「はぁ……まぁ良いわ」

 

 ため息とともにそう言葉を吐き出し、とりあえず私自身は納得できてないけど『恵まれてる』云々の話は置いておくことにする。もうこんなに鈍感だと『恵まれてる』のを教えるのは、同時に恋愛感情云々の話までしないといけなくなりそうだし。

 

「それよりも、どうして私がここに来たのか昨日話したけど、憶えてる?」

「えっと……ボクが世界の主人公で、この世界はボクが幸せになったらあなたの手から離れてしまうから、ボクを不幸にしてこの世界を維持させようとしている……でしたよね」

 

 洞察力は低いけど記憶力は結構良い方なのね。なんて皮肉を口から出しそうになったけど、何とか喉の奥で押し留めて別の言葉を口にする。

 

「その通り、正解よ」

「……えっと……今日のランニングの時から考えてて、気になってたことが二つほどあるんですけど……」

「良いわ、言ってみて」

「はい。まず一つ目が、どうしてそこまで世界を維持させたいのか。神様なんですし、それに昨日この世界がゲームだって言ってたところから、新しい世界なんて容易に作ることが出来ると思うんですけど……どうしてこの世界に拘るんですか?」

「なかなか良いところに目を付けるのね。後で答えてあげるわ。で、二つ目は?」

「その……どうやって、ボクを不幸にするつもりなんですか……? もしかして、お母さんとかお父さんとか妹に被害がいったりとか……」

「あぁ、その辺は大丈夫よ。厳密に言うと『不幸にする方法』と言うよりも、『今以上にあなたに幸せを感じさせない方法』なんだから、あなたの家族に危害は加えたりしないわ」

 

 『不幸にする方法』を取るなら、彼の周囲の環境を少し操作し続けるだけで済む。要は彼が今よりも嫌われれば済む話なのだから。

 でも今こうして、誰にでも好かれている彼を必死になって作り出したのは私だ。「皆に好かれる子を育て上げる」なんて目標のために頑張ってきたのは私だ。

 だからそんな、今までの自分の行動をフイにするようなこと、絶対に出来ない。自分で自分の苦労を水に帰すことなんて、絶対に出来ない。

 だから私は、彼の現状維持に全力を費やす。たとえ『不幸にする方法』の方が楽であろうとも、こちらの道を選んでいく。

 

「その方が遊び甲斐もあるし、何より機械を手に入れた後も楽しめるしね」

「え?」

 

 呟くように出てしまった私の独り言に橙耶が耳を傾けようとするが、それじゃあまずは一つ目の質問よね、とその様子に気付かないフリをして話を一旦巻き戻す。

 

「まず結論から言うと、この世界で今だかつて無い発明品が生まれるからよ」

「発明品?」

「そ。“世界にいる主人公以外の人達を、別の世界に移動させることの出来る”機械がね」

「えっ? でも神様なんだったら、そういうのぐらい自分達で作れるんじゃ……」

「それがそうもいかないのよ。私たち神はね、自分達で作れるのはあくまで世界だけなの」

 

 いまいち的の射ていない表情をする橙耶に、一本指を立てて続ける。

 

「今私たちの『セカイ』に溢れてるものは、全て『私たちの手で作られた世界』で作られた物と『まったく同じ模造品』なの。つまり、私たちが新しいものを欲しいと思うのなら、こうした『自分達で作った世界』から物体をコピーしてくるしか無いってわけ」

「えっ? じゃあ今この世界に溢れてる物ってのは……?」

「全部他の世界で作られたものよ。いやぁ〜……最初は大変だったのよ。何せ木火土金水(もっかどごんすい)しか用意されなくてね……私たちに似た存在を作り出せば良い、って誰かが言ってくれなかったら今のこの世界は無かったのよ。人を生み出して色んなもの作ってもらって、それらの品をコピーして、次の世界を作る時に付加させていく……そんなことの繰り返しで、今ようやくこの世界みたいに物が溢れることが出来てるんだから。この世界であなたが授業で習ってる歴史も、そうした過程を組み合わせてそれっぽくしたものよ。そういうキットセットで開始したんだから間違いない。あ、ちなみにどうして未来に作られ物が分かるかって言うのは、そうした物が過去別の世界で作られて、それが販売されてるからよ。もしそうした新しいものを作り上げ、販売ラインに乗せることが出来たなら……それはもう大量の――」

