「ついでだから、あんたを幸せにしないための方法とか手段とか、どうしてこの世界を作った私自身が直接あんたの元に出向いたのかとか、そういうのも明日に回すからね!」
その言葉を最後に、昨日は神である『彼女』との会話が終わったっけな……。
なんてことを思い出しながら、一般的な男子生徒用の制服よりも小さめに作られたそのブレザーに袖を通す橙耶。季節的には一応の着用義務が無くなっているとは言え、外に出れば肌に張り付くその空気は未だ冷たい。
ゴールデンウィーク明け最初の授業、梅雨に向かう春先。だからこそ、朝は冷たく昼は暑い。ほとんどを教室の中で過ごすのなら尚更だ。
全開のカーテンから煌びやかな朝陽が射し込み、道路に日光が反射しているところを見ると、そんな予想は容易に出来る。
「あっ……」
と、不意に何かを思い出したかのような声を漏らしたかと思うと、橙耶はブレザーのボタンを留めながら自分の部屋から出る。
そしておもむろに隣の部屋へと行くと、そのドアを二度ノック。
続いて、中にいるであるその人に声をかける。
「優衣〜、朝だよ〜、学校行く時間だぞ〜」
控えめで、声量がある訳では無いのにどこか透明度のあるその声。まるで彼の目の前にあるドアをすり抜け、部屋の中で直接その声を響かせているのではと錯覚させてくる。
「…………」
……が、そんな声にも返事は無い。無人かと思ってしまうほどの無反応。無音音とも言えるべき音が中から聞こえてくるほどだ。
でも、橙耶はこの無音音の中にある微かな気配に気が付いた。それは長年一緒に住んできているからこそ分かる、兄妹だからこそ分かる音。まだ妹が、夢から覚めていないであろうことが分かる音。
だから問答無用かつ無遠慮に、返事の無かったその自分と同じ間取りをした部屋へと入っていく。
「……やっぱり」
ぬいぐるみが部屋の所々に置かれたファンシーな空間の中、唯一自分の部屋と同じ位置に置かれたベッド。その上で未だ間抜けな寝顔を晒したままの妹の姿に、橙耶は無意識的に呟きを漏らしてしまった。
間抜けに開かれた口、寝癖のついた長い髪、きつく抱きしめられたペンギンの抱き枕、お腹が見えてしまうほど捲くれあがったパジャマに、蹴り飛ばされて落ちている掛け布団。寒いのか軽く体を丸めているせいで、パンツのゴムがズボンからはみ出してこんにちはしている。もし異性が見れば興奮すること請け合いなその姿。
だが生憎と、兄である橙耶から見たその姿は、ただ心の中に情けなさを生み出す要因でしかなかった。こんな妹に嫁の貰い手が出来るのかどうか不安に駆られてしまう、そんななんとも言えない気持ちにさせる極みの姿。
……思わず、盛大なため息が口をつく。
「ほら、優衣。今日はもう学校に行く日だよ」
だがいつまでも呆れていては遅刻をしてしまう訳で、とりあえず起きたときに恥ずかしがられるのは面倒なので落ちていた掛け布団を掛けなおしてやり、その上から彼女の体を軽く揺すって起こそうとする。
「ん……むぅ……」
すると至極あっさり、彼女は瞳を片手で擦りながらゆっくりと開く。目ヤニがついているせいで満足に開けられないのか半眼なその顔もまた情けない。
「よしっ、起きたな。それじゃあ学校に行くぞ」
自然な動作で目ヤニをとってやりながら声をかける。このままの流れで用意をさせれば……なんて考えが彼の脳裏に過ぎるが、同時に無理だろうなぁ、なんて考えも脳裏を過ぎる。
長年の付き合いだからこそ分かっている。兄だからこそ、分かっている。無音音の中の気配に気付けるからこそ、分かっている。
彼女はここからが長いのだと。
連休明けは、瞳を薄っすらと開けてから学校へ行く用意をさせるまでの、その寝ぼけ眼からの時間が長いのだと。
「がっ……こう……? なんで? お兄ちゃん」
「何でもなにも、昨日でゴールデンウィークも終わりだからだ」
「そんなことないよぉ……まだまだ、お休みはこれからなんだよぉ……」
「そんなことあるから、ほら、さっさと起きろ」
「もぅ、なんだよ……そんなに妹と休日がっこうデートがしたいのぉ?」
