「そう言えば紅先輩、その戦いってどういうルールで行われるんだ?」

 

 リノリウムで出来た階段をゆっくりと上りながら、一番後ろを歩いているにも関わらず先頭を歩く紅先輩に訊ねる。

 横に並んで歩いている蒼莉さんに訊かなかったのは、その間延びした喋り方のせいで聞き辛そうだったから。すぐ前を歩く麻枝に聞かなかったのはそもそも彼女自体好きじゃなかったから。

 

「んあ? その戦いって何のことだ?」

「だからその、オレに協力させようとしているランキング戦だよ」

「あ〜……争奪戦のことな。っつかお前、その能力に目覚めた時、パソコン室でルールが読めるって教えてもらわなかったか?」

「いや、教えてはもらったんだけど……正直“何でも叶う願い”に興味が無くて」

「なるほどね。んじゃしゃあねぇから、軽くルールの説明でもしてやるよ」

 

 ため息交じりにそう言うと、まずはそうだなぁ、と相変わらずの軽薄口調で呟いた後答えてくれる。

 

「一チーム五人以上でチームを組んではならない。これが一番覚えておかないといけないことかな」

「ってことは、四人以下なら何人でも一チームってことになるのか?」

「まぁそういうこった。だから、俺等にこうして協力してくれる前のお前は、実質は全体所属人数一人の一チームだったって訳だ」

「んで今は、全体所属人数四人の一チームって訳か」

「そういうこと。ま、言わずもがな、人数は多い方が有利だ。んでこうして組まれたチームは、リーダーを決めなくちゃいけない」

「リーダー?」

「そ。争奪戦が開始されたら、何も敵全員を倒す必要はない。その各チームに設定されたリーダーさえ倒せば良いんだ」

「ふ〜ん……ってことは、オレ達のチームは紅先輩を全力で殺されないようにすれば良いってことか?」

「いんや、それじゃダメだ。そもそも敵にはこっちのチームリーダーなんてわかりゃしない。それなのにあからさまに『守ってます!』ってオーラ出してたら、それこそ格好の的になっちまうだろ」

「なるほど……」

 

 と、ここまで話し終えたところで、ようやく五階に辿り着く。後は歩いて部屋へと向かうだけだ。

 

「んで、その肝心の争奪戦とやらはどうやって行うんだ?」

「行うために、今パソコン室に向かってんだよ。そこで相手チームと連絡を取って、画面を通して宣戦布告をする」

「ふ〜ん……」

「ちなみに挑む際の注意点としては、必ず自分達のチームよりランクが上じゃないといけない。それと挑まれた方も、他の争奪戦と重なっていない限り断ることが出来ないってことになっている」

「強い奴等にしか挑めないって訳か……」

「そういうこった」

 

 挑む条件が「自分より上のランク」だけってことは、いきなり一位に挑むことも可能って訳か……と言うことは、ドベからいきなりトップに立つことも可能な訳で……。

 

「そう言えば紅先輩、このチームは今現在何位なんだ?」

「ランク外」

「……は?」

「だから、ランク外」

「ランク外……?」

「そ。ランク外。あくまでランキングは三十位までしか登録されないからな。それ以降は全てランク外になっちまうんだよ」

 

 とか何とか話しているうちに、パソコン室の前に辿り着いた。

 

 ドアを開け、所々に黒ずんだ汚れが目立っている青のカーペットの上へと躊躇うこと無く土足で上がっていく紅先輩。……って、ちゃんと靴脱いで上がれよな……。

 ……んまぁ、麻枝も蒼莉さんも土足で上がってその後について行ってるし、そもそもいつ襲われるか分からないこの状況下で靴を脱ぐなんてこと自体ありえないなのかもな……。

 

「んじゃ、今回は何位のチームに挑むんだ?」

 

 結局オレも靴を脱がず、オレ達以外は誰もいない部屋の中を進んでいきながら、とりあえずの疑問を紅先輩にぶつける。

 

「十七位」

「十七位って……また微妙なとこを突くんだな。一位を狙ってるなら、いきなりそこから攻めれば良いんじゃねぇの?」

「まぁ、まずは勝ちの勢いをつけるって意味も含めての十七位だからな」

「だったら尚のこと微妙じゃねぇか。勢い付けのためだったら、普通は一番下の三十位じゃねぇの?」

「三十位なんてもん、お前が入った時点で勝てることは決まってんだよ。そんな当然の奴ら、相手にしても何の勢いもつきやしねえ。高くも無く低くも無く、当たり前に負ける訳でも勝てる訳でも無い、そういう妥当な奴等と最初に戦ってこそ勢いが付くってもんだ」