 

 と、ここまで言ったところで、橙耶が反応に困ってることに気がついた。

 ……ちょっと突然しゃべり過ぎたかな……。コホン、と一つ咳払い。

 

「ともかく、その『別世界移動(仮称)』の機械が欲しいからこの世界を維持させるわけ。もし私の手からこの世界が離れちゃったらコピーなんて出来ないしね」

 

 で二つ目の質問だけど、と何か口を挟まれる前にドンドンと話を進めていく。

 

「これ以上幸せに感じさせない方法なんだけど、コレに関してはもう手は打ってあるの」

「手を打ってある? どういうことですか?」

「そのまんまの意味よ。ま、一時の達成感からくる幸せとか、そういう一瞬の幸福感程度じゃあ世界は終わらない。一番訪れてはいけない幸福感ってのは、長期間のものなの」

「なるほど……で、打った手ってのは何なんですか?」

「……あんたさ、一般的な男性が、一番幸せを感じる時ってどういう時か知ってる?」

「え?」

「……はぁ……」

 

 うわぁ〜……これホントに知らない時の顔だ……思わずため息が漏れ出てしまった。

 

「あのね、男として生まれたんだから、あんたも当然思ってるでしょ? 女の子と付き合いたいって」

「………………ってもしかして……!」

 

 ようやく私がどんな手を打ったのかを察したようだ。

 

「そ。例の機械が出来るまで、あんたを誰とも付き合わせないつもりよ」

 

 自分の好きな人と、自分を好きでいてくれる人と一緒にいる。その時ほど幸福感が満たされる時も無いだろう。

 そこにはもちろん吐息を交換したり肌を重ね合わせたりといった行為も含まれるが……やっぱり一番の幸福絶頂期は、吐息の交換時。つまりはキスの時。適度な緊張に包まれるあの感じ。肌を重ねる時とは違う、あの無駄な緊張やら見栄やらが無い、純粋な好意の示し合わせ。それをさせないために、私はこれから手を打っていくつもりだ。

 

「ちょっ、ちょっと待ってください! そりゃ確かに、ボクにはまだ好きな人がいませんが……もし出来たとして、もしその時もまだ機械が出来てなかったらどうなるんですか!?」

「え? もちろん私が妨害するから、生殺しになるけど?」

「そんなのはイヤだぁああああああーーーーーーーー……!」

 

 おおっ……! 今までも結構叫び声を上げてたけど、今まで以上の絶叫だ。さすがに今回ばかりは近所迷惑を懸念してしまう。

 

「ちょっと待ってください! じゃあ一体いつ、何年何月何日何時何分何秒にその機械は出来るんですか!?」

「さぁ? いずれ出来る、ってことが分かるだけで、いつ出来るかまではさすがに……」

「っ……!」

 

 あ、あまりのショックでヘタリ込んでしまった。今度は叫ぶことも出来ないみたいだ。

 

「ま、未来のことを懸念しても仕方ないじゃない。好きな子が出来た時に、また考えましょ」

「未来の機械が出来るまでボクの幸せを奪うあなたがソレを言いますか!」

 

 あぁ、確かに。

 

「そう言えば橙耶、一つ疑問に思ったんだけど」

「なに!?」

「さすがにアニメがないとは言え、ここまで叫んじゃったらヤバイんじゃない?」

「………………はっ!」

 

 気付いた時にはもう、遅かった。

 階下から、激しい足音が上ってきていたのだから。

 

「あ……う、あ……」

 

 恐怖で静かになるが、それはもう今更な行動。

 同じ階に辿り着いたその足音は、大きさをそのままに、段々と、彼の部屋へと、近付いてきたいたから……。

 

「なんで……もっと早く、注意を……!」

「何でって言われても……見えない私に関係の無いことだから」

 

 か細い声に突き放すような言葉を放つ。……まぁ、ちょっと可哀相だと、思わないことも無い。でもこのおかげで追求を逃れることが出来るのなら、私としては乗っからせてもらうのは当然だ。

 

 だからそう……トビラの前でその足音が止まった後の出来事は、ちゃんと見ていなかったりする。この後すぐに追求されぬよう、彼の元を離れていったのだから。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 翌日、いつも通りの登校路。

