一週間後の放課後。橙耶は立花に連れられて、共同棟の裏に来ていた。

 

「どうかしたの? こんなとこに連れてきて」

「うん……ちょっと、話があって……」

「話? それだったら別に帰りながらでも」

「その……停学のことだから、あんまり人に聞かれたくなくて……」

「なるほど」

「それで、その……肝心の話なんだけど……」

 

 よほど言い辛いことなのだろう。頬を染め、言葉を淀ませる。

 でもそれもほんの少しで、深呼吸をした後のその表情には、頬は相変わらず赤いままだが、言う覚悟を決めているのがひしひしと伝わってくる。

 

「……まずはね、その、死のうとして、ごめんなさい」

「……そのことは良いよ。だってもう、りっちゃんは死のうとしないんでしょ?」

「あっ……うん。その、りっちゃんって……」

「あ……もしかして、イヤだった?」

「ううん……昔みたいで嬉しいよ、とーや」

 

 さらに頬が赤くなるのを自分で感じながらも、言おうと思っていた言葉を思い出しながら立花は続ける。

 

「それでね、あとは、助けてくれて、ありがとう」

「それも構わないんだよ。死のうとするのをやめてくれたんならさ」

「それとね、もう一つお礼を言いたいことがあるの」

「ん?」

「……三者面談のとき、アタシのためにお父さんに言ってくれて、ありがとう」

「……なんだ、気付かれちゃったか……」

 

 三者面談のために学校へと訪れた、立花の両親。その二人を校門で待ち伏せ、自分と立花の関係を伝えた後、彼は言ったのだ。

 「死のうとしたことに対して怒らないで欲しい」

 と。

 

 彼女の本当の気持ちを聞いてやって欲しいという、その意味を含めた言葉を。

 

「ううん、お父さんから教えてもらったの。連絡を受けた時、アタシが死のうとしたことに対して怒ろうとしてたけど、校門に入る前に出会ったとーやに注意されて怒らなかったって。……そのおかげで、アタシは怒ってもらえた。必要とされていないなんて思うなって、怒ってもらえた。そのおかげで、自分の特別な居場所、やっと見つけれたの」

 

 それが橙耶の思いついた、立花を助けるための方法。

 

 特別な居場所を、彼女は欲していた。ちゃんと、彼女のための特別な居場所があるにも関わらずに、だ。

 ……だったら、元々あるその特別な居場所に気付かせてやれば良かったのだ。

 ……両親の隣という、子供という、特別な居場所がとっくにあるということを。

 

「ずっと勘違いしてたって、やっと気付けた。アタシはあの人にも、ちゃんと愛されてた」

 

 三者面談のとき、彼女の父親は、彼女を殴った。

 そんなくだらない理由で死のうとするなと、そんな勘違いで死のうとするなと、本気で殴った。

 

 そして、抱きしめられた。

 血がつながって無くても、自分は本当の父親だと、そう言って立花を力強く抱きしめた。

 

 そのおかげで彼女は、ようやく自分の勘違いに気付けたのだ。

 

「もっと早くから打ち明けてたら、こんなことにはならなかったのにね……ホント、一人で勘違いして、一人で勝手に死のうとして……アタシって、ホントにバカだ」

「でも、今はもう違うんでしょ?」

 

 その橙耶の言葉に、嬉しそうに「うん」と頷く。

 

「それもこれも、とーやのおかげ。とーやがアタシを助けてくれなかったら、とーやがアタシの思いを聞いてやれって言ってくれなかったら、アタシはこの特別な居場所に気付けなかった」

「ボクは、特に何かしたわけじゃないよ。ただ、ちょっと背中を押しただけ」

「それが嬉しかった。背中を押して、前に回りこんで手を引っ張ってくれて……そのおかげでアタシは、今ここにいる。……だから、言わせて欲しい。アタシ、とーやのことが――」

 

 瞬間、彼女の両腕にとんでもない激痛が走った。

 

「――いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいっ!」

 

「好き」と続けるつもりの言葉を遮らせるためとしか思えない、その腕の内側から響き渡るような激痛。

 

「どうし――」

「必殺キーーーーーック!!」

「ぎゃふっ!」

 

 心配して立花に駆け寄ろうと橙耶がした刹那、立花の体が大きく吹き飛ばされた。

 誰かの飛び蹴りによって。

 

「って奈弦先輩!?」

「ええ、橙耶くん。ちょっっっっっとごめんなさいね。大切なお話中だったんでしょうけど、もっと大切なお話がこの子に出来たの」

「橙耶先輩はここにいてください」

「って朝霧さんも!?」

 

 突然現れた二人に驚きながらも、待っていろと言われたのなら待っていないわけにはいかない。橙耶はその場で足を止める。

 

「大丈夫よ。私達が、彼女の怪我を見てくるから」

「いや奈弦先輩、あなたが今蹴り飛ばしましたよね……?」

 

 そんな橙耶の疑問を無視し、蹴られて大きく吹き飛ばされた立花のもとに駆け寄る奈弦と美咲。

 そして倒れたままの立花の肩に奈弦が腕を回し、美咲は紙型の人形の腕を元に戻してポケットに仕舞い、真正面から立花の顔を覗き込む。

 

