不思議なことに、これで斬られたあいつらからは血が出なかった。首も斬り落としたつもりだったのに繋がったままだった。

 

 望んでいた通り好きな武器に変えることは出来た。剣に変えることも、槍に変えることも。

 

 それなのに何故か、殺すことは出来なかった。どの武器に変えようとも、倒れたところを滅多刺しにしようともだ。

 殺すことこそが一番望んでいたことなのに……。

 ……まぁ、納得はいかないが、これで良いということにしておこう。気絶しているところを見るとちゃんとダメージはいっているようだし、何より人殺しの罪を背負わずに済むということは、色々なヤツに復讐できるということでもあるしな。

 ……それにこいつ等が気絶から目覚めたら、また同じことで恐怖に歪む表情も見れる。

 

「さて、と」

 

 武器を包帯に戻すイメージをする。

 それだけで、握っていた槍が淡く輝き、包帯に戻って自動的に右腕に巻かれていく。武器に変化する前と同じ状態に。

 ……便利なもんだ。

 

 学ランについた土を払いながら、この人目につかない場所から離れようとする。

 外からは塀で見えず、中からはこの出て行くための道以外は完璧に死角になっている、この校舎裏。……ホント、囲んで殴り倒すにはピッタリな場所だ。もっとも、だからこそこうして放置して帰っても大丈夫だと思えるんだがな。

 

 ここに無理矢理連れてこられたのが放課後すぐ。その時から比べると陽の高さはそんなに変わっておらず、曇り空の下は相変わらずの明るさをしている。

 

「おや、彼らを置いて帰るのですか?」

「っ!」

 

 開けた場所へと出るための曲がり角、そこを曲がるとそいつは立ち塞がるように立っていてオレに声をかけてきた。

 

 反射的に後ろに飛び、咄嗟に包帯を身の丈はある薙刀へと姿を変えさせる。

 

「おっと、スイマセン。驚かせてしまいましたか」

「……誰だ? お前」

 

 ソイツの一挙一動を見逃すまいと睨みつけながら、言葉を返す。

 

 知り合いではない。

 いや……そもそもこんなヤツ、校内外問わず見たことが無い。

 

 鴉(カラス)を思わせる仮面。

 全身黒で纏められた服をさらに黒いマントで覆った長身。

 先程の声で辛うじて男と分かる、そんな全てが黒い存在なんて。

 

「別に怪しい者ではありませんよ。だから武器を収めて下さい」

 

 そいつはオレの武器を警戒しているのか、オロオロとした手の動きをしながらそんなことを言ってくる。

 

「怪しいか怪しくないかはオレが決める。それに、そう言うヤツに限って怪しいもんだ」

「ふむ……確かに一理ありますね」

 

 と思ったら今度は一転、静かに顎へと手を持っていき、考える仕草をする。

 その姿が妙に、人間臭い。

 人間なら人間「臭い」なんて感じないはずだ。

 これじゃあまるで……人間じゃないヤツが無理矢理人間ぶろうとしているような、そんな感じがしてしまう。

 

「では、どうすれば私への警戒心を解いて下さいますか?」

「お前が、何の目的があってオレの前に現れたのか。その説明をしてくれたらだ」

「なるほど。なら話は簡単です。私は、あなたのその能力について説明をしに来たのですからね」

「っ!」

 

 まるでミュージカルの劇団員のように、一つ一つの言葉に大仰な身振り手振りを加えて話しかけてくる。

 その動きに多少の苛立ちを覚えながらも、発せられた言葉に思わず耳を疑ってしまう。

 

「さて、これで警戒を解いて、武器を収めてくれる気になりましたか?」

 

 そんなオレの反応を敏感に察したのか、堅苦しい口調はそのままに、余裕を持った雰囲気を言葉に携えて訊ねてくる。

 

「……まだだ」

「おやおや……強情な方だ。それとも、臆病者、と言ったほうが良ろしいですかな?」

「んだと?」

「おぉ、怖い怖い。そんなに怒らないで下さい。ですが、そちらがその様な態度を崩さぬおつもりなら、こちらにも考えがあります」

「考え?」

「ええ。あなたに本来行うはずだった説明を、残念ながらご遠慮させて頂きます」

「はっ、それぐらい別に構わねぇよ。オレ自身の力だ。オレが一番知っている」

「そうですか? それならあなた、その能力にどうして目覚めたのかご存知ですか?」

「なに……?」

「おや、ご存じない。ま、必要ないと仰られるかもしれませんが……それなら、その能力に目覚めた者が巻き込まれる戦いについてはご存知ですか?」

「…………」

「これもご存じない。……宜しいのですか? こちらも、聞いておかなくて」

「…………チッ」

 

 渋々と、武器化した薙刀を包帯の姿にし腕に巻き戻す。

 

「ありがとうございます。ではさっそく、説明させて頂きましょう。……なぁに、取って食うつもりはありませんから」

 

 そう前置きをし、鴉面の男は相変わらずの大仰な身振りと手振りを加えながら、言葉の雰囲気を先程の堅苦しいものに戻して説明を始める。

 

