(本当に、それで良いの?)
ふと、頭の中で響く声。
初めて妄想能力に目覚めた時とは別の、でもどこかで聞いたことのあるその声。
(本当に、自分の弱いところを認めず、強いと偽り続けていて良いの?)
その声が誰なのか必死に思い出そうとする。
でも、思い出せない。
つい最近まで聞いたことがある気はするのに……まったく誰かわからない。
(ねぇ、どうなの? 峰俊哉くん。あなたはこのまま、認めず、自分の心を誤魔化し続けていて良いの?)
誤魔化す……? この頭の中の声は何を言ってるんだか。
だって……相性が悪いから勝てない、運が悪かったから紅先輩の期待に応えられない、それのどこが誤魔化しだってんだ。オレはあくまで真実しか言ってない。
(本当に? 本当にあなたはそれで良いの……? 今の自分を変えられる……せっかく心の底から強くなれる機会なのに、あなたは変わりたいと、本当に思わないの? このままの自分で、本当に良いと思ってるの?)
「っ……!」
頭の中に直接聞こえてくるせいか、その言葉は何故か心の奥にズシンときた。
何かを落とされた訳じゃないのに、体の中心に重い何かを乗せられたような錯覚に襲われる。
さっきの女生徒の言葉みたいに共感出来た訳じゃない。
それなのにその声は、何故かその女生徒の言葉以上に、心の奥底にまで直接響いてくる。
(心の中にズシンときたのは、心当たりがあるからじゃないの? 心の奥底にまで直接響いたのは、本当は気付いてるからじゃないの?)
違う……ちがうっ! オレは変わる必要なんて無い! 今のままでも十分強い! これは誤魔化しなんかじゃない! オレの本心だ!
(それじゃああなたの中の“強さ”って、勝てない相手に怖気つくことなの?)
……なに……?
(自分と相性の悪い能力を相手が持っている。だから挑むのをあきらめる。それがあなたの言う“強さ”なの?)
なにを……!
(もしそれがあなたの“強さ”だって言うんなら、あなたは相当弱いことになるわよ)
くっ……! 貴様……!
(オレの何も知らないくせに、なんて言うつもり?)
っ!
(確かに、わたしはあなたのことをほとんど知らない。でも、強いか弱いか、そういう評価は他人に下してもらうものでしょ? あなたのように、自分で下して良いものじゃない。自分で下す時は、あくまで自分に自信をつける時だけよ。そして今、あなたのことをほとんど知らないわたしが下すあなたの強弱は、間違いなく“弱”よ)
……なんで……!
(自分の“弱さ”を認められず、自分以外の“何か”のせいにして、ずっと誤魔化し続ける。そんな人を強いだなんて、わたしは思わない)
でもオレは……強い力を……!
(確かにあなたの力は強いかもしれない。でも、その力を御すことが出来ていない。“強さ”が力に追いついていない。……それは、薄々気付いていたんでしょ? そして今も、気付き始めてる。自分の“弱さ”を。どうすれば良いのかを)
んなことは……!
(本当に、無いと言い切れる?)
…………。
(何か、思い当たるものがあるんでしょ? 誰かに言われた言葉を思い出した、とか)
「…………」
……確かに、ずっと心に引っ掛かってることはある。あの時……麻枝の言葉を思い出した時からずっと……薄々は気付いてたのかもしれない。
オレには“力”だけしかなくて、“強さ”なんて無いってことが。
……でも……それを認めることが、オレには出来なかった。
オレが、弱かったから。
弱いせいで、イジメられ続けてきたあの時を思い出してしまうのが、心の底から怖かったから。
何も出来ず、ただ殴られ、蹴られ、踏まれ、痛みで何も出来なくなるあの無力感と絶望感が怖くて、弱いということが認められなかった。
それが、一番の弱い行動だと知りもせずに……。
だから、偽りの強さに縋りついた。
力しかない、中身が空っぽの強さを盾にした。
それが一番手っ取り早く、強いと言い張ることが出来たから。
弱い自分を、隠すことが出来たから。
一分でも一秒でも早く、自分は弱くないと誇示出来たから。
イジメられない状況を、作ることが出来たから。
復讐を掲げて目標にし、弱い自分からより目を逸らそらすことが出来たから。
(そこまで気付いたのなら、改めて訊くわ。……峰俊哉くん、あなたは本当に、自分の弱いところを認めず、強いと偽り続けていて良いの?)