 

 四十台近くあるパソコン群。その中で最も入口から遠い部屋の隅に鎮座してあるパソコンの前に辿り着くと、紅先輩はそのままの流れで電源ボタンを押して椅子に座る。

 

「それに、勝っちまえば相手の順位をそのままもらえることになるからな。可能な限りは上の方が良いだろ?」

「順位をもらえる……?」

「そ。ルール上、挑戦者が勝利した場合、相手となった防衛者との順位を入れ替えることになるんだよ。それ以外にも、相手となった防衛者はその勝利した挑戦者のランクが一つ下がるまで――つまり負けるまで、同じ相手となる挑戦者に争奪戦を挑むことが不可能になっちまう。まぁもっとも、相手となった防衛者がトップだった場合はその限りじゃねぇんだけどな」

「? どういうことだ?」

「つまり今回の戦いで例えると、俺達がその十七位の相手に勝てれば、相手はそのままランク外、俺達が十七位になるって訳だ。しかも俺達が一度でも負けない限り、相手は再び俺達に挑んでくることは無くなるんだよ」

 

 紅先輩はそこまで説明すると、立ち上がったパソコンを軽く操作し、一つのアプリケーションを起動させる。

 

「それは?」

「相手チームと連絡を取るためのソフトだ。他にもデスクトップにはルール説明をしてくれるソフトとかのショートカットもあったりするぞ?」

 

 ニタニタとした笑みをこちらに向けてくる。

 

「あ〜……それはともかく、勝った場合は良いとして、挑んで負けた場合はどうなるんだ?」

 

 本当はお前が見ておくべきものだったんだぞ、といった皮肉じみた視線を感じたので、早々に話題を変える。

 

「負けた場合は挑戦者のランクが一つ下がる。もっともこれは、ランク外だと関係は無いけどな。んでもって一週間の間、その挑んだ奴より上のランクの相手に争奪戦を挑むことが出来なくなっちまう。つまり今回の場合、負けちまったら一週間の間、十七位以上の相手に争奪戦を挑めなくなっちまうって訳だ」

 

 紅先輩はオレの話題転換の意図に気付いているのか、答えてくれたその表情には苦笑いが張り付いていた。

 

「ま、負けるわけが無いから、そんな話しても無意味なんだけどよ」

 

 話を締めくくるようにそう言うと、起動されたアプリを数回操作し、何も映し出されていない真っ黒な画面を別ウィンドウとして開かせる。

 

 そしてしばらく待つと、その画面に一つの映像が流れ出す。

 黒板を背に座っている、勝気な瞳とピョコンと生えた小さなツインテールが印象的な女子生徒の映像が。

 

「どうも始めまして、十七位の皆さん」

「始めまして、ランク外の皆さん」

 

 紅の挨拶に、画面の向こうの女生徒が返事をする。

 ……映像でダイレクトにやりとりしてるのか……? でもカメラなんて……いや、ついてる。モニターの上に。

 でも……今までの授業でも、こんなカメラついてたか……? よく見ないとわからないほど小さなカメラだけど……今まで気付かないなんてことあるか……? 

 いやまぁ、あるから今こうして映像越しに言葉のやり取りをしてるんだろうけど。

 

「で、一体どんな用事? ランク外の人たちがわざわざあたし達に連絡を取ってくるなんて。もしかして、情報目当て?」

 

 勝気な瞳通りの声が画面の中の女生徒から聞こえる。

 スピーカー一体型モニターだから当然か。

 

 その女生徒が映っている画面の端などをよく見てみると、後ろにも他の女生徒がいることが分かる。

 もっともその人たちは、こうして座って紅先輩と話している女生徒とは違い、オレ達と一緒で立ち上がった状態でこの状況を眺めているので、顔は見えない。

 女子だと分かったのはうちの制服である白を基調としたセーラー服がチラチラと見えているおかげだ。

 

「いやまさか、今更情報なんてもの必要ないさ」

 

 相手が敵であろうともその崩れない、紅先輩のその軽薄な口調。

 

