「彼の目の前に現れたのは、少しだけウェーブがかった金髪をなびかせた、文字通りの天使だった。その美しく整った顔立ちとか目鼻とか、細くとも程良い膨らみのある体つきとか、長い四肢とか細く綺麗な指とか、全体的に発しているオーラとか、その全てが天使のように神々しい女性。だが、文字通り天使と表したのは、もちろんそれだけが理由じゃない。背中から生えている、頭の上から膝裏まではあろうその大きな白き二翼。広げればそれだけでこの狭い部屋を覆いつくさんばかりのその大きな翼が、天使と呼べるそのものの理由だった……。……ってな訳で、これからあなたを不幸にしていくんで、よろしくぅ!」

 

 羽が散らばらないよう設定してきた翼を折り畳みながら、私は元気よくビッと顔の横で合わせた二本の指を振ってみせる。確かこれが人間流の挨拶だったはずだ。

 

「いや、は? えっ?」

 

 でも目の前で呆然としているこの少年は、ただ私を見上げているだけでそんな間抜けな挨拶しか返してこなかった。

 

「は? なにそれ? 挨拶には挨拶を返すのが礼儀じゃないの?」

「いや、あ、うん。そうだね、よろし――じゃないよっ!」

 

 何故か突然キレた。

 ……うん、ここは訂正しておいてやろう。

 

「いや、よろしくで合ってるよ」

「そうじゃないよっ! っていうかキミは誰!? どうして突然ボクの目の前に現れちゃったりするの!?」

「どうしてって言われても……だって私、この世界の神様だし〜」

「神様!? うそっ!? これがっ!?」

「さすがに失礼だってことに気付こうね、そこの君」

「いやだって、自分のことを“文字通り天使”だなんて紹介する神様、ボク見たことも聞いたことも知識として蓄えたことも無いよっ!? って言うか、何か色々と突然すぎるしトントン拍子に話が進み過ぎててよく分かんないよ!」

「男は こんらん している」

「すごい他人事のように言ってくれてますけどあなたのせいなんですからねっ!」

「ま、突然登場した理由はアレよ。あなたに用事があってきたの」

「にしてももうちょっと説明の仕方がありますよね!? あとこっちに気を遣って登場の仕方を派手にして時間掛けて心の準備をさせてくれるとか! ふとベッドの方を向いて現れられてたら混乱どころの騒ぎじゃ――」

「ちょっとお兄ちゃん! 静かにして!」

 

 何か必死に抗議をしている少年の言葉を遮るように、バンッ! と部屋のドアが可愛らしい怒鳴り声とともに勢いよく開かれた。

 驚きながらもそちらに視線を向けると、そこには活発そうな瞳をした髪の長い女の子。ドアを蹴り開けて上げていたその足をドンッ! と下ろして、私の目の前にいる少年を睨みつける。

 

「そろそろアニメが始まるんだから、ホント勘弁してよねっ、もぅ」

 

 開けたドアの音といい下ろした足の音といい、どちらがそうしないといけないのかが分からない言葉を一方的に言い放つと、彼女は不機嫌そうに頬を膨らませながら隣の部屋へと去っていった。

 

「…………」

「……嵐みたいな子ねぇ……」

「…………ゴメンなさい」

「って謝っちゃうの!?」

 

 私とドアに挟まれる形で座り込んでいた彼から聞こえたその言葉に思わずツッコんでしまう。

 今更そんな小さな声で謝っても聞こえないのがわかりきっているのに謝るその姿は、どこか哀愁漂うものを感じさせる。

 

「いやだって……十二時から優衣の好きなアニメが始まるし……それに元々この時間は静かにしてる約束だったし……」

「優衣ってさっきの子よね……? でも“あなたの妹なんでしょ? そんなので良いの?」

「まぁ、約束を破って騒がしくしてのはボクですし……仕方ないですよ」

 

 なんだろ……言葉の端々がとてつもなく寂しい……。

 本人はソレが当たり前でまったく後悔してないみたいだけど……他人の私から見たら、何かとても……うん……。……まぁ、何て言って良いのやら……。

 

