「……いや、五位相手に覚悟も何も……」

「まぁ、ただの五位が相手なら、俺も覚悟しろだなんて言わんさ」

 

 オレの拍子抜けして漏れ出た正直な感想に、紅先輩は椅子の背もたれに全体重を預けてこちらを見上げ、モニターを指先で突付きながら難しそうな声を上げる。

 

「じつはこいつらの相手をする時、面倒なことだが二チーム同時に戦わないといけねぇんだわ」

「は? 何でだよ。争奪戦って基本的に一チーム対一チームの最大八人勝負じゃねぇのか?」

「基本はな。だから特別な例もあるってこった。んでそれが、共闘関係」

「共闘関係?」

「ああ。昨日の戦いでもチラっと向こうが言ってたろ?」

 

 言ってたっけか? ……鳥居が怒ってた印象しか残ってねぇや。

 

「んで、それはどういうものなんだ?」

「まぁ、やっぱ分かってねぇわな。争奪戦のことまったく知らなかったし、当たり前っちゃあ当たり前なんだけど……はぁ……良いか? この争奪戦じゃ、それぞれのチームリーダーが同意さえすりゃ、自分のチームを含めた合計四チームまでその共闘関係ってのを結ぶことが出来るんだ。んで、その共闘関係ってのを結べば、さっき言ったみたいに争奪戦で協力してもらうことが出来る。……もっとも、協力するかしないかはそれぞれのチーム次第だから、争奪戦を挑まれた時みたいに強制的に協力させられる訳じゃねぇけどな」

「んじゃもしかしたら、向こうのチームだって共闘してこないかもしれないじゃないか」

「いや、残念なことにそれはねぇわ。今回挑む五位のチームと、共闘関係として争奪戦に混じってくる十一位のチーム、それと昨日戦った元十七位のチームは、それぞれ今の一位と共闘関係を結んでやがる。本来なら、どのチームがどのチームと共闘関係を結んでるのか、なんてチームリーダーと同じで分からんとこだが、事前の情報収集を行った俺達のこの情報は確実だ。……ま、どうして確実に戦うことになるのかとか、その辺は後々説明させてもらうさ」

 

 まずは共闘関係について憶えておいてくれ。

 そう言われてる気がしたので、とりあえず黙って話に耳を傾ける。

 

「んで共闘関係についての話しに戻すが、共闘関係のチームを含めて争奪戦をするかどうか、するなら何チーム参加するのかって指定は、全て争奪戦を挑まれた方――つまり防衛者側しか決めれねぇ。だから、もしこっちが共闘関係を自チーム含めて三つ持ってる状況で争奪戦仕掛けたとしても、向こうが合計一チームまでしか争奪戦に参加できないって指定してきちまったら、結局自分のチームだけで争奪戦をしなきゃならねえ。それで今回、俺達はその逆パターンだから、一チームで複数チームと戦わなきゃいけねぇってことだ」

 

 つまりオレ達は、共闘関係ゼロで自分のチームしかいないのに、向こうはそれに構わず共闘関係の争奪戦参加チーム数を二にしてくるってことか……。

 ……ん? でもそれだったら、もし向こうが参加チーム数を三にしちまったら、一位のチームとも戦うことになるんじゃねぇのか……?

 

「それとこっからが割と重要なことなんだが、共闘関係として争奪戦に参加したチームは、もしその参加した争奪戦で負けたとしても、ランキングには一切影響されねぇんだ」

「……は? どういうことだ?」

 

 意味がよく分からず、首を傾げてしまった。

 

「つまり、もし今回十一位のやつに挑んで、五位のやつが共闘関係として争奪戦に参加してきた場合、それで俺達が勝ったとしても十一位にしかなれねぇってことだ」

「ってことは、もしその後五位になろうと思ったら、もう一回五位の奴と戦うことになっちまうのか?」

「まぁ、有体に言えばそうなるわな。ま、とは言え事前に戦ったことで向こうの情報は入手してるし、勝てたという実績はそれだけこっちにとって有利に働くんだけどな」

「なるほど……」

「後はま、共闘関係の相手が自分のランクより下だった場合も、“ランクに直接関係するもの以外”の敗北ペナルティは全部受けることになるから、もう一度勝負を挑まれるなんてこともないから一応は大丈夫だ」

 

 そうか……もしさっきの例えで戦って勝って、もう一度その相手と戦いたくないんなら、「下のランクに争奪戦を挑めない」ルールがあるから向こうから挑まれることはないし、こっちもその相手より上のランクに勝負を挑み勝ちさえすれば、そのチームと戦わずして上のランクに進めるから問題ないんだ。

 もし向こうのランクがオレ達のランクより下だった場合も、さっきの話を聞く限り、向こうがオレ達に争奪戦を挑んでくることは不可能ってことか。

 