「じゃあ、ランク外が一体何の用事だって言うの?」

「簡単じゃないか。俺達はただ、お前たちのその立場を奪いたいんだよ」

「は? それってつまり、あたし達に争奪戦を挑むってこと?」

「それ以外に何があるってんだ?」

 

 画面の向こう側で、クスクスと笑い声が聞こえてくる。

 

「まぁ、そりゃそうよね……でもさ、ちょっと考えた方が良くない?」

「何を?」

「あんたらさ、ランク外な訳でしょ? んであたし達は十七位。正直、ランク外の状況なんて知らないけど、あんたらが戦ってきた敵とあたし達は、質が違うわよ」

「それが何だってんだ?」

「だから、まずはランク内の人たちの強さの質を知るためにも、最低ランクの三十位……それが気に入らないなら、せめて二十五位辺りのヤツらにケンカを売るのが良いって言ってるの」

「なるほどね……わかった」

「そう、ならこの宣戦布告は無効にして――」

「要はお前たち――」

 

 女生徒の言葉を遮ってまで発せられていく、紅先輩の言葉。

 

「――いきなりランク外の相手と戦って負けちまうのが怖いんだろ?」

 

 あの時と同じ……オレを挑発するかのような言葉を発した時と同じ、獲物を見つけた肉食獣のような鋭い眼つきと、心底愉(たの)しんでいるようなニヤついた笑みを浮かべる。

 

「そりゃそうだよな。負けちまったらプライドはズタズタになっちまう訳だし」

 

 その、いつもとまったく違う好戦的な表情なのに、いつもと同じ軽薄な口調をした、紅先輩の言葉。

 それは確実で明らかな、挑発の色を帯びている。

 

 それを察知したのか、画面の向こうの空気が、変わる。

 後ろで聞こえていたクスクスとした笑い声は消え、勝気な瞳をしていた女生徒も、睨みつけるような視線を紅先輩に向けている。

 

「は? なに? それ」

「“なに?”じゃねぇよ。いいか、俺達は一対一で戦えば絶対に負けない。だから俺達と戦った後、ランク外にいきなり飛ばされるのはイヤだし、何より周囲の視線も気になっちまう。それがイヤだから、やられても損害の少ない二十位前半にまで、俺達のランクを上げさせようとしてるんだろ?」

「ははっ……あんた、ちょっとランク外で勝ててるからって、調子乗ってない? さっきも言ったでしょ? ランク保持者とあんたらじゃ、戦いの質が違うの。その中をあたし達は何回も潜り抜けてきたの。それが何? ちょっと質の低いところで勝ってるからって、あたし達にまで勝てるって自惚れちゃって……」

「自惚れじゃねぇよ。真実だ」

「その発想が自惚れだって言ってんでしょ!?」

 

 とうとう、画面の向こうの女生徒が怒号を上げた。

 

「……いいわ。だったら教えてあげる。ランク保持者の実力を。十位台ランクの強さを、あんたらの体に叩き込んでやる……!」

 

 怒りに体を震わせながらも、その怒りを爆発させぬよう俯いて堪え、静かに燃え上がらせながらのその言葉。

 まるでソレ自体に呪いがあるかのように、重く濁った、女生徒の言葉。

 

「それならこっちも、お前たちに叩き込んでやろう。ランク保持者だからと天狗になってしまっているという、その真実を」

 

 その紅先輩の言葉に、ギリッ、と歯噛みする音がスピーカー越しにまで聞こえてきた。

 

「……一対一なら負けない、なんてほざくのなら、言い訳されたくないから共闘は無しよ」

「それはありがたい。そうすれば、お前たちの恥が上塗りされずに済むからな」

 

 ダンッ! と黒板を叩いた音が聞こえた。

 おそらくは仲間の誰かが堪え切れなくなって、思いっきり拳を打ちつけたのだろう。

 

「それじゃあ三十分後。……覚悟してなさい」

「ああ。お前たちを倒した後の戦い。その覚悟をさせてもらうさ」

 

 その紅先輩の返事を最後に、映像が映し出されていたウィンドウが自動的に閉じられた。

 

「さて、と。それじゃあ隣の部屋に移動するか」

 

 ソレを確認してからパソコンの電源を切り、椅子から立ち上がって移動を開始する紅先輩。

 その表情はいつも通り、口調通りの軽薄さ。

 

「隣の部屋?」

 

 その後ろ姿をすぐに追いかけながら疑問を口にする。

 

「そ。この隣の部屋は準備室になっててな。試合開始の合図がなったらあの部屋から出て勝負開始だ」

 

 準備室になっててな、って……隣の部屋は確か、パソコンを使用して授業を行う先生たちのための準備室じゃなかったか……?