「はぁ……。……でも、妹のおかげで落ち着いてきたかな……。今もまだちょっと展開が突然で速すぎるせいで追いついてないから、もう少しだけ待ってください。その、色々と心の準備もしたいので。説明とか聞きたいこととか、その時に聞かせてもらいます」

 

 額を押さえながらのその言葉に静かに頷きを返し、彼が物事を整理しているその間に、私はこの狭い部屋を改めて見渡す。

 

 六畳ぐらいの広さをした、硬いカーペットが敷き詰められた部屋。

 ドアの対面にある窓の下には一人用のベッドがあり、それは今私の足の裏にある。

 ここを時計における十二時とすると、三時のところに小さなテレビとテレビゲーム機、テレビの上にあるラックの上にそのソフト。六時は当然部屋の出入り口で、五時の場所には本棚、九時の場所には勉強用机がある。

 物が溢れているせいで妙に狭く感じるが、まぁ男の一人部屋なんてこんなものなのかもしれない。

 

「さて、と……」

 

 と、時計の中心で胡坐をかいて座っていた少年から、色々と準備が出来たのかそんな声が漏れ聞こえてきた。

 

「ゲームもキリの良いところまでやって、もう十二時前だからそろそろ寝ようかな、ってベッドの方を向いてみたらあなたがいた訳ですが……結局、あなたは何なんですか?」

 

 こちらを静かに見据え、探るような瞳を向けてくる。

 その瞳を見つめ返しながら、私は静かに真実を告げる。

 

「私は、神だ」

「……いや、そんなモンスターの付く某お笑いコンビみたいに言われたところで、あっさりとなんて信じられませんよ」

「えっ? でもほら、羽だよ、羽。パタパタ」

「いやうん、まぁ確かにバサバサとしてますけど……なんか微妙に信じられないと言うか……」

「バサバサじゃないよ。パタパタ」

「そんな食い付くところでもないん――いや、うん、そんなに睨むなら訂正します。……それじゃ……確かにパタパタしてますけど、なんか妙に信じられないんですよ」

「あれ〜? でもこの姿、あんたが抱く“女神”のイメージを忠実に再現したんだけど……」

「確かに『女神って言えばコレっ!』ってボクが思う格好をしてますが……」

 

 恥ずかしそうに視線を逸らしながらのその言葉に、改めて自分の身体をじっくりと見てみる。……まぁ、胸の膨らみとかその辺は前述通り大きめだから良いにしても……体のラインが丸見え――どころか、少しズラせば胸まで見えてしまいそうなこの半透明に近しいノースリーブローブは如何なものか……。

 

「……エロいね、あなたの妄想の中の女神」

「言わないでください! これでも年頃の男なんですから、こういう想像ぐらいしちゃいます!」

 

 真っ赤にした顔を逸らしてするその反論が、彼がウブなことをしらしめてくる。

 

「まぁ、別に見られても平気なんだけどね。だってこれ、私の身体じゃないし」

 

 このままでもおもしろそうだったから放置していても良かったが、とりあえず話を早く進めたいから早々に本当のことを打ち明けておく。

 

「そもそも、私たち神様に“身体”なんて概念は無いのよ。まぁ、あなた達なりの言葉を借りるなら“魂だけの存在”ってところかな」

「魂だけの存在……ですか?」

「そ。だからあなたの想像する女神の姿を借りて、そのまま見えるようにしたのよ。その方が色々と手っ取り早そうだったし」

 

 で、と話を一区切りし、素面に戻ってきた彼に続けて訊ねる。

 

「結局、あんたは私が神だって認めるの?」

「……その……正直まだ、信じられません。と言うか、本能が認めようとしていないのかもしれません。いきなり神と名乗る女性が瞬きの間に部屋に現れて、しかもその女性はボクの思う女神の姿を借りてきたと言っていて、現実問題その通りボクの思う女神の姿をしていて、翼が生えていて何か雰囲気が只者でもない……そんな状況、正直ボクが第三者なら、ぱっぱと信じろ、と声をかけてるような状況です。でも、何故か認められないし信じられないんです。心の奥底が否定してくるんです」