「したくないからね……というか、今日はもう平日だからね」
「したくないってどういうことよぉっ、このわたしとっ、一緒に歩きたくないっていうのぉっ!」
「あぁ、ごめんごめん。そんなこと無いって。一緒に歩きたいよ」
「ほらやっぱりぃ〜、休日がっこうデートがしたいんじゃ〜ん」
表情がコロコロと変わる。まるで酔っ払いの相手だ。
「……なんか、これじゃ埒が明かないな……」
「そうだよぉ〜、埒が明かないんだよぉ〜」
「……なぁ優衣、今日は何月何日?」
「えぇ〜っと〜……ん〜…………わすれた〜」
「じゃあなんで今日がゴールデンウィークだって思うんだよ……あのな、今日は五月の七日。もう学校が始まる日なの」
「ごがつのなのか……なのかのごがつ?」
「ああ、そうだ」
「なのがつのごか?」
「それは色々と違う」
「なのなの?」
「……この不毛な会話はいつまで続ければ良いんだ?」
「ん〜……あともうちょいかな〜?」
ニヘラぁ〜、とした危機感の無い笑み。ふとベッドの上にある時計を見てみれば、さすがにそろそろ起こさないと朝ご飯が出来てしまう時間になっていた。
この家では、朝ご飯を食べないと罰金のシステムがある。朝食代を母親に徴収されてしまうのだ。
別に、妹の分だけならこのまま寝かしていても構わないだろう。だが生憎と、兄妹の連帯責任とやらで橙耶まで払わないといけなくなる。……それだけは、避けないといけない。
「……はぁ」
大きくためた息を吐き出しながら、気を落ち着ける。そして、最終手段を用いるための覚悟をする。
この方法をとれば、確実に彼女を起こすことは出来る。それは過去の経験から実証済みだ。
……でもそれは、橙耶自身に心の傷を負わせる、諸刃の剣。
……だが……だが今は、背に腹は変えられない。
一時の心の傷と、今月のお小遣いの罰金。
どちらをとるかと言われれば……橙耶は当然、前者だった。
「……ふぅ……」
覚悟は、出来た。腹を、括った。でも、やっぱり戸惑ってしまう。
かつても負ったあの傷を、今一度負うかと思うと、やっぱりその手段をとるための一歩を踏み出す勇気が、無くなってくる。
……でも……それでも彼は、その自分の覚悟とは裏腹な能天気な笑みを浮かべている、半分夢の世界に浸ったままの妹の顔に、自らの顔を近づけていく。
ベッドの横に立ち、彼女の顔を胸元に抱き寄せるかのように顔の横に両手をつけ、上から覆い被さるように、彼女のその顔に近付いていく。
……そう、背に腹は、変えられないのだ。心に少しの傷を負えば、ほんの一時の傷を負えば、お金が保証されるのなら……これぐらいの試練、乗り越えないといけないのだ……!
「優衣……」
「ん〜?」
決死の覚悟の呼び声に、能天気な声が返ってくる。顔が近付いてきたせいで、その妹の柔らかな寝息が耳を掠める。
さっきまで見ていたその頬はキレイだったけど、こうして近付いてみれば少しだけニキビの痕があるなとか、前髪がサラサラとしているなとか、眉毛はちゃんと整えてるんだなとか、何か半分寝ているその瞳が大人っぽいなとか、そんな他愛も無いことが脳の中を過ぎっては消える。……自分の視線が、自分でも自覚できるほどフラフラとしてしまっていた。
「…………」
でも最終的には、その吐息が何度も吐き出されている、柔らかそうな、果実のような唇に視線が固定されてしまって……。……そのあまりの姿に、思わず背筋に寒気が走ってしまう。
「いくぞ……」
「どこに〜?」
自分を鼓舞するために呟いたその言葉に、やはり返ってくるその能天気な声。
でも橙耶は気にすることなく、半分起きながらも寝息を漏らし続けている、その柔らかそうなプリプリとした唇に自らの唇を近づけて――
「好きだ」
――そのまますり抜けて耳元にもっていき、そんな言葉を一言、呟いた。
自分が出せる、極力の渋い声で。
「っ〜〜〜〜〜〜!!!!」
瞬間、自分でも自覚できるほどの寒気が彼の体を駆け巡る……! なんせ自分の妹に向かって好きだと言ったのだ。そのダメージは兄弟姉妹のいる人でないと分からないだろうが、計り知れないものなのだ!
