そんな訳で翌日……の放課後。オレ以外に誰もいない静かな廊下を一人で歩き、昨日帰り際に「明日はここに集合だ」と指定された六階の視聴覚室へと手ぶらで向かう。カバンは争奪戦が終了してから教室に取りに行けば良いしな。

 

 本来ならランク外同士の戦いがどこかで繰り広げられてるもんなんだけどな……さすがに放課後が始まったばっかじゃ見当たらないか。

 つか、今日もまた争奪戦挑むことに変わりはないんだから、どうせだったらパソコン室に集合させれば良いんだよなぁ、楽だし。

 と言うかそれ以前に、昼休みに集合して作戦会議とかすればもっと時間効率良くなるのにさ……何で誰も言わないんだ……? 全員が面倒くさがりなのか、それとも誰かが何かの役員で昼休みは全員集合できないとかか……? いやいや実は、一時的なチームメイトであるオレはハブって三人はちゃんと集合して作戦会議してるとか、か……?

 ……ああ〜……最後のが一番確率高ぇな〜……。蒼莉さんもあんなに良くしてくれるけど、結局のところあれもまた一時的なチームメイトだからこその接し方だろうし。……訊いてみて、そうだよ〜、って答えられたら怖いから訊けないけどさ……。

 

「ん?」

 

 と、階段に差し掛かったところで、上の段でこれまたゆっくりとした足取りで階段を上っている見知った後ろ姿。

 

「紅先輩?」

 

 あの背丈と髪型は間違えようがないけど、それでも一抹の不安が残ってしまい、かけた言葉が疑問系になってしまった。

 

「ん? おぉ、俊哉か」

 

 もっともそんなこと不安に思う必要もなく、こちらを振り向いてくれたその顔はちゃんと紅先輩だった。

 

「どうかしたの?」

「どうかしたも何も、お前と一緒で、これから視聴覚室に行くんだよ」

 

 立ち止まってくれた紅先輩に一段跳びで階段を駆け上って追いつき、右隣に並んで階段を上っていく。

 

「ん? にしては遅くない?」

「んな訳あるかよ。お前ら一年の教室は四階、俺ら三年の教室は二階だぞ? これぐらいの差があって当たり前じゃねぇか」

「ごもっとも」

 

 そんな簡単なことが頭から抜け落ちていた。

 

「……っつかお前、俺には敬語じゃねぇんだよな」

「いや、紅先輩が許可したことじゃん?」

「ああ〜……いや、言い方間違えたわ。俺にはタメ口なのに、同じ先輩のアオには敬語なんだな」

「アオって……蒼莉さんのこと?」

「ああ」

 

 向こうは紅先輩のことをくーと呼び、こっちは蒼莉さんのことをアオと呼ぶ。

 ……やっぱ互いにそう呼び合うってことは、恋人関係か何かか……。ま、だからってオレには関係ないんだけど。

 

「ん? どうかしたか? 何か複雑な表情してやがるが……」

「いや、どうもしないよ」

 

 そんなつもりはなかったのに、紅先輩の言葉で自分の表情が少しだけ変わっていたことに気付いた。まぁどうして変わってたのかは自分でも分からんので、早々に話題の軌道を修正する。

 

「まぁ、敬語やらタメ口やらは、アレだ。先輩っぽいか先輩っぽくないかの違いだよ」

「あ? んじゃお前、俺は先輩っぽくねぇってか?」

「ま、一言で言うとその通り。何か紅先輩って、見た目は確かに中学生以上なのに、雰囲気とかオーラとか、そういうのが同い年に見えちゃうんだよね。こうして話してるとそれがもう顕著に出てる」

 

 最も、それがこの人の魅力でもあるんだろうけど。

 

「何か、とてつもなく失礼なこと言われてる気がするんだが……」

「いや、さすがに紅先輩が敬語で話せ、って言うならそうするけど……?」

「あぁいや、俺はこのままで構わねぇんだけどよ、アオがタメ口で話して欲しそうだったからさ」

「蒼莉さんが?」

「そ。ま、アイツの場合、同じチームメイトだって意識が強すぎるんだろうよ。麻枝の奴にもずっと頼み込んでるぐらいだしな。……最も彼女の場合は、俺にも敬語だから半ば諦めてきてもいるんだけどさ」

 

 ふむ……確かに話して欲しいというなら話すべきなのかもしれないが……。

 

「それは……少し難しいな……」

「何が?」

「敬語で話すのがだよ。だって蒼莉さん、紅先輩と違って雰囲気までも大人っぽいからさ……」

「……お前、ホント俺のこと先輩だと思ってないのな……」

「そんなこと無いですよ、紅“先輩”」

 

 わざわざ敬語で話し、先輩の部分もわざと強調してやる。そんなオレの様子に、紅先輩は大きくため息を吐く。

 

「……ま、俺もそれで良いから、今はそれでも良いや。でもま、そうだな……一つ、先輩っぽいことでも言っておいてやるか」

「先輩っぽいこと?」

「ああ。……昨日言いそびれたんだが、昨日の戦いは良くやった」

 

