下敷きになっている男子生徒の姿があった。

 

 反響するチャイムの音の中、チッ! と大きな舌打ちが聞こえてくる。

 

「負けちまったのか……! 向こうのリーダーはよっ……!」

 

 その後に続いた悔しげな言葉は道久のもの。反射的にそちらに視線を向ける。

 が、すでにそこにはオレと対峙していた三人の姿はなくなっていた。

 ……戦いに勝ったから、か……? 向こうが負けたから、強制的にこの争奪戦用の戦場から弾き出されたのか……?

 

「……は……ははっ……」

 

 安心しきってしまったのか、思わず笑みが漏れ出る。

 次いで、腰が砕けたように力が抜け、ドスンと、地面にヘタレ込んでしまう。

 

「ああ〜〜〜……。……勝てた、か」

 

 身体の後ろに両手をつき、仰ぐように天井へと顔を上げて呟く。いつの間にやら長剣も、ボロボロの短い包帯へと戻っていた。

 

「あ〜……でも何か、勝ったって実感が沸かねぇなぁ〜」

 

 誰にでもなく呟きながら、そのまま大の字になって寝転ぶ。学ランが汚れるのなんて今更気にもならない。瓦礫の中に埋もれた段階で埃まみれだ。

 

「あ〜あ……つっかれた」

 

 独り言が勝手に口をつく中倒れているが、本当は早々にこの部屋から出て、作戦を立てたあの教室に帰って皆と勝利を分かち合いたい。そうすりゃイヤでも勝ったって実感が沸くんだが……如何せんスタミナも心も空っぽになり、代わりに疲労感が身体にも心にも溜まってるせいで、動こうという気力が沸てこない。

 

「立ち上がろうとも思えんしなぁ〜……」

 

 ……ま、しばらくすりゃ、動くことも出来るだろう。

 そんな楽観的なことを薄らぼんやりと考えながら、重たくなってきた瞼をそのまま降ろした。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 コツコツと、何の音か分からない一定の音の中、あることを思い出す。

 ジャリっと、何かを踏みしめる音と共に近づいてくるその一定の音の中、あることを思い出す。

 そう言えば今更だが、よくよく思い返せばここはビル街じゃなかったなぁ、と。

 

 ビル街の皮を被った工場跡。

 一言で言うとそんな感じのように思えた。

 この天井の高さ然り、先輩が侵入した建物の小窓や暗さ然り、だ。……ま、おそらくこれも、敵であるオレ達を動揺させるための手段だったんだろう。

 廃墟と化した街と思って挑んだその建物の中は、複雑なビルの中じゃなくて、ただの工場跡――と言うよりも、工場のための倉庫区間。戦場を重要視するチームなら、それだけで激しく動揺してしまうだろう。

 ……まぁ、向こうの意図なんて、もう知る必要も無いことになったんだけどさ……。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「俊哉く〜ん。こんなところで寝たら風邪ひいちゃうよ〜?」

 

 ……ん……あぁ……。……いつの間にかウトウトしてた。

 何か朧気な意識の中で考えていたような気もするんだけど……何だっけ?

 

「あぁ……大丈夫ですよ。寝てませんから」

 

 意識はあったのに眠ってた、そんな感じだ。

 だって近付いてくる蒼莉さんの足音は夢うつつな状態でもちゃんと聞こえてたし。……ソレに意識を向けたから、考えていた何かを忘れちまったんだけどね……。……まぁ、忘れるって事はどうでも良いことなんだろ。

 

「よっ……と」

 

 とりあえず意識はすぐに覚醒出来たので、掛け声と共にガバっと上体を起こす。……つうかこの人は……また寝転んだまま目を開けてたらスカートの中やらを意識してしまうような体勢でしゃがみ込んでんじゃねぇか……。

 

「そ〜う? それなら良かった〜。風邪もひかないしね〜」

 