「ふ〜ん……ま、それは仕方ないのかもしれないわね。むしろ、そうしてあっさりと信じてくれない方が逆に安心するわ」

「え? 逆に安心する?」

「そ。あんたが特別じゃない存在だったら、私の姿が見えた時点で“この人は神様なんだ”って脅迫概念に近い思いに支配されちゃうはずだからね。だから、そうして否定してくれる方が逆にありがたいって訳」

「……って、どういうことですか?」

「ん? いやだから、否定してくれた方が、あなたが特別な存在だって証になるから私としてはありがたいって言う……」

「いえですから、ボクが特別な存在、ってのはどういうことですか?」

「ああ、そっち。まぁ、言葉通りの意味よ。あんたは特別な存在なの。そ、そうじゃなかったら、私のこんな姿を見せてあげることも、こうして話してあげることも出来てないんだからねっ」

「何で言い方がツンデレ気味なのかは知りませんが……でも、それならさっさとそれで証明してくれたら良かったじゃないですか。てきとうな人の前に立って見えないことを証明してくれたり、話しかけたり怒鳴りつけたりしても気に留めない姿を見せてくれれば……」

「え? それってマジ喋り?」

「えっ?」

「いや、だってそれだったらとっくにやってたよ。あなたの妹で」

「…………。……あぁぁ……」

「は? もしかして本当の本当に、今の今まで気付いてなかったの?」

「はい。そう言えば優衣があなたのことに関して何も言ってきてませんでしたねぇ……今更ながら気付きました」

 

 な……何という、鈍感さ……っ! これなら別に私が来る必要なんて無かったんじゃ……!

 ……いや、念のためってのがあるし、万が一にもこの鈍感さが原因で彼が幸せになられたら全部オジャンだからやっぱり来といて正解と見るべきか……!

 

「そうですよね……いきなりボクの部屋にこんな金髪でキレイな人がいたら、妹も激しく追求してくるはずですし――そう言えば、あなたはどうしてボクのところに来たんですか? まさか特別な存在で物珍しいから、なんてことは無いですよね?」

「いや、当たり前でしょ。と言うか、来たときに言ったはずなんだけど。あなたを不幸にするために来ましたっ! ってね」

「…………。……あぁ、なるほど」

 

 私の言葉に納得の呟きを漏らした後、彼は私を指差して、言った。

 

「つまりあなたは、神様のフリをした悪魔と、そういうことですね」

「違うよ!? このキレイな翼を見てどうしてそんなこと言ってくんの!?」

「いやだって……神様が、特別なボクを不幸にする理由が見当たりませんし、悪魔なら擬態も御茶の子さいさいでしょう? そうして神のフリをしてボクを油断させといて――」

「いやいやいや! 本当に不幸にするつもりなら、あなたを不幸にする、だなんて公言してないでしょっ!」

「まぁ、そこはドジッ子属性なのかなと」

「んな訳ないから……」

 

 呆れるようなため息を吐き出し、思わず叫んでしまった自分を何とか落ち着けつつ、こうして現れた理由の説明を彼にする。

 

「あのね、あなたに不幸になってもらう理由は、あなたが幸せになればこの世界が終わってしまうからよ」

「……?」

「まぁ、首を傾げてしまう理由もわかるわ。そもそもこの世界の皆に、この世界がどうやって出来てるのか、って分かっていないように設定したのは私なんだし」

 

 ちょっと長くなるしややこしくなるけど、と前置きをし、続ける。

 

「そもそも“世界”ってのはね、この世界で言うゲームの一つみたいなものなの」

「ゲームって……テレビゲームとかですか?」

「そ。ある程度の設定で出来た世界の中に、主人公を軸としてイベントが発生して、成長させていく。中には私たち自身が関わったり剣や魔法が横行するファンタジックな世界もあるけど……まぁこの世界の設定は、育成型のゲームとかを想像してもらった方が早いかな。で、その主人公があなたなの。特別って言ったのはソレ」