……ヤだ……イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ……!
弱いのは、イヤだ!
弱いなんて下らない理由で、あの無力感と絶望感を味わうなんてイヤだっ!
もう二度と、イジメられたくなんて、ない……っ!
だから、強くなりたい……!
偽りの強さじゃない。
力しかない、中身が空っぽの強さじゃない。
本当の、中身のある強さがほしい!
(あなたの言う、その“強さ”って何?)
……こんなに醜い、誤魔化しや否定を続けてしまう“弱さ”を受け入れ、誤魔化しも否定もせず、変えていく。
それがオレの思う“強さ”。
力があるから強いんじゃない。
力は、強くなるために得て、行使していくもんだ。
でも今のオレには力しかない。
だからオレは、“力”だけじゃない“強さ”を、今までみたいに力に溺れない、今の力を御するに値する“強さ”を、手に入れたい!
(なら、今あなたがすべきことは何?)
今、オレがすべきこと……。
……わからない。わからないけど、頼ってくれた紅先輩の期待を、裏切りたく無い。
オレの“弱さ”のせいで、あの人に苦労をかけたくない。
……去り行く、小さなツインテールを乗せた女生徒……階段までの道のり半ば、そこまで歩いているその背中を見つめていると、そんな思いが溢れてくる。
なら……今はその気持ちに従おう。
弱かったオレを強いと言って頼ってくれた、紅先輩のために。
やれるべきことは、やりたいから。
「待て」
その無様に震えた声は、この誰もいない静かな廊下でやたらと響いて聞こえた。
強くなると覚悟しても、恐怖を完璧には拭い去れない。
歯はガチガチと震えて声を出すのもやっとだし、槍を握る手もブルブルと震えてとてもじゃないが振るえそうにないし、膝もガクガクと震えて立ち上がるのも困難だ。
でも、それでも壁に背を預け、ゆっくりと、無様でも良いから、立ち上がる。
ついでに、学ランのボタン全てを震える指で何とか外す。
汗で滲むカッターシャツの気持ち悪さを追い出し、そのままこの心の気持ち悪さも追い出せたらと思って。
「待って、くれ」
もう一度、震えた声で言葉をかける。
すると二度目にしてようやく、彼女は足を止めてくれた。
そしてゆっくりと、首だけでこちらを振り返る。
「なに?」
そうして問いかける彼女は遠く、まるでオレと彼女の“強さ”の差を表しているかのよう。とてもじゃないが表情なんて見えない。
でも、こんなに無様なオレの姿を見て、もしかしたら笑っているかもしれない。壁に全体重を預け、槍を握る手をダラリと下げ、辛うじて立ち上がっていることが丸分かりの、そんな無様な姿を見て。
「オレは、強くなりたい」
「そう……だったら、段々と強くなれば良いじゃない。さっきも言ったでしょ?」
「違う……それは違う。そんなの、本当の“強さ”じゃない」
「ふ〜ん……それじゃ、あたしの思う“強さ”と、あんたの思う“強さ”は違うのね」
人それぞれの“強さ”があり、そしてその個々人の“強さ”に対して、他人が強いか弱いかの評価を下していく。
「確かに……でも、だからこそオレは! オレの思う“強さ”を得るために、お前を倒すっ!」
歯の、腕の、脚の、その全ての震えを誤魔化すために、叫び声をあげる。
気持ち、少しだけマシになったような気がする。
その隙に槍を両手で握り、前に突き出す。
でも一瞬の叫びは一瞬の震えしか誤魔化せず、突き出した両手は激しく震え、遠目に見ても彼女に向かって狙いを定めているようには見えなかったかもしれない。
「うおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー……!」
だからさっきよりも大きな声で叫び、自分の感情を、身体を、全てをっ、無理矢理動かす!