 ……んまぁ、紅先輩が大丈夫だと言うのなら大丈夫か。

 

 一旦パソコン室から出て、隣の部屋のドアを開ける。

 パソコン室と同じ、床に敷き詰められた黒ずんだシミが目立つ青のカーペット。

 さっきの部屋の四分の一程度の広さ。

 入口側の部屋の隅、そこにパソコン本体が接続されていないデスクだけが置かれた、向かいの窓からいつの間にか暮れてきている陽が射し込んでいる、どこか寂しげな雰囲気をしたその部屋。

 ……先生たちはいつもこんな部屋で授業準備をしてるのか……? もっと資料やら何やらが乱雑に積まれてるもんだと思ってたが……。

 

「ん? あれ?」

 

 と、部屋の真ん中まで歩いたところで、閉められたこの部屋の中に麻枝が入ってきていないことに気付いた。

 さっきパソコン室から出る時からずっと紅先輩のすぐ後ろを歩いていたせいで、いなくなっていたことにすら気付かなかった。

 

「どうかしたのか?」

 

 オレの様子に気付いたのか、窓の近くまで歩いていた紅先輩が訊ねてくれる。

 

「いや、別に。何も無い」

 

 まぁ、いないからと言ってどうにかなることでもない。正直どうでも良いことだ。アイツがいようといまいとオレには関係ない。

 もしあの女がいないことで争奪戦に支障が出ることになるのなら、それはこのチームの責任になるし、オレのせいにさえならないのならどうでも良い。

 ま、アレだけムカつく性格してるから、周囲から恨みを買いすぎて今頃襲われてるかもしれないけど。

 とは言え、アレだけオレのことを弱いって言うんだから、もし襲われたとしても余裕で帰ってくるだろう。

 

「たださっきのパソコンでのやり取り。あのチームのリーダーって画面に写ってたあの女生徒じゃないのかなぁ、と思って」

 

 麻枝のことよりも、さっきの映像でのやり取りで気になったことを紅先輩に訊ねる。

 

「ああ、なるほどね。まぁ事前に仕入れてた情報だと、確かにあの女がリーダーってことになってるな。ただ、ああして画面でやり取りを行う奴全員がリーダーとは限らないからな。そう思わせといて別の奴がリーダー、なんてことは良くあることだ」

 

 なるほど……っつか、麻枝がいなくなって気付いたんだけど、さっきから喋ってるのってオレと紅先輩だけだな……。

 

 麻枝はあの無感情な言葉や声を聞きたくないから喋らなくても良いんだけど、蒼莉さんが喋らないのはどうしてだろう……?

 ……そう言えば初めて対峙した時もまったく口を挟んでこなかったな……。

 

「蒼莉さん、さっきから静かですけど、どうかしたんですか?」

 

 オレを追い越し、紅先輩と同じ窓の方へと歩みを進めていた蒼莉さんを呼び止めて訊ねる。

 

「別に〜。ただわたし自身、喋るのが遅いのは自覚してるから〜、大切なお話の途中だし、口を挟まなかっただけだよ〜」

 

 振り返り、オレへと視線を合わせてニコりと微笑んでくれる。

 相変わらずの間延びした口調だから、まぁ怒ってはいないのかもしれない。

 

「それなら別に構わないんですけど……」

「ん〜? どうかした?」

「いえ、もし怒られてたら困るなぁ、と思って」

「別に怒ってないよ〜。いつもこんなもんだから、気にしないで〜」

 

 っ……!

 ……不意打ちだ。

 あまり変わらない身長、と言うことは、このさっきよりも極上な笑みを間近に見てしまう訳で……その、正直ドキッとしてしまった。

 

「ん〜……じゃあ、怒ってないって証明するためにも、一つだけ話題を振ろうかな〜」

 

 いえ蒼莉さん、そんな真剣に話題を探さなくても、さっきの笑顔だけでもう十分に怒っていないことは証明はされてますが。

 

「くーのあの表情、どう思います?」

「“くー”?」

 

 とは言え話は聞いてみる。……って、誰だそれ?