でもそれは彼だけではない! 当然、言われた方の妹も、同じようなダメージに襲われていた!
「なんに言ってんのよ! 気持ち悪いわねっ!!!」
「ぐっふ!」
そしてそのダメージを与えてきた元凶に向かって激烈なボディブローを浴びせていた! しかも残念なことに、寝転んでいる体勢から放ったソレは大した威力もなかったはずなのに運悪く見事鳩尾にクリティカルヒットしていた!
「まったく! なんで朝っぱらからあんたにそんな起こされ方されないといけない訳!? この前も言ったでしょっ!? そんな起こし方するなって!」
「……! ……!」
腹を押さえて床で蹲っている橙耶に一方的に罵倒を浴びせかける。
「なんだってんのよ……ってかああもう、そろそろ朝ご飯の時間じゃない! 早く行かないとお金取られちゃうよ!」
まったく! と怒り心頭といった感じでブツブツと呟きながらベッドから降り、いまだ蹲ったままの橙耶を放置してさっさと部屋から出て行く優衣。その場にはただ、橙耶が一人取り残されるのみ。
「……だからこの方法……あんまりとりたくないんだよなぁ〜……」
独りになった部屋で橙耶は、おなかを押さえたままポツリと、そんな呟きを搾り出していた。
◇◆◇◆◇
「いってきます」
「いってきま〜す」
家の中からのいってらっしゃいの言葉に見送られ、橙耶とその妹――優衣は並んで家を出る。少しだけ優衣の方が身長が高いため、見ようによっては「姉の後について回る弟の図」のようにも見える。
ちなみに現在、彼らの父親は出張中。今はこうして二人で家を出ているが、もしそうでなければ三人で家を出るほど家族皆の中は良好だったりする。
「……あのさ、お兄ちゃん」
「……はい」
家を出てからしばらくして、隣を歩く妹から横目かつ半眼で睨みつけられる。
「朝のことはちゃんと謝ってきたし、理由も納得できるものだったから許すけど……今後はあんなことしないでよ」
「いやそこは優衣自身の力で起きようとしようよ……」
「はぁ?」
「いえ別に。以後は気を付けます」
……色々とおかしい気もするが、まぁ、本人たちの力関係がよく分かる光景だ。
「うん、お願いね」
言い放つと、サラリとその長いツインテールをなびかせて前へと向き直る。寝起きの時は寝癖が酷かったのに、今はしっかりと櫛が入れられている。しかも表情までもが、あの時大口を開いて晒していた間抜けな表情が微塵も感じられないほど引き締まっている。
もっともそこはやはり血筋なのか、橙耶と同じで子供っぽさが抜けきれてはいないが……それでも第三者が二人を見れば、間違いなく彼女の方が年上だと勘違いしてくるだろう。前述の身長差も含めて。
ちなみに橙耶が引き締めた表情をしても、強がっている子供にしか見えなかったりする。童顔の母親の血を色濃く継いでしまったのだろう。
と、学校へ行くために向かう駅への道。後は直線だけとなるために曲がったその先のT字路には、同じブレザーの制服を身に纏い、その上からでも分かるほどの胸の膨らみを持った、長めの髪をツーサイドアップに結っている大人しい雰囲気の女生徒が立っていた。
その女生徒は二人を待っていたのか、彼らの姿を見かけると、パァッと表情を輝かせて嬉しそうに駆け寄ってくる。
「優衣ちゃん、橙耶先輩、おはようございますっ」
連休が明けて二人に会うのをよほど楽しみしていたのか、彼女――朝霧美咲は、珍しく嬉々とした感情をそのまま乗せた挨拶を二人にしてきた。いつもは二人が近付いてくるまで待っているのに駆け寄ったのも、それらの感情が顕著に表れている証拠だ。
「おはよう、美咲」
「おはようございます、朝霧さん」
「はいっ、おはようございますっ」