「んでさっきの、どうして確実に戦うことになるのかって説明になるんだが、そもそも昨日の戦いも含めて、俺達は一位と共闘関係を結んでいるやつらとしか戦うつもりが無いんだよ、これがな」

「最短で一位になることを目指してるから、だろ?」

 

 さっきの話を聞いた後だと少しだけ分かる。

 どうしていきなり一位に挑まないのかを。

 

「もし最短で一位を目指してるからっていきなり一位に勝負を仕掛けても、共闘関係総出で返り討ちにあっちまうからな。昨日の十七位への争奪戦も、勢い付けとかオレの覚悟とか色々なものも確かにあったろうけど、最も重要なのは一位の共闘関係だから、か」

「いやぁ〜、さすが俊哉。話が早くて助かるよ」

 

 どうやらオレの考えは当たっていたようだ。

 

「でもそれなら尚のこと、今回いきなり五位に挑む理由がオレには分からん。だって順番通りに十一位に勝負を挑めば、紅先輩が言ってるような二つのチームと戦うなんてことはないだろ?」

「ま、確かに十一位に挑めば、この戦いは一チーム対一チームで戦うことは出来るだろうよ。共闘関係の一チームが負けてるって言っても、所詮は十七位だからな。共闘関係のリーダー的存在でもある一位のチームリーダー自身が慢心してるのもあって、共闘関係を含めた勝負なんて確実にしてこないだろうさ」

「ならどうして……」

「だからこそ、だ。……さっき話した一位のチームリーダーってのは、慢心の次に警戒心が強い男でな。だからもし、十一位に挑んだ後五位に挑めば、確実に共闘関係の勝負を仕掛けてくる。つまり、五位と一位を同時に相手にしないといけなくなっちまうって訳だ」

「…………」

 

 その先の先まで考えていることに素直に感心しすぎて、言葉が出ない。

 

「一位とは極力、一チーム対一チームで勝負をしたい。そうしなけりゃ勝てるもんも勝てねぇからな。こっちも共闘関係を見繕えばどうとでもなるかもしんねぇが、今の一位が“何でも叶う願い”の権利を得るための期間が後五日しかねぇ。その間に見つかるとは到底思えねぇし、もし見つかったとしても一位が相手だと共闘関係の勝負を引き受けてくれないかもしれねぇ。だからこそここで、二つのチームを同時に戦う」

「いや、ちょっと待て。“何でも叶う願い”の権利を得るための期間、って何だ?」

「あぁ、そういや説明してなかったか……。“何でも叶う願い”ってのは、一位になったら即もらえるもんじゃねぇんだわ。“一位になってから二週間、そのランクを維持する”。それが“何でも叶う願い”を得るための条件なんだよな、これが」

「っつうことは後五日、一位の奴らをそのままにしてりゃ、そいつらに“何でも叶う願い”が与えられちまうってことか?」

「まぁ、そういうこった」

「…………。……いや、ちょっと待て。話を脱線させちまったオレが本題に戻るのもなんだが、さっきの話をようやく理解出来てきたから訊くんだけどよ、もしかしたら向こうが共闘関係の勝負を仕掛けてこないかもしれねぇじゃねぇか」

「いんや、俺の読みだと確実に仕掛けてくるね。なんせ十一位の立場から見れば、十七位の奴らが自分達を無視していきなり五位に挑む、って構図になる訳だからな。自分達を下に見てる、ってプライドが刺激されるし、何より十一位のチームは昨日俺達が戦ったチームと、最初の頃から共闘関係を結んでて愛着もある。よってプライドと仇討ち、その二つの条件が含まれる以上、共闘勝負を仕掛けてくる可能性は大いにあるのさ。んでそうなると、警戒心以上に慢心の強い一位のチームは、十七位如きに三チームも必要ないだろうと判断して仕掛けてこねぇ。ほらこれで、見事二チームとのみ戦うことの出来る構図の完成だ」

 

 ……スゴイ……。二本の指を立てて説明するその姿には、ホント素直に感心するしかない。

 おそらくはあの壁を操作する妄想能力を応用してここまで情報を収集したんだろうけど、事前にここまでして尚且つ統合し、一つの方法を見つけ出すなんて……。

 

「でもさ、それでも結局のところ、その二チームに勝たないといけない訳だろ?」

 

 いくらチーム分配を策略したところで、次の戦いに勝てなきゃ意味が無い。

 

「もちろん、その通りだ。だから当然勝ちに行くし、そのための方法もすでに考えてある。安心しろって」

「……で、その方法ってのは?」

「ん〜……ま、その方法を説明する前に、まずは相手との約束を取り付けとくか。他のチームが先に挑んでちゃあ話になんねぇからな」

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「そんで、今回の作戦の要のことなんだが……切り札とも言える麻枝はもちろんなんだが、今回は俊哉にもその役目を頼みたい」