 

「くーはくーだよ〜……ってあぁ〜そっか〜、くーってのは、そこの窓から空を眺めてる人のことだよ〜」

「って、紅先輩ですか?」

「そうそう」

 

 くーって読んでるんだ……なんか、めちゃくちゃ仲が良いんだな……もしかして付き合ってるとか?

 

「それで、“あの表情”ってのはどの表情のことですか?」

 

 ま、だからと言ってそんな無粋なことは訊けない。どうせ一位になったら別れるチームだし。

 

「ほら、あの〜……ギンっとした眼と、ニタァっとした笑い。計画通り! みたいな〜」

「あぁ〜……あの表情ですか」

 

 獲物を見つけた肉食獣のような鋭い眼つきと、心底愉(たの)しんでいるようなニヤついた笑み。

 その紅先輩の顔を思い出しながら、思ったことをそのまま口にする。

 

「何か、味方だと頼もしく感じるけど、敵だとイラってくる表情ですよね」

「あぁ〜、わかる〜」

「後、今にも敵に向かって飛び掛りそうな」

「だよね〜。あとさ、正直不気味じゃない?」

「まぁ、確かに」

 

 日常での表情とのギャップが凄まじいからなぁ……。

 

 と、ガラッとドアが開かれる音が後ろから聞こえた。

 

「すいません。遅れました」

 

 首だけをそちらに向けると、そこには学校指定のナップザックを片手で乱暴に持った麻枝。

 

「いや、遅れたとかはないから、気にするな」

「そうですか。それは良かったです」

 

 紅先輩の言葉に返事をしつつ部屋へと入り、ドアを閉め、すぐ横に放置されている何も乗っていないパソコンデスクの上に、そのナップザックをこれまた乱雑に置く。

 

 どこに行ってたんだ? とか、何を持ってきたんだ? とか、どうでも良いから確認する気にもなれない。

 ま、異端的な行動だったんなら紅先輩か蒼莉さんが注意するだろうし、ソレをしないってことはこういうことは日常的なんだろう。

 

 そう結論付け、再び蒼莉さんとの会話に戻るために麻枝から視線を逸ら――

 

「はっ!?」

 

 ――そうとして、再び見てしまった。

 ……って、見ちゃダメだろオレ!

 

「いやお前、こんな場所で何やってんだよ!」

 

 思わず叫んでしまう。

 それなのに当の本人である麻枝は手を止めながらも、オレの動揺を余所に相変わらずの無感情声で淡々と説明してくる。

 

「何って……体操服に着替えるだけ。争奪戦はとても汗を掻いてしまうし」

「汗を掻くから着替えるだけって……だからって制服をこの場で脱ぐなっ!」

 

 なんとこともあろうにこの無表情女は、紅先輩もオレもいるこの状況下で服を脱ぎ始めたのだ。

 

「制服を脱がずにどうやって着替えれば良いの?」

 

 無表情で無感情な言葉ながらも、疑問に思ってることは伝わるその言葉。

 何で羞恥心を覚えるべき人がこんな平然としてて、関係の無いオレがこんなに羞恥心を覚えて動揺しているのだろうか。

 理不尽だ。

 

 そうは思うも、やっぱり目の前で着替えだしたら、中学一年生程度のオレの経験値じゃあ見てるこっちが逆に恥ずかしくなる訳で……。

 

「“どうやって”じゃなくて“ここ以外で”着替えればいいだろ!?」

「それこそどうして?」

「恥ずかしいだろ!」

「私は恥ずかしくないけど」

「少しは恥ずかしがれ!」

「見られる相手が好きな人ならそうなったと思うけど、ここにはチームメイトとムカツク奴一名しかいないし。どれも意識することも無い相手だから、恥ずかしがるなんてことは絶対に無い」

「ぐっ……! でもな、見てるこっちが逆に恥ずかしいんだよ!」

「それじゃあこっちを見なければ良い」

「そうかもしれないが……じゃあ逆に、着替えてるところを見られ続けても良いっていうんだな!?」

「別に構わない」

「んなっ!?」

 

 とんでもない発言だ。

 