身体の震えが止まった……!
そう認識すると同時、静かな廊下にうるさく声を反響させながら、一心不乱に突撃するっ!
「ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー……!」
雄叫びを上げながらの全力疾走。
間合いを詰めるための立ち止まることを前提とした駆け出し方では、足が震えて満足に動けない。
だから、何も考えず、脇目も振らず、後先も考えず、ただ流れる景色の中でっ、ただ全力全開で脚を動かし続ける……!
「つぇいっ!」
そして槍の間合いに入ると同時、走った威力を乗せた、愚直なまでの一直線の突きを繰り出す!
「ふっ!」
でもその一撃は、あっさりと避けられた。上半身を後ろに下げるだけで。
……今この瞬間、冷静になれた頭なら、それは当然だと思える。
一直線に、複雑な軌道も描かない、走った勢いを乗せただけの、ただの突き。
普通の突きより速いだけのソレを、避けられない訳が無い。
そんなもの、当たるのはマンガの世界だけだ。
「くぅっ!」
そのまま走った勢いを殺しきることも出来ず、たたらを大きく踏み、さらには足まで掛けられて無様に転んでしまう。
瞬間、ゾワリと、背中から全身へと駆け巡るイヤな予感。
転んだまま慌てて振り向くと、そこには見えない“何か”を振り上げた例の女生徒の姿!
避けきれない……! 立ち上がって逃げる時間も無い……! 腕をついて転んだせいで武器で防ぐことも出来ない……!
どうすることも、出来ないのか……!
オレは――“ボク”はここで、終わるのか……!
「このまま何もしてこなかったら、見逃してあげたのに……」
悲しむような、憐れむような、何とも言えない瞳を向けた女生徒の言葉。
それが聞こえてくると同時、見えない“何か”が振り下ろされる……。
――腕が、持ち上がる――
……ボクは結局、何も出来なかった。
ただ突撃して、ただ勝手に転倒して、その隙を衝いた攻撃をされて、そしてそのまま、倒される。
何もせずに。何も出来ずに。
強くなりたいと願い、強くなると覚悟したばかりなのに。
――腕が、持ち上がる――
ただ何の結果も残さず、本当に無様に敗北する。
そう悟るには十分すぎる。今の状況は。
……いや……でも、もう十分じゃないのか……?
今回は、強くなりたいと思えただけで、十分じゃないのか……?
――腕が、持ち上がる――
…………。
……違う。
ボクはまた、弱くなろうとした。
誤魔化して、否定しようとした。
強くなりたいと願い、強くなると覚悟したばかりなのに……。
――腕が、持ち上がる――
……何となく、ここで負けたらいけない気がする。
何もせず、何も出来なかったと諦めて、このまま無様に倒されてはいけない気がする。
もしそうなれば、きっとボクは、強くなれない。
さっきみたいな言い訳を繰り返して、強くなりたいと思っているのにと醜く叫び続けて、結局何も変われないままになる。
……それだけは、イヤだ。
本当に変わりたいのに、そんな醜い姿になるのだけはイヤだ。
だから――イヤだから“オレ”は、腕を、持ち上げる……!
「はぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーー……!」
振り下ろされる見えない“何か”。
脳天目掛けて迫っているであろう見えない“何か”。
どうすることも出来ないはずだったソレを、動かない身体を叫び声で無理矢理動かし、腕を上げて掴み取る!