 その姿に相変わらずの苛立ちを自覚しながらも、腕を組んで感情を抑え込み聞いてやる。

 

「まず最初に、あなたのその能力は我々の中で妄想能力と呼ばれています」

「妄想能力?」

「ええ。我が国で作られた技術の粋です。明確な原理は専門的になりますので省きますが、要は人が強く抱く“こんな力があれば良いのに”という一種の誇大妄想の具現化です。そしてその特性上、能力に目覚めたものは一律、身体能力が飛躍的に向上します」

「理想の中の自分は人外な身体能力を誇る自分だから、か」

「その通りです。あなたにも、引っ掛かるものがあるでしょ?」

「ふんっ……にしても、何でそんなものがこの学校にあるんだ? こんな、世間的に頭の良い進学用私立中学として知られているだけの普通の中学校にさ」

 

 集まってる生徒の“中身の良さ”はとてつもなく悪いけどな。

 

「中学校だからですよ。子供過ぎず、されど大人過ぎず、最も不安定なこの中学生という時期にこそ、この妄想能力に目覚めやすいのです。最もソレは、現役中学生のあなたが一番分かることでしょうけど」

「……この力は、どこの中学でも発揮されるようになってるのか?」

「いいえ。公立中学では行われていません。あくまでこの妄想能力はまだ実験段階。故に、私立中学の責任者が同意した場合のみ行われています」

「実験段階?」

「ええ。……あぁ、体に害はありませんのでご安心下さい。あくまで実験段階なのは能力の発揮が不完全だからです」

「どう不完全だってんだ?」

「物を生み出すのに必要なモノが“誇大妄想”という限定的なものになってしまっているところ。また、生み出されてくるものも完璧ではないところがです」

 

 だからアイツらに傷を残すことも殺すことも出来ないって訳か……。

 

「この説明は、これぐらいでよろしいですかな?」

「……まぁ、良いだろう」

「わかりました。それでは次に、あなたのその腕輪について説明を」

 

 鴉面の男が言いながら指さしたのは、左手首につけてある金色に輝く腕輪。視線を少しだけ下げてチラっと見る。

 

「腕輪って、これのことか?」

「はい、そちらのことです」

「これが何だってんだよ。入学の時、校舎に入るのに必要だから毎日つけて来いって言われただけのもんだぞ」

 

 仮にも有名私立中学、セキュリティは万全にしなければならない。

 そういう意図で渡されたものがコレ。

 何でも中には個人情報が入っているらしく、校門でその個人情報をスキャンさせ、現在校生と該当データが一致しないと校内へと入れないようにしている。

 これだけだと奪われればそれまでだが、校門前でチェックしている先生もそのデータは見ることが出来る。

 データには顔写真も添付されているので、余程のことが無い限りは在校生以外が入ることは不可能だろう。

 

 つまり、もし忘れれば校内へと入ることが出来ない。

 

 有名私立だけあって、そうして校内に入れなかった場合は余裕で欠席扱いにする。

 進学する気満々なヤツにとっては貴重品以外の何物でもない、そんな代物。

 

「ええ。じつはそれも妄想能力を得た者にとっては貴重な武器となる存在でして……名を妄想付具と言います。今はご遠慮願いたいのですが、もし発動したければその腕輪が剣に変わるイメージをしてください。そうすれば、その中にあるあなたの個人情報から計算した、身の丈に合った剣に、姿を変えてくれますよ」

「ふむ……」

 

 便利なものではあるが、オレが必要とする時は早々無いかもな……。なんせオレの妄想能力自体、武器を生み出すものだしな。

 

「さて、では次に、この能力に目覚めた者が巻き込まれる戦いについて説明いたしましょう。とは言っても、明確なルール等は後日、放課後にパソコン室を開放しておりますので、そちらで確認下さい。電源を入れていただきますと自動でルールの確認を出来るよう、放課後限定で設定されておりますので」

「んじゃ何を教えてくれるってんだ?」

「ソレは放課後限定で行われているということと、その巻き込まれる戦いでトップに立てた際の景品についてです」

「景品?」

「ええ。この戦いはランキング制でした、もし一位になり、一定の条件を満たされた場合、その者には理事長自身が行える範囲で何でもしてくれるそうです」

「何でも!?」

「さしずめ、願いを叶えるための権利、とでも言ったところでしょうか」

「なんでここの理事長はそこまでするんだ? バカなのか?」

「バカは失礼でしょう。ただそうですね……せっかく実験と言う名目でおもしろいものを手に入れたのだから、これぐらいはしてやっても良いだろうとお思いになられたのですよ。あなた方を黙って実験に巻き込んでいるようなものですからね」

「なるほど……出来得る限りの気遣い、ってやつか」

「ま、そんなところです」

 

 と、突然、鴉面の男の動きが、ゼンマイが切れた人形のようにピタリと止まる。

 

「……それでは私、説明を終えましたので、これにて失礼させて頂きます」

 

 そしてそんなことを言ってから、恭しく(うやうやしく)頭を下げる。

 先程までの大仰な態度はどこへやら。その姿はまるで熟練の執事を思わせた。

 