 ……まぁ、そんな満面の笑みで言われると、そんなことに注意を向けるオレ自身がダメなような気がしてくるんだけどさ……。

 

「んじゃあ、帰ろっか〜」

 

 スカートのお尻をパンパンと叩きながら立ち上がり、膝に手をつけながら少しだけかがみ、寝癖がピンとはねた長い黒髪をなびかせながらこちらへと手を差し出してくれる蒼莉さん。

 ……何だろ……その、何か、アレだ。

 無性にドキドキする。

 この差し出してくれてる手はさっきお尻を叩いた手なんだなぁ……とか、無駄に無意味なことが頭の中を過ぎる。

 

「ああ〜〜……その、アレです」

 

 とりあえず、この差し出してくれてる手に触れたら発狂しそうな気がしたので、やんわりと断ってみることにする。

 

「オレの手、汚れてますよ?」

「ん? それがどうしたの〜?」

「いや、蒼莉さんの手、汚しちゃいますよ?」

「俊哉くんなら良いよ〜」

「っ!」

「と言うより〜、わたしの手も汚れちゃってるからさ〜、気にしたら負けだと思うよ」

 

 ……う……あっ…………いや……まぁ、落ち着け、オレ。こんなの気にしてるのは、オレだけなんだ。バカみたいに気にして勝手に騒いでいるのはオレだけなんだ。蒼莉さんはまったく気にしてない。蒼莉さんはただ親切心で手を出しているだけ。だからこれはオレが勝手に悶えてるだけ。だからここでオレ一人が気にするのはおかしいことなんだ。だからここは何事も無く何も考えてない定で蒼莉さんの手に触れて立ち上がらせてもらえば良いだけの話な訳で……!

 

「もう〜……こんな時まで遠慮しちゃって〜。わたしは先輩なんだから〜、もっと頼ってくれて良いんだよ。ほらっ」

 

 そして蒼莉さんは再びしゃがみ込むと、オレの手を無理矢理取って立ち上がらせてきた……!

 

「んじゃ、皆のところにしゅっぱ〜つ!」

 

 そしてそのまま手を繋いで建物の外へと導いていく……!

 ……ってヤバイ……! この心臓の音は、色々とヤバイ……! おいオレ! お前もしかして、今日死ぬんじゃねぇのか!?

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 はぁっ……はぁっ……はぁっ……! べ、別のベクトルで、疲れた……!

 

「クーはとりあえず〜、争奪戦が終わってからトイレに駆け込んで吐いてると思うの〜」

 

 とりあえず今は繋いでもらった手を離してもらい、この暗い空の下で教室への道を並んで歩いているから落ち着いてはきたが……あのままだと本当にヤバかった。

 

「んで麻枝ちゃんはちゃんと部屋に帰って来たんだけど〜、その後俊哉くんが心配だからまた迎えに行ってくれませんか……って――」

 

 うう〜〜〜……まだ心臓がドキドキしてる……っつかオレ、異性と手を繋いだのって小学校低学年以来じゃねぇのか……?

 

「――聞いてるの〜? 俊哉く〜ん」

「あ、はい。聞いてます。大丈夫です」

 

 っと、危ない危ない。自分勝手なこと考えてるせいで、皆の近況を話してくれている蒼莉さんの言葉を聞き逃すだなんてしちゃダメだ。ちゃんと聞いておかないと。

 

「じゃ〜あ、わたしが何て言ってたのか言ってみてよ〜」

「えっと……紅先輩は争奪戦終了と同時にトイレ、麻枝は部屋に帰ってくれてるって話ですよね」

「正解〜。ま、ちゃんと聞いてくれてるなら良いんだけどさ〜」

「って、紅先輩は、その、嘔吐しにトイレへ……?」

「うん。ちょっと大変だけど、妄想能力使い過ぎたらとんでもない疲労に襲われちゃうからさ〜」

 