「ぐうぅっ!」
本当にギリギリ……脳天まで後数センチのところで、その“何か”を掴んだ感覚。
と同時、右手の平が熱くなってくる。
でもそれも束の間、それは次第に痛みを帯び、熱と痛みが同時に手の中に収められる。
何度も何度も、殴られ、蹴られ、踏まれてきた、その今までの痛みを一本の線に集結し、手の平の中に収めさせたような、味わったことの無いまた別次元の痛み。
「っ……!」
それがあまりにも痛すぎて、痛いと叫びそうになる。
地面をのた打ち回って、その痛みを誤魔化したくなる。
堪えきれないほどの痛みで、涙が溢れそうになる。
でもそれらを、奥歯を思いっきり噛むことで飲み込む。
叫びを、衝動を、痛みを、その全てを、堪えきれないと思ってしまったそれらを、必死に堪える。
敵である彼女に、これ以上弱い姿を見せてはいけない気がして。
「えっ……!?」
掴まれたことに動揺したのか、女生徒は声を上げながらその“何か”を引き抜いてオレとの距離をとる。
……あまりにも痛すぎるせいだろうか。手のひらを斬られる感覚ってのはこんなもんなのかと、妙に冷静に感じる自分がいた。
「がっ……!」
でもそんなものは一瞬で、すぐさま先程以上の痛みが手の平に広がる。
掴んで閉じ込めていたものが大きく爆発したかのように、痛みが広がっていく……!
……こんなことならいっそ、右手首を切り落としてしまった方が楽になるんじゃないかと、そんな本末転倒な言葉が脳裏を過ぎる。この右手首に刃を添えて、勢い良く引くだけで、手の平の痛みから逃れることが……――
――……いや、ちょっと待て。手の平の痛み……?
掴んだ物を引かれたのに、“手の平にだけ”痛みが……?
という事は、向こうの武器は……。
……わかった。
痛みで暴走している頭の中にふと、思い至ることがあった。
あまりの痛みで頭の中全体が冷静になれていないのに、ほんの隅っこにある冷静な部分のおかげで、分かった。
彼女の武器が何なのか。
「なんで……」
跪き、右手の平に広がる痛みを拳を握り、左手で武器と共に右手首を押さえることで堪えようとする無様なオレの姿を見て、距離をとった彼女は不思議そうに声をかけてくる。
「なんで、戦おうとしたの……?」
跪いたまま、彼女の表情を見るために首を上げる。
そこには聞こえた言葉通り、本当に不思議そうな表情(かお)をしている女生徒。
「さっきも、言っただろ……? 強くなりたいからだよ」
最後の言葉だけは途切れないよう意識し、彼女にそう答えてやる。
ふと、手の平がとてつもなく痛いのに、自分の口の端が思いっきり吊り上がっていることに気付いた。
そんなオレの様子に、目の前の女生徒は口元に笑みを浮かべる。
「やっぱ、無様すぎて笑えるか?」
「ううん、違う。無様だから笑ったんじゃない。あまりにも、昔のあたしと似てたからつい、ね」
オレの問いに、彼女はそのままの表情で言葉を続ける。
「あたしもさ、さっきまでのあんたみたいに怖くて身体を震わせてた時、あんたと同じで無理矢理その身体を動かして決勝に挑んだの。今のあんたみたいに、ビビッてるのが丸分かりでも。無様だって、周りの人たちに嘲笑(わら)われても」
「……なんで、そこまでしたんだ?」
答えは分かりきっている。それなのに、訊ねずにはいられなかった。
「そんなの、今のあんたと一緒。強くなりたかったから。強くなって、より強い人と戦いたかったから」
だからこそさっき、オレと似ているからと笑みを浮かべたのだろう。
「……ホント、昔の自分なんて、思い出したくも無かったのにな……」
「だからオレに、段々と強くなれば良いって言ったのか……?」
「そ。あたしと同じ行動なんてされたら、こうやって思い出しちゃうじゃん? あの負けた時の気持ちとか、さ」
「思い出すことに、何か不都合でも……?」
「別に。ただそうね……情が移っちゃうから、困るかな」
懐かしむような戸惑うような、何とも言えないその瞳を向けながら、彼女は再びヘソの前で両手を突き出し、構える。
剣道でよくする、踵を僅かに上げての、正道の構え。
「で……どうする? まだ挑んで来るの?」
それはさっきオレがしたのと同じ、答えが分かりきっている質問。
それでも彼女がその質問をしてきたのは、やはりオレに情が移ったからだろうか……?