 別段口調を変えるわけでもなく、足を止めてオレを見据えるでもなく、極々自然に褒め言葉を言ってくる――

 

「…………は?」

 

 ――もんだから、思わず聞き逃してしまった。

 

「だから、良くやったって言ってんだよ。今だから話すが、当初の予定じゃあ昨日の戦い、お前には“自分は弱い”って自覚を持ってもらえさえすれば良かったんだよ。無理に勝ってもらうつもりなんて、それこぞミジンコの足の先も考えてなかった。んでそうして戦いの終えた後日、今のお前みたいに“強くなる”って目標をもってもらうつもりだったんだよ」

「…………」

 

 何を言っているのかイマイチ理解できず、ただ無言でいることしか出来ない。

 オレ自身、ショックをうけてる訳でも、ましてや怒ってる訳でもないし、彼が何を言っているのか理解出来ていない訳でもない。

 ただ純粋に、どう反応して良いのかわからないだけ。

 そんなオレに構わず、紅先輩は言葉を続けてくる。

 

「が、お前が戦った相手が世話を焼いてくれたおかげか、俊哉自身が、自分自信で強くなろうって思ってくれた。誰の手も借りず、ただ背中を押されただけでさ。……だから、昨日の戦いで良くやったってのは、“勝った”って言う戦果を言ってんじゃねえ。自分自身で一歩踏み出してくれたことに、良くやったってことなんだよ」

「……一つ、訊いてもいいか?」

 

 さっきまでの困惑よりも疑問に思うことが出来たおかげか、固まっていた口がようやく動いてくれた。

 

「ん? なんだ?」

「もしオレが紅先輩の説得でも、“強くなる”って目標をもたなかったら、どうするつもりだったんだ?」

「んなもん、チームから外してたに決まってるじゃねぇか。……ま、そんなことにはならない、って自信もあったし、現に今はこうして強くなるって思ってくれてるしな。だから、んなもしものことなんて気にすんな」

 

 気が付けば、すでに六階に辿り着き、足を止めていた。

 ……話を真剣に聞きすぎてたからか……目的地について足を止めていたことにも気付いてなかった。

 

「……んで、それが先輩っぽいことなのか?」

 

 止めていた足を視聴覚室へと向けながら訊ねる。

 

「いやまぁ、良くやったって褒め称える部分だけが、先輩っぽいことかな?」

 

 その横に並び、紅先輩が答えてくれた。

 

「んじゃ、後半のその暴露は何よ? ぶっちゃけどう反応したら良いのか困るんだが……」

「まぁ、アレだ。一時的って言っても仲間になったからさ、言っておかなきゃ俺の気が済まなかったんだよ。このまま言わなかったら、ずっと黙っておかないといけねぇ気がしてさ」

「……そういうところがまた、先輩っぽく無いんだよ。年上なら、自分にだけの精神負担ぐらいずっと黙ってろっての」

「……もしかして、怒ってるか?」

「まさか」

 

 少し前に二つの人影。体操服を纏った小さな影と、制服を纏った大きな影。おそらくは麻枝と蒼莉さんだろう。

 

「先輩っぽくはないけど、言ってくれて良かったよ。そうしてくれないと、リーダーとしてついていけないからさ」

 

 自然と、口元だけに微笑が浮かんでいた。恥ずかしいセリフを言ったからかな……二人に聞こえてなけりゃいいけど……。

 

「…………はっ」

 

 そんなオレの言葉に少しだけ呆気に取られた後、紅先輩もまた笑みを浮かべる。

 

「ま、先輩っぽいって言われるより、リーダーっぽいって言われた方が全然マシだ」

「だろ?」

「ああ。……んじゃ、これからも一位を取るまでよろしく頼むぜ、俊哉」

 

 腕を持ち上げ、こちらに手の甲を向けてくる紅先輩。

 

 何がしたいのか……。そんな言葉が脳裏を過ぎったが、この人の表情を見て、そんなことを訊ねるのは無粋だと気が付いた。

 だからオレも、思いのまま手の甲を向けて左腕を持ち上げる。

 

「そっちこそお願いするぜ、紅先輩」

 そして互いに示し合わせる訳でもなく、コツン、と打ち付けあった。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「それで、どうしてこんな場所に呼んだんだ? 今日も争奪戦をするんだろ? だったらパソコン室に向かうべきじゃなかったのか?」

 

 麻枝と蒼莉さんと軽く挨拶を交わした後、紅先輩に気になっていたことを訊ねた。

 

「いやぁ〜……俊哉君、君は一つ忘れているようだねぇ〜」

 

 小バカにしたようなその紅先輩の物言いに、思わずムッとしてしまう。

 

「なにをですか?」

「何をも何も、昨日俺たちが戦った相手に勝負を申し込んだ時、パソコンの向こう側に何が映ってたか憶えてるか?」

「えっと確か……なんか後ろに黒板が見えてたから、教室みたいな場所のような……」

「その通り」

「でも、それとこの場所に呼び出すのと何の関係があるんだよ」

「あの部屋はな、ランキング内に登録されたチームのみが使用を許された部屋なんだよ」

「……で?」

「察しが悪いなぁ。つまりその部屋には、ここから入ることが出来るんだよ」

 