 紅先輩の妄想能力の制約ってそんなのなのか……これじゃあ制約じゃなくて対価って言っても良いぐらいじゃないか。

 っつかあの二階の部屋丸々を崩落させる妄想能力はやっぱ無茶してたのか……使い終わった後すんごい息切れしてたもんなぁ……。

 

「んで、麻枝はまた蒼莉さんを迎えに寄越したと……?」

「まぁ、今回も仕方ないよ〜。だって麻枝ちゃん、今回はとっても大変だったし〜。ちょっと心を落ち着けてあげたいと思うの」

 

 ……まぁ、あんな男と真っ向から対峙したんだもんな……分からんでもないから仕方ないか……。

 ……っと、あの男と言えば、一つ気になることを思い出した。

 

「そう言えば蒼莉さん、話は代わるんですけどね」

「ん〜? どうしたの〜? 何か気になることでもあった〜?」

「はい。と言っても今さっきじゃなくて結構前になるんですが、麻枝を助ける時に立てた作戦、アレを考えた“兄”ってのは誰なんですか?」

 

 確かあの時「兄の考えてくれた方法ですが」って言ってた気がする。それが一体どういうことなのか――

 

「…………」

 

 ――ってアレ? もしかしてオレ、蒼莉さんの期待に添えれなかった……?

 何か、「今ソレ聞くの?」みたいな表情で見られてるんだけど……。

 

「あの……何か気に障りました……?」

「べっつに〜。ただ、今は麻枝ちゃんのことを聞くべきじゃなかったかなぁ〜、って」

「麻枝のこと? もしかして麻枝、怪我でもしたんですか!?」

「うう〜ん。全然。むしろ〜、健康体そのものだよ〜」

 

 じゃあどうしてそんなことを不機嫌そうな顔で言ってくるんだ……?

 ……蒼莉さんが何を考えているのかまったく分からない。

 

「……はぁ……まぁ良いよ。わたしが一人で勝手に盛り上がってたことっぽいし〜」

 

 ため息を吐き、何か諦めたような口調で呟くと、先程までのどこか不機嫌そうな表情を払拭し、えっとねぇ〜、と話し始めてくれる。

 

「兄って言ったのは〜、ぶっちゃけクーのことなの〜」

「……え?」

「と言っても、本当のお兄ちゃんじゃないよ〜? お母さんの、妹さんの、お子さんがクーだから〜、従兄妹、って言うのかな〜?」

「従兄妹……ですか?」

「うん〜。ちっさい頃からよく遊んでくれたし、お世話もしてくれたから〜、お兄ちゃんみたいな存在なの〜。だからいつも、学校外ではクー兄(にぃ)って呼んでるの〜」

「なるほど……んであの時は素が出てしまった、と」

「まぁ、そういうとこ〜」

 

 ってことは仲が良かったのは、付き合ってるとかそういうのじゃないんだ……良か――って、何で良かっただなんて思ってるんだ? オレ。

 

「ん〜? どうかしたの〜?」

「っ! いえっ、別にっ」

「? そう?」

 

 いつの間にか隣を歩く蒼莉さんをジッと見つめてしまっていて、しかもそのことに気付かれてしまった。

 そのことが妙に気恥ずかしくて、また心臓がドキドキと暴れだしてしまう。

 ……くそ〜……一体全体、オレはどうしたんだ……?

 

「あれ? そう言えば俊哉くん、顔が赤いけど〜……もしかして本当は、風邪ひいちゃってるんじゃ……」

「い、いやっ、そんなことは……!」

 

 顔が赤くなってきていることを指摘されただけなのに、何故か自分の心の中を覗かれたような気がしてしまい無償に恥ずかしくなってしまう。そしてそのせいでこれまた余計に顔が熱くなっていく感じが……!