「……あなたは、中々の人物です」

 

 鴉の面を上げたその時、そいつは今までの堅苦しさ全開の口調を、先程発した余裕を感じさせるものとは違う、本音で喋っていると思わせる程柔らかい口調に変えてそんなことを言ってきた。

 

「あ? なんだ突然」

「いえ……少々私事なのですが、これまでのあなたの態度に免じて、良いことを教えてあげようかと思いまして」

「オレの態度?」

「ええ。私がとっていた、まるでふざけているかのような大仰な態度。それらを目にしても警戒をまったく解かなかったその態度です」

「見抜かれてたのか……」

「もちろん。すぐに武器化を行えるよう、腕を組むフリをして左手を包帯に添えていましたね。それに膝に力も込め、後ろに跳んで間合いを広げられるようにも」

 

 大仰な態度で話し続けていた今までとは違う、静かに佇みながらのその言葉。

 

 ……そう……オレは確かに、こいつを警戒していた。

 理由は至って単純。

 今でも抜け切れていない、その「必死に人間に見せようとしている雰囲気」を、こいつは常に身に纏っていたから。

 

「一部を除く今までの方なら、これらの説明を始めた途端、警戒心を解いたりしていましたからね。それに比べればあなたは大したものです」

 

 その鴉面から発せられた褒め言葉に、ふんっ、と鼻を鳴らす。

 

「さっきは臆病者だとか言ってなかったか?」

「臆病者なら、私があの態度で説明を始めると同時、馴れ馴れしくしてくるものです」

「ふ〜ん……で、教えてくれる良いことってのは何だ?」

「先程私が漏らした、一部を除かれた人たちのことです」

「は? それの何が良いことなんだよ」

「あなたと同じで警戒を解かれなかった人たち……その人たちは全員、先程申しました戦いで上位に入っているものです。もっともコレは、私事のオマケ、ですがね」

 

 は? 何だそりゃ。

 

 そう文句を言うために口を開くと同時、強風が吹き荒れた。

 あまりにも強い風に、思わず腕で顔を隠してしまう。

 

 ――それでは、尽力致してください――

 

 その風に乗せられて、そんな言葉が耳につく。

 と同時、風が止む。

 顔への風を止めていた腕をどけると、そこにはすでに鴉面の男がいなくなっていた。……今更不思議にも思えないな……。

 

「ふぅ……」

 

 いなくなったであろうことがわかったので、ようやく緊張を解く。

 

 空を見上げると相変わらずの曇り空。だが先程までの明るさは失われてきており、少しだけ暗くなり始めていた。

 夜に染まるまであと一時間とちょっとぐらいだろうか。

 

 にしても……おかしなことに巻き込まれたもんだ。

 ……でも……イヤなことではない。

 

 確かに、危ないことなのだろう。非現実で在り得ないことなのだろう。

 

 だが、それがどうした?

 

 昔のオレなら、巻き込まれたことに泣き叫んだことだろう。

 イヤがったことだろう。

 助けてくれと無様に吼えたことだろう。

 

 でも、今のオレは違う。

 

 だってオレは、強いから。

 理想の強さを手に入れたから。

 

 誰にも負けない力がこの手にある。

 誰にも負けない強さがこの体にある。

 

 だから、やるべきことは二つ。

 

 オレのこの強さを誇示する。

 そして、オレの様な奴全てを助けてやる。

 

 挑まれた戦いを全て請け、殺されそうになっている奴全員を救ってやる。

 

 それがオレの、やるべきこと。

 

 そうすれば最終的に、皆がオレに恐怖する。

 オレに助けられた奴全員が感謝してくる。

 オレが助けようと割り込むだけで、その戦いは終わりを迎える。

 

 そして何より、他人を無意味にボロボロにする奴全員をひれ伏せさせることが出来る。

 オレが味わった恐怖を、その身に刻み込ませることが出来る!

 ……今想像しているだけでも、嬉しさで震えが止まらない。顔のニヤつきが収まらない……!

 体の全てを動かすことの出来ないあの痛み。

 その痛みで助けを呼ぶこともやめてと訴えることも出来ないあの無力感。

 そして、逆らおうとも思えなくなるほどのあの恐怖。

 オレが味あわされたきたその全てを、与えることが出来る。

 嬉しくなるなというのが無理だ。

 

 何でも叶う願いとか関係ない。

 そんなもの、この力を手に入れた時点でどうでも良い。

 オレのように弱い奴をボロボロにして楽しむ奴、そんな腐った奴ら全てを根絶やしに出来るのなら、そんなものを求める必要はない。

 

 それにコレは、オレ自身の手でやることに意味がある。

 他人にやられたり、ましてやその「何でも叶う願い」とやらで叶えてもらうものでもない。

 

 だって自分でやらないと、復讐にならないから。

 力を手に入れ、アイツらを倒した時に始まると言った、復讐にならないから。

 

 ……もう一度、空を見上げる。

 相変わらずの曇り空。

 相変わらずの薄暗さ。

 今日はもう終わりだろう。

 放課後に行われていると言っていたしな。

 

 だからそう……本当の復讐は、明日からだ。