 そう答えながら視聴覚室のドアを開ける。……もう鍵がかかって無くてもおかしく感じな。きっと放課後はこういうもんなんだろ。

 

 普通の教室とは違う硬い材質をした床。

 教室にある机の代わりに、二つの小さなモニターを均等に埋め込んだ白の長机が二列、均等になるよう合計二十脚設置されている。

 本来黒板が位置する場所にはスクリーンがあり、列の間にある通路の一番後ろには映写機が鎮座してある、普通の教室と比べ三分の二程度の広さをした部屋。

 

 そんな部屋の中を三人は、昨日と同じでこれまた土足で上がり込む。……まぁ、これももう慣れてきたけど。本来はスリッパに履き替えないといけない場所だけど、もう良いや。三人に倣ってオレも土足で教室の中に入る。

 

「っと、ここだここ」

 

 モニターの外側、左上の端に十七の番号が書かれた席。

 オレ達の先頭を歩いていた紅先輩は、その場所につくとこちらへと向き直りながら、その書かれた番号をポンポンと叩く。

 

「ここから、俺達の本拠地に移動する」

「ここからって……モニターからか?」

「そうだ」

「いや、そうだって……」

 

 んな堂々と答えられても……。だいたいこのモニターは、あくまで視力的な問題でスクリーンを見れない人のために設置されたものであって、あくまで移動手段として使えるようにしたものではない。さすがに不思議なことが起きる放課後時間と言えど、今回ばかりは無理難題だろ。

 

「まあまあ。騙されたと思って、その左腕につけてる腕輪をモニターにかざしてみろって」

 

 モニターをコンコンと叩きながら紅先輩がオレ達を急かしてくる。最も、蒼莉さんは仕組みを知ってるのかとてつもなく落ち着いてるし、麻枝も麻枝で相変わらず無表情だから何を考えてるのか分からんから、あくまでオレにしか言ってないんだけど……。

 

「腕輪……」

 

 って、この妄想付具のことだよな……? ……まぁ、本来は剣の柄として使うんじゃなくて、校内に入る際の生徒証明証として使うもんだからな……個人を特定するために使うんだとしたら、むしろこっちの方が正しい使い方なのか……?

 

 まぁ、そんな疑問はあるにはあるが、とりあえず紅先輩の言う通り左腕に嵌めている金色の腕輪をモニターにかざしてみる。

 

「っ!」

 

 途端、カッ! と瞬間的に視界が白く塗りつぶされた。

 

 何事……!?

 

 思わぬ出来事に驚くが、それは本当に一瞬で、次の瞬間には視界は真っ暗になっていた。……と言うか、自分でも意識せずに両目を閉じていた。

 

 いつの間にか瞳を閉じていたことに驚きながらも、恐る恐る両目を開ける。

 するとそこは、さっきまでいた視聴覚室では無くなっていた。

 極々普通の教室とまったく同じ部屋。

 違うところと言えば、机が長机になって教室の真ん中で大きな正四角形を描くように設置されていたり、黒板に最も近い机の上にノートパソコンと、そのパソコン前にキャスター付きの椅子がポツンと置かれていたりと、そのぐらいだ。

 

「どうだ? 驚いただろ?」

「っ!」

 

 いつの間に後ろに立っていたのか。驚き振り向いた先には紅先輩達がいた。

 

「……まぁ、驚いたよ。先輩がいきなり後ろに現れたのも、腕輪をかざしただけでいきなりこんな部屋に飛ばされたのもさ」

「……どう思う?」

「どう思うって……不思議に感じたよ」

 

 体験するまでは無理難題だと思ってたけど、実際こうして起こっちまったしなぁ……不思議に感じたとしかいえない。

 

「……それだけか?」

「ああ……それだけだけど……?」

 

 何か、妙に真剣に訊いてくるな……。

 

「そうか……」

 

 しかも答えに納得いかなかったのか、なんか落胆してるっぽいし……。

 

「どうかしたのか?」

「いや、別に。どうもしないさ。ただ、当たり前のことなのに、妙に期待してしまった自分がいてな……それだけだ」

 

 意味が分からない。

 

「それって――」

「いや、本当どうもせんさ。それよりも、次の争奪戦の話だ」

 

 でも聞き返そうとしたら話題を変えられた。しかもこの話は終わりだと言わんばかりに、長机の上に置かれていたパソコンの前に座り、何か操作を始める。

 ……ホント、どうしたんだろ……? ……まぁ、話してくれない限りはどうすることも出来無いんだけど……。

 

「さて俊哉、アオと麻枝にはお前を仲間に引き入れる前に話していたから大丈夫だが、今回の相手は覚悟してもらうことになるぞ」

「覚悟? んじゃ、次こそ一位と戦うってのか?」

 

 とりあえず今は、紅先輩が話してくれてる争奪戦に集中するか。一位になるまでの仲間、と言うことは、争奪戦を重要視した仲間とじゃないといけない、ってことだからな。

 

「いんや。一位とはまだ戦わんさ。だが次に戦うのは、こいつらだ」

 

 そうして指差したパソコンのモニターには、五位の文字が描かれていた。