「えっ……? ……いや、ちょっと待ってください。その、突然すぎてやっぱり思考が追いついてませんが……ボクがその、この世界の主人公ってことですか?」

「うん。そういうこと」

「いやでも、ボクを軸としてイベントが発生してるんですよね? だったら、ちょっとおかしくありません? だってこうしてボクが話してる間にも、ボクに関係の無い世界は動き続けてるし。それだとボクを軸になんて世界は動いてませんよ」

「どうしてそう言い切れるの? あなたが関わっていないのなら、その場所は何も起きていないかもしれないじゃない。と言うより、現に何も起きていないんだけど」

「いや、でも……ボクがテレビのニュースとかで見るアメリカとかの外国って、絶対にボクと関わらないのに動いてるんじゃ……」

「何言ってるのよ。そうやってテレビを見るという行為で関わってるじゃない。たったそれだけのために、って思うかもしんないけど、世界なんてそういうもんなのよ」

 

 やっぱり理解が追いついていないのか、その表情は困惑の色に染まりきっている。

 でも構わず、私はどうして彼を不幸にしなければならないのかの理由説明を続ける。

 

「んでまぁ、その世界の話に戻るんだけど……世界と言う名のゲームである以上、当然エンディングもあるの。これはまぁ、世界を作った私たちが勝手に設定できるんだけど……私はこのエンディング条件の設定を『主人公の幸せ』にしたの。だから、この世界を失いたくない私としちゃあ、あなたを幸せにさせないために不幸にして、この世界を維持させようって訳」

「……えっと……まだ半分ぐらいしか整理できてないんですが、とりあえずまた新しく気になったことが一つ」

「なに? 言ってみなさい」

「その……世界が終わると、どうなるんですか?」

「どうなるって言われても……まぁ、神である私自身が制御できなくなっちゃうかな。こんな風に目の前に現れることも出来なくなるし、この世界で出来上がる物を持っていくことも出来なくなっちゃう」

「ってことは、ボクたちが死んじゃう、なんてことは無いんですね?」

「まぁ、ね。でも私たちからしてみれば触ることも見ることも出来ない存在になる訳で、それならそんなもん消えたのと同義だから、まぁ便宜上消えちゃうって表現にしてるだけに過ぎないのよ」

「つまり……あなた自身の勝手でボクを不幸にしようとしてる、と」

「まぁ、悪い言い方だけどそうなっちゃうけど……でもあなただって、私の管理下だからこそ、その主人公補正を受けていられるのよ?」

「主人公補正?」

 

 疑問を口にする彼に、そう、と頷きを返す。

 

「見た目とか能力とか性格とか、今のあんたの恵まれた環境とか、その全てが主人公補正なのよ。大体、ゲームである以上プレイヤーがいるのは当たり前でしょ? そのプレイヤーが私のような神様なだけ。だから、あなたには主人公として補正が掛かってくるの。プレイヤーに密接な関係を持つキャラクターだからね。……まぁもっとも、このゲームは主人公自身を操作するんじゃなくて、主人公の周囲の人たちの行動を操作して主人公自身の行く末を見ていくものだから、あんた自身はもちろん周りの人たちの“想い”とかの心を捻じ曲げたりとかは出来ないんだけど……。でもだからこそ、もし私の管理から外れて私が環境操作を出来なくなったら、今のあなたの環境は目に見えて変わっちゃうわよ。今の環境は、私の環境操作のおかげで成り立ってるんだから」

 

 ……とは言え、見た目とかに関してはココを作るときのランダム設定だから、最初から私の管理でも何でもない。

 でもそのランダムの中に優遇されたものしかないのなら、それは主人公補正の一つだとも言える。

 