 

「え〜? 本当に〜?」

「ほ、本当ですって。そ、それよりも蒼莉さんっ。ほら。つ、着きましたよ!」

 

 さらに追求されるとボロが出そうだったし、何よりその眠たげなのに心配そうにしている瞳が段々と近付いてきていることが恥ずかしかったので、目の前に見えてきた教室の入口を指差しながらそちらへと駆け出す。

 ……ふぅ……何とか誤魔化しながらも自然に離れることが出来た……この僅かな隙に心を落ち着けて、教室の中では普通に接することが出来るようにならないとな……。

 

 そんなことを考えながら、ノックもせずにガラッと、自然にそのドアを開ける。

 

「えっ……?」

 

 するとそこには、例の作戦を立てた教室に麻枝が一人で立っていた。

 

「あ」

 

 ……制服へと着替えている途中なのか、下はスカートを履き、上は体操服を脱いだばかりなのか右腕に引っ掛け、おデコを見せていた小さなポニーテールを解いたままの麻枝が、上体ごとこちらに振り返っている。

 

 柔らかそうな白い肌。水滴を垂らせば下半身まで一息に滑り落としそうな程ほっそりとした肩。手の平に収まりきりそうな小ぶりな胸。ソレを覆う青い布地。汚れ一つ無いキレイなおへそに、両手で挟みこめそうな気さえする細い腰周り。

 蒼莉さんのような出るところは出て締まるところは締まってる、成長して整った美しさは無い。が、その成長途中で未成熟であるが故の華奢でキレイな美しさがそこにはあった。

 ……白沢が妙に麻枝に固執した理由が分かってしまうな――って、オレは何でこんなに冷静にその姿を見てるんだ! 失礼にも程があるだろっ!

 

 っつうか麻枝も麻枝だ! 互いに驚いて時間が止まってるような状況だからって見られ続けてるなんて……!

 ……ってあぁ、そうか。彼女はオレなんかに見られても羞恥を感じないんだっけ。オレなんかどうでも良いから。

 ……ム……何か今ムカっときたが……いやまぁとりあえず、そのことは脇に置いておこう。

 オレも混乱してるのか……?

 いやともかく、とりあえず向こうが見られても良いって言ってるからって見ているのはおかしい訳だから、とりあえず早々にこの場を退出しよう。

 大声で謝った後に教室を出て、その後着替え終わった彼女にもう一度謝れば――

 

「きゃあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――ーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

 

 ――なんて算段を数秒足らずで立てていたら、突然女の子らしい悲鳴が教室の中に響き渡った!

 あれ? 教室の中に悲鳴を上げるような女の子なんていたっけ……?

 

 そんな風に抱いた疑問と先程の大きな悲鳴に驚き、ほんの一瞬、視点も定まらず呆けてしまう。

 でもそれは本当に一瞬で、次の瞬間にはハッとして視点が定まる。……んで結局、一体誰の悲鳴だったんだ?

 

 そんな疑問に答えを見つけるために、今の教室内の状況も忘れて再び教室の中を見渡そうとしてしまう。

 するとオレの視界は、何故か大きな木の板に埋め尽くされていた。

 ……あれ? どういう――

 

「っ!」

 

 ――ことなのかの疑問が解決するよりも早く、顔にとんでもない衝撃! 頭の中に直接ネズミ花火を突っ込まれたような衝撃が響き渡る……!

 これこそまさに脳天直撃。オレ自身の脳にとんでもない大地震を撒き散らしてくる。

 ……つうか、そんなレベルじゃねぇ……何か、考えもまとまらなくなってきたし、耳も聞こえなくなってきたし、痛みすら遠退いてきてるし、視界もぼやけてきてるし、視点も倒れるように低くなってきてるし……何も見えなくなってくるし……。

 

 あぁ……ってか、そんなことすら考えるのも……段々と遠くなってくるし……。……今のオレ、意識が落ちてるんだなぁ……とか下らない事を考えるのが精一杯だし……あぁ、こりゃダメだ。……もう何も、考えられねぇや。