 

 あっさりと、しかも予想通りの一チームの共闘関係を含む合計二チームまでにした争奪戦の約束を取り付けた準備時間の三十分。

 パソコンのある机と黒板までの間に少しだけある地べたに、さっきまで部屋の中を色々と物色していた女子二人も含めた全員で円になるよう座った開口一番、目の前に座っている飄々とした態度の男はその態度とまったく同じ口調でそんなことを言ってのけてきた。

 

「……は?」

 

 その言葉がすぐに理解できず、間抜けな声が口から自然に出てきてしまった。

 

「だから、今回の作戦の要は、お前と麻枝って言ってるんだ」

「いやいやいやいやいや……いくら何でもそれは……」

 

 チラっと、左隣で三角座りをしている麻枝(運動バージョン)に視線を向ける。相変わらず無表情で何を考えているのか分からないが、本人はオレと違って不服でも何でもなさそうだ。

 

「なぁに、大丈夫だって。お前が強くなろうって自覚持ってくれた時点で、この役目は十分過ぎるぐらいだしな」

「それは……いくらなんでも紅先輩の買い被りすぎだろ……」

「んなことねぇって」

「んなことあるって。オレは特別強い訳でもねぇんだからよ」

「……はぁ……まったく、この前みたいな強気な自信溢れる態度はどこにいったのやら……」

 

 んな呆れられたように言われても……。

 

「弱いって自覚持っちまったから、積み重ねて強いって自覚持つまでは、自信なんて溢れてこねぇよ」

「ふ〜む……そう言われればそうか……とは納得してみたものの、今回は本当にお前と麻枝じゃないとダメなんだよなぁ〜、これが」

「何でだよ。麻枝はともかく、オレの代わりなんて紅先輩でもいけるだろ? さっきも言ったが、オレの妄想能力なんて特別強い訳でも珍しいもんでもないし、妄想付具で代用できるじゃねぇか」

「いや……それがそうでもない。じつはな、共闘関係を結んだチームの過去の争奪戦は、一週間映像として保存されちまうんだよ」

「……どういうことだ?」

「つまり向こうはこの三十分間、昨日の俺達の戦いを何度も見直して、確実な対応策を練ってくるってことだよ」

「うわぁ〜……めちゃくちゃ厄介だなぁ……っつかそれなら尚のこと、オレと麻枝じゃあ作戦の要にしちゃダメなんじゃねぇのか?」

 

 昨日妄想能力をフルに見せちまったオレと、安易に予測出来る妄想能力を持つ麻枝じゃあ、対応策を練られまくりなことこの上ない。

 

「いや、昨日手の内を明かしたのがお前と麻枝のみだからこそ、お前達二人は作戦の要になって欲しいんだ」

「は……? なんじゃそりゃ?」

「良いか? 向こうはお前と麻枝の能力を知り、対策を練ってくる。そしてそれで満足し、俺とアオに警戒心を強めちまう。つまり、お前達二人はその対策を破りさえすればフリーになるってことだ」

「……いや、そんな簡単には破れねぇだろ……」

「んなことねぇよ。正直な話、俺はお前達二人の妄想能力は、満足に対策を立てることが出来ないもんだと思ってる。対策を立てたつもりでも、破れる手立てはすぐに生まれるってこった」

「何でだよ」

「お前自身言ったじゃねぇか。自分の代わりは紅先輩でもいけるって。それってつまり、凡庸故に万能、ってことと同義だと、俺は思うんだが?」

「……いや、それは違うだろ……」

「あれ? そうか?」

「……んまぁでも、紅先輩がそうして欲しい、ってんなら、オレはそうするさ」

 

 あそこまで必死に、紅先輩の中でのオレの役目を果たさせようとするなら、大人しくそれに従わせてもらうしかない。

 それに話を聞く限りじゃどうも、作戦上の「重要な囮役」っぽいし。勝手に作戦の要にされるのはイヤだったけど、それぐらいならまぁ、別に構わないだろう。

 

「さっすが俊哉。助かる。んで、麻枝もそれで問題ないよな?」

「最初から問題ない。グチグチと文句を言ってるこいつが時間を無駄に浪費させただけ」

 

 手厳しい淡々とした一言と無表情に睨み付けてくる視線がとてつもなく痛い。

 でもごもっともすぎたので口も出せない。

 

「ははっ……ま、そう言うなって。次第に慣れてくれるだろうさ」

 

 麻枝にそう微笑みかけた後は、スイッチを切り替えたように真剣な表情を作る紅先輩。

 そうするだけで妙な頼もしさを感じさせるのが、この人のすごいところなのかもしれない。

 

「んじゃ……作戦の説明といこうか」

 

 いつもとは違う少しだけ低い声でそう宣言すると、紅先輩は一人一人の役割と今回の作戦について説明を始めた。