「んで、そうして周囲の人たちの行動を操作しようと思ったら、こうして世界に姿を現さないといけない訳。実際あんたが気付いていないところで、私は何度もこの世界に来てるのよ。で、今回ばっかりはあなた自身にも気をつけて欲しいから、こうして姿を現したって訳。……本当はね、こうしてあんたの目の前に現れるのは不本意だったのよ。私はあくまで、主人公と接することなく周囲の環境を操作して成長を見守って楽しむタイプだから、主人公に直接コンタクトを取ったりなんてしないのよ」

 

 それでも自分の意志を曲げてこんなことをしているのは、このまま世界を維持し続けることで得られる“ある物”が、どうしても欲しいから。

 もしここで自分の意地を曲げずに進み、世界を維持し続けられなくなったら……せっかく巡ってきた数少ないチャンスを、大雨で流れの速くなってしまったドブ川に意気揚々と放り投げてしまうことになる。それだけは何としても避けたい。

 

「……う〜ん……ボクがこの世界の主人公で、ボクに主人公補正なんてものがかかってると……」

 

 ここまで説明されてもいまだ信じられないのか、彼は腕を組んで唸るような声を上げる。

 ……う〜ん……ちょっと信じてもらえないようにする度数を上に設定しすぎてたかな……? もし行動中の私を偶然見かけても、自分自身で否定するように、って狙いで設定値を上げてたけど……まさかここまでマイナスに働くなんて思ってもいなかった。

 

「やっぱり、信じられない?」

「……まぁ、すぐに信じろってのは難しいですよ、やっぱり。……何より、ボクに主人公補正なんてものがかかってるなんて思えませんし」

「……………………は?」

 

 何を言ってるんだろう、この子は。

 

「いやだって、見た目はこんなチンチクリンだから、そんなに恵まれてるだなんて思えませんよ」

「いや……いやいやいやいや! あんたのその見た目、かなり恵まれてますから!」

 

 同年代の女性顔負けの低い身長とそれに合った幼さを残す顔立ち、可愛らしい瞳に未だ高くてこれまた可愛らしい声。

 童顔というところに特化した、もうショタコンなお方にはドストライクなその見た目に何の不満があると言うのだろうか。

 

「そんなこと無いですよ! 恵まれてるってのは、もっとこう、カッコイイ外見じゃないですか! 高い身長と鋭い目つき、他人を寄せ付けない雰囲気があるのに何故か人が寄って来るっていう」

「いやもう……あんたそれ、自分がどんだけ恵まれてるかホントに気付いてないのね……世の中には中途半端な身長に残念な顔つきで生まれてくる人もたくさんいるってのに……」

「そんなの、ボクはこの見た目を望んで無いですし、その時点で恵まれてないでしょ」

「うっわ〜……あり得ねぇ〜……ホント残念な顔つきで生まれてきてる人全員を敵に回すような発言だわ、これ」

「それに環境だって、恵まれてるってのは言いすぎでしょ。たぶん、周囲の人が歩いてきてるのと同じ環境だと思いますよ」

 

 ……イラッ!

 

「はぁっ!? んな訳ないじゃない! あんたの環境は、そりゃもう恵まれに恵まれてるのよ! ただね、ずっとその恵まれた籠の中にいるから気付けてないだけ! 良い? あんたのその発言はね、餌も水も安全な寝床も保障されてる飼い猫が、自分は恵まれてないんです、って苦労して生きてる野良猫に向かって言うようなもんなのよ!」

 

 思わず叫んでしまったけど……こうして恵まれてるって気付かないように育ってきたのは私のせいだってのもあるのよね……。恵まれすぎて幸せの基準が上がってしまってるんだろう。

 でも……それでも今の発言は、許されるものじゃない。彼の周囲の環境を頑張ってイジり続けていた私の行動全てが否定された気分だ。

 

 だから私は、いまだ自分の主人公補正を否定しようとしてくる橙耶の言葉を、いいわっ! という意気込みの声で封じ、言ってのけてやった。

 

「そこまで言うんだったら、あなたがいかに恵まれているのか、私が明日丸一日、あなたを監視して夜にでも報告してあげる! 主人公補正の無い人がどういった日常を歩んでいくものなのかの説明も加えてね!」