「……なぁ、お前の名前、何て言うんだ?」
でもオレは、その気遣いを無視して話しかける。
「……は?」
その突然の質問に怪訝な表情を浮かべる女生徒。
でもオレはそれも構わず、同じ質問を彼女に投げかける。
右手の中が痛すぎるせいで震えが止まった、その言葉で。
「お前の名前だよ。ちなみにオレは峰俊哉だ。……で、お前は?」
「……鳥居琴美。でも、それが何?」
「鳥居、か……。いや、深い意味は無いさ。でも、オレがこうして再びお前と戦おうと思えたのは、何を隠そうお前当人がきっかけになってくれたおかげだからさ。名前ぐらいは覚えておきたくてな」
同じく痛みで止まった脚と腕の震え。
そこに力を込め、ゆっくりと立ち上がる。
今度は壁にもたれているような、無様な姿じゃない。
右手首を武器と共に握りながらではあるが、背筋は相変わらず曲がったままではあるが、さっきよりも力強く、立ち上がる。
「そう……それじゃあ峰君、あんたはやっぱり、あたしと戦うのね?」
「ああ」
「なら、あたしは決して手加減なんてしないわよ。情が移っていようとも、あたしはあんたの敵で、仲間を勝たせてあげたい気持ちで一杯なんだから。たとえあんたが特攻覚悟だったとしてもさ」
引き締められたその表情は、彼女自身の言葉が真実だと裏付けてくる。
「手加減なんて必要ない。それにオレは、特攻の覚悟なんてしてない。鳥居、お前に勝つつもりだ」
「勝つ……? あたしの能力も分からないのに、よくそんなことが言えるわね」
「お前の能力ならついさっきわかったさ」
「えっ……?」
引き締めた表情に、僅かばかりの動揺が浮かぶ。
「見えない刀……簡単に言うとそんなところだろ? 握ったところを引き抜かれたのに、今も手の平にしか斬った感覚が無い。でもそのおかげで、片刃の武器だってことはわかった。刀って断定したのは……まぁ、剣道部って言ってから、その偏見で。長さは……正直まだよく分かってない。でも握った感覚が無くなったその時点での長さは結構鮮明に憶えてる。だから後の微細な記憶の違いは、戦いながら段々と調整していくさ」
体を切った記憶が無いのに、武器が見えていた訳でもないのに、どうして斬られたと分かったのか。その原因はよくわからない。
でも……こうして話すオレを見るその目が、感心の色を帯びてきている時点で、おそらく正解なのだろう。
「よく、そこまで分かったわね」
「体験したことの無い痛みだったからな。イヤな記憶ほど、鮮明に覚えておいちまうもんだ」
ボコボコにされていた頃の痛みしかり、だ。
「それじゃ、さっそく始めるか」
そう言葉を掛けると同時、左手の中にある槍を、今オレが想定している彼女の武器の長さにした、両刃の剣に変える。
「……それが、あんたの妄想能力?」
「ああ」
短く答えながら、目の前に立つ彼女と同じ構えをする。
ヘソの前に武器を構え、右手は物を握ることが叶わないので添えるだけ。足を少しだけ前後にし、踵を僅かに浮かせる。剣道のような、正眼の構え。
構え慣れていないはずなのに、なぜかしっくりとくるその構え。……そうか、今まで意識してなかったけど、オレの妄想能力って包帯を武器に変えるだけじゃなくて、変えた武器を巧みに扱う能力も備わるのか……。
「なに? その構え。あたしへの当てつけ?」
不機嫌なのがわかるその言葉と表情。
そんな態度に笑みを浮かべそうになるが、堪え、代わりに鼻で笑いつけてやる。
「そんなつもりはないさ。ただ、武器を扱いやすいように構えたらこうなっただけの話さ」
「そう……まぁ、どっちでも良いわ。むしろそうして神経を逆撫でしてくれた方が、移った情も無くなっていくし」
「良いのか? 今そんなこと言っちまうと、負けた時の言い訳が無くなっちまうぞ?」
そんな返事をしながらも、ジリッと、半歩詰め寄る。
その様子を見た彼女もまた、同じ間合い分、こちらに詰め寄る。
「構わないわ。だって負けるのは……あんたなんだものっ!」
そしてほぼ同時――彼女の言葉の終わりを合図に、互いに身体を疾駆させた。