「私の着替える姿を見て、あなたが私のことをどう思おうと、私は一向に構わない。あなたの頭の中で私をどうしようと、私はまったく気にしない。思ったことや想像したことを私に喋ってきたり、着替えを盗撮なりして媒体に保存されたりするのはゴメンだけど、そうじゃないのなら見るなり見ないなり好きにして構わない。……最も、どんな反応をしたのかによって、私の中でのあなたの評価は変わるけど」

 

 そこまで淡々と述べると、再び制服に手を掛ける。

 お腹の横にあるファスナーを上げ、手首まである袖から腕を抜き、首元から脱ぐために制服を持ち上げていく。首元から中々頭が抜けないのか、白を基調としたそのセーラー服とはまた違う白さをしたほっそりとしたお腹と背中と横腹が見えてついには白いスポーツブラのようなものがチラりと見えたところで体ごと彼女から視線を逸らした!

 

 ……本当に見てるところで着替えだすとは……本当に羞恥心ってものが無いのか! アイツには!

 

 ……ああ〜〜〜……衣擦れの音が煩わしい!

 見たいと思ってしまう本能と、あの女はオレを弱いと言うムカツクヤツだから弱みを握られ無いためにも見てはいけないという理性が、否が応に戦いを繰り広げてしまう……!

 

 と言うか、小柄な見た目通り全体的に細い奴なんだな……胸も小さく、さっきからずっと見えていた腰周りもほっそりとしてて、スカートからチラチラと見えていた太腿もかなり細かった。

 抱っこすればかなり軽い分類に……ってまぁ、抱っこする機会なんて絶対に巡り会う事は無いだろうけどっ!

 あんなオレのことを弱いと言う女、例えどんな状況になろうとも絶対に抱きかかえたりとかしねぇだろうけどっ!

 

「ん?」

 

 と、窓の方へと視線を向けると、いつの間にそこへと移動したのか、蒼莉さんは紅先輩の隣に立っていた。

 ……いやまぁ、普通に立って話してるだけとかだったら何の疑問も抱かなかったんだけど……紅先輩の両目を片手で塞いでるからなぁ……。

 

 ……パッと見は。

 

 アレ、しっかりと目を凝らしてみると、アイアンクローのようにこめかみに指がめり込んでる。

 意外に力強いんだなぁ……蒼莉さん。

 

「……! ……!」

 

 プルプルと紅先輩が無言で震えてるし。彼女の腕で表情が見えないのが残念なほどだし。

 ……これからも、彼女には逆らわないようにしていこう。

 

 と言うか改めて意識して蒼莉さんを見てみると、彼女のスタイルはかなり良い。

 身長相応以上に膨らんでいるのに、膨らみ過ぎていない程良い大きさをした胸。

 いつもは制服のダボダボ感で分からないが、今は腕を紅先輩の顔に持っていってるおかげで見えている、ほっそりとくびれた腰と柔らかそうな太腿。

 スカートのラインにも表れている形の良さそうなお尻。

 出るところは出て締まるところは締まる……一言で表すとエロい体つきだ。

 今はアイアンクローという行為でその美しさが霞がかかっているが、中学生とはとても思えない体つき。

 これがさっき見た麻枝の一つ年上かと思うと……どっちが未発達でどっちが発達しすぎなのか微妙にわからんな。

 いや、と言うか二人とも極端なのか……?

 

「ふぅ……」

 

 後ろから聞こえたため息と共に、衣擦れの音がようやく止む。

 

 オズオズと後ろを見てみると、そこには一年生の色である学校指定の緑色のジャージ上下に着替えた麻枝の姿。

 最も上のジャージは羽織るだけで、肘辺りまで袖をまくっている。

 髪型も、いつも前髪にしてある髪留めを外し、前髪全てを後ろに持っていってデコを見せ、小さなポニーテールを頭の上につくってある。

 麻枝運動バージョン、と言ったところか。

 ……こうして薄着になるとやっぱり胸の薄さが目立つんだな……もしかしてソレが恥ずかしいからジャージを羽織ってるのか……?

 

 まぁ、それはともかく……。

 

「さて……麻枝の準備も終えたことだし……さっそく作戦の説明を、始めようか……」

 

 顔を真っ青息も絶え絶えにしながらもリーダーとしての勤めを果たそうとしているその紅先輩の姿は、なんとも健気なものだった。

 ……一番被害を被ったのは、もしかして紅先輩だったんじゃなかろうか……?