 

「そうそう、昨日お兄ちゃんがね、何かずっと部屋で絶叫してたの。ホントうるさかったわ」

「そうなんですか? 先輩」

「……まぁ、ちょっとイヤなことがあってね……認めたくないことなんだけど、本当なんだ……」

 

 電車から降りた駅の先、学校へと向かう道の中、美咲と優衣と橙耶はいつも通りの何とはなしの雑談を繰り返す。

 

「イヤなことって言うけどね、こいつ部屋で一人きりだったのよ? しかも部屋の真ん中でポツンと座ってるだけ。それなのに突然そんなのはイヤだぁーー! って叫びだしてさ……ちょっと頭おかしいと思わない?」

「ははっ……もしかして先輩、黒歴史か何か思い出してたんですか? 思わず絶叫したくなるような恥ずかしいこと……たとえば腕の刻印がふんたらかんたらって言う自作小説が見つかったとか」

「そんな訳ないよ……ただちょっとさ……うん、ほんの気の迷いみたいなものさ」

「ね? 昨日もずっとこんな返答しかしないのよ?」

「ああ……もしかして優衣ちゃん、先輩のこと心配してるんですか?」

「まさか、こいつがボクの心配なんてする訳無いよ」

「そうそう、ただ私は、美咲的にはどうなのかなって思って」

「私的に? まぁ、どうもしませんが……このぐらいじゃあ」

「……自分のことながら思うんだけど、朝霧さんはどこまでの寄行なら許せるんだろ……」

「そうよねぇ……そうして自分で思っちゃうほど、昨日のお兄ちゃんはおかしかったもの。事情を聞いてる時もずっと部屋の周りをキョロキョロ見回すし」

「もしかして先輩、何か見えるんですか?」

「……まぁ、見えると言えば見えてるんだけど……」

「……じゃ、じゃあその……もしよろしければ、私が先輩の部屋を見ましょうか……?」

 

 頬をほのかに赤く染め、鞄を持つ手をイジイジとする可愛らしい仕草の中橙耶に訊ねる美咲。

 

「私その、見ることが出来ますし……」

「何を!? いや、話の流れ的には分かるんだけど! ……あの、さすがにその……それで見えちゃった場合の対処に困るというか……」

「大丈夫です! ちゃんと除霊も出来ますよっ!」

 

 両手を胸の前に持っていってガッツポーズするその美咲の姿に、橙耶は苦笑いを浮かべる。

 何故なら見えたして彼女の視界に映るのは霊などではなく、確実に神様だからだ。

 

「まぁ……遠慮しておくよ。わざわざ家に来てもらうのも悪いしね」

「でも先輩! そんなに発狂するほど困ってるんですよね? だったらそれぐらいどうって事ないですよ!」

「あぁ〜……ん〜……まぁ、その、何て言うか……昨日のは霊のせいじゃないと思うし、大丈夫だって」

「ダメです! だいたい先輩は見えないじゃないですかっ!」

 

 神様なら見えるんだけど、と言う言葉は飲み込む。

 

「まぁそうなんだけど……大丈夫なような気はするしさ」

「そんな気がするのがダメなんです! 既に私の見えないところで毒されてるのかもしれません! やっぱり先輩の部屋に行って直接見ないとっ!」

「あぁ〜……その、あの〜……」

 

 ちなみに答えに窮している橙耶を優衣はニヤニヤとした表情で見つめている。

 

「……もしかして、その迷惑ですか?」

「いやそんな、迷惑とかじゃ……!」

 

 ここで迷惑と言えればそれで済むのだが、悲しそうな表情をされては断れるものも断れなくなるのが橙耶。まぁそこが良いところなのだろうが。

 

「ただね、その、本当にいたとして、朝霧さんに迷惑がかかっちゃダメだなって思って……その、逆に朝霧さんが呪われたり、傷ついたり、そういうのがあったらボクがイヤだなって……」

「橙耶先輩……」

「だからさ、その、本当にこれから先何も無いか、確認のためにもう少し期間をあけて欲しいんだ。そして何も無かったらそれで良いし、何かあったらその時はお願いするから」

 

 ね? と小首をかしげながら美咲の瞳を見つめる。その瞳を見た美咲は、渋々ながらも、でも照れた表情のまま視線を逸らして分かりましたと答える。

 