優衣と橙耶の挨拶に再び挨拶を返してから、橙耶の隣に並び三人で駅へと向かう。優衣と身長がほとんど変わらないため、後ろから見ると真ん中に立つ橙耶だけがヘコんで見える。
「そう言えば美咲、あんたゴールデンィークの初日、お兄ちゃんと出掛けたんでしょ?」
「はい。お買い物に付き合ってもらいました」
と、さっそく橙耶を挟んで二人で会話を始める。いつものことで慣れている橙耶が微笑ましそうに笑みを浮かべる中、優衣はニヤついた笑みを張り付かせて美咲に話しかける。
「お買い物〜? ホントにそれだけ〜?」
「はい。まぁ……その、付き合ってもらったお礼に、映画館にも入りましたが……」
「ふ〜ん……二人で?」
「えっと……はい」
「ふ〜〜〜〜ん……」
「な、なんですか……?」
顔をほのかに赤くして照れた表情を浮かべる美咲に、優衣はニタニタとした笑みを濃くしながら追及の手を突き出していく。
「べっつにぃ〜……で、何見たの? 恋愛物?」
「さ、さすがにそこまでは……」
「良いじゃない別に。減るもんでもないでしょ? ほらほら、教えなさいよ」
と、橙耶の頭の上を通して美咲の脇腹を突付く。
「や、やめて下さい優衣ちゃん……! クスぐったいですよっ」
「じゃあ何見たのかぐらい教えなさいよ」
「その……ありきたりですが、ホラー物を……」
「へぇえええええ〜〜〜〜〜〜〜……」
「で、ですから優衣ちゃん、さっきから何なんですか……?」
「だからなんにも無いってばぁ〜……。……ただそうねぇ……ホラー映画を見てる時に、何かあったのかなぁ、って」
「その、何かって言うのは……?」
「そりゃぁあもう、怖いシーンでお兄ちゃんに抱きついちゃったり、手を握ってもらったり、肩を抱き寄せてもらった――」
「わ〜〜〜〜! わ〜〜〜〜〜!! わ〜〜〜〜〜!!!」
突如美咲は、日頃の彼女からは想像もつかない大声を上げながら両耳を塞ぐ。
その顔の色は首元まで真っ赤で、明らかに何かがあったことを示している。
「で、美咲がああして質問に答える気を無くしちゃったからお兄ちゃんに聞くけど、美咲と映画館の中で何かあった?」
相変わらず両耳を塞いで「わー! わー!」言っている美咲を放置し、優衣は隣を歩く兄へと質問の対象を変える。
「ん〜……何と言うか、何も無かったんだよね」
「何も無いわけないでしょ。美咲があんだけ発狂してるんだから」
兄の答えに、視線だけをいまだ発狂している美咲に向ける優衣。
「隠さなくても良いじゃない。ゲロっちゃいなよ、ユー☆」
「……ノリノリだね、優衣。まぁ、ボクは別に言っても構わないんだけどさ」
「じゃあ教えてよ。ほら、美咲もああして恥ずかしいことを自分の耳に届けないようにしてくれてる訳だし」
「……まぁ、そうだね。それにボクからしてみれば、あの出来事をどうしてあんなに恥ずかしがってるのか分からないぐらいだし」
「お兄ちゃんにしてみたら恥ずかしがってる理由が分からない?」
「うん。あのね、映画を見てる時に、一際怖いシーンになったらね――」
「なに? 抱きついたの? それとも怖かったから手を握ってもらったの?」
「……うん、優衣がボクのことをどれだけビビりに思ってるかは分かったけど、そうじゃないんだ」
「んじゃなによ? 美咲が抱きついてきたの? その小さい身長に」
「……もういい。話す気無くした」
「ごめんごめん、冗談だから。んで、怖いシーンになったらどうなったの?」
「……あのね、怖いシーンになったと途端、朝霧さんは――」
「美咲は……!」
「――おもむろにメモ帳を取り出して、そのシーンを見ながらメモを取り出したんだ」
「………………はい?」
思いもよらぬ言葉に呆気にとられ、間抜けな声を上げてしまう優衣。その姿に構わず、橙耶は感心したように腕を組んであの時の状況を話し続ける。