「……なんなんですか、あなた達は」

「どうも、生徒会長です。あなたに飛び蹴りを食らわせました」

「どうも、呪い使いです。血は一週間前にビンタした時にコッソリと採取させてもらいました」

「そんなふざけた返答は良いから!」

 

 立花のその怒り心頭といった空気にため息を吐き、代表して奈弦が話を進める。

 

「別にふざけたつもりは無いわよ。むしろ私達からしてみれば、あなたが一番ふざけてるように見えるわ」

「何がですか!」

「あなた今、橙耶くんに告白しようとしたでしょ?」

「うっ!」

 

 そのことがよほど恥ずかしかったのか、途端に顔を真っ赤にする立花。

 

「で、でも、それの何がふざけてるっての?」

「別に告白自体はふざけてないわよ。でもね、他に彼のことが好きな人がいたら、妨害されるのは当然じゃないかしら?」

「……えっ?」

「そのことを理解の外にしてる時点で、あなたがふざげてると思うけど」

「いや……ちょっと待って。ってことは、あなた達も……?」

「なによ、気付いてたでしょ? あなただって」

 

 コクコクと首を縦に振る美咲。

 

「いや……まぁ、うん」

「だからもし、告白を邪魔されたくなかったら、邪魔されない場所に行かないと。こんなちょっと探せば見つけられる告白スポットじゃあ、邪魔されて当然じゃない」

「えっ? いやちょっと待ってよ。じゃあアタシ、とーやに告白が――」

「させると思ってるの? 全力で邪魔するわよ、私達が」

「…………。……えぇ〜〜〜〜〜〜〜」

「何よその不服そうな声は。あなただって、私達が告白しようとしてたら邪魔して良いのよ?」

「いやでも……えぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜……」

「……まぁ、すぐに納得しろとは言いませんよ」

 

 と、美咲が口を挟む。

 

「でもこれはもう、決定事項です。もし橙耶先輩と一緒に歩いていきたいなら、ソレ相応の努力をしてもらわないと……」

「まぁつまり簡単に言うと、全員が全員の足を引っ張り合うのよ。誰かが告白しようとしたら他の二人が協力し、協力したかと思ったら裏切りあう。そんな牽制しあう関係を、私達はこれから作っていこうってこと」

「……っていうか、なんでこんなことになってんですか?」

 

 奈弦の結論に対し、当然のような疑問が立花の口をつく。

 ソレに対して二人は、気まずそうに視線を逸らした後、答えた。

 

「……あなたがいない間に橙耶先輩にアピールし続けてたら、自然とこういうことになってました」

「……まぁ、その中にあなたも含めようかなと、ついさっきあなたに襲い掛かる前に私達二人で行き当たりバッタリで決めちゃったのよ」

「何ですかそれはっ!」

 

 思わずツッコミを入れてしまうが、どうも二人この仕組みを変えるつもりはないようだ。

 

 そのことは立花も悟ったのか、まぁ要は言う機会を見つけたら言って橙耶自身からオーケーさえもらえれば、誰の邪魔も無いってことになるのかと、プラスに考えることにした。

 

「……まぁ、分かりましたよ。それで良いです」

 

 だから二人に向かってそういうと、静かに立ち上がる。

 そして……思いっきり橙耶にダッシュをかける!

 

「とーや! じつはアタシ、あなたのことが――」

 

 まぁ当然のように人形の腕を捻られたり背中に飛び蹴りを食らわされたりして、その言葉は封じられたのだが……。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 そしてまた、日常が戻る。

 ちょっとだけ四人の関係が変わっただけの日常が、再び戻ってくる。

 そんな日常を眺めながら、私はは思う。

 結果的に、これでよかったのかもしれないと。

 

 結局、皆がそれぞれを牽制しあうことで力の均衡を保っている。

 この状態なら、自分が何の手も加えなくても、互いに邪魔をし合って橙耶と付き合うなんてことはなくなる。

 三人以外の誰かが橙耶と付き合おうとしても、あの三人なら邪魔をしてくれるだろう。

 

 だから、後はそう……この状態のまま時を過ごし、他世界への移動を可能にする機械が作られれば良い。

 ソレさえ出来れば、その後はどうでも良い。

 誰かと付き合おうと付き合うまいと、橙耶が死のうと死ぬまいと、どうだって良い。

 

 ……ただ……もう少し、この子達を見ていても良いかな、なんて思う。

 このままだと大丈夫だからどうだって良いはずなのに、見ていたいだなんて思ってしまう。

 

 ……まぁ、だったら、見ていても良いか。

 どうせ世界全てを見るようになったって、暇になることに変わりはないんだし。

 それだったら、まだこの子達を見ていたほうが暇つぶしになる。

 ……そう、あくまで暇つぶしだ。

 そんな、この子達が気になるとか、あまつさえ幸せにしたいとか、そんな感情は微塵もない。

 あくまで、あくまで暇つぶしなんだ。

 

 ……って、何を自分に言い聞かせてるんだろ……私は。

 ……まぁ、もう少し見ていようと思うなら、今日の夜あたり、また橙耶の元に行こうかな。

 まだ見ていてあげるって言ってやろうかな。

 

 突然現れてやった、あの初めての日のように、突然に。