「でも、何かあったら絶対に言ってくださいね? 私に遠慮なんてしないで下さいね?」

 

 部屋に行けなかったのは残念なのだろうが、あそこまで言われたら美咲も引き下がらない訳にはいかない。だから指を突きつけんばかりの勢いでそう話を締め括る。

 

「うん、分かったよ。ありがとう、朝霧さん」

 

 ……でもこの笑顔を見れただけで、もしかしたら美咲的には満足だったのかもしれない。逸らすことで橙耶からは見えないようにしているそのニヤついた表情を見る限りは。

 

「……残念だったね、美咲」

「な、何がですか? 優衣ちゃん……?」

「お兄ちゃんの部屋に入れなくて、よ。なんなら、私のお誘いで家に来る? その時に間違えたって言って入っても、お兄ちゃんなら怒ることは無いと思うよ?」

「いえ、その……まぁ、魅力的な提案ですが、橙耶先輩のお部屋に入る時は、そういうコスい真似はしたくないと言うか……」

「ふぅん……真面目ねぇ……ま、そういうところ、私は好きだけど」

 

 なんて会話を、橙耶にバレぬよう小声でこっそりとする二人。

 

「あっ!」

 

 そのために距離を開けてしまっていたからか、橙耶が前を歩く女生徒に気付き、駆け寄っていることに気付いていなかった。

 

「京田さん!」

「ん? あぁ、筧くん」

 

 前を歩く女生徒――京田立花へと駆け寄っていたことに。

 

「珍しいね、こんな時間に登校してくるなんて」

「何か今日は珍しく早起きしちゃってね。だからま、珍しいついでに早めに登校してみようかなって」

「なるほどね。早起きは三文の得とも言うしね」

「……そうね、確かに得したわね」

「ん? そうなの?」

「ええ……たった今、ね」

「えっ?」

「お兄ちゃぁ〜ん!」

 

 と、結構な距離を置いて後ろを歩いていた優衣と美咲が駆け寄ってくる。

 

「ちょっと先々進みすぎじゃない? もうちょっとゆっくりでも――」

 

 そう優衣が言いかけたところで、橙耶の前に立っていた立花の存在に気付いた。

 

「――……もしかして、立花お姉ちゃん?」

「うんそうだけど……えっと……優衣ちゃん、だよね?」

「もしかして……憶えてないの?」

「いや違くて、私の中学卒業式の時に会った筈なのに、なんでそんな何十年ぶりの再会みたいに振舞うのかと」

「いや、何となく」

「……相変わらずね、あなたは」

 

 立花にそう言われ、へへへっ、と笑みを浮かべる優衣。

 と、その服の裾をクイクイと引っ張る姿。美咲だ。人見知りの激しい彼女は、突然の橙耶と優衣共通の友人の登場に戸惑っているようだった。その優衣へと向けている視線は「その人はだれ?」と問いかけている。

 

「えっ? 今日は体育なんて無かったはずだけど?」

「っ……! (フルフル!)」

「冗談だって、そんな必死な形相で首振らないでよ。あの人はね、京田立花さん。小学校より以前から、私もお兄ちゃんも仲良くさせてもらってる人よ」

「……幼馴染?」

「まぁ、そんなとこ」

 

 二人がそんな風に会話をしている最中、立花もまた橙耶の袖をクイクイっと引っ張り橙耶を呼び、美咲を見つめて訊ねていた。

 

「あの子、誰? 見たところ優衣ちゃんの友達みたいだけど」

「あぁ、あの子は朝霧美咲さん。優衣と同学年の後輩だよ」

「ふ〜ん……後輩ねぇ……」

 

 と、優衣の影に隠れるようにしながらチラチラと様子を窺ってくる美咲を見つめながら、そんな言葉を漏らす。

 

「ま、良いわ。それよりもほら、早く学校に行きましょ? せっかく珍しく早く来たんだからさ」

「う、うん」

 

 橙耶の手を引きながら、さっさと歩き出す立花。橙耶としては人見知りの激しい美咲と仲良くなって欲しかったのだが……さすがにあそこまで怯えた表情のする彼女とコンタクトを取ろうとは、さすがの立花も思えなかったようだ。