「いやぁ〜……ある登場人物を呪うシーンなんだけどね、何でも朝霧さんが買ってたパンフレット曰く、本物の黒魔術の魔方陣を忠実再現したんだって」
「……いや、あの……え……?」
「でもその忠実再現のせいで、撮影中は色々な霊現象が起きたらしいんだ。でも監督はその現象を逆手にとって、画面に映ってしまった霊などをそのまま上映することで、よりリアルな霊現象を再現したんだった。そう言えば画面の奥にチラチラと関係のない人影とか顔とか見えたけど、きっとそのせいなんだろうね。あ、ちゃんと上映前に、高名な除霊師に御祓いしてもらってるみたいだから、観客であるボクたちが呪われることは絶対に無いってパンフレットに――ってどうしたの優衣? 突然頭を抱えて立ち止まって……」
「……何も無いよ、お兄ちゃん。でも、何も無いからこそダメなこともあるんだね」
「え?」
「とりあえず、お兄ちゃんはそのまま駅に向かって前進。美咲、あんたは集合」
いつの間にやら奇声を止めていた美咲に向かって、クイクイっと人差し指を動かして彼女を呼びつける優衣。
既に昨日の出来事が話されていることを理解しているのか、戸惑いながらキョトンとしている橙耶を一目見た後、オズオズと少しだけ怯えながら優衣の元へと向かう。そんな彼女に向かって、視線を鋭くしながらまずは一言。
「……で、美咲。あんたは何やってんの?」
「なに、と言われましても……」
歩みを再開した橙耶の後についていくように、肩を寄せ合って小声の会話を続けながら歩く優衣と美咲。
もっともその雰囲気は「仲良く」なんてものじゃなくて、片方は呆れ半分怒り半分、もう片方は怯え全部だったりする。
「あんたさぁ……確かあたし、アドバイスしたよね? 映画に誘って、さり気なく手をつなげって」
「……はい」
「なのに何? 映画を見てメモを取ってた?」
「まぁ……今後使えそうでしたので……」
「黒魔術を使う気満々!? ……いや、じゃなくて、今その瞬間、その行為がそんなに大事だったの?」
「……橙耶先輩を取りそうな人がいたら、その人に使おうかな、と」
「取られそうになっても大丈夫なようにツバ付けとくんでしょうが……」
「でも、おかげさまで今後の参考になりましたっ」
「そんな喜びながら報告されても困っちゃうよ!」
「なんせパンフレットに参考文献が記述されてましたから……古本屋を巡って何とか見つけられましたっ」
「やっぱ使う気満々だっ! って言うか既に購入済み!?」
「残りのゴールデンウィーク全て費やしました……」
「だから他の日にお兄ちゃんに誘いが無かったんだ!」
いつの間にやら怯えが無くなっているその美咲の姿に、優衣は大きくため息を吐く。すでにこちらも呆れ全部となっていた。
「……ってそうじゃないでしょ、美咲。あんた、お兄ちゃんとこのままで良いの?」
「…………」
「そんなに落ち込むってことは、良くはないって気付いてるんでしょ? だったら、もっと積極的にならないと」
「……そうですね……チャンスはちゃんと、生かさないといけないですよね」
「うん、そのチャンスをフイにしたのは美咲自身なんだけどね」
「これからは、もうこんなことは無いようにします。……完成もしましたし」
「最後の言葉はかなり引っ掛かるけど……まぁ、前半部分は確かにその通りとしか言えないわ。だからさ、美咲。ぱっぱとお兄ちゃんに追いついて、電車の中ではちゃんと話しかけるのよ。あたしもちゃんとフォローするからさっ」
「はいっ、わかりました」
グッと両手を胸の前で握り、意気込みをみせる美咲。
その姿に満足したかのような微笑を浮かべ、優衣は彼女の背中を軽く二回叩く。
そして二人揃って、前を歩く橙耶の元へと駆け出した。