 

「ほら美咲。お兄ちゃんたち行っちゃうから、私たちも行くよ」

「あ、はい」

 

 前を歩いていく二人の後ろを、ついていくように歩き始める優衣と美咲。

 先に行く、とは言っても気にはなっていたのか、前を歩く二人の速度は遅い。駆け出すことも無く追いついた。

 

「…………」

 

 そして前を歩き、仲良く会話を繰り広げている橙耶と立花の姿を見つめながら、美咲は考える。

 このままで言いのだろうかと。このまま、人見知りだからと何もしなくて良いのだろうかと。

 

 今までは、自分だけが橙耶のことを想っていると思っていた。でも現実は違い、幼い頃から彼を思っている女性がいた。……いや、今目の前に、いる。……このまま、本当に何もしなくて良いのだろうか……?

 ……良くは無い。だってこのままだと、大好きな橙耶を取られてしまうから。自分の隣を歩いて欲しい橙耶が、別の誰かの隣を歩いてしまうから。だから……だから、このままじゃダメなんだ。人見知りを跳ね除けて、強くならないといけないんだ。今だけでも良いから、このまま傍観なんてせずに、前に進まなくちゃいけないんだ。橙耶に手をつながれ、優衣に手を引っ張られている今のままじゃ、彼の隣を歩けない。歩きたければそう……今だけでも自分から手を離して、自分から彼の隣に並ばないといけない。

 

 だから彼女は一歩、大きく前に出て、橙耶の隣に並ぶ。人見知りで緊張する体と心を懸命に動かして、橙耶の隣を並んで歩く。

 

「は、始めまして。私、橙耶先輩と“毎日一緒に登校している”、朝霧美咲です」

 

 そして橙耶を挟んで歩いている立花に、そう挨拶をする。仲良く話す二人のラインをぶった切って。

 

「えっ……あ、うん。始めまして、美咲ちゃん。京田立花です。これからよろしく」

 

 その行動に若干の戸惑いを抱きながらも、何とか挨拶を返す立花。

 

「立花先輩、ですか……橙耶先輩とは幼馴染なんですよね?」

「うん、そうよ」

「そうなんですか〜……あ、私はちょうど去年の昇学式に出会いまして……その時からずっと仲良くさせてもらってるんです」

「へぇ〜……そうなんだ」

「はい。立花先輩ほど仲良くしてもらった期間は長くありませんけど、橙耶先輩のことは結構知っているつもりです」

「……へぇ〜……」

 

 その話し方で、立花は気が付いた。彼女もまた、自分と同じ気持ちなのだろうと。

 自分と同じで、橙耶のことが好きなのだろうと。だからこんなに牽制されているのだろうと。

 そう、勘付いていた。

 

「そう言えば橙耶先輩、この前の映画楽しかったですね」

 

 そしてこうして、どれだけ仲が良いのかをアピールしてくる。最近出掛けた場所を話題に上げることで、橙耶と二人だけで話を進めようとする。自分の割り込めない話をして、橙耶を独占しようとする。

 ……別に、そのことに対して嫌悪感は抱かない。自分は毎日ランニングに付き合っているのだから、その程度ではどうも思わない。それに逆の立場なら同じことをしたと思うから、どうも思わない。一緒にデートに行った程度では、どうも思わない。

 だって優しい彼ならば、慕われて当然だと思うから。

 

 ただちょっと……寂しいなと思うだけ。

 今、昔の態度で私が接しようとも、今の彼は、昔の態度で接してくれない。中学時代より前の、ただ何も考えずに仲良くいれたような関係にはなれない。

 それは当然のことで、求めてしまうのはただの自己満足でしかないこともわかっている。だからちょっと、寂しいと思ってしまうだけ。

 

「…………」

 

 だからだろうか。隣で楽しげに話す二人に、口を挟めない。自業自得だとどこかで思ってしまっているせいか、口を挟めない。

 だって……いない方が良い訳が無いと、そう言ってくれた彼を遠ざけていたのは、何を隠そう私なのだから。

 

「…………」

 

 だから立花は、立ち止まる。そして一歩後ろを歩いていた優衣と並び、懐かしいねと、会話をする。

 日常的な、会話をする。

 

 そうして遠慮することで、自らの罪を贖罪した気になるために。